イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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夢ならば良かったのに。






132枚目 夢でも幻でもなく

 

 

 

 

 

 

 

 その日もいつもの様に、雪平先生の教室に行った記憶がある。

 

 

「東雲さん、少しいいですか?」

 

「はい、何でしょうか?」

 

 

 今日も何とか乗り切った後に雪平先生に呼ばれて、二葉には先に帰ってもらうように伝えてから教室の隅まで移動した。

 

 

「最近、昔の絵とかは見比べていますか?」

 

「昔の絵ですか? はい、そういう機会もあったのでつい最近に見返しましたよ」

 

「そうですか。今の自分の絵と比べてどうですか?」

 

 

 少し前に作ったMVをきっかけに絵を見返していたので、雪平先生の質問にも特に何も思わずに答える。

 

 

「そうですね、昔よりも随分と技術が上がったなと思います。表現できる範囲も増えましたし、上手くなったと思いましたよ」

 

 

 ……そして、それが新たな難題を持ち運んでくると、その時の私は思っていなかった。

 

 

「ふむ。それ以外には?」

 

「それ以外? えっと……急に言われてもすぐには出てこないですね」

 

「絵はそれを描いた人間の鏡だと言いますが……それでもその感想以外にありませんか?」

 

「……はい」

 

「なるほど」

 

 

 ここまで来ればいくら皆から鈍感だとか言われる私でも『良くない流れだな』と察することができた。

 が、何もかも遅かったのだ。

 

 

「なら、考えてきてください。それが見つかるまでは教室に来なくていいですよ」

 

「え? どういうことですか……?」

 

「今のまま進み続けるよりも、その方が東雲さんの成長の糧になるだろうと判断しました。それでは、答えを期待しています」

 

 

 話はおしまいだと言わんばかりに他の生徒の方へと向かう雪平先生と、何が何だかわからないまま放置される私。

 

 

(……どういうこと? 教室に来ない方が良いって何なの?)

 

 

 未だに先生の言葉が受け入れられない。先生にもう一度聞いても同じようなことしか言ってくれなかった。

 

 どうやら先生は『答え』を求めているらしいって事だけは理解できる。

 が、先ほどのやり取りの結果、教室に来なくていいと言われるほどだとは思えなくて、思考が追い付かない。

 

 実は今日のことは夢だった、なんてことはないだろうか。二の腕の肉を摘まんでグイッと捻じれば、目が覚めそうな痛みが私を今の世界から叩き起こしてくれることはなかった。

 つまり、今は残念ながら現実。急にSF小説的な展開が始まっていない限り、雪平先生の話も何もかも夢や幻ではなかったのだ。

 

 

(そんなことがわかったところで……何であんなことを言われたのか、全然わからないままなんだけどさ)

 

 

 来ない間の日数分、返金するとかそんな話を思い出す程、雪平先生が本気で教室に来なくていいと言っているのだと実感する。

 

 一体、あのやり取りの何が良くなかったのだろうか。

 昔の自分よりも絵の技術が上がっていると思ったのは嘘じゃないのに、何が雪平先生の気に入らなかったポイントなのだろう。

 

 

「あれ? うわ、無意識の帰巣本能……?」

 

 

 ふと気が付いたら、いつの間にか私は自分の部屋の中にいた。

 どうやら考え事をし過ぎて、無意識のうちに部屋まで来たらしい。

 

 無事に帰って来れているのならこれ以上気にしても仕方がないか。

 鞄を置いて、いつもの様に今日習った分の絵を見返そうとしたものの、特に先生に強く言われたことがなくてすぐに復習は終わってしまった。

 

 

(雪平先生は何を言いたかったのだろう)

 

 

 とりあえず雪平先生に見せた分や絵画教室で描いた絵に目を通す。

 

 

(昔よりも今の方が構図もできてるし、陰影とかもメリハリが付いてる。線だって歪んでないし、成長してる。でも教室に来なくていいなんて……一体、何が悪いの?)

 

 

 考えても雪平先生が引っかかったであろう言葉に辿り着かない。

 それどころかどんどん底なしの沼に嵌っていくような気持ち悪さを感じて、絵を見るのも辛くなってきた。

 

 きっと雪平先生はヒントを言ってくれていて、私を想って教室に来なくても良いと言ってくれたのだと思う。冷静な部分はそう訴えている。

 

 でも、感情的な部分がそれでは納得しない。

 何が悪かったのか? どうして教室に来なくていいなんて言われたんだ!? と、暴れ回りたい気持ちで気持ちでいっぱいだ。

 

 ムカムカして危うく机の上の物に当たりそうになった時──ふと、机のインテリアと化していたランニングシューズが目に入る。

 それは今みたいにちょっと荒れてしまった中学3年の頃、彰人が『これで走ってこい。ちょっとは発散になるだろ』とプレゼントしてくれたものだった。

 

 

(……走ろっかな)

 

 

 走っていると余計なことを考えなくて済むぞと、結構可愛い靴を彰人が買ってくれたのに……結局ほぼ使わずに部屋の飾りになっていたモノ。

 

 ちらりと時計を見る。夜ご飯も食べてなければ何もしてないので、時間はたっぷり残っていた。

 これなら走っても大丈夫かもしれない。今から夜道を走るのは気が引けるので、セカイで一走りしてみよう。

 

 

(えっと……誰もいないみたい? ラッキーじゃん)

 

 

 曲を再生してセカイに行くと、目に入る範囲には誰もいなかった。

 もしかしたら誰かが来ていて、皆そちらに行っているのかもしれない。これなら私の全力疾走を見られないだろう。

 

 誰もいないことを念のために確認して、隠し持っていた物を取り出す。

 

 オリーブグリーンのシューズを履いて、人がいなさそうな場所へと目的地もなく駆けだした。

 最初の内は走ることに集中してた癖に、息が上がるぐらい走っているとふと、思うのだ。

 

 

(私、何やってんだろ)

 

 

 前の絵名は知らないけれど、私という人間は体育の授業を見たらちょっと嫌になり、持久走と聞くと何でそんな授業を採用しているのかと体育を呪う。

 それぐらいには『体育』という教科が苦手な人間だったはずだ。

 

 それなのに今、嫌だったものへと逃げ出している。

 まさか持久走よりも絵の件で考える方が嫌だと感じる日が来るとは思わなかった。

 

 呼吸をするだけでも肺が痛み、頭がぼんやりとしてくる。声にもならない間抜けな音が口から勝手に出てくるし、あばらがズキズキと痛む。

 これは確かに、考える暇なんて全くない。彰人の言うことは間違いではなかったらしく、今の私には辛い・吐きそう・痛いの3つぐらいしか感想が出てこない。

 

 3つの文句を頭の中で唱えている間に足の力も抜けてきて、前に出そうとした右足が左足に引っかかり、前のめりになって転んだ。

 派手に転んだ割には擦り傷などはなさそうで、荒い息だけが周囲に響く。

 

 ぼやけた視界を上にしても灰色の景色のまま。視界が鮮明になるまで灰色の景色を眺めていると、突然、横から青が飛び込んできた。

 ピトリと頬に添えられる冷たい何か。私の認識が間違いでなけれど、頬に添えられているものはスポーツドリンクだと思う。

 

 

「……誰?」

 

「私」

 

 

 いや、誰かと聞いてるんだけど、と言い返す元気もない。

 それに、先ほどの声とペットボトルがある方へと顔を向けたら紫の髪が見えるのだ。これでわからないほど、私は鈍感ではない。

 

 

「まふゆ、塾は?」

 

「終わって家に帰ったから、セカイにいる」

 

 

 聞いてから納得した。私が画塾を終えて帰って来ている時間なのだから、まふゆも塾を終えて帰って来ていてもおかしくはない。

 

 ……同時にそんなことをすぐに思いつかないぐらい、自分が疲れていることも理解してしまったが。

 

 

「あっそ。よくここまで来たわね」

 

「セカイに来た時に絵名が走ってるのが見えたから追いかけた」

 

「うわ、恥ずかし。見られてたんだ」

 

 

 そんな会話をしていてもまだ起き上がれるほどの元気が戻ってこない。

 とりあえず仰向けの姿勢から横向き寝の姿勢に変えたら、遠くから近づいてくる瑞希と奏の姿を目撃してしまった。

 

 

「おーい……ってごめん、どういう状況?」

 

「絵名、倒れてるけど大丈夫? 意識はある?」

 

 

 小走りで近づいてきた瑞希と奏はどちらも似たような困惑顔でこちらを見ている。

 心配そうに見られているが、体調不良でも何でもないので安心させるために手を緩く振った。

 

 

「意識もあるし、自業自得だから大丈夫」

 

「絵名が全力疾走してた結果が今のコレ。理由は今から聞く予定だよ」

 

 

 誰も話しますとは言っていないのに、まふゆによって説明する流れを作られていた。

 

 別に逃げるつもりもないけれど、勝手に決められるのも腹が立つ。

 

 視線だけでも不満を訴えてみたものの、まふゆはどこ吹く風の態度のまま。

 効果はいまひとつのようなので、僅かに回復した体力を振り絞って体を起こし、私が奇行に至るまでの経緯を話した。

 

 

「今日、いつも通りに絵画教室に行ったんだけど、最後に雪平先生から『教室に来なくていい』って言われたのよ」

 

「えぇっ、それはまたどうして?」

 

「いや、わかってたら全力疾走しようなんて考えに至らないっての」

 

 

 驚く瑞希に言い返し、とりあえず雪平先生とした会話の内容ややり取りなど、思い出せる範囲で話してみたものの……やっぱり私の視点では急に絵画教室に来なくていいですよと言われる理由がわからない。

 

 

「聞いている感じ、絵名の過去の絵と今の絵を比べた時に絵名と先生では感想が違っているんじゃないかってことしかわからないねぇ」

 

「……先生にとっては上手くなってないってこと?」

 

 

 もしくは、「(期待外れですので、もう)教室に来なくていいですよ」という意味だったのか。

 瑞希の言葉に血の気が引いていくのを感じていると、わーっと大きな声を出した瑞希が慌てて取り繕った。

 

 

「違う違う! 悪い方に取らないでよ。ほら、絵名が感じたこと以外にも読み取って、絵名にもそれに気が付いてほしかったとかあるかもしれないじゃん!」

 

「絵名は他に何か感じなかったの?」

 

「他にって言われても……」

 

 

 奏に問いかけられてもやっぱり頭には何も浮かんでくれない。

 一体、雪平先生は私の絵を見て何を感じたのだろうか。頭を抱えていると、まふゆがポツリと呟いた。

 

 

「わからないのなら、視点を増やせばいい」

 

「え?」

 

「私がわからない時は皆が助けてくれたから、絵名がわからないのも皆で助ければいいと思う」

 

 

 まさかまふゆの口からそんな言葉が出てくるとは思っておらず、固まってしまう私。

 そんな私を他所に、瑞希が右手を上げて宣言した。

 

 

「ナイスアイディアだよ、まふゆ! それじゃあ、今から絵名のお絵描き歴史を見る会の開催だ〜♪」

 

「そうだね。わたし達も何か力になれるかもしれないし、絵名さえ良ければ見せて欲しいな」

 

 

 奏にも提案されたら、強くは断れない。

 ありがたく皆の力を借りて、雪平先生の言葉の真意を探ろう。

 

 

「……ありがとう。皆の力、貸して欲しい」

 

 

 それから私は今まで雪平先生に見せていた絵を部屋からセカイに運び込み、瑞希達がミク達を呼んできてくれた。

 

 

 

 

 

 そこから作業の時間も気にせずに絵を見比べてくれたのだが──残念なことに、私の絵をよく見てくれている皆ではそれらしい答えが出てこず。

 その日は遅くなってはいけないからと、解散することになったのであった。

 

 

 

 

 







辛い時も忙しい時も、時間を見つけては雪平先生の絵画教室に行く生活を続けていたえななん。
絵の技術も随分と身について、精神的にも安定してきて、順風満帆!

そう思っていたはずなのに、雪平先生は違っていたようで……?
なんて感じのイベストならぬオリスト、始まります。

(今回はオリジナルということで、ニーゴ以外のメンバーも出しちゃいます)


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