イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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116枚目 口から心臓は飛び出ない

 

 

 

 

 

 学校が休みであっても部活がある日はあるので、私は暑い日の中でも制服姿で学校に来ていた。

 朝からあった部活もお昼に終わり、部員は全員帰宅済み。

 

 だが、自分の絵だけでなく他の人の絵の相談も受けていた私は予定よりも進捗が遅れてしまっていて、1人居残っていた。

 

 運動部の声が耳を澄ませば聞こえてくるぐらい静かな準備室の中にて、途中まで色を塗った油絵具のキャンバスの前に立つ。

 だけど……今日はどういうわけか、誰もいないこの空間が寂しく感じる。

 

 何か音楽でも流そうかと動画アプリを開くと、モモジャンの生配信が再生してほしいと言わんばかりに私のオススメ一覧で主張していた。

 

 そういえば、今は屋上でモモジャンが生配信している時間だっけ。

 

 

(今日のBGMはこれにしようかな)

 

 

 本当ならば環境音とか、歌詞のない曲の方が集中できるのだろうが、愛莉達の配信も気になる。

 徹夜をしたばかりの体ではただの環境音では眠ってしまいそうだったので、寝落ち対策にも生配信を再生した。

 

 今日の企画は〜とみのりちゃんが元気よく解説してくれている声や、遥ちゃんのハキハキとしているのに落ち着いてる声。

 

 雫のゆったりとした声に、愛莉の芯があって明るくてしっかりとした声と最初は脳内で分類していたのに、気がついたらそんな声もあまり気にならなくなってきた。

 

 

(ここは、こうしてーっと。うん、今の調子なら美術部合同の展示会には間に合うかな)

 

 

 やっと先が見えてきたので一安心。

 ソファに体を預けると、パックの紅茶が机の上に置かれた。

 

 ちょうど喉が渇いていたのでありがたい。

 ストローも挿されていて、飲んでくださいと言わんばかりのそれに手を伸ばした。

 

 

「絵名、結構集中してたんだね」

 

「そりゃあねー、この時期は展示会場の分と文化祭の分とで連続だから大変なのよ」

 

 

 宮女美術部は個々人でのコンペ以外にも、毎年ビルの1フロアを丸々使った展示会と文化祭用の展示の絵を描く必要があったりする。

 

 それなので、現在の時期は本当に忙しい。

 展示用の絵もあるし、文化祭用の絵も待っている。

 

 ……力を抜けば良いのかもしれないが、それを許せるほど絵への気持ちは軽くないのが難点で。

 作品に対して力を抜くなんて思考には至れなくて、あれもこれもと手を伸ばし過ぎてしまっていた。

 

 

「──ふぅん、そうなんだ。だからお昼を過ぎても絵名は残ってるんだね」

 

「うん、そうそう……うん?」

 

 

 かなり自然に横に座って、紅茶の差し入れをしてくれているが、この状況は変ではないだろうか。

 

 ゆっくりと首を横に向けると、瞬きすることなくじっとこちらを見てくる青の双眸が目に入った。

 

 

「ひぇっ!?」

 

「ひぇ?」

 

 

 扉を開く音も、気配もなくまふゆが隣に座っていた。

 私が短い悲鳴をあげると、まふゆも真似するように似たような言葉を繰り返す。

 

 バクバクと煩い心臓を押さえつけて、私は体ごとまふゆの方へと向ける。

 

 

「な、何でまふゆが隣に?」

 

「30分前からここにいるし、声もかけたよ。その質問は今更だと思う」

 

「そう言われても、こっちは心臓が口から飛び出るかと思ったんだからね!」

 

「絵名」

 

「……何よ」

 

 

 神妙な雰囲気でまふゆが名前を呼ぶので、私は警戒心を解くことなく相手の様子を窺う。

 

 が、その警戒は不要だったらしく、まふゆの口から飛び出てきた言葉は何とも言えないものだった。

 

 

「どうして、心臓が口から飛び出るって言葉があるんだろう?」

 

「比喩表現だからでしょ。急に何なの?」

 

「でも、心臓は胃にも腸にも食道にも繋がってないから、突き破ったりしない限りは口から心臓なんて出ないはず。だから、どうしてそんな表現があるのかなって」

 

「そんなの私に聞かれてもわからないんだけど。どうしても知りたいならタイムマシンでも開発して、過去の人に『どういう想いであんな言葉を言ったんですかー』って聞きなさいよ」

 

「想い……わかった。ミク達に聞いてみる」

 

「いや、なんにもわかってないから。ミク達が可哀想だから無茶振りはやめなさいよね」

 

 

 いくら誰もいないセカイがまふゆの想いから創られたからといって、無茶振りしていいわけじゃない。

 まふゆが本気で「比喩表現はどんな想いでできたの?」なんて聞いたら、ミクが「えっと……」と困惑する姿が容易に想像できる。

 

 リン辺りは聞かなかったフリをしてその場を後にして、メイコはいつも通り姿を見せず。

 唯一、対応しそうなルカも「一緒に探してみましょうか」と困惑するミクを巻き込んで楽しみそうだ。

 

 ……これはますます、まふゆに無茶振りのような質問をさせるわけにはいかなくなってきた。

 

 

「まふゆ、本当に質問するのはやめなさいよ。私もミク達も言語学者じゃあるまいし、わからないからね」

 

「……わかった」

 

(うわぁ、めっちゃ嫌そう)

 

 

 表情こそ変わっていないものの、細められた青い目が何となく嫌だと訴えているような気がする。

 こうなったら禁じ手Wだ。上になればなるほど甘いけれども己の首を絞めかねない、禁忌的な手段賄賂(W)である。

 

 

「まふゆってお昼食べたの?」

 

「食べてない。購買は閉まってるし、昼は図書館に寄る途中で買うつもりだったから」

 

「ふぅん、そっか。ならこれあげる。だからミク達にはさっきの質問はナシね」

 

 

 鞄から取り出したサンドイッチの入った箱を手渡し、私もコンビニの袋から今日の昼食を入手する。

 

 

「これ、絵名のお昼じゃないの?」

 

「そうね、でも私にはこれがあるから大丈夫」

 

 

 この前、カフェで二葉が食べていたサンドイッチを食べたくて作ってきたお弁当をまふゆに渡してしまったが……私にはコンビニスイーツの1つ、スティックチーズケーキが残っている。

 

 これを食べれば精神とカロリー的にはお昼ご飯に最適。

 その上、手軽にパクパクッと食べれる優れものなのだ。

 

 ただし、これは個人の感想である。こちらが感じている利点なんて知らぬと言わんばかりのまふゆは目を瞬かせた。

 

 

「絵名、太るよ」

 

「はぁ? そういうの、思っても言っちゃダメな禁句なんだけど!?」

 

「でも、この前も昼をチーズケーキで済ませてたって言ってた。そういう生活は体に良くないと思う」

 

「正論過ぎるけど……そこはデリカシーを優先してよね」

 

 

 体に良くないが先に出てくるのならばともかく、太るよが先にくるのはいただけない。

 そこだけは是非とも、気を付けて欲しい。

 

 ……気を付けると言えばだ。

 

 

「ねぇ。話しを蒸し返すようで悪いんだけど、どうして急に胸から心臓云々の比喩表現のことが気になったわけ?」

 

 

 もそもそとサンドイッチを食べるまふゆを横目に、気になることを聞いてみる。

 というのも、この朝比奈まふゆは誰もが認める優等生であり、私が言ったような比喩表現なんて知っているはずなのだ。

 

 それなのに今日に限って食いついて来て、ミク達にまで被害が及びそうになった。

 そこまで気になった経緯が不思議で仕方がないと伝えてみると、まふゆはポツリポツリと語り始めた。

 

 

「朝、部活があったのは私がここにいる時点で絵名もわかってると思う」

 

「ってことは、部活の朝練がきっかけ?」

 

「うん、先輩が『いつもは流しているようなことも、偶に注意してみたら新しい発見がある』って、別の子に言ってたから」

 

「あー、そういうことね」

 

 

 どうも、新しい発見という言葉がまふゆの先程の質問を引き出したようである。

 新しい発見、というのが何かまでは指定していないのがミソだろう。受け取り手によってどうとでも解釈できる。

 

 そして、まふゆにとっての新しい発見というのが『探している自分』に繋がっている可能性があり、ならば動くしかないと考えた結果がアレだったようだ。

 

 

「その言葉に注目するのはいいんじゃない? ただ、比喩表現だけに注視してみても新しい発見は難しいと思うけど」

 

 

 ただ、あの探し方ではまふゆの探そうとしているものは見つからない。それだけは確かだと思う。

 そう言ったつもりなのだが、少し違うように捉えられていたのか、まふゆは小首を傾げた。

 

 

「じゃあ、あの先輩の言葉は意味がなかった?」

 

「それはまた極端ね……というより、注目するところが違うでしょ」

 

「注目するところ?」

 

「例えば、何で心臓が口から飛び出るって言葉が気になったんだろう、とか。その比喩表現だけが気になるの? 他に気になるものはあるのか、あるなら共通点がないか探してみるとか……そういう感じで探したら良い線行くかもよ? あ、今のは例だから本気に取らないでね?」

 

 

 ……といったものの、別に私はそういう専門家でもなければ、一時期そういう勉強してました〜なんて事実もない。

 だからこそ取ってつけたような予防線を引いたのに、まふゆには聞こえていないのか、口に手を当てて考え込んでいる。

 

 この様子だと最後の方の話は聞いてなさそうだ。個人的には最後の方が大事なのに、無視しないで欲しい。

 言い訳を重ねてもまふゆの心には積み重なりそうにないので、私はチーズケーキの残りを全て平らげてから立ち上がった。

 

 

「私はこのまま絵を描くつもりだけど、まふゆはこの後どうする?」

 

「私は……絵名が良ければ、塾の時間までここで勉強したい」

 

「別にいいけど、図書館に行こうとしてたんじゃないの?」

 

「暑い時期の図書館は冷房があるせいか、人が集まって賑やかなところもあるから。ここなら絵名の声以外気にしなくていい」

 

「遠回しに私もうるさいって言うんじゃないわよ……でも、図書館が賑やかってそんなことがあるの?」

 

「休みの日は子供向けのイベントとか企画を図書館でやってるみたい」

 

「へぇ、そんなのもやってるんだ」

 

 

 図書館といえば本を借りたりする場所というイメージがあったから、イベントをしてるのは意外だ。

 ……いや、そうでもないか。この前、バイトでシブヤとは別の図書館のチラシを作った記憶がある。

 

 その時の企画名が『大人も参加歓迎! 段ボールで作る機織り体験』だったはずだ。そう考えると、色々な企画があるのかもしれない。

 

 

「まぁいいや。まふゆなら邪魔してこないだろうし、好きなだけどうぞ」

 

「ここ、絵名の部屋ってわけじゃないけどね」

 

「一々言葉が多いのよ、バカ」

 

 

 生意気なことを言う口を黙らせて、私は絵を描く作業に戻る。

 

 まふゆが塾があるから帰ると言い出すまで、私達2人は部屋でそれぞれやることに集中したのだった。

 

 

 

 

 







毎日投稿できてる人は凄い方々だと尊敬しているんですけど、それを数ヶ月、年単位で継続できてる人達ってもっと凄いですよね。
読む側としては嬉しいですけど、書く側としては毎日更新は怪物の所業です。続くのも才能なので誇って欲しい……


それはさておき、次回からスクランブル・ファンフェスタ!が始まります。
あっさり2話ぐらいの予定ですが、ファンフェスタの後に山場がありますからね……合わせてよろしくお願いします。


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