今まで接してきた経験から察するに……恐らく、彼女は知らないのではなく、見ないようにしているのだろう。
一歌ちゃん達と話した夜、雪平先生の言っていたことを頭で考えつつも手は絵を描いていた時に1つの電話が来た。
電話の主は珍しい相手。最近はまた精力的に活動しているので、メッセージでのやり取りはあれど電話で直接話すことは少なかった親友だ。
なんだか既視感のある流れのように感じつつ、出た電話には案の定、雫を挟んでまふゆから話を聞いたらしい愛莉からの電話で。
『──というわけで、明日の放課後、時間をもらっても良い? 良ければ迎えにいくわ!』
『え、あ、うん?』
『ありがとう。教室まで迎えに行くから待っててちょうだい!』
そんなことを言われた私は今、教室で出待ちしていた愛莉に迎えに来られて、屋上まで連行されている最中である。
隙があればずっと同じことを考え続けている私に脳が嫌になっているのか、肩が絵を束ねた山にプラスして気分的な重力を感じた。
が、愛莉達も忙しいだろうに話を聞いて時間を割いてくれているのだ。気分が重いだとか言ってられない。
悲しげな子牛の歌が頭の中で流れそうになっているのを強制的にキャンセルし、私は先に屋上への扉を潜った愛莉の背中を追いかけた。
「絵名ちゃん、こんにちは。屋上まで来てくれてありがとう」
「絵名、よく来たわね!」
「雫、久しぶり。愛莉は一緒に来たのは知ってるでしょ? 扉の前まで来てるのにUターンはしないってば」
さっきまで愛莉と2人で一緒に屋上まで来ていたのに、急に彼女を置いて帰るような真似はしない。
一体私を何だと思っているのか。視線に不満を込めて見つめていると、困ったように眉を下げている雫と愛莉の顔が視界に映った。
「絵名ちゃん、愛莉ちゃんもそういうつもりで言った訳じゃないと思うわ」
「屋上に呼び出したから歓迎しただけで、そういうつもりで言った訳じゃないんだけど……ややこしいことをしてごめんなさい」
「……いや、ごめん。私の方が過剰に反応し過ぎたみたい」
無意識だけど疲れているのかもしれない。それか、愛莉に甘えている可能性もある。
どちらにしても今日の私は面倒な人間だと思われるような態度をしている、という意識をもって行動した方が良さそうだ。
この後、授業を終わって合流しようとしているみのりちゃんや遥ちゃんも待っているし、2人が来る前に調整しなければ。
「……絵名、今日の予定をちょっと変えましょ」
「変えるって何を?」
「今日はこの後、絵名の悩みについて一緒に考えようかと思っていたんだけど……今の絵名に必要なのは悩みの相談じゃなくて、余裕ができるような気分転換だと思うわ」
「やっぱり、愛莉もそう思う?」
「ええ、メリハリは大事だと思うわ」
私に言い訳や知らぬ振りなんてさせないと思っているのだろう。愛莉が丁寧にこちらの逃げ道を塞いできた。
流石は我が親友と言うべきか。どうやらこちらの動きも予想しているし、説得できる言葉も用意しているようだ。
愛莉にここまで動いて貰って申し訳ないと思う反面、ここまでお膳立てしてくれる親友の存在がありがたい。
「じゃあ、お願いしてもいい?」
「任せなさい。あ、でも……雫が朝比奈さんから聞いた話の内容が気になるから、現状を教えてもらえると嬉しいんだけど」
「それぐらいなら大丈夫。えっと……」
愛莉と雫に大雑把なあらましを話そうとしたその時だった。
「わぁーっっ!! ごめんなさーいっ! ホームルームが長くて、ちょっと遅れましたぁーっ!」
バン、と勢いよく開かれる扉と共に、弾丸の如く飛び出してくる明るい茶髪。
ほんの少しだけ息を切らし、屋上へと飛び込み入場してきたのはみのりちゃんだった。
「みのり、飛び出したら危ないよ。っと、遅れてしまってすみません、絵名さん」
慌ただしくやって来たみのりちゃんとは対照的に、後から入ってきた遥ちゃんはどこか余裕を感じる登場だ。
これが元国民的アイドルの貫禄。慌ただしいみのりちゃんは可愛らしいが、落ち着いている遥ちゃんは見習いたくなった。
「それで……絵名先輩の話はどこまで?」
それぞれ特徴的な登場をした2人を眺めていると、みのりちゃんが恐る恐る口を開く。
「今日の予定は絵名ちゃんのお悩み相談って話だったけれど、気分転換した方が良いって話になってるの」
「それで、今から話してもらおうって言ってたところよ」
「じゃあ丁度いいタイミングだったんだ! 間に合ってよかったぁ」
雫と愛莉の説明にみのりちゃんがホッと息を吐き出す。
遥ちゃんが後ろで「急いでるからって廊下を走るのはあまり良くないんだけどね」と苦笑しているが、小声で言っているのを見るに強く注意するつもりはないようだ。
こちらとしても急いで来てくれたのは嬉しいことなので、遥ちゃんには目を瞑って欲しいものである。
……廊下を走るぐらい、他校に2度ほど侵入してる奴と比べたら可愛いものである。
レベルが違うから比べるな? 残念ながらクレームは受け付けていないので諦めて欲しい。
外に漏らさなければ、私の思考の中で1番偉いのは私だ。強権を発動させてもらおう。
「それじゃあ、まふゆが雫に相談した出来事の経緯なんだけど──」
そんなどうでもいい脳内会議をしていることは顔に出さず、私は愛莉達に雪平先生から「絵画教室に来なくていいですよ」と言われた経緯や、他の人に言われて気になったことなどを話していく。
前も似たようなことを感じた気がするが、アイドルという存在はどういう訳か非常に話やすい。
屋上に入るまでは嫌だったはずなのに、話し始めたらスラスラと話してしまった。
「──そういうことがあったのね……確かに、急に教室に来なくて良いなんて言われたら不安よね」
話を最後まで聞いてくれた後、雫が右手を頬に当てながら頷く。
「自分のこととして考えるのなら……ダンスレッスンに通っていたのに、急に『レッスンには暫く来なくていい』って言われたってイメージに近いのかしら?」
「うわぁ……わたしなら『見捨てないでくださいーっ!』って先生に泣きついちゃいそうだよぉ」
愛莉が出した例え話に、みのりちゃんが体を震わせながら目を瞑る。
SNSとかでたまーに見そうというか、顔文字に出てきそうな不思議な目の形だ。
ぎゅっと目を閉じているのは理解できているのだが、
みのりちゃんの反応を見ながらそんなことを考えていると、遥ちゃんがこちらを見ながら口を開く。
「絵名さん、その手に持っているのが先生に見せてたという絵ですか?」
「あぁ、うん。この中に入ってるのは先生に見せた絵だよ」
「それ、見せてもらってもいいですか?」
「最初から見せるつもりだったから大丈夫。ちょっと待ってね」
一歌ちゃん達に見せた時の反省を生かして、私はスケッチブックを分けて見せることにした。
遥ちゃんは神妙な顔でスケッチブックの1つを捲り、その横からみのりちゃんがじっと絵を見つめる。
遥ちゃんとみのりちゃんがセットになっている中、雫と愛莉も2人揃ってスケッチブックを見てくれていた。
「まぁ、すごい量だわ。これが絵名ちゃんが描いてきた絵なのね」
「雫。たぶんだけど、これでも絞ってきてくれてると思うわよ」
「えっ、そうなの? この量でもかなり描いてると思うのだけど」
「そうね、でも、絵名はわたしが話す前から絵画教室に行ってたもの。そろそろ2つ目の本棚を欲してるぐらい描いてても納得するわ」
愛莉はさらりと言っているが、話してもいない私の本棚事情を見通すのはやめて欲しい。
好きな絵師さんとかの画集用の棚と今まで描いてきた絵の棚と分けていたのだが、最近全部埋まって床に置いているのである。
それでお母さんから『本棚を整理してはどうか』と苦言を呈されており、現在、本棚の拡張を交渉中。
古いのは捨てることも検討してもいいのではないかというお母さんの意見と討論中なのだ。
お母さんも私の意見を優先したいと思ってくれているのだが、残念ながら私の部屋には本棚を置くスペースがない。
どこに置くつもりなのか、代わりに何を犠牲にしてスペースを確保するのか、ちゃんとプレゼンしなさいとお達しを受けている。
そういうのも諸々見透かされている気がして恐怖を感じていると、真面目にスケッチブックの内容を見ていた遥ちゃんが首を傾げた。
「絵名さんの絵って何というか、不思議ですね」
「え? そんな不思議に思うような絵、描いてたっけ?」
雪平先生に見せていた絵は大体、技術を向上させるための絵が多いので『不思議』と称されるような絵を描いた記憶がない。
心当たりがないので首を傾げ返すと、遥ちゃんは申し訳なさそうに目を伏せた。
「昔の分も最近の分も見たんですけど……何故か全部、同じに見えてしまって」
「それって同じモチーフの絵を見てってこと?」
「いえ、そうじゃなくて。説明が難しいんですけど、根っこが同じに見える……と言えばいいんでしょうか」
遥ちゃんも自分の中にある違和感が掴みきれていないのか、歯切れの悪い言葉を紡いでいる。
ただ、表情や声音から真剣に考えて、伝えようとしてくれているのだけはわかった。
「根っこが同じってことは、想いが同じってことでしょう? それってそんなに悪いことかしら?」
「そう言われたら、悪いものじゃないかもしれない。私が気にし過ぎているだけかも」
「でも、遥は引っかかってるって顔ね」
話の間にひょいと入ってきた愛莉が遥ちゃんからこちらへと、視線の先を変える。
「わたしは絵名が探しているようなことはわからないけど、遥の様子を見てると沼にハマりそうってことだけはわかるわ」
「うん。それはわかるし無理して欲しいとは思ってないから」
そもそもこれは私の問題だし、私が絶賛・底なし沼に沈んでいる最中である。
愛莉達だってアイドル活動で忙しいのに、私の問題で悩むなんてことは仕事でもないのだからやめて欲しいのが本音だ。
「そうじゃなくて。ずっとそればかり考えてたら見つかるものも見つからなくなりそうじゃない? だから、最初に言ってた通り気分転換しましょ」
「あぁ、そういう。ちなみに気分転換って何をするの?」
「絵名、知ってる? この世の中には悩み事に1番効果のある薬があるのよ」
笑う愛莉に嫌な予感がした。
何だか最近、私もその手段に頼ったような、ちょっと遠いような。
「絵名、動きましょう。ダンス練習は全てを解決するわ……!」
極論過ぎるとツッコミたいが、残念なことにこの場にいるのは全員、努力の化身である。
「絵名先輩、大丈夫です!」
「えっと、みのりちゃん? 何が大丈夫なのかな?」
「ずっと止まって考えているよりも、体を動かした方がアイデアが出るって聞くので……絵名さん、悪くないかもしれませんよ」
「遥ちゃんまで!?」
「絵名ちゃんはいつも頑張ってるもの。たまには別のことをして気分転換をしましょ」
「雫の気遣いはありがたいけど、この気分転換は想定外なんだけど……!」
……そうやって色々と言葉を重ねてみたものの、相手の気持ちに折れることになり、私は最終的にダンス練習に混ざることになっていた。
これがまた、意外と余計なことを考えなくて済むという利点があり。
さらに、遥ちゃん達が練習前に言っていた感想や一歌ちゃん達との話等が自然と纏まり、私の中に1つの予想が出来上がっていた。
恐らく、雪平先生はこのまま頑張っても私の中にある『想い』が足を引っ張るんじゃないかと予想したこと。
そして、何の想いが足枷になると感じられたのか、私の中で見つけ出さなければいけない……それだけは、見つけることができた。
その原因が何なのか、探るつもりはない。
だが、
そんな私にできることは──向き合う機会を作ること、だろうか。