イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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138枚目 今を生きて

 

 

 

 

 

 雪平先生と会った帰り道に、奏がいるとは思わなかった。

 

 ベンチに座っている奏に手招きされるままに隣に座ったが、相手がどうしてここにいるのか、何をしているのかという情報は不足している。

 

 宵崎奏といえば『3度の飯より曲作り』って言葉を体現してるぐらい、曲を作ることに傾倒している子だ。

 

 大体、譜面に溺れそうな部屋の中で曲を作っている、という偏見があるせいだろうか。

 公園で友達に会ったという普通のシチュエーションなのに、四葉のクローバーを見つけたような物珍しさを感じた。

 

 

(公園で曲を作ってたのかな? それとも脳内で考えてたりする? ……いや、こんなところで曲を作ることはないよね。だとしたら気分転換か)

 

 

 そんなことを頭の中で考えてしまっていると、奏が手に持っていた水のペットボトルを握りしめた。

 

 

「絵名と直接会うのは久しぶりだね」

 

「この前は急に作業を休むことになってごめんね」

 

「ううん。絵名に必要なことだったんでしょ? なら、わたしは応援するよ」

 

「奏にそう言って貰えると安心するかも。瑞希は鬼電してきたし、まふゆも頭突きが飛んできたから余計にね」

 

「……皆、絵名のことを心配してるんだよ」

 

 

 奏はフォローの言葉を投げかけていたものの、その顔は苦笑を浮かべている。

 

 見た目も相まって天使に見える奏も、鬼電と頭突きのフォローを笑顔ではできなかったらしい。

 

 奏の場合は個別で『えななん、頑張ってね。また休みを伸ばしたかったら相談してほしいな』という心優しい連絡と、応援のためという理由と共に曲が送られてきたので、その対応の差を考えたら苦笑いも無理はない。

 

 

「私はさっき絵画教室に行ってたんだけど、奏が外にいるなんて珍しいよね。こんな時間までどうしたの?」

 

「今日は病院に行ってたんだ。そこからCDショップによって欲しかったものを買おうとしたんだけど丁度売り切れてて……後は何となく、ここにいたら時間が過ぎちゃってたんだよね」

 

「確かに。考え事をしてたら時間がどんどん過ぎちゃうよね」

 

 

 私じゃあるまいし、奏ならば時間が過ぎる前に曲を作ろうと思い立って帰宅しそうなものだが……病院で何かあったんだろうか?

 そう思ったものの、それを直接言うような愚行はしない。

 

 

 そもそも、CDショップで欲しいものが買えなかったから公園に寄るなんて、普段の奏ならば絶対にしないと断言できる程、珍しい行動だ。

 

 

 だからこそ今、この場にいること自体が異常事態だと感じる。

 何か問題があった結果、公園に行くという行動が出力されたと考えるのであれば──踏み込むのは地雷でしかない。

 

 話題の矢印を奏からこちらに変えよう。そうすれば奏の意識も紛れるはずだ。

 

 

「私もボーっとしてたらこんなところに来ちゃったから、奏と似たようなものかも」

 

「絵名も? ボーっとするなんて、何かあったの?」

 

 

 奏は自分のことを脇に置いて、私のことを心配してくれているらしい。

 その優しさに笑みを浮かべつつも、まずは頭を下げた。

 

 

「奏、まずはお礼を言わせて。奏が一歌ちゃん達に話をしてくれたりしたおかげで、自分では見つからなかった答えに辿り着けたよ。本当にありがとう」

 

「ううん、わたし自身は何もできてないから」

 

「そんなことないよ、曲とかすっごい励まされたし」

 

「……本当? それならいいんだけど」

 

 

 やっぱり病院で何か思うことがあったのだろう。

 ほんの少し自信なさげな反応が、私の中にある疑惑を別のものへと変化させた。

 

 

「もちろん。お陰ですっごい良い絵が描けたんだから! 自信作!」

 

「そうなの? ……それって見せてもらってもいいかな?」

 

「皆にも成果として見せたかったし、一足先にどうぞ」

 

 

 布で包んだ絵を取り出して、奏に手渡す。

 公園の白灯が切れかかっているせいか、ちかちかと点滅しているのが気になるのは私だけらしく、薄暗い中で奏はじっと絵を見ていた。

 

 最初は薄暗いから目を細めているのかと思ったのだが、どうも表情も鑑みてみると違うように思う。

 まるで、眩しいものを見るような、絵を見る時には見たことがなかったような目で、奏は絵を眺めていた。

 

 聞きたいことは、ある。だけど、瑞希の時のように押し込んだって、今の奏には手応えがなさそうだ。

 奏のことを思うのであれば、私が今できることは『待つ』ことなのだろう。

 

 そう判断すれば後の行動は自ずと決まり、私は不安定な白灯の光を見つめつつ、奏が口を開くのを待った。

 

 

「絵名」

 

「どうしたの?」

 

「良ければ、この絵を描いた時の気持ちとかを教えてほしい」

 

 

 力強い目で真っ直ぐ見つめられると、嫌だとは言えなくて。

 私もまだ上手く言語化できておらず、拙いところがあるが……そこは精一杯伝えられるように努力しよう。

 

 

「奏達が色んな人に声をかけてくれたこともあって、たくさんの視点から考えをまとめることができたんだけど……最後に弟に言われた言葉が、1番この絵に影響されてるかな」

 

「弟さんに?」

 

「うん。私さ、皆にも自己評価が低いとか、鈍感だとか、散々なことを言われてるでしょ?」

 

「ふふっ……あ、ごめん」

 

「ま、まぁ、鉄板ネタのような事実になってるもんね……色々複雑だけど」

 

 

 どうやら小さく吹き出す程度には奏の中でも共通認識らしい。

 最初の方はそんなことないでしょと思っていた私も、最近ではそうかもと思うようになってきた概念だ。

 

 身内の定番ネタになりつつある自分の評価に不満を覚えていても、奏の気持ちを上向きにできたのであればそれも甘んじて受け入れよう。

 渾身の自虐ネタを挟んでから、ちゃんと話を本筋に戻しにいく。

 

 

「弟も似たようなことを言うのよ。過去の出来事を引き摺ってここまで来たせいで、絵にも出て先生に見通されてたんだろうって」

 

「過去を引き摺ってしまうのは悪いことなのかな。わたしはそう思わないけど」

 

「個人的には奏の意見と同じなんだけど……ほら、私の場合は滅茶苦茶言われて、やっと自覚できるぐらい今回のことも無自覚だったから。目を逸らしてるのと自覚しているのとでは、全然違うんだってさ」

 

「そうなんだ。じゃあ絵名は弟さんに教えてもらったから、今回の絵が描けたの?」

 

 

 奏の視線が絵からこちらへと移ったタイミングを見計らって、私は首を横に振る。

 

 

「それよりも『オレが許すから、いい加減自分を許してやれ』って言われたのが大きいかも」

 

「自分を許す、か」

 

「人間ってそう変わらないし、私の思考だって簡単には変わらないからすっごい難しい話よね。でも、彰人にあそこまで言われたら、いい加減向き合わなきゃいけないなって……そう思ったんだ」

 

 

 記憶が無くなった。

 その事実は私の記憶が何かの拍子で戻らない限り、ずっと付き纏ってくるのだろう。

 

(ううん。戻ってもその過去はなくならないし、彰人達に与えた衝撃も、中学の皆についた嘘も消えない)

 

 

 過去は変わらない。過去の絵名が消えた結果、私がここにいる事実も変わらない。

 でも、私はもうスケッチブックを見て、記憶を無くしてしまった理由を知った頃の私ではないのだ。

 

 私はもう、あの日の──記憶を無くしたばかりの頃の私じゃない。何もない私ではないのである。

 

 そんな気持ちを込めて話すと、奏は視線を前に向けて呟いた。

 

 

「──絵名は強いね」

 

 

 パチンと跳ねるような音と共に、周囲を唯一照らしていた白灯が消える。

 

 周りが暗くて奏の顔もなにも見えない。

 言葉にし難い焦燥感が胸に襲い掛かり、暗闇の中でも奏の顔を見ようと目を凝らした。

 

 だが、私の目は物理的なものを見るという意味では、普通の人と同じ目だ。

 なんなら視力は眼鏡をするほどではないにしても、スマホとかをよく使ってる分そこまで良いものではない。

 

 ……それでも、なんとなく察することができる程度には、私は奏とも向き合ってきたつもりだ。

 

 

「私は強くないよ」

 

 

 どうせ顔が見えないぐらい暗いから、顔は前に。

 誰もいないアスファルトを照らす光を眺めながら、奏の言葉も待たずに口を開く。

 

 

「だって奏やまふゆ、瑞希や皆がいなかったら……そもそも、奏がニーゴに誘ってくれなかったら。きっと、今みたいに考えることすらできなかったもの」

 

 

 白灯も壊れたわけではないようで、パチパチと小さい音を響かせた後に頼りない光が戻ってきた。

 

 これならば奏の顔も見えるだろう。

 そう判断した私は再び隣に座っているであろう方に顔を向け、素直な気持ちを吐露した。

 

 

「それでも私が強いって奏が思ってくれているのなら……それは皆のおかげで、奏のおかげだよ。いつもありがとう」

 

 

 白灯の光に照らされた奏は驚いているのか、いつもよりも目が開いているように見える。

 

 まさかお礼を言われるとは思っていなかったのだろうか。

 そこまで素直じゃないと思われているのなら、少し心外である。

 

 

「ごめん。さっきまで考えていたことのせいか、びっくりしちゃった」

 

 

 そんな気持ちが顔に出ていたのか、慌てた様子の奏から弁明の言葉が飛び出てきた。

 

 ……お前が言うな、とそうツッコミされそうだが、奏もかなり自罰的なところがある。

 

 きっと病院で何かがあって、ちょっといつもより気持ちがマイナスの方に傾いちゃったのだろう。

 その結果、受け取り方もよろしくない方向に向いてしまったのかもしれない。

 

 奏が精神的に参ってしまっているのなら、私の気持ちを伝えることで少しぐらいは気分を楽にして欲しかった。

 

 

「私が弟に言われて、過去のことよりも今を生きようと思えたのは、奏の音楽のおかげだよ」

 

「……わたしの曲がなくても、絵名なら進めてたと思うよ」

 

「でも、ニーゴの始まりは奏の想いが込められた曲で、その道の半ばで描けた絵の1つが奏の持ってるものなの。だから、奏のおかげなんだよ」

 

 

 少しでも届きますように、と願いながら奏の手を握り締める。

 

 そのままお互い何も言わずに過ごした。

 ……本当に、私のスマホから心配の連絡が来なければこのまま公園にいたのではないかと思うぐらい、公園に居座っていたと思う。

 

 

「その、絵名」

 

「どうしたの?」

 

「ありがとう」

 

「……どういたしまして」

 

 

 その甲斐があったのか、別れる前に見た奏の微笑みはそこまで悪いものではないように見えて。

 

 

 ──だからこそ私は過去よりも今を、皆を大切にしたいなとそう思ったのだ。

 

 

 

 

 

 







──今が大事だからこそ、壊したくない。


次回で代打で挟まれたオリスト編も終わりです。


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