イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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119枚目 同じ体験をしてみれば……?

 

 

 

 

 

 

「皆で何してんの?」

 

 

 いつものように曲を再生してセカイに行った後、思わず漏れてしまった声がそれだった。

 

 ミクとリン、ルカがいるけれどメイコが逃走中なのはいつも通りで良いとして。

 何故かミクがタンバリンを持ち、リンがカスタネットを、ルカがマラカスを振って音を鳴らしているのだ。

 

 本当に何をしているのか教えて欲しい。そもそもその楽器はどこから持って来たのだろうか。

 

 私は全部知ってそうなピンクを取っ捕まえて、体をユサユサと揺らした。

 

 

「元凶は瑞希なのはわかってるから、キリキリ吐いてくれない?」

 

「ちょっと待ってよ! どうしてボクが元凶だと決めつけるのさ!?」

 

「あれ、違うの?」

 

「……」

 

 

 この沈黙は肯定だろう。自白しているようなものである。

 

 それに、瑞希の手にはひらがなで自分の名前を書いているハーモニカが握られている。

 字の薄れ具合といい、恐らく小学校の時に使っていたであろうハーモニカだ。

 

 何かをきっかけに皆で楽器を弾こうと、瑞希がセカイに持って来たに違いない。

 

 

「と、ここまでは予測できてるのよ。だから観念しなさいよね」

 

「絵名は陰険自撮り女じゃなくて、妖怪自撮り女だった……?」

 

「何、もっと揺らして欲しいって?」

 

「いやいや全然! えななんは可愛い女の子です!」

 

「……誰もそんなことを言えとは言ってないでしょ」

 

 

 か、可愛いって言われるのは嬉しいけれども、こんなシチュエーションで言われるのは色々複雑だ。

 

 

 複雑な気持ちに苛まれていると、セカイに新しい人影が現れた。

 残りは奏かまふゆしかいないのだが、意外なことに現れたのはまふゆだった。

 

 しかもまふゆの手にはリコーダーが2本握られていて、犯人が瑞希だけではなかったことを察してしまう持ち物である。

 これはどちらにも話を聞いた方が良さそうだ。瑞希の肩から手を離し、主犯っぽい2人を並べた。

 

 

「それで、ミク達も巻き込んで何をするつもりだったの?」

 

「これにはシャーペンの先よりも小さく、紙のような深さの理由があってね……」

 

「真顔と真剣な声の作り方は上手だけど、その表現だとくだらない理由ですって自白してるようなものだからね?」

 

 

 瑞希の言い訳を一刀両断してから、まふゆの方へと視線を向ける。

 まふゆはきょとんとした顔でこちらを見てから、横にいる瑞希を見やった。

 

 

「ファンフェスタのライブもよくわからなかったから、似たようなことをすればいいんじゃないかって、瑞希が」

 

「嘘でしょ、割とまともに聞こえる提案じゃん……」

 

「絵名はボクのことを何だと思ってるのかな?」

 

 

 瑞希が不満そうに訴えてくるが、胸に手を当てて考えて欲しい。

 ふざける所はしっかりとふざけてくるものだから、今回も警戒してしまったのだ。

 

 

「勘違いして悪かったわね」

 

 

 過剰な反応をしてしまったのも事実なので頭を下げて謝罪するものの、その行為をすぐに後悔しそうになった。

 

 頭を上げた瞬間、ニヤリと笑う瑞希の顔がこんにちは。

 私の中から反省や申し訳なさがさようならしたのは、言うまでもなく。

 

 

「じゃあ絵名も参加しよう」

 

「は? 参加するって本気で言ってる?」

 

 

 リンが結構嫌そうな顔をしていると、私もじゃあやろうかとは素直に言えない。

 家に楽器なんてないし、ミク達や瑞希の持ってる楽器を見ても、混沌としたものになりそうなのは容易に想像できる。

 

 

(もう逃げよっかな)

 

 

 頭の中で冷静に並べ立てれば立てるほど、現状に地雷要素しか感じず、撤退の選択を選ぶのはすぐだった。

 

 ……その選択はぬっと差し出されたリコーダーによって遮られてしまったのだけど。

 

 

「絵名の分、あるよ」

 

「その、他人のリコーダーを使うのはちょっと」

 

「そっちは新品だから大丈夫」

 

「はい?」

 

「それは新品だから……」

 

「いや、聞き返してるんじゃなくて。なんでリコーダーを2本も持ってるのよ?」

 

 

 何を言ってるんだと思っているのも嘘ではないが、聞こえているし頭も言葉そのものは処理できている。

 ただ、どうしてリコーダーを2本も、しかも片方が新品なのか理解できなかっただけだ。

 

 そんな小さな疑問に詰まっていると、まふゆが目を瞬かせた。

 

 

「そんなに聞きたい?」

 

「あっ……いや、やめとく」

 

 

 きょとんとしていた表情から一変、ストライキしていた表情筋が急に仕事を始めたのだから変な声が出てしまった。

 何だ、あの暗黒微笑と呼ぶべき笑みは。隣にいる瑞希が全力で他人のフリをしているぐらいには怖い顔だ。

 

 リコーダーは高校では縁のなかったものなので恐らく中学時代のモノだと思うが……暗い笑みと新品なリコーダーが何とも言えない嫌な予想を掻き立ててくるので、私はおとなしく口を噤んだ。

 

 暫くすればまふゆからの圧も消えて、ただ様子を窺っていた瑞希がホッと息を吐き出す。

 

 

「ひぇー、藪蛇藪蛇。絵名、気を付けてよ~?」

 

「……ごめんってば」

 

「おー、素直だね。じゃあリコーダーを」

 

「やらないからね?」

 

 

 まふゆから新品らしいリコーダーを受け取って、手渡そうとしてくる瑞希から距離を取る。

 どうしても私を小さな楽器の音楽隊に参加させたいらしく、まふゆも無言で動いてミクを連れて来た。

 

 ミクは私とまふゆの顔を見て右往左往していたものの、意を決した顔でこちらに向かい合う。

 

 

「絵名、一緒にしないの?」

 

「うっ、ここでミクは卑怯でしょ」

 

 

 ミクが軽くタンバリンを鳴らす後ろで、ルカまでマラカスで存在感をアピールしてくるのは本当にずるい。

 

 この場にいる唯一の味方は諦観しているリンぐらいだろう。

 聞いてた話と違うと言わんばかりの嫌そうな顔といい、リンだけは私の味方に違いない。

 

 

「あれ。皆、もう揃ってたんだ」

 

 

 その予想はどうやら正しかったらしく、最後にセカイに現れた人物──というか、奏の手には電子ピアノが握られていた。

 

 

 ……奏もそっち側だったのか。

 

 そう思ってしまうものの、よく考えれば奏だってノリが悪いわけではない。

 基本的に滅茶苦茶優しいし、動画の方向性やトゲトゲしてない時以外はできるだけ付き合おうとしてくれるだろう。

 

 そこに『まふゆ』という理由を付けたら、私以外は何も知らなかったという状況になってもおかしくない。

 

 

「ふふーん。絵名、これで多対1だねー。諦めてこのリコーダーを受け取るのだ〜」

 

「リコーダーなんて中学以降、吹いた記憶がないんだけどなぁ」

 

 

 仕方なく瑞希からリコーダーを受け取ってみたものの、私の気持ちは自分でもわかるぐらい後ろ向きだ。

 

 リコーダー。

 それは記憶を取り戻してすぐに、私を苦しめた楽器の名前だ。

 

 目が覚めたら記憶喪失の中学2年生だった私はそれはもう、あの楽器に苦しめられた。

 比較的簡単だとはいえ、丸々1年分のリコーダー知識がなかったのである。

 

 リコーダーを使う音楽の授業が始まるまでに、1から覚え直し。しかも、それを知ったのが1週間前という地獄。

 まだちょっとよそよそしかった彰人が「うるせえよ」と苦情を入れるぐらいには朝も夜も練習していた。その節は本当にありがとうございましたレベルの大苦行だ。

 

 中学の卒業とともにあのリコーダーから解放されたと思っていたのに、まだ追いかけてくるとは予想外である。

 高校の選択授業で音楽を選ばなければ見ることもないと考えていた高校1年生の私は甘い考えだったというわけだ。

 

 

「……まさか、高校生にもなって楽器に触れることになるとはね」

 

「高校って選択だもんねー。絵名はやっぱり音楽よりも美術?」

 

「授業中に合法的に絵を描けるのに、別のことに時間を使うわけないじゃん」

 

「あはは、ですよねー」

 

 

 予想できていただろうに、瑞希は「らしいな~」と大袈裟に笑う。

 ……そこまで笑うことはないのではないか。不満を視線に込めて睨むと、瑞希は笑みを浮かべたまま首を横に振る。

 

 

「ボクなら美術は選ばないから、面白くて」

 

「あー、何となく想像できる。瑞希って作品とか、期限までに完成しなさそう」

 

「その点、音楽ならちょっと事前に練習してテストの日と出席日数さえ気を付けてたらいいから、楽なんだよね~」

 

 

 実に瑞希らしい選択授業の選び方に、思わず笑ってしまった。

 私に向かってらしいと笑っていたのに、瑞希の理由も『らしさ』が出ているから面白い。

 

 さっきまで自分が笑っていたのに、今では笑われる側になっているのが嫌なのか。

 瑞希は渋そうな顔をしつつ、話題の矛先をまふゆに変えた。

 

 

「まふゆは選択授業は何選んでるの?」

 

「美術」

 

「え、マジ?」

 

「……嘘をついてどうするの?」

 

 

 いつものわからないと言いたげな雰囲気に、瑞希は油の切れた機械の様にぎこちなく首をこちらに向けた。

 

 

「絵名。まふゆの言ってることって本当?」

 

「うん……悔しいことに、模写とかめちゃくちゃ上手いのよね」

 

 

 私に汚いやら線が歪んでるやら言っていた時期があったこともあり、まふゆの模写はよく特徴を捉えていた。

 影の付け方やら技術的な面から重箱を突くような行為をしようと思えばできるものの、絵の勉強や大した練習をせずに描けるレベルではないことは確かだ。

 

 

(少なくとも、私が描き始めた時よりも圧倒的に上手いのよね……悔しいことに)

 

 

 先生の言う『光るものがある』というのはきっと、まふゆのようなことを指すのだろう。

 本人に熱意があれば大成するだろうが、絵の方面はそこまで興味がなさそうなのだけが、唯一の救いなのかもしれない。

 

 持っているリコーダーがずしりと重たくなった私の内心が悟られていないようで、ハーモニカを持った手を高く掲げて瑞希が宣言した。

 

 

「それじゃあ、お喋りはこれぐらいにして皆でプチライブをやってみよ〜!」

 

「ここまで巻き込まれたらやるしかないんでしょうけど……何の曲をやるのよ?」

 

「うーん、猫踏んじゃったとか?」

 

「ピアノ曲をリコーダーでどうにかしろと?」

 

 

 碌に知識もない私でも、難しいことぐらいは理解できるのだが。

 

 提案してきた割にノープランな瑞希に視線で不満をぶつけても『テヘペロ』という、可愛いのか腹立つのか半々な態度しか返ってこない。

 

 今回こそ帰ってやろうかとスマホを取り出すと、まふゆの手によって画面を隠された。

 

 

「絵名、リコーダー用に猫吹いちゃったっていうのがあるらしいよ」

 

「嘘でしょ、あるの?」

 

 

 『猫踏んじゃった リコーダー』で調べたら……ちゃんと出てきてしまいました、まふゆの言う吹いちゃったとかいうヤツ。

 奏も猫踏んじゃったぐらいなら弾けちゃうらしいので、逃げ道は完全に塞がれたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 ──それから小1時間ほど、まふゆにダメ出しを受けながらリコーダーの練習を経て、セカイで合奏をすることになったものの。

 

 最終的にはこういう日も悪くないと思ってしまった自分がいて、流されやすいなぁと我ながら呆れてしまったのは、瑞希に揶揄われそうなので秘密である。

 

 

 






芸術の選択科目で作者の学校では書道・音楽・美術と選べるんですけど、工芸とかもある学校もあるらしいですね。
たぶん、原作のまふゆさんは音楽を選んでそうだなと思いつつ、こっちにはえななんがいるので美術選択してもらいました。
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