イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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 最初は……あいつにとって残酷なぐらい、楽観視していたんだよな。

 ──それが間違いだと気付いた頃にはもう、どうすればいいのかわからなくなっていたんだけどよ。






136枚目 枠を越えて、壁に描く

 

 

 

 

 

 

 私が絵画教室の件で奔走している間でも、他の人の時間は流れている。

 

 そう感じるのはニーゴで奏がデモを作ってきた時とか、そろそろ受験の進路希望調査で本命を見つけるようにと言われたりとか。

 

 

「ただいま」

 

「おかえり」

 

 

 ……たった今、帰ってきた彰人がソファーに直行し、沈んでいる姿を見たりだとか。

 

 頑張っているなぁ、といつもなら終わらせてしまうことですら、自分の中にある焦りに繋がってしまうようだ。

 相当メンタルに来ているなと冷静な部分で自分の状態を観測していると、視界の端にいた彰人がソファーから顔を上げる。

 

 

「そういえば母さんは?」

 

「今日はお父さんと出かける用事があるって言ってたでしょ」

 

「あー……言ってたな、そんなこと」

 

「それと、晩御飯は冷蔵庫の中だからね」

 

「おう」

 

 

 ソファーの誘惑に打ち勝ったらしく、彰人は立ち上がって冷蔵庫に近づく。

 だが、何故か急に立ち止まり、くるりとこちらに体ごと視線を向けてきた。

 

 

「お前、ここにいるけど暇なのか?」

 

「そこまで忙しいってわけじゃないけど、ここにいる理由はお母さんの伝言を伝える為だから」

 

「そうかよ……まぁいいか。忙しいってわけじゃないのなら、ちょっと話に付き合ってくれないか?」

 

 

 彰人の方から誘ってくるなんて珍しい。

 最近なんて私が話しかけるか、用事がある時についでに話す程度の会話だったから、珍しさも一入(ひとしお)だ。

 

 まじまじと見てしまう私に対して、彰人は不満そうに目を細めた。

 

 

「嫌だったり、時間がないのならはっきり言ってくれ」

 

「……別にそこまでじゃないけど」

 

 

 断る理由もないので、私はそのまま椅子に座った姿勢を維持する。

 冷蔵庫から踵を返した彰人は、私の対面の席に座った。

 

 

「そっちは最近、忙しそうだな」

 

「そっちこそ、冬弥くん達と忙しそうにしてるでしょ。何かいい刺激でもあった?」

 

「そうだな。確かに、オレ達はあの動画から刺激を受けたと思う」

 

 

 目を閉じ、何かを思い出すように呟く彰人の声音は、どこまでも真剣に聞こえた。

 その動画とやらは余程、彰人に影響を与えたのだろう。

 

 開いた目には見ているこっちが眩しく感じるぐらい、ギラギラと輝く光が見えた。

 

 

「オレには……オレ達には、乗り越えたいものがある」

 

「うん」

 

「その為にはまず、向き合わなければいけないことも多いってことに気がついた。その1つが絵名──お前のことだと、オレは思った」

 

「私のこと?」

 

 

 彰人がどうして私と向き合うなんて言うのだろうか。本当にわからなくて、私は首を傾げてしまう。

 ただ、彰人は私の行動を予想できていたようで、やっぱりかと言わんばかりに溜め息を吐き出した。

 

 

「記憶を無くす前の自分と今のお前、よく比べてるだろ」

 

「えっ、どうしてそれを……」

 

「知ってるに決まってるだろ、その原因の1つにオレがいるんだからな」

 

「は? 何言ってんの? これは私の問題であって、彰人は関係ないから」

 

 

 私は本気でそう思っているのに、彰人は納得してくれない。

 それどころか険しい顔で首を横に振ってきた。

 

 

「この前、杏に菓子折りを渡せって言ってきたことがあっただろ。あの時に杏からも話を聞いたんだよ」

 

「話って、大したことは話してないはずだけど」

 

「自分が暁山が苦しむ原因の1つになりたくない。そう言ったんだってな?」

 

 

 言った。確かに、彰人が言う意味に近い言葉を杏ちゃんに言った記憶がある。

 

 

「でも、それがどうしたのよ」

 

「オレ達は伝説を越えるようなライブをする為に動いている。この前はライブの映像を全員で見て、改めて壁の高さを認識した。だからこそ……オレは自分の中にある心残りを取り去って、本気であの夜を越えたいと思っている」

 

 

 彰人がとあるライブを見てから音楽の道を走り出したらしい、というのは何となく知っていた。

 それのきっかけとかは何1つ覚えていないけれど、彰人がクタクタになって家に帰って来たりする様子は家の中で目撃している。

 

 

「心残りを取り去りたい、ね。それに私が関係してるって言うのなら、彰人が深く考え過ぎているだけでしょ」

 

「──考え過ぎなわけないだろ。オレも母さんも親父も、お前に記憶を無くす前の『東雲絵名』の面影を求めてたのに、オレが原因になってないはずがねえんだよ」

 

 

 怒りが込められていても、怒鳴り声にはなっていない彰人の声に、私は言葉が出なかった。

 何と言えばいいのか言葉を選んでいる間にも、彰人の言葉は続く。

 

 

「最初はすぐに記憶が戻るかと思っていた。だから突っかかって来ねえ絵名に対して、調子が狂うだとか、らしくないだとかとんでもないことを言ってたんだ」

 

「……」

 

「そうやって1週間ぐらい経てば、お前は記憶を無くす前の絵名らしくなっていった。ちょっとずつ記憶が戻ってたり、いい方向に向かってるんだって目を逸らしてたが……節穴だよな。裏側でお前が頑張って『東雲絵名らしい』っていう枠を作って、そこから出ないように必死になってるだけだったのに」

 

 

 机の上に置かれた彰人の手に力が籠る。

 潰されそうなぐらい握られた両手は小刻みに震えていた。

 

 俯いている顔はどんな表情をしているのかはわからない。

 だけど、私が望んでいるものではないことだけはわかった。

 

 

「私は……彰人にそんな顔をしてほしかったんじゃない」

 

「だろうな。だが、オレだってお前にそんな枠を作ってほしくなかった。オレが作ったモノのせいで、お前の限界を作ってほしくなかったんだよ」

 

「限界って……」

 

 

 どうして彰人が態々そんな言葉選びをしたのか。

 限界といえば最近、雪平先生から言われた言葉を思い出す。

 

 

 ── 今のまま進み続けるよりも、その方が東雲さんの成長の糧になるだろうと判断しました。

 

 

 一言一句間違えることなく想起される言葉と、最近見つけたこと。

 この2つのことが合わさって、私の中に1つの予想が舞い降りた。

 

 

「お父さんから、何か聞いたでしょ」

 

「……バレたか」

 

「逆にそこまで言われてバレないとでも?」

 

 

 問い詰めるつもりで睨みつけると、彰人は悪びれることなく「いや」と呟いて目を合わせてくる。

 この様子だとバレてもバレなくてもどっちでもよかったようだ。

 

 彰人が動くなんてお父さんは何を言っていたのか。

 聞き出してやろうと口を開く前に、彰人の方から口を割った。

 

 

「お前が絵画教室に来なくてもいいって言われてから、親父がその先生とやらに電話したんだよ」

 

「お父さんと先生は何を話してたの?」

 

「最初は理由を問い正そうとして電話したってことだけは理解しろよ。じゃないと親父が報われないからな……」

 

 

 そんな前置きと共に話された内容は、予想の答え合わせのようなものだった。

 

 雪平先生の目には私が何かの枠を作ってしまい、自分で自分の限界を作っているように見えた。

 基礎的な部分はできている以上、ここから発展するには自分で枠を作ってしまっていると自覚して、乗り越えていくしかない。

 

 その為には教室で絵のことを習うよりも、発破をかけて自分で見つけてもらいたい。

 それが雪平先生が私に教室に来なくてもいいと言った真相なんだそうだ。

 

 

「……待って。それを聞いたお父さんが知っているのは理解してるけど、何で彰人が知ってるわけ?」

 

「聞くつもりはなかったんだが……偶然、親父が電話しているのと、母さんに話してるのを聞いたからだな」

 

 

 彰人のしかめっ面を見るに、不本意で入手した情報のようだ。

 私だって知らなくても良いことを知ってしまうこともあるので、私の声は自分でもわかるぐらい弱々しいものになっていた。

 

 

「でも、何で彰人が話を聞いたからって動く理由になるの? 黙って知らんぷりしてもいいでしょ」

 

 

 今まで通り、見ないふりをしてくれても良かったのだ。

 それなのにどうしてお父さんとお母さんの話を聞いて、心残りだという話をしようと決心したのか。私にはイマイチ掴みきれていない。

 

 ……あるいは、目を逸らしているだけなのかもしれないけれど。

 

 

「親父達は何も言わずに見守るつもりだって言ってた。だけどよ、本当にそれで良いのか?」

 

「そうは言っても、これは私の課題なんだけど? 何回もいってるけど、彰人達には何も関係な──」

 

「無関係じゃねえだろ!? 元はといえば、オレ達がお前を『東雲絵名』っていう枠に押し込んだんだ。お前を過去から先に行けないように押し込んだくせに、自分だけ仲間と一緒にあの日の夜を乗り越える? 身内を過去に縛っておいて、自分だけ先に進めるなんて思ってねぇよっ!」

 

 

 彰人の叫びを聞いて、ようやく気がついた。

 きっと、私もスケッチブックによって『東雲絵名』らしくあらねばと思ったように、彰人もずっと囚われていたのだ。

 

 そんな重きを背負ったままでは、彰人も目標を越えられない。

 だからこそ、私にこうやって付き合ってくれているのだろう。

 

 

「……彰人は強いね」

 

「別にそんなんじゃねぇ。あの事故から4年経ってんだぞ。オレだって4年もあれば本気になれるものを見つけて、変わったって思うことが増えてんだ。お前だけ自分が知らない昔に縛られたままなのは、違うだろ」

 

「こういう生き方しかできない私が悪いのに?」

 

「ほら、そうやってすぐに自分を責める。だからこそ、もう枠の外に出ても良いって、押し込んだ側であるオレが言わなきゃ……自分自身を許してやれねぇお前を誰が許すんだよ」

 

「……っ」

 

「そうやって自分を責めて、覚えてもいない過去の自分に縛られて。今のお前には暁山達もいるんだろ? 過去じゃなくて今を大事にしろよ」

 

「そんなの言われたって、今更過ぎるよ」

 

「なら! 自分で許せないのなら、オレが許すって代わりに言ってやる! だからいい加減、自分を許してやれよ……」

 

 

 彰人は「頼む」と小さな声で呟きながら、頭を下げた。

 

 

(私──何やってるんだろ)

 

 

 私自身の自責を被ると弟に言わせて、私はまだ枠内(過去)にいるのだろうか?

 

 今までの私は『東雲絵名』という名前の額縁の中でしか、絵を描けなかった。

 詰め込むように絵を描いて、限界が来ても枠の中の白紙を探して無理矢理描き込んでいた。

 

 それが『東雲絵名』を消してしまった私が、家族にできる唯一の贖罪だと思ったから。

 そうしないと許されないって思っていたから。

 

 

(でも、彰人が許すって言ってくれた)

 

 

 お父さんもお母さんも見守ることを選んで言葉を伝えないだろうから、彰人が代わりに言ってくれたのだ。

 いつまでも過去の方向に向いていた私に今を生きろと、いい加減ちゃんと歩き出せと背中を押してきた。

 

 

「きっと、私は記憶を取り戻すようなことがなければ、自分の性格は変えられないと思う」

 

「おい」

 

「嘘はダメでしょ。まぁでも、彰人が私の代わりに許してくれたから、ちょっとだけ胸が軽くなった。だから、ありがと」

 

「……そうかよ」

 

 

 

 

 ──真っ白で何もない壁に飾られた、何も描かれていない紙が入った枠。

 

 

 今まではずっと枠にある紙の範囲内で絵を詰め込んで来たけれど……どうやらもう、その枠を越えて、白い壁すらもキャンバスにして絵を描き広げても良いらしい。

 

 

(この気持ちを……絵で描きたくなっちゃったなぁ)

 

 

 彰人がこうやって話す時間を作ってくれたおかげで、一段と良い絵が描けそうな気がした。

 

 

 

 

 






今回までの話を書いて思ったこと。
脳内解像度が低いせいか、ニーゴ以外の解像度が非常に低い気がする……精進します。


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