イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

110 / 254


それはともかく、彰人君が有言実行したりするお話をどうぞ。





110枚目 その歩幅が1歩たり得なくとも

 

 

 

 

 

 今日は朝から雪平先生の教室に行っていたので、お昼前に家に帰ってきた。

 

 シブヤアートコンクールの件からまた、一皮剥けたと己惚れてもいいのだろうか。

 最近は雪平先生から雑巾の様に絞られることなく、描きたいものを描けるようになってきたように思う。

 

 

(ダメダメ。こういう時ほど気を引き締めなくちゃ)

 

 

 こんな気分で調子に乗ったらその分だけ、余分な水として雪平先生にまた捻るように絞られてしまう。

 

 鍵を開いて家の中に入ってから、これ以上自惚れないようにと軽く鼻に触れる。

 一瞬の増長があっても、それを持続させてはならない。気をつけなければ。

 

 

「ただいまー……って、あれ。彰人じゃん」

 

 

 気を取り直してリビングに入ると、お昼ご飯を食べていた彰人と目が合った。

 鼻に届く香りと、口にご飯を入れようとしている途中で止まったせいで晒される彰人の間抜けな顔。

 

 何も言わずに見つめ合っていたら、痺れを切らした彰人が先に声を出した。

 

 

「何だよ。面白いものは何もないぞ」

 

「別に。休みの日の昼に、彰人が1人でいるのが珍しいなって思っただけ」

 

「朝に用事があったんだよ」

 

「ふぅん、そっか」

 

 

 彰人と話しながら冷蔵庫を開くと『絵名の分』と書かれた紙が貼っている皿がある。

 どうやらお母さんが出ていく前に分けてくれたらしい。ありがたく温めて食べよう。

 

 冷蔵庫の中の結構良いお店の箱とかは触らないように気をつけつつ、お昼ご飯をレンジに入れる。

 レンジを動かしてから椅子に座ると、ご飯を食べ終えたらしい彰人が声をかけてきた。

 

 

「おい」

 

「何?」

 

「冷蔵庫の中にケーキの箱、あっただろ。あれ、お前のだから」

 

「はい?」

 

 

 冷蔵庫の箱といえば、結構良いお店のあの箱だろう。

 誰が買ってきたのかわからなかったのでスルーしたが、人気過ぎて朝から並ばないと買えないと言われている、あのチーズケーキ店の箱で。

 

 

「もしかして、彰人の朝の用事って態々これを買いに行ってたってこと?」

 

「夏祭りの時、礼はするって言っただろ」

 

「……あっ」

 

 

 そういえば、気負わないようにと冗談のつもりでお礼を期待してるとか言ったような、言ってないような。

 

 その後、彰人もチーズケーキを買ってくるって言ってた記憶も、掘り起こせば出てくる。

 

 

(態々並ぶような人気店のでなくても、コンビニとかそういうのでも良かったのに)

 

 

 忘れていても気にしなかったのに、こういうところも自分ができるベストを尽くそうとするのだから、律儀だなぁと思う。

 

 

「じゃあ、有難く後で食べるね」

 

「あぁ」

 

 

 レンジ特有の音が響き、彰人と入れ替わるように私のお昼が始まる。

 彰人はというとシンクまで移動し、話しは終わったと言わんばかりに自分の分の洗い物をし始めていた。

 

 無言の空気の中、水の流れる音が響く。私の耳には咀嚼音も聞こえているが、周囲に聞こえるほどの音は出していないので、今は洗い物をする生活音の方が良く聞こえているはずだ。

 

 

「お前、夏祭りは自分から誘ったのか?」

 

 

 洗い物を終えた彰人が食器乾燥機に皿を入れながらそんなことを聞いてきた。

 

 今日は珍しいことが重なるもので、私は咀嚼を忘れるぐらい驚いてしまった。

 だが、口にモノを入れたまま話すわけにもいかないので、手で待ってほしいと訴えつつ、口の中の物を飲み込む。

 

 

「私じゃなくて瑞希からだけど。何か気になることでもあった?」

 

「いや、そういうわけじゃないんだが」

 

 

 やけに歯切れの悪い言葉を紡ぐ彰人に、私は首を傾げる。

 話の途中でご飯を食べるのも再開するわけにもいかずにじっと彰人の顔を見つめていると、彰人は右手で後頭部に触れながら視線を逸らした。

 

 

「その、よかったなって思っただけで、大した意味はねえから。それだけだ」

 

「彰人……」

 

「あー、もういいだろ。部屋に戻るからな」

 

 

 急いでいたのか、何なのか。彰人は早口で捲し立てるとそのままリビングを飛び出してしまった。

 

 バタバタと階段を駆け上がる音を聞きながら、改めて昼ごはんへと手を伸ばす。

 

 

(私も、皆と会えて良かったと思うよ)

 

 

 彰人が弟で、愛莉が今も私と付き合ってくれる親友で。

 スランプで悩んでる時に、ニーゴの皆と出会えて、こっちにおいでと連れてきてもらえて。

 

 

(でも。だからこそ──周りに恵まれ過ぎてて、良くないとも言えるのかも)

 

 

 消えたくないと思うようになった癖に、内に秘めさせられた暴力性が私の首を絞めて、宙に吊るしてくる。

 

 

(……何もかも中途半端な私だけが、唯一の汚点だから)

 

 

 その場にまだ居たいと甘えて、糸で首を縛って宙ぶらりん。

 

 つい最近、振り下ろしそうになった手を見つめては、やっぱりまだ言えないと思ってしまう自分が。

 ヤツと勝負すると決めた癖に、皆に話すこともできずに現状維持を選んでいる自分が──どうしようもなく、嫌になる。

 

 

「うわ、最悪。温めたご飯、冷めちゃってるじゃん」

 

 

 ……とりあえず今は、昼ご飯を食べることに集中しよう。

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 彰人も出て行ったので、家には私1人になってしまった。

 午後からは特に約束もないし、今日も1日絵を描こう。そう思ってペンを握るのとほぼ同時のタイミングでスマホの画面から光が放たれる。

 

 

『絵名』

 

 

 そんな声と共に現れたのはリンだった。

 最近はセカイでなくとも、暇そうな時間を見計らったリンがスマホから度々私の部屋に遊びに来るのである。

 

 

「あっ、リン。今日も来てくれたんだ。何か用事でもあった?」

 

『別に、何も』

 

 

 リンは相変わらず素っ気ない態度を装っているものの、ちらちらとこちらを見てくる視線で心情が丸わかりである。

 

 今までスマホからやって来たことがなかったリンが頻繁にこちらに来る理由は、私が心配だからなのだろう。

 スケッチブックを預けてからというものの始まったリンの気遣いに胸が温かくなるのを感じながら、私は目を逸らすリンに問いかけた。

 

 

「ねぇ、リンは今暇?」

 

『忙しかったらここまで来てないよ』

 

「なら、今日は一緒にセカイで何かしない? リンは何か、したいことある?」

 

『したいこと……』

 

 

 逸らされていた翡翠がこちらに向けられた。

 何かを考えるようにじっとこちらを見つめていたリンは、何か思いついたのか両手を合わせる。

 

 

『じゃあ、歌って欲しい』

 

「え、私が歌うの?」

 

『絵を描きながらとかでもいいから、絵名の歌が聴きたい』

 

 

 正直に言うと、やはり歌うのは遠慮したいのが本音だ。

 

 これが瑞希辺りのお願いなら、バッサリと切り捨てる程度には嫌である。

 しかし、今強請っているのはリンであり、丁度良いことに家には誰もいない。

 

 

「……うーん」

 

『ダメ?』

 

「うっ」

 

 

 断る理由も思い浮かばず、私の口からは唸り声しか出てこなかった。

 

 苦手意識以外に特に理由もないのだ。苦手だから嫌だと、リンに言うのも違う気がする。

 

 今度は私が逸らしてしまいそうになった視線を、改めてスマホに向ける。

 ホログラムっぽい光のせいもあってか、リンの目が輝いて見えるのもまた、私の退路を塞ぐ一因になった。

 

 

「1曲だけだからね」

 

『わかった。何を歌ってくれるの?』

 

「どうせならリンも知ってる歌が良いよね。じゃあ……音源も歌詞もあるし、最近奏が作った曲にしようかな」

 

 

 スマホにはリンがいるので、音源はパソコンにスピーカーを繋いで再生しよう。

 

 ご近所のことを考えると恥ずかしいので音量は控えめに。

 とはいえ、歌う声すら控えめにするとリンに何か言われるかもしれないので、窓やカーテンを閉めることでできる限り音が響かないようにしてみた。

 

 

(カーテンとか遮光であっても防音じゃないから、どこまで効果があるかわからないけど……)

 

 

 効果は不明であっても気持ち的に楽になる方を選びたい。

 そんな小さな抵抗もすぐに終わってしまい、後は歌うだけとなってしまった。

 

 私は意を決して息を吸い込む。マウスでクリックして再生すると、何回も聴いた曲がスピーカーから流れてきた。

 後はもう、なるようになれ。投げやりだ。

 

 

「──♪」

 

 

 思えば、去年辺りは高音が出なくて苦労していたのだけど、今では言われない程度には出るようになった。

 

 奏は言わずもがな、まふゆは涼しげな顔で良い声を披露してくるし、瑞希も私では出せないような声とか出せちゃうぐらい器用だから、自分の成長なんて全く感じなかったけれど、こうやって1人で歌うと少しは上手くなっているのではないかと思ってしまう。

 

 自覚していなかったけれど、私は増長しがちなところがあるみたいなので、気を引き締めなければ。

 

 改めて気を引き締めながら歌い切ると、リンが小さく拍手をしてくれた。

 

 

『絵名の歌、良かった』

 

「奏達と比べたらそこまでだと思うけど、リンがそう言ってくれるなら私も歌ってよかったよ」

 

『でも、前よりは成長したなって感じたんじゃない?』

 

「え」

 

 

 まさか、歌っている間に思っていたことを言い当てられるとは思わなくて、自分でもわかるぐらい間抜けな声が出てしまった。

 

 ルカも奏の曲を聴いて今のリンみたいなことをしていたけれど、プロでも何でもない人の歌からそんなにわかるものなのだろうか。

 まるで超能力みたいだ。そう驚く私に、リンは言葉を重ねた。

 

 

『絵名はちゃんと進めてるよ。だから慌てなくていいし、1人で何とかしようと思い込まなくてもいい』

 

「リン……」

 

『今はまだ難しいかもしれないけど、それは覚えていてほしい』

 

「……うん、ありがとう」

 

 

 今日は似たようなことを言われるな、なんて惚けたフリをした私は目を伏せる。

 

 

(確かに、慌てたってどうにもならないもんね)

 

 

 リンが急に歌ってほしいと言ったのも、慌てずとも進んでると伝えたかったのだろう。

 ほんの数センチ、数ミリずつであっても、いつかは1歩前に進めるのだから──今は慌てなくてもいいというのは、ちゃんと伝わった。

 

 

『絵名、一緒に歌いたい』

 

「えぇ……んー、もう。仕方ないなぁ」

 

 

 ただ、伝え終わったらもう、そこからはリンのターンの始まりであり。

 最初に1曲だけと言いつつ、リンがセカイに戻るまで絵を描きながら、一緒に歌う時間を過ごした。

 

 

 

 






間のお話が多かったと思いますが、次回から灯のミラージュです。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。