イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

115 / 254

《うっかり忘れた人のためのメモ》
夏野二葉さんとは?
雪平先生の絵画教室に通っている女の子。絵画教室出会えるえななんの友達。オリキャラではなく、ちゃんと絵名さんバナーのイベストに出てくるサブキャラです。






115枚目 偶には教室での交流を

 

 

 

 

「絵名ちゃん、絵名ちゃん」

 

「……」

 

「えーなーちゃーんっ」

 

「……わっ。びっくりした、二葉じゃん。急に大きな声を出してどうしたのよ?」

 

「急にじゃないよ。さっきから呼んでたよ」

 

「えっ、そうなの? ごめん」

 

 

 大きな声にキャンバスから顔を上げると、困った顔の二葉と目があった。

 

 二葉と会うのは大体雪平先生の教室であるという点と、見るからにおとなしそうな外見通り静かな二葉が大きな声を出すことは珍しいということ。

 

 その2つの点から意外だと思ったのだが、どうやら私の方が迷惑をかけてしまっていたらしい。

 今日の居残りにも付き合ってくれている二葉に何かあったら声をかけて欲しい、とお願いしていたのに無視していたのだから、本当に申し訳ない。

 

 申し訳なさから両手を合わせて謝罪すると、深緑の瞳が困ったように細められた。

 

 

「さっき、雪平先生がそろそろ教室を閉めるから片付けて欲しいって言ってたよ。私も手伝うから、早く片付けよ」

 

「ありがと。時間かかりそうだし、助かるよ」

 

「いいよいいよ。見てるこっちも励まされちゃうぐらい、絵名ちゃんが頑張ってるのは知ってるから」

 

 

 クスクスと笑いながら手伝ってくれる二葉の協力もあって、片付けはすぐに終わった。

 雪平先生に声をかけてから、私は二葉と一緒に絵画教室を後にする。

 

 

「ねぇ、絵名ちゃん。お昼は何処かで食べる予定とかある?」

 

「ううん、特にないよ」

 

「よかった。絵名ちゃんが好きそうなカフェを見つけたんだ。一緒に食べようよ」

 

「へぇ、いいねそれ。案内お願いしてもいい?」

 

「うん、任せて!」

 

 

 ぎゅっと両手を握り締めて気合十分な二葉の提案で、私のお昼の予定が決まった。

 二葉に連れられるままカフェに入り、お昼へ。

 

 二葉がサンドイッチとちゃんとしたご飯系を注文している前で、私は堂々とチーズケーキを頼む。

 私の食生活に慣れている二葉はニコニコと笑っているだけで、チーズケーキを昼食にすることに対しては何も言わなかった。

 

 

「絵名ちゃんはいつも、幸せそうに食べてるよね。何だか安心しちゃうな」

 

「えぇ……食べてる姿を見るだけで安心されるって、二葉ってば私のことを何だと思ってるの?」

 

「何だと思ってる、か。それはちょっと難しいなぁ」

 

 

 注文したものが届き、リピートするかどうか値段と比較しながら吟味していると二葉が安堵の息を漏らした。

 

 不思議なコメントに思わず聞いてみると、二葉が困ったように眉を下げる。

 

 

「いや、言い難いのならいいんだけど」

 

「……ううん、今の絵名ちゃんなら大丈夫だと思うから話すね」

 

 

 こちらのことをじっと見ていた二葉は、意を決したように目を少し細める。

 

 

「絵名ちゃんって3回ぐらい変わったなぁって思うことがあったんだけど……」

 

「え、3回も?」

 

 

 1回目は心当たりがあり過ぎて心臓が跳ね上がったが、残り2回には心当たりがなくて首を傾げる。

 

 

「うん。1回目は中学2年生の時かな。今までの絵名ちゃんもすごいって思ってたんだけど、その頃ぐらいからもっと凄みがでてたから」

 

「そ、そんなに違った?」

 

「うん。絵名ちゃんは事故に遭って意識が変わったんだと思うけど、私はあの頃の絵名ちゃんのこと、実はちょっとだけ……怖いって思ってたんだ」

 

「怖い?」

 

「あっ、今の絵はそんなことないよ? でも、あの頃の絵名ちゃんは頑張ってるって言うよりも命というか、魂なのかな。そういうのを削りながら絵を描いてるみたいで、凄いけど怖かったから」

 

「……」

 

「あはは、そう言われても困るよね? でも、そう感じたのは本当だよ。だから私は、今の絵名ちゃんの方が好きかな。友達として安心するから」

 

 

 話しても絵に向き合ってる姿もどこから見ても、東雲絵名という女の子にしか見えないのに。

 どうしてか描かれた絵を見るたびに、何かダメなものを削ってるんじゃないかと心配になったと、二葉は弱々しく笑う。

 

 

「中学の時は絵名ちゃんの怖いぐらいに凄みのある絵が評価されちゃってたから、何も言えなくて。今更こんなこと言ってごめんね」

 

「別に、二葉が悪いわけじゃないでしょ」

 

「でも、謝りたかったんだ。苦しい時も見てることしかできなくて、高校生になってから絵名ちゃんは自力で危ない状態から抜け出したから」

 

 

 二葉はそう言うが、私は自力で危ない状態から抜け出したわけじゃない。

 

 高校生になって、ということはきっと──私が危ない状態とやらから変われたのは、ニーゴの皆と出会えたからだ。

 

 が、今の話ではまだ2回目。3回目が出てきていない。

 

 

「1回目と2回目はわかったけど、3回目っていうのはどこ?」

 

「3回目はつい最近かな。絵名ちゃんがシブヤアートコンクールで賞を取ったところから、少し調子が悪かったよね?」

 

「あー……雪平先生にも言われてたから、わかる人にはわかっちゃうよね」

 

「うん、3回目はその辺りかな」

 

 

 絵は自分の心を写す鏡なのか、雪平先生から「絵画教室の先生としては悪くないと思いますが、1人の人間としては今の絵は心配になります」という評価を貰っていた。

 

 評価する人間は『苦しみ』がよく現れていると評価するだろうが、私らしくはないだろうとも。

 それを二葉も感じ取っていたということだから、恐ろしい。

 

 侮っていたつもりはないが、つもりなだけで無意識のうちにでも二葉を下に見ていたのかもしれない。

 そういう気持ちは意図せずに態度に出てしまうものだから、認識から改めなければ。

 

 

「そういえば……絵名ちゃんって大学に行くなら芸大を受験するの? それとも難関大学?」

 

「えっ? 何で難関大学が出てくるの?」

 

「あれ、違うの? 絵名ちゃんって絵と勉強を両立させてたから、そういうのも狙ってるのかと思っていたんだけど」

 

「あー」

 

 

 学年2位になるまで勉強してるなんて、確かに難関大学に行きたいと思ってると勘違いされても仕方がない。

 

 何も知らない人からすれば、まさか友達のために上位の成績をキープし続けてるなんて想像もできないだろう。

 

 二葉のように難関大学に行きたいと思ってるから頑張っているんだな、と解釈される方が自然だ。

 むしろ、私の動機の方が異常である。もしかしたら他の人にもそう思われている可能性に思い至って、私は苦笑いを浮かべた。

 

 

「まだ大学のこととかそこまで考えれてないけど……少なくとも、勉強してる理由は難関大学受験のためじゃないよ」

 

「そうだったんだ。でも、迷うのもしょうがないよね。絵名ちゃんなら、どっちを進んでも大丈夫そうだもん」

 

「私なら……ね。それはどうかなぁ」

 

 

 手放しで褒めてくれるのはありがたいが、私はそれに異を唱えたい。

 

 

「芸大受験って超難関だし、3浪ぐらい余裕でしてるような芸術の猛者達が(ひし)めきあってる場所でしょ」

 

「そうだね。私は頑張らなきゃ難しくても、シブヤアートコンクールで受賞した絵名ちゃんなら大丈夫だと思うよ」

 

「それはわからないよ。何事にも絶対なんてないし、1発合格となると難易度がグンッて跳ね上がるから」

 

 

 それに、今年のシブヤアートコンクールを作品を調べたところ、今年は特にこれといった優勝候補者が出ていなかったらしい。

 

 今年の有名人枠には1人や2人はいたものの、去年のような上から下までプロが鎬を削っていました〜なんて魔境じゃなかった。

 

 もしかしたら私が最優秀だったかも? という言葉は異色の審査員がいたせいで発生したリップサービスの可能性も浮上している。

 

 

「そう考えると、どう転ぶかわからないのがこの業界だよね。それに……芸大に行ったり、コンクールで賞を取っても画家になれるかはまた別問題なのが厄介かな」

 

「そうなの? 絵名ちゃんみたいにプロアマ混合のコンクールで賞を取れるような力があったら、画家に近づけそうだけど」

 

「どうだろうねー。シブヤアートコンクールで私以外にもう1人、優秀賞の人の話って知ってる?」

 

「えっと、結構色んなコンクールの常連受賞者の人だよね」

 

「そう。あの人、東美卒業生で私よりも知名度もあるのよね。でも、そんな人でも画家で稼ぐのは無理で、バイトを複数掛け持ちして何とか食べてるらしいわよ」

 

「えぇっ……」

 

「1番凄い芸大を卒業して、複数のコンクールで受賞しても、売れるかどうかは別の話。残酷だよね」

 

 

 お父さんのように生きている状態で評価されるのが稀な、残酷な世界なのだ。

 才能がちょっとあっても、努力をしていても、諦めないうちに……生きている間に売れなければ、己にとっての画家の価値はゼロ。

 

 フィンセント・ファン・ゴッホのように死去後に評価されても、本人にとっては意味がないのである。

 全員、成功するならば死後に評価されるよりも生きている間に評価されたいだろう。私だって同じだ。

 

 そういうのも含めて話すと、二葉は紅茶を口に入れてから呟いた。

 

 

「そっか……でも、少し意外だな」

 

「意外って何が?」

 

「絵名ちゃんなら受賞もしたし、自分なら絶対に画家になれるぞーって、もっと自信があると思ってたよ」

 

「それは人それぞれなんじゃない?」

 

「そっかぁ。こうやって振り返ったら、絵名ちゃんもビックリするぐらい変わったね」

 

 

 身近にいたから気が付くのが遅れちゃった、と二葉が笑う。

 何というか、私はかなり自惚れていたようだ。

 

 二葉は記憶喪失になった、というのに思い至っていないから『変わったね』で終わっているものの、私の変化に全部気がついているなんて。

 

 身近に1人はこうやって気がついているのだから、言わないだけで見ている人は見ているのだろう。

 

 

「絵名ちゃん、ごめんね。ちょっと席を外してもいいかな?」

 

「いってらっしゃい。私はまだ食べ終わってないからゆっくり食べるよ」

 

 

 話が盛り上がっている間に、昼ごはんを一足早く食べ終えた二葉は一旦、席を離れる。

 

 誰もいない間にスマホを取り出して、気になることを検索してみる。

 

 

(自信がない原因は経験不足、過去の失敗、他人との比較、完璧主義……そして、自己肯定感の低さか)

 

 

 どうも、私はリンからジト目で「鈍感」と言われるぐらいには自分のことには鈍感であるらしい。

 今の所致命傷にはなっていないが、こうも言われるのならば何か対策をしなければならないけれど……も。

 

 

(自己肯定感の上げ方って調べたら出てくるのかな……)

 

 

 しばらくの間、私のスマホが自己肯定感というワードに汚染されてしまったのは、また別の話である。

 

 

 






学生から画家とかになるならまず人脈とかパトロンは必須ですよね。フリーランスになるにしても、人脈は作ってないと難しいですし。
とはいえ会社に入って社畜していたら、会社の名前は使えても自分の名前で人脈を築くには個別で動かなきゃ難しいでしょうし……大学生活は遊びの場だけにしちゃダメなのかもしれません。

長々と失礼しました。次回は宮女でえななんがまふゆさんとお話です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。