イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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13枚目 知りたいよ

 

 年越し後、雪平先生の絵画教室が再開された最初の日。

 心機一転の気分で絵を描いて、雪平先生の評価を待つ……のだが。

 

 

「……ふむ」

 

「先生?」

 

 

 まるで世界滅亡の危機を前にして『あなた自身が自分がどうにかしなきゃいけません!』とでも言われた人のように、険しい顔をしている先生。

 

 ……いや、その例えだと私の絵は世界滅亡レベルで酷いと?

 自分で例えたことだけど、それは嫌過ぎるので『物凄く険しい顔』に修正しよう。

 

 とにかく、雪平先生は見たことない顔で私の絵を見ているのである。

 それがとても恐ろしく感じて、私は震える手を握り締めた。

 

 

「東雲さん」

 

「は、はい」

 

 

 いつものように雑巾を絞るような評価もなく、雪平先生は絵から視線を外して口を開く。

 記憶を無くしてから1度も見たことのない険しい顔から、私の名前を呼ぶという行動。

 

 次の言葉が予想がつかない。一体、何を言うつもりなんだろう……?

 

 

「後で話したいことがあります。講評後、時間を作って貰えますか?」

 

「……わかりました、よろしくお願いします」

 

 

 どんな言葉が飛び出てくるのか身構えていたのに、雪平先生から出てきた言葉は想像していたものとは全く違っていた。

 頭の中が困惑で支配されたものの、左脳が仕事をしてくれたおかげで何とか言葉を理解する。

 

 この後に何が待っているのか恐ろしく思いつつも、私はおとなしくその時を待った。

 

 気分はギロチンを落とされるのを待つ罪人だ。

 私は法に裁かれるような罪を犯してはいないものの、雪平先生が時間を取ってまでやろうとする講評に、押さえ込んでいた震えが主張してきた。

 

 

「お待たせしました。それでは話しても?」

 

「ょ、よろしくお願いします」

 

「そこまで怖がらなくても良いのですが」

 

 

 雪平先生は苦笑しているが、こっちはほぼ毎日先生の酷評に晒されている身である。

 理性に言い聞かせても体が反応するのは仕方がないと、納得してもらいたい。

 

 

「東雲さん、何かありましたか?」

 

「何か、ですか?」

 

 

 抽象的な質問に首を傾げると、雪平先生は私の絵を一瞥する。

 

 個別で話すぐらい酷い絵を描いてしまっていたのだろうか。

 何度見てもそこまで酷い理由がわからなくて先生の方へと視線を向けると、顎に手を当てる先生の姿が見えた。

 

 

「東雲さんの絵は春頃からガラリと変わりました」

 

「うっ」

 

 

 それはそうだ。記憶を無くして、最早別人だと言ってもいいほど経験や体験が違う。

 似ている所はあるかもしれないが、私と絵名の絵が全く同じの筈がない。

 

 

「その頃ぐらいから、東雲さんの絵には何かに脅迫されているような、焦燥感と気迫を感じていました。この絵にも、それは込められているように感じます」

 

「それがダメだと?」

 

「ダメなら春の時点で止めていますよ。ただ……今日の絵にはそこに『迷い』が出ているように見える。それがどうしても気になったのです」

 

「迷い」

 

 

 だから『何かありましたか?』なのか。

 やっと理解できた私は雪平先生の言葉を咀嚼していく。

 

 どう考えなくても、私はあの年末を引き摺っていると確信していた。

 

 

「先生に描いた絵のこと以外で相談するのはどうかと思うのですが」

 

「東雲さんのことですから、それも絵に関する悩みなのでしょう? ならば、ある程度は力になれるかもしれません」

 

 

 家の人(お父さん)に話すのも、知人に相談するのも気が引けるし、折角雪平先生が気にかけてくれているのだから、それを無下にするのも悪い。

 

 私自身もまだ気持ちの整理ができていないものの、先生の好意に甘えて話してしまうことにした。

 

 

「ありがたいことに、年末に届いたコンクールの結果が2つ分、全部受賞させてもらいまして」

 

「それは、おめでとうございます」

 

「ありがとうございます。受賞したという結果はとても嬉しかったのですが……その後、知り合いの話からサイトの記事に私のことが書かれていることを知りまして。既に消されていた記事の内容を画像で読んでから、自分の中にあった違和感がとても大きくなったように感じるんです」

 

「……ふむ。残しているのであれば、その記事というものを見せて貰っても?」

 

 

 記事を見せること自体は問題なかったので、愛莉に送ってもらった画像を雪平先生に見せる。

 先生は黙って内容に目を通して、やがて目を細めてスマホを返してきた。

 

 

「天才画家・東雲慎英の娘、天才の遺伝ですか……個人が特定できる上に、無許可ならば削除されても不思議ではない内容ですね」

 

「父の娘とか遺伝とかも確かにムッと来たんですけど……何よりも天才だって認識されてるのに、違和感があるんです」

 

 

 確かに、私はスケッチブックから才能を貰ったはずなのだ。

 東雲絵名(記憶)を犠牲にして、才能を手に入れたのならば、それが他人には『天才』のように見えてもおかしくない。

 

 そのはずなのに、そう言い聞かせているのに……何故か私の中で違和感が拭えなくて。

 考えれば考える程、お父さんの言葉が山彦のように頭に響くのだ。

 

 

「違和感、ですか」

 

 

 雪平先生は再び顎に手を当てるものの、答えをくれることはなかった。

 

 それどころか数十秒黙ってから「そこで待ってください」と言ってから教室の奥へと消えてしまう。

 扉を開くのを見るに、準備室みたいなところに行ったのだと思う。

 

 ポツン、と1人置いて行かれる私。

 既に生徒は皆帰っていたせいか、いつもは何も感じない部屋が嫌に広く感じた。

 

 

「お待たせしました。コレを見つけるのに時間がかかってしまいまして」

 

 

 それから数分待つと、雪平先生が部屋の奥から戻ってきた。

 手には何かのパンフレットが握られていて、ソレをこちらに差し出される。

 

 差し出されたパンフレットを素直に受け取り、私はそこに書かれている文字を読み上げた。

 

 

「『ミライノアートコンクール』……?」

 

「プロの画家も参加するコンクールです。これならば、東雲さんの違和感の答えが見つかるかもしれません。それ相応の覚悟も必要になりますが」

 

「覚悟、というのは?」

 

「あなたはまだ中学生でしょう。その年で大人の、しかもプロと呼ばれる先達を相手に腕1本で挑むのです。その壁の高さに折れてもおかしくはありません」

 

 

 壁の高さに絵を描けなくなるかもしれない。

 自分の力不足に筆を折ってしまうかもしれない。

 

 

「それでも。今の東雲さんには必要なのだと思いました」

 

 

 雪平先生も私と同じ結論に至ったらしく、このパンフレットを見せてくれたようだ。

 きっと先生の方が私のこの内心の思いに言葉をつけられるのかもしれない。

 

 しかし、それは私が見つけなければ意味がないのだろう。

 先生は私のコレに名前をつけてくれることなく、見つけてこいと言わんばかりにパンフレットを渡してきた。

 

 なら、私がやることは1つしかない。

 

 

「先生。私、このコンクールに出そうと思います。だからその……絵の相談とかしてもいいですか?」

 

「いくらでも来てください。そして、あなたの今持つ全てを賭けてぶつけたらいいと思います。ただ、本当に覚悟してください」

 

 

 雪平先生は心配そうに、告げてくる。

 

 

「たとえここで受賞をしても、しなくても。東雲さんは今持っているその違和感で苦しむことになると思います」

 

「……はい」

 

「それでも東雲さんならば、いつかは糧にできるだろうと期待してますよ」

 

 

 今日の先生は珍しい顔や行動ばかりだな、なんて。

 現実逃避するようにそんなことを考えて、私は笑みを浮かべてみた。

 

 

「大丈夫ですよ、先生。ありがとうございます」

 

 

 だって……壁が現れてくれるなら、そっちの方が安心できるから。

 

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

 

 

 ミライノアートコンクールは毎年4月に締め切りがあり、5月に結果が発表される大きめのコンクールだ。

 

 雪平先生からもらったパンフレットも、よく見ると去年のもので、検索すれば去年の受賞者の絵も出てきて、全部家のプリンターで印刷した。

 

 

(うん、去年の審査員から変わったのは半分か。1月で今年の審査員の発表があったのだけはありがたいかな)

 

 

 2つのコンクールで練習した成果もあり、審査員の情報はすぐにまとめることができた。

 

 今回の審査員の情報、今までの絵が選ばれた傾向。

 雪平先生が『今持つ全てをぶつけなさい』と言ったので、前回試験的に使って、反省して改良した手も使わせてもらう。

 

 今の私の技術や表現では受賞者の絵には敵わないのは認めなければならない事実。

 なら、そこに届けるだけの下駄に何を履く? それが前回使った小細工。

 

 売り込みのターゲットは審査員。

 私の今までの技術と表現で絵を描き上げ、審査員の好みを私らしさでラッピング。

 構図などのズレを雪平先生と調整して、1つの絵を錬成していくのだ。

 

 

「……」

 

 

 過去に受賞された絵を見る。

 自分との差を理解する。その差を小細工で埋めていく。絵に自分を飾って、紙に表現を出力して、描いてしまう。

 

 いつもなら絵を描けば描くほど、無心になっていた。

 それなのに今回は無心にもなれず、思い浮かぶのはお父さんの言葉でもなく、あの気持ち悪い画像。

 

 

 天才画家のお父さんの遺伝?

 

 

 才能(コレ)は遺伝なんかじゃない。

 

 お父さんの偉大さで、絵名の上に立っている私を否定しないでほしい。

 スケッチブックのせいで、私のせいで、あの子は戻ってこないかもしれないのだ。そこにお父さんは関係ない。

 

 だからこそ、私は才能を証明しなきゃいけないのだ。

 記憶を犠牲に才能を手に入れたのだから──本当に?

 

 

「……ちょっと、休憩しよう」

 

 

 練習に描いていた絵はドロドロの闇で渦巻いていた。

 

 絵を描くのは楽しいのは変わらないけれど、表現されてるものがよろしくない。

 このまま絵を描いていても、不協和音を生み出してしまうのは明白だ。

 

 気持ちを切り替える為に自分の絵から目を離し、代わりに好きな画集の絵を眺めることにする。

 何をするにしても絵を考えている自分に苦笑しつつ、ふと、湧き出てきた言葉が口から漏れていた。

 

 

「ねぇ、絵の才能って何だろうね?」

 

 

 絵名が買っていた、私も好きな画集は『天才』と呼ばれる人が描いていて、私もその人の才能を絵から感じている。

 

 でも、それと私は同じなのだろうか?

 生まれ持ってないから違和感があるだけなのだろうか?

 

 

 もう答えなんて、わかってるくせに。

 

 

「知りたいよ、絵名」

 

 

 画集を優しく撫でても、私の言葉に答えてくれる誰かは存在しなかった。

 

 






最初は『ニーゴのストーリーが辛いから、ご都合主義的な素敵な力でイイ感じに解決してハッピーエンドにしたーい!』って発想から始まったはずなのに。

ご都合主義に理由を付けて、ニーゴ風味に調整して、ストーリー見直して、物語として山と谷を作っていくうちに、記憶を無くしちゃったえななんが更に苦しんでいるような……???

いや、ハッピーエンドにしたいって気持ちは嘘じゃないんですよ、本当なんです。
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