イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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フラグ建設中……

の、まふゆさん視点です。





121枚目 【朝比奈さんはわからない】

 

 

 

 

 

 ──私には最近、わかりたくてもわからないことが2つある。

 

 1つは自分のこと。

 そしてもう1つは──今、向こう側で絵を描いている東雲絵名のことだ。

 

 

 

「……んー、ちょっと違う気がするなぁ」

 

 

 

 ぽそりと絵名の口から呟かれた言葉が、静かな美術準備室に響く。

 今日も独り言を呟きながら絵に集中しているらしく、意識は私に向けられていない。

 

 うんうんと唸って、悩んで。絵を形にしている姿はいつものことだとわかっている。

 

 でも。

 

 

(瑞希が知りたがってることは何も知らない)

 

 

 そもそも、私は自分のことすらわからない。

 

 瑞希が諦念するような顔をする理由も。

 奏が曲で私を助けたいと強く願う根底も。

 そして──絵名がずっと、消える準備をしていた動機だって。

 

 

(私にも、誰にも……わからないことが多過ぎるな)

 

 

 それに踏み込んだ方がいいのか、やめた方がいいのかすらわからなくて。

 自分のことすらままならないのに、他人のことなんてわかるはずもないという言い訳なら、いくらでも浮かんでくる。

 

 

(そう思うと……絵名ってすごいな)

 

 

 目を閉じて思い出すのは、自分のお父さんに向かって力強く宣言する絵名の姿。

 力強く父親を見つめた御所染目に、何故か胸が熱くなったのを覚えている。

 

 親が相手でも私であっても突っ込むときは容赦なく突っ込んで、寄り添ってくれる時は黙って近くにいる。

 人との距離の取り方が上手いだけでは説明ができない大胆さと、流れを読む上手さ。

 

 絵名ならば私のお母さんやお父さんが相手でも……わからない私とは違って、やりたいことをやりたいと言い切るのだろう。

 お母さんに捨てられるかもしれないと、恐れることもなく立ち向かうに違いない。

 

 

(あぁ、でも……『絵名って基準にしちゃダメなところがあるから、見習う時は気を付けるように!』って瑞希が言ってた気がする)

 

 

 私が初めてセカイに絵名を連れて行った時からの日々の対応は特にありえないから、としっかり絵名が不在の時に釘を刺された。

 

 瑞希からは『【セカイに誘拐・監禁事件】は絵名じゃなかったら、あんな着地はほぼ無理だよ。だからああいうことはやっちゃダメ。わかった?』と怒られたし、奏すら『……わたしもあれはちょっと』と擁護すらなかった。

 

 私が絵名を隠そうとした行為自体がとんでもないことだし、自分にとっては緊急事態でもやってはいけないことだと、2人にしつこいぐらい言われた。

 

 そんなとんでもないことをした私に対して、絵名は意外なぐらい冷静だった記憶がある。

 非日常的なことに巻き込まれてもちゃんと私の話を聞いてくれたし、その上で『奏達が来るまで動かない』という選択まで取っていた。

 

 セカイというよくわからない場所に押し込まれて、極限状態だっただろうに虎視眈々と状況を見極めて、チャンスを待つ。

 絵名がやってくれたことを言語化してしまうと、新しい疑問が降って湧いてきた。

 

 

(……そんな絵名から聞き出したいことを聞くのって、大変そう)

 

 

 今みたいに「うーん。うーん?」と、間抜けなぐらい唸っている姿を見れば、話を聞くことぐらい簡単そうに見えるのに。

 深く考えれば考えるほど、近くにあるはずの背中が酷く遠く感じた。

 

 

 聞けば、この距離は縮まってくれるのだろうか。

 聞けば、この距離が更に遠のいてしまうのか。

 

 

 手を伸ばしてみても、ちょっと足りないぐらいの物理的な距離。

 今はこの近さまで近づくことが許されていても……無策で秘密を暴いてしまったら最後、目の前にある小さな背中が溶けて消えてしまいそうな気がして、どうしようもなく怖い。

 

 絵名が隠してることを漏らすなんて、どうしようもなく追い込まれている時か──或いは、誰かの為に動く時ぐらいだろう。

 

 

(そう考えたら、瑞希もすごいな)

 

 

 皆と深く関われば関わるほど、怖いって思っているところがあるみたいなのに……それでも、絵名に手を伸ばしてみようとする姿は凄いと思う。

 自分だって消えたいって思ってるのに、消えそうな背中を放ってはおけない瑞希はとても優しい。

 

 

(奏がすごいのは、改めて考えなくてもわかってる)

 

 

 そもそも、奏が一緒に作ろうと誘ってくれなければ、ニーゴの面々はいずれ耐え切れなくなっていただろう。

 

 じゃあ、今は大丈夫なのか? と聞かれると難しいものの……それでもきっと、あのまま水底で苦しむような日々を送るよりは、今の方がずっといい。

 わからないことが多い私でも、それだけはわかっているつもりだった。

 

 

(……途中から勉強のことから思考が逸れてた。それでも、家でやるよりは進んでるからいいけど)

 

 

 最近、私も変わってきているのか、やけにお母さんの反応を気にしてしまう。

 

 ぬいぐるみ2つにシンセサイザーの、合計3回。

 

 シンセサイザーは捨てられた後に回収に成功したので、現在は絵名のアドバイスから作曲の時以外はセカイで保管するようにしている。そこは心配していない。

 

 だが、何回も繰り返し行われたことは忘れられないようで、シンセサイザーを見てはまた何かを捨てられるのではないかと胸が締め付けられる。

 

 皆との思い出のものも全部セカイに置いているが、夜もお母さんが部屋の外からこちらを窺っている日もあって、勉強をしていても物音や視線が気になってしまうのだ。

 

 私が過剰に反応してしまっているだけなのだろう。だが、勉強に集中できていないのは事実だ。

 なので今日も絵名に無理を言って、美術準備室にお邪魔して明日の宿題を終わらせていた。

 

 

(その代わりに時間になったら声をかけなきゃいけないんだけど……そろそろかな)

 

 

 時計を見れば、針は最終下校時刻を指している。

 そろそろ帰る時間だ。片付けないと時間に間に合わなくなる。

 

 

「絵名、時間だよ」

 

「……」

 

 

 声をかけるだけでは返事がない。かなり集中しているみたいで、私の声も聞こえていないのだろう。

 仕方がないので声をかけ続けながら、絵名の体を揺する。

 

 

「絵名、絵名」

 

「……んー、何ー?」

 

「時間だよ」

 

「へ? あぁっ、また集中しちゃってて聞こえてなかった? ありがとね、まふゆ」

 

「うん」

 

 

 絵名の意識が絵から戻ってきたので、手早く片付けてから美術準備室を出た。

 ギリギリまで残っている生徒は慌てて帰りの準備をしている子ぐらいしかいないので、校門に向かう道には誰もいない。

 

 後は真っ直ぐ帰るだけの道の途中で、絵名が急に立ち止まった。

 

 

「絵名、どうしたの?」

 

「今日は助かったから、お礼をしようと思ってさ」

 

 

 ニヤリと口角を上げて笑う絵名が指し示すのはコンビニだ。

 どうやら絵名はコンビニに用事があるらしい。

 

 

「待ってた方がいい?」

 

「いや、お礼だって言ってるじゃん。選ばないの?」

 

「……絵名に任せる」

 

「はいはい。じゃあ、選んでくるからおとなしく待っててね」

 

 

 絵名は髪の毛が乱れない程度に頭を撫でてから、コンビニへと入っていく。

 顔といい手つきといい、子供扱いしているのは間違いない。

 

 同学年で身長はこちらの方が高いのに、どうして子供みたいな扱いなのだろう?

 

 

(不思議だなって思う気持ちはいつも通り。でも、ちょっとモヤモヤしてるような気がする)

 

 

 皆と一緒にいると知らないものが胸の中から出てくる。

 それに対して私がどう思っているのかは明確にはわかっていない。でも、1つだけわかっていることがあった。

 

 

(ニーゴの皆と一緒にいる時間は悪くない)

 

 

 25時から始まるあの時間も、それ以外にセカイや別の場所に集まるのも、全部、嫌じゃないのだ。

 

 そんなことをぼんやりと考え事をしていると、突然、肩を軽く叩かれる。

 

 

「お待たせ。ボーッとしてたけど、疲れてるの?」

 

「ううん。絵名を待ってる間、暇つぶしに考え事をしてただけ」

 

「待ちくたびれたってこと? ごめんってば」

 

「……そんなこと言ってないけど」

 

 

 絵名はこちらの言葉を悪く取るところがあるから困る。

 私がどんな顔をしているのかは知らないが、絵名はこちらを見ながら吹き出すように笑った。

 

 

「ふふ、本当にごめんって。ほら、お礼のアイスあるから食べよ」

 

「? でも1袋しかないけど」

 

「沢山あっても困るだろうし、2つセットのヤツを買ってきたの」

 

 

 絵名は少し手間取りながらも袋から取り出したアイスを2つに分けた。

 どうやら容器そのものが2つに分けられるタイプらしい。絵名は自分用に1つ確保してから、もう1つをこちらに差し出した。

 

 

「はい、あんたの分ね。味はわからなくてもちょっとは涼しくなるでしょ」

 

「そうなの?」

 

「私はそう思うけどね」

 

 

 絵名はアイスの容器を咥えて、中身を食べ始めた。

 私も手元にあるアイスに口を付ける。見た目は薄茶色。味はわからないけれど、どうやらこれはチョコレート味のアイスらしい。

 

 私も絵名を真似て食べると、口の中に冷たさが広がった。

 絵名が涼しくなる、というのも一理ある。でも、私はそれ以上に──

 

 

「──温かい」

 

「え、アイスを食べて出てくる感想がそれ?」

 

 

 半分ぐらい食べた容器を手に持ち、絵名が信じられないものを見るような目でこちらを見ている。

 どうしてそんな目をしているのかわからなくてじっと見つめ返すと、絵名は目を泳がせた。

 

 

「いや、だってさ。アイス食べた時って冷たいとか、涼しくなってきたとか、そういうのが多いからさ」

 

「でも、温かいから」

 

「口の中が?」

 

「口は冷たいけど、胸の中が温かかった」

 

「……あぁ、そういうことね」

 

 

 私の言葉を聞いた絵名がクスクスと笑った。

 

 どうして絵名が今、笑っているのかわからない。

 彼女が笑う理由もわからない私ができることといえば、素直に理由を問うことぐらいだ。

 

 

「何?」

 

「別に。まふゆもそうやってちゃんと話せるぐらい、成長したんだなぁって」

 

「そんなに言うほどは変わってないと思う」

 

「そう? 去年のまふゆならアイスの感想は『わからない』って言ってそうだけど」

 

「それは……そうかもしれない」

 

「でしょ?」

 

 

 してやったり、と言わんばかりの自慢げな笑みを浮かべた絵名はまた、アイスを食べる。

 私も絵名の真似をしてアイスに口をつけた。

 

 

(やっぱり味はしないけど……冷たくて、温かいな)

 

 

 私は絵名のことも自分のこともわからないけれど、どうやら去年よりは少しだけ、私は前に進めているらしい。

 

 このまま変わっていくのか、自分が見つかるのかはわからないけれど……それでもわかってることもある。

 

 

(皆と一緒にいるのはやっぱり、悪くない)

 

 

 だから、心配なこともある。

 

 

(……瑞希、大丈夫なのかな)

 

 

 慌てている人が隣にいると、冷静になるなんて話があるように。

 今の瑞希は自分よりも危うげな絵名がいるからこそ、そちらに気を取られていて自分の中の衝動を忘れている。

 

 でも、何かの拍子にそれを思い出してしまったのなら、瑞希はきっと衝動のまま消えようとするのだろう。

 

 

(そこはわかってるのに……その時、私はどうしたらいいんだろう)

 

 

 まだ平気そうな瑞希を前に下手なことはできないから、今は観察することしかできない。

 その時がきたら気がつけたら良いけれど、仮に気がつけなくても上手くいけばそれでいい。

 

 

 

 ──皆と一緒なのは悪くないから、少しでも長く皆と一緒にいたいのだ。

 

 

 

 

 






次のイベストやこの先のフラグがたっぷりなまふゆさん視点も入れたので。

次回からお話がほんのちょっとだけ動く『ボクのあしあと、キミのゆくさき』編が本格的に始まります。


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