フラグ建設中……
いつもの様に作業から解散した後、瑞希から連絡があった。
ナイトコードに連絡をくれたらいいのにと思いつつもアプリを開き、目に飛び込んできた文字が、以下の通り。
『明日、予定空いてるって言ってたよね。良かったらボクとひと夏の思い出を作らない?』
『夏休みは終わってるんだけど、いつまで休み気分なの?』
『まだまだ暑いから夏でいいんですぅー』
文章そのまんま、深夜テンションでもびっくりなやりとりである。
とりあえず睡眠を挟んで、待ち合わせ場所である宮益坂に来た今でも信じられない文章。
現在、3回目の受け入れ時間を設けているが、やっぱり頭は瑞希からの連絡にツッコミしかしなくて。
夏祭りやファンフェスタと夏の思い出なら沢山作っただろう、というのは野暮なのだろうか。
そもそもひと夏の思い出というワードに対しても、何を言ってるんだとツッコみたい。
「まだ暑いし、昨日から悪夢でも見てたのかも。今日はもう帰ろっかな」
「いや、折角ここまで来てくれたのにUターンしようとするのはヒドくない?」
「……あ、夢じゃないんだ」
「逆にどうして夢だと思ったのさ」
「あんな頭の悪い連絡が来たら夢か熱かを疑うわよ」
「む、絵名ってば失礼だな~。あんまりにも失礼だとボクでも怒るからね?」
瑞希は両手の人差し指を立てながら悪戯っぽく笑う。
どうやら人差し指は鬼の角を表現しているらしい。全く怖くないけど、怒るぞという意思は伝わってきた。
「はいはい、夢だって言うのは言い過ぎたわね。それで、今日はその思い出作りとやらでどこに行くつもりなの?」
「ふふーん、えななん隊員、ナイトコードに送った準備はバッチリできてる?」
「日焼け対策とスケッチブックとかも持ち込み可、だっけ? できてるわよ、Amia隊長」
「流石~♪ 準備もノリもバッチリだね!」
見せかけの怒りはノリを合わせることで相殺できたらしい。
上機嫌になった瑞希に手を引かれて、私達は宮益坂を通り過ぎる。
(そういえば……初めて会った時もこんな感じだったっけ)
夏という季節が同じだからだろうか。
お互いに名前も何も知らない者同士の時のことをふと、思い出した。
あの時の瑞希は私に手を引かれていたし、この世で1番不幸ですと言わんばかりの暗い顔だった。
だけど、今は手を引っ張ってるのは瑞希だし、その顔もとても楽しそうだ。
(服装もちょっと似てるし、思い出しちゃったのかな。まぁでも……瑞希が楽しそうで良かった)
流石にそのまま同じというわけではないが、中学の時に着ていた服に似たロリータファッションに同じ赤色のリボン。
手に持つスケッチブックや、あの日一緒に行った場所へと向かう道も同じで、ほんの少し褪せていた記憶が補完されていく。
「ねぇ、瑞希。どこまでいくつもりなの?」
「んー、どこだろうねぇ。もうちょっと待ってね〜」
瑞希に手を引かれた私は宮益坂を抜け、乃々木公園の中を歩いていた。
もしかして私のお気に入りだと連れて行った場所に行くのかと思ったら、そうでもないらしく。
花壇の前を素通りし、公園の奥の方まで歩く。
瑞希だから黙って連行されているが、それ以外の相手であれば確実に嚙みついてもおかしくはない所業。
「よーし、到着~」
売られる子牛よりもおとなしくしていた私が連れて来られたのは、つい最近まで工事中との看板で通れなかった場所だった。
色とりどりの花が咲いた花壇は他の場所と同じではあるものの、中心に時計らしい針がある花壇──花時計がある。
周りの模様っぽいところや数字まで花で作られていて、木製の針以外は全て花。
人が来てはスマホで撮影している所を見るに、どうやら最近解放された映えスポットのようだ。
「じゃじゃーん! 絵名もここはまだ知らなかったんじゃない?」
「うん、こんなに綺麗ならピクシェアとかに回ってきそうなのにね」
「ここって解放されたのは昨日なんだよね。だから、ピクシェアに回るのはもう少し後じゃないかなぁ」
「昨日って、瑞希はよく知ってたわね」
「ボクも偶然見つけてたんだ。すごく綺麗だし、絵名には真っ先に見せたかったんだよね〜♪」
瑞希が胸を張って見せたかったと言うのも納得してしまうぐらい、目の前の景色は綺麗だ。
思わず絵を描くために鞄に手が伸びてしまったが、今は瑞希と遊びに来ているのだ。自分勝手に動くわけにはいかない。
「ねぇ、瑞希。とりあえず写真とってもいい?」
「元々そのつもりで連れて来たから、写真でも絵でも撮ったり描いたりしてよ。このベンチとか、絵を描くのに丁度いい場所だと思うんだよね~」
普通であれば嫌がられるような行動だと思うのに、むしろ瑞希はどことなく嬉しそうに笑った。
新しくできたばかりで緑溢れる綺麗な場所に、よく観察してみるとほんの少し、いつもよりも気合いの入ってそうな服とメイク。
唐突でありながらも軽い調子で誘ってきたように見えたが、瑞希にとっては違ったようだ。
「それで、絵名はどうする?」
「うーん……そうね。とりあえず写真を撮ってからベンチに座ろっかな」
問いかけてきた瑞希の上から下まで眺める。
ベンチの方向は花時計はないものの、色とりどりの花が植えられているのでカラフルな背景になるだろう。
パシャリとそれらしい構図の写真を撮り、ベンチに腰を下ろす。
瑞希もこちらに合わせるように私の隣に座った。
「その後はやっぱり花時計の絵を描くの?」
「ううん。花時計はいつでも描けるから、別のものを描きたいかな」
「別の? それって何か聞いてもいいかな?」
こてん、と首を傾げる瑞希はとても不思議そうだ。
私が描きたいものを言ったら驚くのだろうな、と思うと笑みが溢れてしまいそう。
ピンク色の目から訝しげな視線を感じつつも、私はなんて事はないように描きたい相手の名前を告げた。
「私が今、1番描きたいのは瑞希かな」
「へ? ボク?」
「うん。今日の瑞希、すっごく可愛いからさ。凄く良い絵が描けると思うの」
「そ、そうなんだ……」
瑞希は不自然なぐらい目を泳がせて、胸を抑えている。
明らかに挙動不審だ。ここまであからさまだと心配になるのだが大丈夫だろうか。
「瑞希、胸を抑えてるけど大丈夫なの?」
「ちょっと不意打ちでハートブレイクが起きただけだよ」
「それ、全然大丈夫じゃないじゃん」
ハートブレイクとかを簡単な英語だと仮定して直訳したら、心臓が壊れちゃったとかそんな話になってしまうのだが。
胸を抑えるほどの衝撃が今の流れであるとは思えず、瑞希の体調不良的な挙動不審さが心配になってしまった。
「と、とにかく大丈夫だから! 絵名は絵を描いててよ!」
「……モデルが挙動不審なら描けないんだけど」
「あ、ごめん」
そんなコントがあったものの、瑞希は私に絵を描いてほしいと思っていたのは本当だったようで、すぐに落ち着いた。
被写体予定である瑞希が落ち着けば、後は描くだけ。
手早くラフを描くことを意識しよう。
本当はきちんと書き込みたいが、相手は人間だ。瑞希の好意に甘えている以上、我儘は言えない。
必要最低限の線を描き、絵として見れるようなものを描いていると、瑞希がポツリと呟いた。
「絵名、また絵が上手くなってない?」
「え、そうかな」
「ボクは絵に詳しいってわけじゃないけど、今日の絵を見てたらそう思ってさ」
「そうなんだ……上手くなってるのなら、嬉しいけど」
流石に中学の時とかと比べたら上達している自覚はあるけれど、また絵が上手くなったと言われたらちょっと首を傾げてしまう。
そんな私の微妙な心情が顔に出ていたのか、瑞希は苦笑いしながら立ち上がった。
「時間的にも丁度いいし、ちょっと休憩しない? ボク、近くの自販機で飲み物買ってくるよ」
「私も喉乾いてきちゃったし、一緒に行こっか」
「あぁ、それならボクがついでに買ってくるよ。離れている間に他の人がベンチに座っちゃうかもしれないし、絵名はここで待ってて」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
「りょーかい。あれば紅茶、なかったらお茶だよね」
手を振って走っていく瑞希を見送って、私は花時計の方をぼんやりと見つめる。
──1分ごとにカクン、カクンと少しずつ進む木製の針が一体どれだけ進んだのだろうか。
10回ぐらい動いているのは数えていたけれど、それでも瑞希は戻ってこなかった。
(近くの自販機って言ってたし、そんなに時間がかかるとは思わなかったんだけどな)
5分前にメッセージを送ってみたものの、既読すら付いていない。
まぁまぁ待ったつもりだし、そろそろ探しに行こうか。
そう勝手に判断した私は荷物を持って瑞希がいるであろう自販機に向かった。
自販機は3分もかからないところに設置されていて、瑞希の姿もその近くにあった。
ただし、高校生っぽい男子が2人もその近くにいたのだが。
(うーわ、瑞希ったらナンパに捕まってたのね)
服のセンスもピカイチだし、可愛いからナンパされるのも当然かもしれないが、軽くあしらえていないのも珍しい。
「──可愛い子かと思ったら、暁山だなんて残念過ぎるわ。お前だって知ってたら、こっちもナンパなんかしなかったのに」
「それな。学校でもややこしい格好してるけど、私服だともっとわかんねぇな。こっちにはそういう趣味はねえから困るわ」
結構大きな声で喋っている男側の証言によると、どうやら彼らと瑞希は知り合いらしい。
相手は嘲笑ってそうな態度だし瑞希は辟易してるみたいなので、個人的には相手を知り合いだとも判断したくないのだが。
何はともあれ、瑞希が困っているのであれば私がやることは変わらない。
私は喋っている集団の間に入り、瑞希を背中に庇うようにしながら相手を睨みつけた。
「あの、いつまでうちの瑞希を捕まえてるんですか? こっちはこの子と遊びに来てるんでそういうのは困るんですけど」
「おぉ、めちゃくちゃ可愛い子じゃん。この子、暁山の友達?」
「じゃあ君も暁山と同じそっち系?」
「……そっち?」
会話の意味はよくわからないけれど、言い方的にあまりよろしくない意味で使っているのだけは理解した。
知り合いなら喧嘩腰なのは良くないかと反省しかけたが、結果的には正解だったわけだ。
相手はヘラヘラと笑い、私がじっと相手を見つめる中……間に割って入ってきたのは瑞希だった。
「その、この子は他校の子だし、関係ないからさ。だからそっちとかそういうの、言わないでくれないかな」
「え、友達だっていうのにこの子、暁山のこと知らないんだ? それ、騙してるようなものじゃね? 酷い奴だなぁ」
「あ、おい。やめとけって……その、俺らはこの辺で」
突っかかりそうな男子をもう1人の男子が止めて、相手はそのままその場から立ち去る。
……本当に、何の話をしていたのやら。
気になって落ち込んでそうな顔を見ると、こちらの視線に気がついた瑞希が強引に口角を上げた。
「あはは。実はあれ、クラスメイトなんだ。変なことに巻き込んでごめんね」
「ふぅん、災難だったね。それで、飲み物は買えたの?」
「えっと。ボクの方から誘っていて悪いんだけど、ちょっと気分が悪くなってきちゃったから、今日はここで解散してもいい?」
「あー、そうね。実は私も疲れてきちゃってたのよ。だから今日はもう解散にしよっか……瑞希、1人で帰れる?」
「おやおや、それを言うなら体力のない絵名じゃない? ボクはだいじょーぶ!」
「……そう言うのなら、そうかもね」
顔色が悪いとか、色々言わない方がいいのだろう。
空元気で平気なフリをする瑞希を見送って、私も家に帰ることにした。
瑞希に『待つよ』と言った手前、その時は深く突っ込まないことを選んだものの──それが正しかったのかは、自信がなかった。
前振り、前振り……ブンッブンッ
あのイベストをするには瑞希さんを追い込まなくちゃいけないという悲しみ。
こういうのを書くたびに己は悪魔か? と思うのですが、ただ単に山や谷を作らないと読める作品を作れない作者の実力不足です。ごめんね……
次回はまふゆさん視点です。