それではファンフェスタ編の前編、行きます。
「えぇっ、ファンフェスタに行くの!? 奏が!?」
瑞希の驚きの声がセカイに響く。
作業の前にセカイに集まっていた私達は奏からとんでもないことを聞いていた。
あの、奏が。
お父さんの病院はともかく、家から10分くらいの近所のスーパーに出かけるのも面倒だと買い溜める引きこもり体質の奏が。
まさか自分から外に出ようとしているとは信じられなくて、私は奏の額に手を伸ばした。
……うん。吸い付くようなきめ細かい肌に、ちょっとひんやりとした額だ。
ずっと触っていたくなる良い肌触りである。これで手入れもほぼしてないのだから、奏は神秘の塊なのかもしれない。
「あの、絵名? わたし、熱はないからね?」
「あ、ごめん」
困ったように眉を下げて笑う奏に、私は反射的に頭を下げた。
いつもと違う行動をしたら熱を疑うなんて、確かに失礼な話だ。
素直に頭を下げて奏に許しを乞うと、冗談の範疇だったのですぐに許してもらえた。
では、気を取り直して奏の珍しい外出理由を聞いてみよう。
「それで、奏はどうしてファンフェスタに行こうと思ったの?」
「ずっと活動休止していたクリエイターが参加するから、その人の曲を聴きに行きたいなって思って」
「……態々行かなくても、家で聞けるんじゃないの?」
会話の間にぬっと割り込んできたまふゆの意見の方が、普段の奏らしい行動のように感じる。
やっぱりいつもの奏らしい行動のように思えなくて、皆の視線が奏に集まった。
「その人、活動休止をする時に動画を全部消しちゃったんだ。CDも出してないし、音源を聴けるところがどこにもなくて」
動画もCDも何もないからファンフェスタに行こう、となるなんて人混みが苦手な奏からすれば珍しく思う。
私もリンのように「ふうん、そうなんだ」と納得出来たら良かったのに、やっぱり珍しさが勝ってしまうのは、心が汚れているからだろうか。
だが、珍しいと思ったのは私だけではないようで、瑞希が私の言葉を代弁するように口を開いた。
「でも、人混みが嫌いな奏が行きたいって言うのは珍しいよねー。そんなにそのクリエイターが好きなの?」
「あぁ、うん。それもあるんだけど……夏祭りでライブを見た時に、外に出て音楽を聴きに行くのもいいなって思ったんだ」
どうやら奏は彰人達も出ていたライブイベントに触発されたらしい。
珍しい行動と解釈するよりも、今までの経験から奏が成長したと考えるのが正解だったようだ。
(奏も成長したんだなぁ)
嬉しいような、寂しいような。
そんな複雑な気持ちに苛まれていると、笑みを浮かべる瑞希の顔が目に入る。
「夏祭りのライブはどのアーティストもレベルが高かったし、楽しかったよね~」
「うん、体全体が音に包まれてるような気がして、すごく気持ちよかったかな」
瑞希と奏が話ている中、私と同じようにほんの少しだけ距離を取る子が1人。
奏の話を聞いて「音に包まれてる……」と、まふゆが思案するように呟いている。
何か感じることでもあるみたいだが、ルカが話しかけているみたいだし今は置いておこう。
ルカとの話をこっそりと聞く限りではまふゆもライブは悪くなかったようだし、今は奏の言っているファンフェスタを検索してみた。
(へぇ、このフェスは屋内なんだ。これなら奏もちょっとは楽できそうね)
少なくとも、この前の夏祭りの時みたいな対策はしなくてもいいだろう。
日差しや暑さで溶けそうな奏はいないことだけは確信できる。
……溶けはしないだろうが、滅多に外出しない奏が1人で行くのが心配になってしまうのは杞憂だろうか。
しかし、会場は夏祭りの時よりも大きく、周りも迷路のように入り組んでいて奏1人で無事に辿り着き、帰って来れるのかと泡のように不安が浮かんでくる。
いくら不安の泡を潰してみても、やっぱり心配だ。だからといっても私だけが付いて行くのも違うだろうし。
いや、落ち着こう。
ここで『私1人だけ付いて行こう』と考えるからダメなのだ。それこそ、夏祭りの時の様にすればいい。
「ねぇ奏。このファンフェスタって楽しそうだし、どうせなら皆で行かない?」
「……え、皆で? いいのかな」
「悪いことはないでしょ。ねぇ、瑞希」
「確かに奏と絵名だけで行くのは心配だしね~。折角の機会だし、ボクも行こっかな!」
「何で私まで心配されてるのか疑問だけど……瑞希も参加、決定ね」
私自身も奏が心配だという理由で提案したせいで、瑞希の台詞に強く出れない。
つい最近まで顔が真っ青人間だったこともあり、尚更、言い返す言葉もなかった。
「奏も絵名もボクも行くってことで、もちろんまふゆも一緒に行くよね?」
「私が行く意味あるの?」
(わぁ、予想通りの答え……)
瑞希の問いかけにどうして自分も行くのか、全くわからないと言わんばかりの態度のまふゆ。
さて、ここで追撃するならば、まふゆが興味を引くような言葉を投げなければならない。
もしここで『難しいことは考えずに、楽しくライブを見ればいいじゃん』と言ったとしよう。
すると、自分行方不明人間であるまふゆは『悪くはなかったけど、楽しいかどうかもわからなかった』とバッサリ切ってくるだろう。
私の脳内まふゆ反応メーカーが100パーセントの可能性を指し示しているからこそ、無謀なことはできない。
そんな中でもまふゆの反応が良くなる言葉といえばやはり『自分が見つかるか否か』だ。
つまり、それらしい説得材料が必要だってことである。
どれだけまふゆが反応する材料を作れるか、ほんの少しだけ付き合いの長い私の腕の見せ所だろう。
「まふゆはただ楽しむだけにフェスに行く気にはならないよね?」
「……夏祭りの時は楽しいかはわからなかったから、フェスも楽しめないと思う」
「なら、色んな曲を生で聴いたり感じたりしてるうちに、本当の自分が掴めるかもって考えたらどう?」
「本当の私が?」
手応えありだ。
心の中でガッツポーズをしつつも、表には出さないように。
バレないように細心の注意を払って、行きたいと言うようなプレゼンをしよう。
「確かに今は楽しいかどうかもわからないかもしれない。でも、それはこの前の奏の曲も同じだったじゃん」
「今は……少しはわかったと思う」
「そうね。この前は笑ってたし、ちょっとは何かを感じたんだろうなって思うけど、どうだった?」
「うん、温かくなったのはわかった」
「今回も色んな曲を聴いているうちに、好きなものとか苦手なものも見えてくるかもしれないでしょ。そういうヒントを見逃すのは勿体無いなって思うのよね」
本当のところはヒントを見つけられるかどうかなんて、運とまふゆの心持ち次第だろうけれど。
それでも、意外と誰かとの思い出というのは力になるものだと断言できる。
私はそう考えるからこそ、それがありがた迷惑だと思われたとしても、まふゆともそういう思い出を作りたいなと思うのだ。
「おやおや〜」
行く気になってほしいと祈りながら説得していると、ふと、ニヤニヤと笑っている瑞希と目が合った。
奏はこちらを見守ってるような視線なのに、何故か瑞希は愉快そうな目で私を見ているのだ。
「何よ」
「まるで詐欺師のような説得、流石は絵名だねー」
「ちょっと、その言い方は失礼だと思うんだけど?」
側から見たら詐欺師に見えたのかもしれないけれど、別に騙すつもりも何もないのに酷い評価だ。
そんな不満を視線に込めて睨んでみても、本人にはノーダメージのようで。
どこ吹く風という顔で瑞希はまふゆに笑いかけた。
「ねぇまふゆ、今も行く気にはならない?」
「ううん、行く」
「おおう、即答じゃん。じゃあ全員参加決定だね!」
うんうん、と態とらしく頷く瑞希の視線がまた、こちらに向けられる。
その目はやはりどこか楽しそうなままで、自慢げな色も含まれているように見えた。
「それにしてもー。まふゆが前言撤回しちゃう説得をしちゃうなんて、流石は『たらしなん』だよねー」
「その原形もないあだ名はやめなさいよね。それに……私が言わなくても、瑞希なら似たようなことはできたんじゃないの?」
「どうだろうねぇ。ボクはそこまで口が上手くないからなぁ」
「私も瑞希が思うような口の上手さはありませんー」
後、誰がたらしか。
たらす才能があるのであれば、私だってもう少し上手く立ち回ってるはずだ。
詐欺師は不名誉だし、たらしは過大評価である。
たらしと呼ばれるほど人に好かれるはずもないし。
……なにより、彼女じゃなくて私がここにいる理由を知らないから好意を持ってくれているだけなのだ。思い上がってはいけない。
「とりあえずたらしは強く否定するとして……」
「えー、間違いじゃないと思うんだけどなー」
「するとして!」
揶揄い上手な瑞希を押しのけて、ずっと話すことなく黙って成り行きを見守ってくれていた奏に声をかけた。
「待たせてごめんね、奏。そういうことで、皆でファンフェスタに行こうよ」
「うん。ありがとう、絵名、皆」
これで無事、ファンフェスタに行くことが決定した。
後は細かいことを決めて、次の休みの日に出かけるだけ。
ミクは奏と話しているし、メイコはまた無言で立ち去った後。瑞希とまふゆはルカの方にいるから問題なし、と。
仕事をやり切ったことにこっそりと息を吐き出し、体の力を抜く。
その瞬間、名前を呼ばれると共に肩を叩かれた。
「絵名」
奏達は見ていないと判断して力を抜いていたものの、そういえばリンの居場所を確認していなかった。
「どうしたの、リン」
振り返ってみれば、いつもよりも不満そうな顔をしたリンの姿があって。
本当にどうしたのだろうか。何が気に入らなかったのかと考えていると、リンが答えを提示する。
「あのさ」
「うん、なぁに?」
「否定したいみたいだけど、絵名は人誑しだと思う」
「……そっかぁ」
丁寧に宣告してくるぐらいには、リンの中の私はたらし扱いされているのか。
「リンの私への評価が鈍感で人誑しって、ロクでなしじゃん」
「そこまでは思ってないし、絵名にも理由があるのはわかる。でも、ちゃんとそういうのも認めないと、絵名を見てる人達にも失礼だよ」
「……ぐ、そうよね。こればっかりは難しいんだけど、頑張ってみる」
「うん、応援してる」
耳が痛いが、リンがハッキリと言ってくれているのだ。向き合うべき時が来たのかもしれない。
(うーん……今度、自分が好きになる方法とか調べてみようかな)
そんな小手先の手段で意識改革ができるのかは疑問だけど。
「絵名」
「うん?」
「楽しんできてね」
それでも、リンが私を想って言ってくれているのはわかるから……頑張ろうとは思う。
鈍感属性人誑しえななん。
ラノベ主人公属性盛りの厄介な女の子に仕上がってますね……
次回はフェス後編です。