イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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12枚目 年末も頑張る東雲

 

 

 冬に向けて、思い切って2つの学生対象のコンクールに絵を送った後。

 

 愛莉とクリスマスパーティーをすること以外、ほぼ絵漬けの冬休みを送っている私は、年末も関係なく部屋に篭って絵を描いていた。

 

 

「絵名ー、ポストにあなた宛の封筒が入ってたわよー」

 

 

 窓を開けて冷たい風を入れてもなお、絵の具の匂いが充満している部屋にお母さんの声とノックが響く。

 

 

「封筒2つ共、コンクール関係みたいだけど……いらないの?」

 

「え!? ちょっと待って、受け取りに行くから!」

 

 

 だって年末に2つ届くなんて思わないじゃない!? と、内心で言い訳しつつ、手をウェットティッシュで拭って、慌てて部屋を出る。

 お母さんからの「1日中部屋に閉じ籠るのは体に良くないわよ?」というありがたいお言葉と共に、2つの封筒を受け取って部屋にそそくさと帰還した。

 

 今回応募した賞は学生向けのものであり、それぞれ最優秀賞、金賞と1番の賞の名称が違う。

 賞金が出る賞もあるが、計算結果、今のところは扶養の関係で引っかかることはないだろうとお母さんと一緒に確認している。

 

 取らぬ狸の皮算用だと言われるかもしれないが、夢を見るのは自由だろう。

 そんなツッコミと言い訳を脳内で繰り広げながら、今回の作戦の成果を確認した。

 

 

 1通目、最優秀賞。

 2通目、金賞。

 

 

 全部狙い通り。全部1番だ。

 

 

「……よしっ!」

 

 

 思わず普通の声でガッツポーズ。

 あまり気乗りはしなかったけれども、作戦は間違っていなかったのだ。

 その証拠が2つもズラリと並んでいて、私の顔は自然と笑みを浮かべていた。

 

 

 

 ──ピロリン。

 

 

 

 そんな有頂天な私の気分に水を差すように、スマホの通知音がなる。

 委員長からの連絡だよと言わんばかりにスマホの画面が輝くので、私はそれに手を伸ばす。

 

 学校の連絡でもないのに、大して仲良くない私に連絡をしてくるとは、珍しいこともあったものだ。

 

 水を差されたことに対する気分の落ち込みよりも、意外さが勝った状態の私は素早くタップして連絡画面を開く。

 

 

『お母さんが見てるサイトの記事に、東雲さんっぽい記事があったらしいよ。この内容、本当なの?』

 

 

 そんな文章と共に送られてきたスクリーンショットの画像。

 元記事は削除されていたらしく、URLはタップしても記事を閲覧できない。

 私は仕方なく画像を1枚1枚、確認した。

 

 

 ──冬期のアートコンクールを乱獲? その正体は天才画家の娘だった!

 

【天才画家の遺伝子は画家の天才の卵を生み出したのか?】

 

【やはり才能は遺伝するのかもしれない】

 

 東雲の名前からわかるように、天才画家である東雲慎英先生の娘もまた、天才の片鱗を見せ──

 

 

「うわ、何これ。確かに私のことなんだろうけど、嫌な感じ」

 

 

 委員長の情報によれば、ある絵画関係の情報を定期的に発信しているサイトにて『新人発掘』という大義名分と共に、私らしい存在を示唆する言葉を並べた記事が出ていたらしい。

 

 

「とりあえず『受賞は本当だよ』だけ返信しとこ」

 

 

 送ったメッセージにすぐに『本当なんだ! 受賞おめでとう!』という文章とおめでとうとスタンプが来たので、ありがとうのスタンプを返しておいた。

 

 普段最低限の連絡しかしない委員長から連絡が来る。

 そんな物珍しい反応を見ていると、怖いもの見たさなのか、SNSでの反応も気になってきた。

 

 ピクシェアを開いて、今回のアートコンクールの名前で検索してみたり、サイトの名前で検索をかけてみる。

 すると、予想通りに私の話題に見せかけた『東雲先生(お父さん)がすごい!』という褒め言葉の数々が目に入って、すぐに閲覧するのをやめた。

 

 

(世間の評判なんて過剰に気にするべきじゃないと思うけど……気に入らないのよね)

 

 

 さっきまで嬉しくて、喜びで胸がいっぱいになった賞状がただの紙切れにしか見えなくて、何の感慨も持たずに壁に飾り付ける。

 

 スケッチブックの絵に少し、近づいた光景。

 小さなコンクールでも1番になって、才能を証明できたはずなのに……今は全く嬉しくなかった。

 

 

「きっと、まだ足りないんだろうな」

 

 

 そうだ、そうに違いない。

 

 小さい賞を受賞したところで、井の中の蛙。アマチュアの世界で威張っているだけの愚か者だ。

 それに、いくら最優秀賞を取っても売れなくてバイトで食い繋ぐ画家もいるのだ。この程度で喜んではいられない。

 

 春よりも冬になった今の方が成長しているのは認めよう。

 しかし、画家になるのであれば──この厳しい世界で戦うのならば、こんなところで満足してはいけない。

 満たされてはいけないのだと、私の心が戒めているからこそ、今は気分が悪いのだ。

 

 そう私は思い込んで、次の問題に頭を悩ませる。

 

 

(次に壁に飾る為の賞はどこのコンクールを狙えばいいかな)

 

 

 プロアマ問わずの所に送れば、もしかしたら届く可能性もあるし、小細工諸共叩き潰されるのかもしれない。

 私の思い上がりも、雑誌の評価も木っ端微塵にしてくれる可能性もある。

 

 明日の教室で雪平先生から、そういうコンクールがないか聞いてみてもいいだろう。

 

 そこまで考えて、着手していた絵の方へと視線を向ける。

 殆ど描きあげていた絵が視界に入るものの、それを完成させる気分ではなかった。

 

 

「買い物でも行って、気分転換しようかな」

 

 

 コンビニは高いし、時間はあるからスーパーの方がいいか。

 いや、正月価格で値段が上がってるし、どこも一緒かもしれない。

 

 そんなことを考えつつリビングに顔を出すと、お母さんが忙しそうにお正月の準備をしていた。

 

 

「お母さーん。今から買い物に行こうと思うんだけど、何か買って来た方がいいものとかある?」

 

「あら、買ってきてくれるの? なら、金時人参をお願いしてもいい?」

 

「えっ。それはちょっと、前向きに検討しますので他のとかは……?」

 

「絵名ったらそんな言葉を使って……いつの間に将来の夢を政治家に転向したの?」

 

「転向なんてしてないからっ」

 

 

 人参がとても嫌なだけで、私の心はいつも画家を目指している、人参嫌いの絵描きである。

 政治家なんて難しそうなことを人前で話す仕事をする予定はない。

 

 

「ねぇ、お母さん。おせちに金時人参はいらないんじゃないかなーって思うんだけど。ほら、アレって関西で食べられることが多いんでしょ?」

 

「ウチでは毎年、お正月には金時人参のきんぴらを出してるのよ。諦めて買ってきてちょうだい」

 

 

 去年の正月の記憶なんて当然のようにないので、慣例とかそう言われると弱かった。

 せめてもの抵抗に、買い忘れとかしたらダメだろうか。

 

 

「買い忘れても、お母さんが後でちゃんと買ってくるからね?」

 

「えぇー……はぁ、いってきまーす」

 

「いってらっしゃい、お願いね」

 

 

 私の小癪な思考回路なんてお見通しのようで、先手を打たれる。

 ここは白旗を振るしかない。

 諦めてお母さんに背を向けた私は、自ら敵のような存在を買いにスーパーへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 スーパーで渋々金時人参と他にも欲しいものを購入した。

 

 憎たらしいぐらい艶が良く、美しい紅色をしている人参である。

 こいつも私直々に選別されて、お母さんにきんぴらへと改造されるのは本望だろう。

 

 ……私は嫌だけど。すっっごく嫌なんだけど!!

 

 

「ただいまー」

 

「……なんだ、絵名かよ」

 

「何よ、私じゃ悪いわけ?」

 

「別に。お前が今日、外に出てるとは思ってなかっただけだ」

 

 

 玄関の扉を開くと、丁度靴を脱いで並べていたらしい彰人と会った。

 

 靴箱に入れていないところを見るに、また外を出ていく予定なのだろう。

 どうやらタイミング悪く、家に寄った彰人と鉢合わせしたようである。

 

 最近は更に頑張って練習しているみたいだし、今日も弟はビビッドストリートに行っていたようだ。

 あの辺りは路上でのライブパフォーマンスとかもあるので、彰人も一端にそういうことをしているのかもしれない。

 

 ビビッドストリートの中に入ったことはないものの、名前通りストリート系って言葉が似合いそうな場所なので、絵の題材としては魅力的だ。

 私も夏休みの間は遠くからその絵を描いていて、楽しい題材だったと記憶している。

 

 今度はちゃんと、隅々までスケッチしても面白いかもしれない。

 

 

「この後、すぐに出て行くの?」

 

 

 私の方はもう出て行くつもりはないぞと伝えるように、靴箱に靴を入れる。

 

 

「ああ。あの夜を超えてやるって、決めたからな」

 

「ふーん、そっか」

 

 

 余程その『夜』とやらが凄かったらしく、彰人の練習への情熱は高まったままだ。

 彼のことだから、無茶をしても体調不良で倒れることはないだろう。その辺は私よりもしっかりしているし。

 

 それに、私自身ものめり込んでいるものがあるので、弟が年末年始なんて考えずに夢中になる気持ちもわからなくもなかった。

 

 

「ん」

 

 

 どうせこの後も忙しなく動き回るのだろう。

 私は買ってきたホールのチーズケーキと金時人参を袋から取り出し、残っている品物を袋ごと押し付けた。

 

 

「いや、んって何だよ……」

 

「あげる。じゃ、私はお母さんに渡さなきゃいけないものがあるから」

 

 

 彰人に渡したのは深夜に食べてやろうと目論んでいたチーズケーキタルトと水、後は愛莉も最近愛用しているらしいのど飴だ。

 のど飴の方はどこまで有効なのか知らないが、評判もいいらしいし、愛莉も絶賛の品である。悪くはないだろう。

 

 

「あっ、おい、絵名!」

 

「何よ」

 

「その……気を遣わせちまったみたいで悪い」

 

「……別に、遣ってないから。偶然よ、偶然。あんたがそこにいたから、荷物を押し付けただけだし」

 

 

 タルトと水は元々私の夜食用だし、彰人と会ったのだって偶然だ。気を遣ったなんて思われても困る*1

 

 いつまでもチーズケーキと金時人参を持って玄関でたむろするのも嫌だったので、さっさと玄関から離脱した。

 

 

 

 リビングに戻れば、またお母さんが台所の前で忙しそうにしている姿と、おせち用の料理を机の上に広げている光景が目に入る。

 

 忙しなく動く姿を見ていると、このまま人参を持って帰って野菜スタンプに加工するのが私の為になるかもしれない。

 そんな悪魔が私に囁きかけて、部屋に戻ろうとした瞬間。

 

 

「絵名、おかえりなさい。それ、渡してくれる?」

 

「……はい」

 

 

 さっきまで忙しそうに動いていたのに、いつの間にか私の近くにいたお母さんが掌を見せてきた。

 抵抗なんて無駄らしい。私は諦めて金時人参を差し出す。

 

 今年の年明けも人参とあけましての挨拶をするのか。

 今年もよろしくお願いしたくないので、本当にどこかに行って欲しいものである。

 

 

「あ、お母さん。落ち着いたら残りのチーズケーキ、お父さんと分けて食べてね」

 

「あら、いいの?」

 

「残ってるのは半ホールだけどね」

 

 

 お母さんとお父さんは4分の1、私は欲張りに2分の1食べるので、彰人とかがいたら『太るぞ』とか生意気なことを言われる取り分だけど。

 

 

「ありがとう、後でお父さんと食べるわね」

 

「じゃ、私は部屋に戻るから」

 

 

 半ホールのチーズケーキとフォークを手に、自室に退散した。

 彰人も頑張っているし、私も頑張ろうと決意して、まずはケーキを平らげる。

 

 

 その頃にはもう、画像を見た時の不快な気持ちはすっかり忘れていた。

 

 

*1
ただしのど飴は別。





公式様の彰人君とえななんの絡み、いいですよねー。
姉弟だなーって感じがしますし、見てて微笑ましくなるんですよね。

記憶喪失えななんは『家族にできればあまり迷惑をかけたくない』って思ってるので、彰人君をコンビニに走らせたり、爪で引っ掻いたりはしないんですけど。
(但し『○時に部屋に呼びに来てー』とか、彰人君をアラーム代わりにするのは喪失してもしなくてもそこまで変わらないものとする)
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