今回は奏さん視点です。
真夜中。
色々と理由をつけて作業をお休みにした今日は、ナイトコードも静かになる……のが、いつものことだけど。
今日は話題の主を除く3人のためのサーバーをナイトコードに作っているので、絵名にのみ秘密の会話が始まる。
『全員集まったし、そろそろ第25回・えななん見守り隊の会議を始め──』
『集まるのは今日で2回目だけど、後23回はどこから来たの?』
『──始めたいと、思います!』
まふゆの横槍が入ったものの、瑞希は何とか押し切った。
わたしもどうして25回目なのか不思議に思ったが、2対1は流石に瑞希が可哀想だ。
そう判断して黙っていたけれど、こちらの所感なんてまふゆには関係のない話である。
『ところで、ここではAmiaでいいの? それとも瑞希?』
『……どっちでもいいよ』
『そう。じゃあ瑞希で』
絵名がこの場にいない分、絵名命名・まふゆのズバズバ言葉の矛先が瑞希に向いているらしい。
……聞いてるだけでも可哀想に思ってしまうので、せめて、わたしが話の流れを変えよう。
「それで、瑞希はどうしてわたし達を集めたの?」
前回は確か、瑞希と絵名が友達とピクニックに行った後に瑞希に招待されて集まることになった。
──迷っていたけれど、絵名のことを探る決心がついたんだ。だから2人の力も借りたくて。
セカイではなく、ナイトコード越しなのであの時も瑞希の顔は見えなかったものの、聞こえてくる声音は真剣そのものだった。
それを無下にするほど瑞希や絵名という存在が小さいものではなかったから、わたしもこの何とも言えない名前の会議に参加することにしたのだ。
瑞希は絵名の過去を知っていそうな人から探っていく。
まふゆは絵名の普段の学校生活から異変がないか探る。
そして、わたしは通院している絵名やその周辺から情報を得る。
そんな役割分担をしたのがつい最近のことなので、正直に言うとあれから情報なんて集まっていないのだけど。
「瑞希が態々、ここに招集したっていうことは……何か絵名のことについて聞けたの?」
『進展があるとすれば、つい最近に行った夏祭りぐらいだと思うけど。解散した後、何かあったんだね』
わたしの質問よりもまふゆの言葉の方が的確だった。
まるで知ってて当然のような話しぶりに、わたしの頭の中にまずは1つ、クエスチョンマークが点滅する。
『絵名の様子もちょくちょく変だったし、やっぱりまふゆにはわかっちゃうか~』
『うん。それに……絵名は夏祭りに行ったことがない可能性が高い』
『ほう、その心は?』
『奏と話してる時、絵名の言い回しが不自然だった』
頭の中で記憶を振り返っても、絵名の言葉の不自然さなんて思い付かなかった。
探偵のようにポンポンと進む話に、わたしは黙ってることしかできない。
折角、呼ばれてるのに力になれないのは申し訳ないな。わたしも何かできることがあればいいんだけど……
『結論から言うと……皆と別れた後、絵名の弟くん達とお祭りを回ることになったんだよ。その途中で絵名と弟くんの会話の内容が前回の報告内容がガラリと変わるモノだったんだよねー』
「へぇ、そうなんだね」
特に違和感なく受け入れたわたしに対して、まふゆはちゃんとおかしなところを感じ取っていたらしい。
淡々とした声で『聞きたいことがあるんだけど』と前置きを入れつつ、まふゆが尋ねた。
『絵名と弟さんの話って、ちゃんと横で聞いてた話なの?』
『えっ、いやぁ……後ろで2人っきりで話してるのを、こう、ちょいちょいと』
『……そう。じゃあ瑞希は陰険ピンクリボンなんだね』
『突然の罵倒っ!?』
因果応報だというべきだろうか。
瑞希が絵名に言って、絵名がまふゆに「あんたのせいで」と訴えて、まふゆが瑞希に今、やり返したと。
絵名の陰険自撮り女を真似た結果、瑞希の不名誉な名称がそれになったのかはわからないけれど、あまり深く考えてはいけない気がする。
兎にも角にも、今は話を進めよう。
わたしはナイトコードに音声が乗るように意識して、声をかけた。
「2人とも、一旦落ち着こうか。できそう?」
『……うん、私は大丈夫』
『……えっと、ごめん。落ち着いたよ』
「よかった。じゃあ、瑞希。話の続きを言ってもらってもいいかな?」
瑞希は絵名と弟さんの話から気になることがあったと言っていた。
血の繋がった2人だからこそ話していることをこっそり、聞き出すだけの価値があったのだろう。
盗み聞きの件については保留にして、瑞希の集めた理由を先に知りたい。
『弟くん、最後の方に『あの事故も、その後のことも絵名のせいじゃない』って言ってたんだ』
「でも、前回の時の瑞希は絵名の友達から『事故は関係ないかも』って聞いたんだよね?」
『うん。それこそが、絵名が家族以外に自分に起きたことを隠し通そうとしてる証拠かなって』
確か、前回の話はこうだった。
過去に絵名が苦しむ原因があるのではないか、と考えた瑞希は絵名の親友だという桃井さんに接触し、ピクニックに行った先で話を聞いてきた。
ただ、桃井さん自身も絵名の中学1年生の時の頃はそこまで詳しくないらしく、絵名が苦しんでいる原因が何なのか、確信は持てないという。
瑞希は事故のせいじゃないかと思っていたらしいが、桃井さんは中学1年生の時に何かあったのではないかと考えていたらしい。
絵名と1年の時のクラスメイトの不和。
そうでなければ、中学2年、3年と1年の時のクラスメイトと同じクラスにならないのはおかしいとのこと。
普通であれば桃井さんの言う通り、事故に遭ったから先生達がクラスメイトと離したと考えるよりも、クラスメイト間でトラブルがあったから隔離したと考えた方が自然だ。
──だからこそ、様々なことに違和感が出てきて、気持ち悪いのだけど。
それがどうしてなのか、わたしでは言語化ができないのだが……他人のことになれば器用なまふゆがあっさりとその核心を突いた。
『たぶん……絵名が意図的に、ややこしいことを言ってるんだと思う』
『それって、絵名が嘘ついてるってこと?』
『ううん、別の方に取れる言い方をしてるってだけ。夏祭りでは『お祭りは避けがち』って言ってたから、それと同じ』
夏祭りを避けてるのは事実だけど、行ったことがあるかどうかはハッキリと言わない。
聞き手にとっては都合よく解釈できそうな曖昧さで、後から情報が増えても大丈夫なように。
(そっか、まふゆ達が引っかかっていたのはそこら辺なんだ)
やっと2人が引っ掛かっていた所を掴んでいる間に、まふゆは更に情報を追加してくる。
『絵名って、列車みたいだから』
「列車って?」
『真っ直ぐ進むし、止まることはあるけど……道を走ってる間、その道を戻ることはない。まるで、後ろの道がないみたいだから』
「後ろの道が……?」
何となく、まふゆがとても大事な表現をしたことだけはわかるのに、そこから事実に繋げられるピースが足りない。
歯痒い。だけど、ここで止まってはいけない気がした。
「……わかった。とりあえず、わたし達が知ってる事実をまとめてみようか」
『できる限り主観を除くってことだね。じゃあ、絵名が事故に遭ったってことから広げていこうよ』
『なら、視認できるようにまとめる』
瑞希の提案に即座に反応したまふゆから、ナイトコードに『絵名、事故に遭う』という短文が送信されてきた。
どうやらこれをリアルタイムで編集して、更新していくみたいだ。
「えっと、先生の話によると、絵名は1週間意識不明の事故に遭って、追加で1ヶ月入院したんだって」
『改めて聞くと重症だよねー。愛莉ちゃんは春休み前に事故に遭ったって話しか知らないみたいだし、どこまで酷い事故なのか把握してなかったのかも』
『……瑞希の話は事実か微妙だから、省くよ』
『あ、うん。なんかごめん』
瑞希が平謝りしている間にも、ナイトコードに情報が追加される。
『事故の後からは通院してるんだっけ。最初は事故のリハビリだったみたいだけど、リハビリだっていつかは終わるよね? じゃあ、今通院したりしてるのは何だろう?』
「病院の先生の話によると、事故に遭ってからの絵名は錯乱したり、トラウマがあったりしてるみたい」
『治療しても完全に回復しないで、身体や精神の機能に不完全な状態が残ってる……後遺症だね』
事故の項目に『1週間意識不明の重体、1ヶ月の入院。その後長期間の後遺症治療』と補足説明が入った。
そこに『中学の間、学校側からクラス替えの配慮あり』の文面も追加される。
『やっぱりこうやって見ると、事故がターニングポイントっぽいよねー』
『それ以外はわかってないけど』
『……ふふん。ボクのピンク色の脳細胞によると、事故ってだけなら学校側の対応が大袈裟だって導き出されたよ』
『それも皆わかってると思う。他にないの?』
『他? えっとぉ……』
わたしの耳に瑞希とまふゆのやりとりが入ってくるのだけど、それはどこかに抜け落ちていた。
左右から音が来ているはずなのに、まともに処理されずにまた左右から出て行ってるような。
たぶん、それぐらい上の空だったのだと思う。
(事故で病院に通院してる……病院なら、お父さんが真っ先に思い浮かんじゃうんだけど)
病院からお父さんに思考が逸れたから思考を戻そうと思った瞬間、何かが繋がったような気がした。
普通なら繋がらないワードがパチリ、パチリと頭の中で勝手に連結していく。
4月頃、担当医が漏らした言葉は警告だけだったっけ?
──ほら、僕って精神的にちょっと問題がありそうな人を担当する医者だからさ。
お父さんと絵名の担当医は一緒だという。
そして、お父さんが倒れた理由はわたしが原因の《記憶障害》だ。
(記憶、障害……そんなまさか。でも、それなら──絵名がどうして自分のせいにしてるのか、理由がわからない)
不注意だったから? それでも悪いのは相手側だろう。自分が悪いと責めるような思考にはならない。
なら、自分を追い詰めるほどの『ナニカ』があるはずなのだ。あるはず、なのに。
(これも事実じゃない、か。予想の範囲の情報はまだ、言うべきことじゃないよね)
もう少し確証できる情報が必要だ。
絵名の言葉も考えると、まずは事故に遭ったのは絵名だけだったのかとか、そういうことも考える必要がある。
でも、もしもわたしが考えることが正しいのなら……
(その時、私が絵名に何かを言っても良いのかな)
わたしだって、お父さんに似たようなことをしてしまっているのに、絵名に何かを言える資格があるのだろうか?
お父さんをほぼ殺したような状態にしたのに……まだ誰も救えていないこの手を伸ばして、わたしは掴めるのだろうか。
奏さんって、お父さんが一向に快方に向かわないまま、目に見えるような……それこそ、身近な人(まふゆさん)を自分の音楽で救えなかったら、どうなるんでしょうか。
結局、自分の音楽は人を救ったという実感よりも、人を壊したという実績しか目に見えないわけでして。
その場合の奏さんの潜んでいた精神的なダメージが倍になってこんにちはーって来て、口を噤んだまま、壊れていってしまいそうだなぁと思うんですけど……怖いですよね。