イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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今回はナイトコードでのわちゃわちゃを入れたくなる病の回です。





114枚目 好きなことって?

 

 

 

 

 まふゆの風邪も無事に完治し、セカイで完成した歌詞を見せてもらった後。

 

 

 再び部屋に戻って作業することになった私は瑞希と下書きを共有しつつ、MVの作成に取り掛かっていた。

 前もって準備していたこともあり、滑り出しは順調。

 

 奏もまふゆも大筋としては良いんじゃないか、とゴーサインを出してくれて、順調に作業が進む中……不穏な声がボイスチャットから聞こえてきた。

 

 

『まずいよ、問題発生だよ』

 

 

 深刻そうな声を出して、皆に異常を聞かせてきたのは瑞希(Amia)だった。

 

 

『問題って、大丈夫?』

 

『Amia、何かあったの?』

 

 

 まふゆ()(K)も手が空いていたのか、ミュート状態がすぐに解除される。

 私も本描きをしていたところだが、もしもMV作成で問題が起きているのであれば放ってはおけない。

 

 

「この段階で深刻な状況っていったら、イラスト関係な気がするけど……どうしたの?」

 

 

 どんな問題が飛んできても大丈夫なように、心構えだけはしておく。

 3人揃って問いかけた言葉に対して、Amiaはたっぷりと間を置いてから答えた。

 

 

『それが──この時期、林檎のフェアなんてどこもやってないんだよっ』

 

「はい、解散(かいさーん)っ」

 

『じゃあ、作業に戻るね』

 

 

 あまりにもくだらないことだったので、思わずナイトコード越しに呼びかけてしまった。

 雪も雪で私の言葉に乗っかり、即座にミュートにしてしまう。Kだけは様子を見ているのか、無言だった。

 

 

『あーっ、お願いだから待って! 冷たくするのはやめようよ〜っ』

 

「元はといえば、あんたが真剣な声で超どうでもいいことを言うのが悪いんでしょ」

 

 

 Amiaの必死の懇願に雪のミュートも解除されたものの、私以外、誰も受け答えをしない。

 これは私が言い分を聞き取り調査をしなければいけないのだろうか。

 

 ……待ってほしいと懇願しているし、少しぐらいは話を聞いた方がいいのかもしれない。

 

 

「はぁ。それで? Amiaの弁明は何よ?」

 

『次の打ち上げ場所が上手く見つからなくて……』

 

「今、MV作ってる最中なんだけど!? 気が早過ぎでしょバカなの!?」

 

 

 どれだけ打ち上げが楽しみなんだ。呆れを通り越して困惑しか出てこない。

 いくら何でも気が早過ぎて、私の頭が鈍い痛みを訴えてきた。

 

 

「ねぇ、K。この気の早いBakamia(バカミア)にビシッと言ってよ」

 

『そうだね。流石に投稿できてない曲の打ち上げを先に計画するのは良くないかな。ちゃんと音楽に向き合ってほしい』

 

『ごめん。雪の好きなものが聞けて、ちょっと張り切り過ぎました……』

 

 

 Kからお叱りの言葉を受けるのはAmiaも堪えるのか、気落ちしたような声が聞こえてきた。

 もしもセカイとかで対面していたら、正座していそうな雰囲気をナイトコード越しでも感じる。

 

 自己紹介動画を作ろうとしたり、度々頓狂な行動をすることもあるけれど、ここまで反省しているのも珍しい。

 

 本当に雪の好物が林檎だと改めてわかって、Amiaも嬉しかったのかもしれない。

 そう思うと『気が早い』とツッコミを入れることはあっても、悪いことだと咎めるのは気が引けた。

 

 

「何もなさそうなら良いんだけどね。林檎フェアのことはまた秋に、打ち上げはMVを作り終わってから考えましょ」

 

『うん、そうだね。反省します』

 

 

 Amiaも真剣な声音で返答するので、私から言うことは何もない。

 

 作業に戻ろうとペンを持つと、ふと、今まで黙っていた雪の声が響いた。

 

 

『私って、林檎が好きなのかな』

 

『えっ、違うの?』

 

『えななんみたいにお店のフェアを調べて、朝早くから並んだりするぐらいじゃないから。林檎関係のパーティーとか打ち上げをするほどなのかなって』

 

 

 Amiaの問いかけに返ってきた雪の比較対象が私なのは、何故なのか。

 ……そこはかとなく馬鹿にされているように聞こえるのは、気のせいだと思いたい。

 

 

『好きって何なんだろうね』

 

「急に哲学的になったわね……」

 

『味もわからないし、食べたって他のものと変わらない。でも、Amiaは林檎が好きなのかって言ってたから』

 

「好きなものに対してそんなに難しく考える必要ってあるのかなぁ」

 

 

 嫌いなものとかでも思い出とかトラウマとか理由付きのものから、生理的に無理という理不尽にも聞こえるものもあるのだ。

 好きなものだってそこまで深く考えるようなものではないと思っているのだが……雪はそう思っていないようで、考え込んでいる。

 

 

『じゃあさ、他の人の好きを聞いたらいいんじゃない? えななんとかわかりやすいし~』

 

「え。急に私に振る?」

 

 

 しかし、雪の悩みを見逃すようなAmiaではなく、物凄く雑なパスが飛んできた。

 

 雪の林檎と合わせるのであれば、チーズケーキやパンケーキが私の好きになる。

 チーズケーキとかが好きな理由なんて、聞かれても難しい。

 

 お母さんは人参は大丈夫らしいけれど、お父さんも彰人も好きな食べ物と嫌いな食べ物は同じだ。

 どちらかというとこっちが好き、という好みの差はあれど、全く違うものだということはない。

 

 これが食育の結果なのであれば『思い出』が該当するのだろうが……記憶を無くしてもなお、私の好物は不変である。

 

 ここから求められる答えは──

 

 

「血筋かなぁ」

 

『雑にパスしたボクが言うのもアレだけど、ぶっ飛んだねー』

 

「そう言われても、それ以外に思い浮かばなくて」

 

『ボクは好きな食べ物の理由に『血筋です!』と答える人なんて見たことないよ』

 

「私だって、自分以外にそんな解答をする人間は聞いたことも見たこともないわよ」

 

 

 多分、Amiaが目の前にいたらジト目をしているのがわかるぐらい、呆れが籠った声が鼓膜に届いた。

 

 しかし、記憶を無くしてもなお好きで、家族ぐるみで好物が同じ理由がそれ以外に思い浮かばないのだ。

 東雲家の血統だと、私自身も思ってしまうのである。

 

 

『ちなみにKは好きな物の理由は何?』

 

『それ、答えなきゃダメなの?』

 

『少なくとも雪のためになると思うんだけど』

 

『……雪のため、か』

 

『そうそう。それで、どうかな?』

 

『そうだね、私が好きな物の理由なら……飽きないぐらいの種類の多さと手軽さ、かな』

 

『うん、好きな基準がとても効率重視だねー』

 

 

 私が答えてしまった内容のせいか、Kの答えも食べ物縛りになっていた。

 Kのことなので好きな食べ物で思い浮かんだのはカップ麵とか缶詰めなのだろう。容易に想像できた。

 

 

「さっきから不満そうだけど、そういうAmiaは答えられるの?」

 

『え、ボク? 理由って聞かれたら……味かなぁ』

 

「あんたも似たような回答じゃん」

 

 

 私やKのような変な回答ではなかったとしても、雪に味で好き嫌いを判断しようと助言するのはあまりにも酷な話である。

 

 そもそも食べ物からアプローチしようとしたのが間違いだったのかもしれない。

 そんな思考に私が到達できるのだから、1番相手の内心を読むのが上手なAmiaが思い至らないはずもなかった。

 

 

『食べ物で縛るから変な回答が飛び出てくるんだよ。ほら、えななん。絵のことについてなら、雪も納得できる答えを出せるんじゃない?』

 

「だからなんで私なのよ……Amiaが言えばいいじゃない」

 

『まぁまぁ。ボクの中では1番純粋に好いてそうだからさ』

 

「純粋、ね」

 

 

 はたして、私は本当に純粋に絵が好きなのだろうか。

 

 未だにスケッチブックに願った彼女の願いも掴み切れていないのに、純粋だなんて。

 もしも今の感情すら絵名の願いによって作られていたとしたら、誰よりも不純なものに成り下がるに違いないのに。

 

 

(それでも、私が絵を好きな気持ちを言葉にするのなら)

 

 

 ナイトコード越しならば誰も見ていないからと、私は目を閉じて考えを巡らせる。

 考えて考えて、それとなく浮き出てきた言葉を口にした。

 

 

「強いて言うなら……生活の一部になっちゃうもの、かな」

 

『生活の一部?』

 

 

 今回の言葉は雪の関心を惹いたようで、雪が真っ先に反応した。

 さて、この雪を納得させられるような言葉を選ばなくてはいけないのだが……私にできるかどうか。

 

 もう言葉にしたのだから、後は〆まで言わなきゃいけないのだけど。

 

 

「ご褒美であれ何であれ。義務感とかじゃなくて、自然とどこか自分の生活の一部に入れてることが『好きなもの』なんじゃない? 嫌いなものなら入れようとも思わないしね」

 

『そうなの?』

 

「それはそうでしょ。私だったら虫なんて見たくないし、人参は食事に入って欲しくないもの。でも、ご褒美にチーズケーキがあれば嬉しいし、帰ってきたときにパンケーキがあればラッキーじゃん」

 

 

 やらなきゃいけないことでもないけれど、自然とやってしまうこと。

 嫌になって少しやめても、気がついたらやってしまっていること。

 

 そういうのが好きなものなのだろう。

 後はその好きなものに対して、素直に『好きだ』と認めれば良い。

 

 

「っていうのが私の持論ね。どうよ、Amia。これで文句ないでしょ」

 

『うんうん。まさか雑に振っちゃった話から、ものすっごいまともなえななんの話が聞けるとは思ってなかったよー』

 

「ちょっと! その言い方だと無茶振りって自覚があったの!?」

 

『正直、何で答えたら良いのかわかんなかったから、えななんに時間を稼いでもらおうかなと』

 

「は? ちょっとAmia、後でセカイに来なさいよ」

 

『その言い方だと校舎裏に呼び出しと一緒でしょ? 身の危険を感じるので嫌でーす』

 

「はぁぁ?」

 

 

 憎たらしいAmiaの返答に、私の血管がプチプチと切れていそうだ。

 こっちは必死になって考えたというのに、本当に酷い仕打ちである。

 

 目の前にいたら掴みかかっている自信しかないぐらいの怒りを抑えている中、雪のアイコンが輝く。

 

 

『でも、えななんの考え方もあるって知れたから、良かったと思う』

 

「はぁ。疑問に思ってる本人が納得してるなら、ここで手打ちにしてあげる。良かったわね、Amia」

 

『やったね♪』

 

「……やっぱり許すのやめる? 処そうか?」

 

『ひぇっ。そこは広い心で許してよ、えななん!』

 

 

 Amiaの懇願を受けながらふと、頭の中に過ぎるのは、さっき自分が言った言葉だった。

 

 

(好きなものに対して、素直に認めればいい……か。我ながらブーメランが痛いなぁ)

 

 

 ──だって私が自分自身をどうしようもなく嫌っているのは、自分自身を認められてないからだって、言ってるようなものだから。

 

 それを見ないフリをする捻くれ具合は、我ながら馬鹿なことをしていると笑うことしかできなかった。

 

 

 






実際のところ、東雲家の好き嫌いは遺伝とか血筋関係なのか、食育によるものなのか……気になりますね。

次回は久しぶりに絵画教室にて二葉さんがこんにちはしてくれます。
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