イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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今回、後半からアンチ・ヘイトタグをつけた理由である不快な表現があります。
モモジャンのイベスト辺りを思い出してると、心構えとしてはいいかもしれません。


15枚目 5月の春が暑過ぎて

 

 

 義務教育ということもあって、何の問題もなく中学3年生となった。

 その上、先生のご慈悲によって今年も愛莉とは同じクラスである。

 

 愛莉はアイドル活動で抜けがちになっているものの、先生からすれば爆発物のような私のほぼ唯一の交友関係。

 まとめておけ~と思うのも無理はないだろうが、「桃井さんと今年も同じクラスだからね」と声をかけるのはやり過ぎだと思う。

 

 つい最近は顔色が無くなったり、体育では見学することもあったりと、私が他生徒と比べると厄介事の種なのは重々承知している。

 

 だけど、人は贔屓には敏感なので露骨なのはやめてほしいのが正直な感想だった。

 今のところは害がなくても、何かあった時が怖いのである。

 

 

 ──と、学校ではそんなことがあったものの、学校外の生活はほとんど変わらない。

 

 中学3年生になっても雪平先生は相変わらず厳しいし、痛い言葉ばかり。

 春休み中なんてコンクール用の絵の相談をしたら、「下書きの時点で魅力がない」と一刀両断してきた。

 

 ……流石にこの時は反論して、キレてもいいんじゃないかと真剣に検討したぐらいだ。

 

 言っていいことと悪いことがあるわよ!? と怒りながら描き直したけど、あれは絶対に殴っても許された。

 我が子を馬鹿にしたのである。判決で私刑だ、私が許す。

 

 いつも通りに雪平先生に凹まされ、叫びそうになって、歯を食いしばって作品を完成させて。

 4月に余裕を持ってポストイン。後はゴールデンウィークを愛莉と楽しんで結果待ちである。

 

 

 

 

 ──そうして忙しくなってきた愛莉と遊ぶこと以外、いつもの休日と同じだったゴールデンウィークから数日が過ぎた。

 そわそわする気持ちのまま、今日も学校から家に帰る。

 

 上擦りそうな声をチューニングして、澄まし顔を作った私はリビングの扉を開いた。

 

 

「ただいまー」

 

「お帰りなさい。絵名宛にお待ちかねの封筒が来てたわよ」

 

 

 私の努力も虚しく、お母さんには見破られていたらしい。

 ニヤニヤと笑いながら封筒を手渡され、私は何とも言えずに口をもごもごと動かした。

 

 

「あぁ、それと。封筒の中はお母さんと一緒に見ましょうねー」

 

「えぇ……それはまたどうして?」

 

「結果が悪かったら、あなたが何をするかわからないからよ」

 

 

 にっこりと微笑むお母さんに対し、私の顔は引きつっていく。

 コンクールの結果次第では部屋に籠城し、飲まず食わずで衰弱死するまで絵を描き続けそうだと、本気で疑われているらしい。

 

 お母さんといい彰人といい、私をなんだと思っているのか。

 私なんて東雲絵名(じぶん)の為に画家になろうとしている、その辺にいる記憶喪失の女子だ。

 

 え? 記憶喪失はその辺にいないし、普通じゃないって? そんな馬鹿な。

 画家になる為なら周囲を追い抜かすために正攻法(ルール違反じゃない)なら何でもする。それは当然のことだと私は思うのだけど。

 

 

「不満そうな顔をしてるけど、あなたの場合は度が過ぎてるの。ちゃんと自覚した方が良いよ」

 

「うぅ……」

 

 

 そう思っていたのは私だけらしく、お母さんは頼み込んでも部屋には戻してくれそうにない。

 ここで問答を繰り広げてもしょうがないし、どこで見ようが結果は同じだ。覚悟を決めて開いてしまおう。

 

 抵抗を諦めた私はお母さんから鋏を受け取り、封を切る。

 ゆっくりと中の紙を取り出せば、私よりも緊張しているらしいお母さんの息を飲む音が聞こえた。

 

 

「絵名、大丈夫?」

 

「あはは……うん。お母さんのお陰で私は平気かな」

 

 

 隣に緊張している人がいると1周回って冷静になるもので、私は苦笑しつつも中身を読んだ。

 

 東雲絵名様から始まるのはどこも同じ。

 次の行では長々と頭の文章が続き、【さて、貴殿に置かれましてはこの度、ミライノアートコンクールにて栄えある《審査員賞》の受賞を──】と書かれている文章が目に入る。

 

 審査員賞の受賞。

 受賞!?

 

 

「頬っぺた摘まむ?」

 

「いや、夢じゃないのはわかってるから。その気遣いはいらないからね、お母さん」

 

 

 今年のミライノアートコンクールは4ケタの作品の応募があり、そのうち受賞できるのは大賞で1人、優秀賞で2人、審査員賞で3人の計6人だ。

 その6人の内に私が入っていると。

 

 

 ──あーあ、中途半端に言い訳できる結果なんか残しちゃってさ。

 

 

「おめでとう、絵名」

 

「ありがとう」

 

 

 お母さんが笑って祝ってくれている。

 頭の中に響く声を無視して、私も笑い返す。

 

 審査員賞ということは、ある意味狙い通り審査員の人達に気に入られたのであろうか。

 他の受賞者の絵を見るのが怖くて、スマホを取り出しやすい鞄の外ポケットからチャックのついた内ポケットへと入れてしまう。

 

 

「大きなコンクールでこんな賞を取るなんて、すごいわね。お父さんにも見せる?」

 

「あー……いいや。私、部屋に戻るね」

 

 

 その後の言葉を聞きたくなくて、お母さんの返事を待たずに部屋へと戻る。

 

 お父さんに絵を見てもらう?

 ……そんなの、いいのだろうか。

 

 あの人、私が記憶を無くしてから1度も部屋に来て私の絵を見たことがないのに。

 記録によればたまーにだけど、絵を見に来ることがあるって残ってたのに、この1年、あの人が私の部屋に訪れたことは1度もない。

 

 それどころか私から話しかけなければ、あの人と話すことなんてないし、話しかけられないのだ。

 中学生の娘と父親の距離なんてそんなものだと言われたら、何とも言い返せないのだけれど。

 

 それでも……私を意図的に避けているようにも見える相手に絵を見せてもいいのか、私には判断がつかなかった。

 

 そんな悩みが頭の中でぐるぐる回っていても、絵を描き始めたら頭がスッキリして『楽しい』って感情に支配される。

 

 

(絵に依存してるなぁ……困らないし、別にいいんだけど)

 

 

 まるでなにか良くないモノに依存するかのように、絵を描いている時だけは絵の事だけに集中できるから。

 今日も私は、絵を描いて1日を過ごすのだ。

 

 

 ──スマホを全く、確認することなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 

「絵名!」

 

「わっ。おはよう、愛莉。そんなに声を出してどうしたの?」

 

 

 メールの文面を考えるために今日は早く学校に来たのだが、それを狙ったように愛莉も顔色を変えて教室に入ってきた。

 ちょうどメールの返信も終わって落ち着いた私に対して、愛莉は慌てて登校してきたのか、うっすらと顔が赤くなっている。

 

 息も荒くて辛そうだ。まだ開けていないペットボトルを水を手渡すと、愛莉は仰ぐようにソレを飲み込んでいく。

 

 半分ぐらい口の中に消してから、愛莉の口から「ありがとう」と別の言葉が飛び出した。

 

 

「って違うの! 絵名、ピクシェアは見た!?」

 

「ううん。そもそも昨日は学校に帰ってから朝まで、スマホはメール以外触ってない」

 

「じゃあトレンドに絵名のことが乗っていて、炎上しているのも知らなかったのね……うわ、いらないこと言っちゃったかも」

 

 

 しまった、と苦虫を嚙み潰したような顔をする愛莉を横目に、私はスマホを取り出してピクシェアを開く。

 愛莉の言葉を疑っていたわけではないが、本当にトレンドに『東雲先生の娘』やら『東雲』という名前が入っていた。

 

 果たして何で燃えているのか。心当たりのない私は興味本位でそのトレンドをタップしてみた。

 

 

《東雲先生の娘の絵を見たけど、審査員賞の割に普通だね》

《女子中学生、父親が東雲先生ってだけで受賞ができるなんてうらやま》

《お父さんのコネとか恥ずかしくないんでちゅか~? 絵を描くのやめろよ。才能ないし》

《中学生、女子、父親の名前という属性は強いな~。審査員に忖度させるなんてなぁ》

《父親の名前でちやほやされて、勘違いした2世はやることやってんねぇ》

《あのコンクールはもっとちゃんと選んでくれると思っていたのに、有名人の娘ってだけで忖度とか残念》

《私でもあの程度の絵なら描けるよ。調子に乗って好き勝手し過ぎ》

《やっていいことと悪いこともわからないのかよ。凡人がコネで天才のフリなんて恥だろ》

 

 

 パッと目を通しただけでも、ここまで好き放題書き込まれている無法地帯。

 

 どうやらオススメ欄のコメントが火種で、そこからインフルエンサーが面白おかしく広めているようだ。

 

 火種野郎の動機は『自分は落選したのに、女子中学生が受賞とか納得できない! 俺の方が上手いもん! コネと忖度じゃないとあり得ない!』という情けない駄々っ子なもの。

 それなのに、インフルエンサーの手によって、私がお父さんのコネで受賞しましたーなんて、全く存在しない事実に早変わり。

 

 呆れて言葉が出ないとは、今の状況にふさわしい言葉だった。

 

 

「あぁ、なるほどね。これが原因でコンクール側から作成意図とか、外部に掲載用の文章を送って欲しいって連絡が来たんだ」

 

「もう対応してくれてるってこと?」

 

「うん。原因が原因だから、コンクール側が対応してくれるみたい……ただ、残念なことに既に顔写真も中学も載ってるんだけど」

 

 

 もしかして有名人の娘だから学校の先生にも贔屓にされているのかも。

 なんて妄想や呟きから、顔写真や通っていた小学校、中学までバラされているのだから、こちらとしては堪ったものではない。

 

 

 ──画家の娘の立場なんて『絵の才能』ですら補正してくれないのに、何を必死に燃やしているのやら。

 

 勝手に妄想して、勝手に流失させられて、勝手に燃えている今の状況が馬鹿らしく見えた。

 

 

「メールの内容は炎上している件の対応の為に使用するって来たし、後はお任せしようかな。こういうのって私が何か発信しても余計に酷くなるんだよね?」

 

「そうね……ここまで本人を置いてきぼりで炎上していると、燃料投下にしかならないと思うわ」

 

「じゃあ、様子見ね」

 

「とても燃やされてるとは思えないぐらい、堪えていないわね……ねぇ、本当に大丈夫なの? 普通なら自分が悪くなくてもこう、背中とか心臓が凍えちゃうぐらい、怖い気持ちとかに襲われるって子が多いのに」

 

 

 心配そうにこちらを見てくる愛莉に、私はゆっくりと首を横に振った。

 

 

「コネとか忖度とかは相手のことだから知らないけれど、評価そのものは的外れじゃないし」

 

「そんなことないでしょ!? 絵名は毎日頑張ってるのに、こんな風に顔も知らない他人から言われる上に、晒される理由なんて……!」

 

「はは、いいのいいの。ネットに顔写真はやり過ぎだとは思うけど、家族の方に迷惑がかからないのならまだ許せるし。愛莉がそうやって怒ってくれるだけで十分だから」

 

「……それ、本気でそう思ってるの?」

 

「うん、だから気にしないでよ」

 

 

 どこか釈然としないと言いたげな顔をする愛莉は、何を言っても納得してくれないだろう。

 そんな気がして、朝の私は笑って誤魔化すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そう、朝の段階では全く気にしてなかったのだ。

 

 ただ、昼。コンクール側が対応して私の審査員の好みに合うように〜という意図も載せた後の話だ。

 まだトレンドにいる東雲の文字をタップした瞬間、私の心はざわめき始めた。

 

 

《審査員の好みに合わせてたのか。そんな作戦を立てて作れるなんてすごい!》

《自分の力量を冷静に見極めて、足りない何かを埋めるなんて中々できないよ。天才の発想》

《普通なら審査員の好みを知って、それに合わせて作品を作ろうとか思わんって……》

《これは営業の天才。人に届ける才能が輝いてるわ》

《中学生とは思えない画力だし、嫉妬されるのも当然か。天才の定めだね》

《流石は東雲先生の娘さん。お父さんに似て天性の才能があるね》

 

 

(何、これ)

 

 

 情報を捏造していたアカウントは消えていて、誤った情報を広めたインフルエンサーは『天才女子中学生の成功を魔女裁判で滅茶苦茶にした』からと、謝罪文の投稿をしてもボコボコに叩かれていた。

 

 嫌だ、見たくない。

 

 朝まで好き放題書き込んでた人も、黙っていた人も皆、掌返して私を称賛している。

 

 お父さんは関係ないし、お父さんと絵の才能は関係ないでしょ!?

 

 嘘だとわかれば叩いたことも何もかも、なかったかのように態度を反転させるのか?

 

 そもそも私は天才なんかじゃない!

 

 

 ──もしも家族が記憶喪失の理由を知ったら、記憶が戻らないかもと知ってしまったら、この書き込みのようにくるりと態度を変えてしまうのだろうか?

 違うと信じたいのに、信じられなくなってしまいそうで……怖いよ。

 

 

「絵名、絵名? やっぱり無理してるんじゃ」

 

「大丈夫」

 

「でも」

 

「大丈夫だから」

 

 

 愛莉の心配を押し除けて、なんとか授業を受け切った。

 幸いなことに、時間が経つにつれて気分の悪さは薄れていき、顔色も昼に比べると良くなっていた。

 

 それでも心配してくれる愛莉に途中まで送ってもらい、今日は絵画教室を休み、まっすぐ家へと帰宅する。

 

 

 

 

 ただ、予想外だったのは──

 

 

 

 

 

「お父さん……なんでこの時間に家の前にいるの?」

 

「お前と話をする為に切り上げてきた」

 

 

 

 

 ──お父さんが家の前で待っていたことだった。

 

 

 

 






《補足:ふわっとした炎上経緯》
・コンクール落選者がえななんの絵を見る→周りの受賞者よりレベルが低いような気がするのに、受賞できてるえななんに嫉妬。何で自分が受賞できないんだ!って気持ちのまま、文句を垂れ流す。
・そんな中、東雲絵名があるサイトの削除記事より、東雲慎英先生の娘だと知った。まだまだ燃え上がる嫉妬心から『実力がなくても受賞したのは先生の娘という忖度のおかげ』やら、有る事無い事をそれらしくでっちあげ。(どうやら文才と想像力は豊かだったらしい)
・それに食いついて、許せないと憤ったインフルエンサーが『天才画家の娘が父親の力をちらつかせてコンクールを不正受賞した』というでっちあげたフェイクニュースを事実のように広めてしまう。
・えななんの絵は確かに実力や技術的に甘いところがあることと、審査員特攻のせいで人を選ぶ絵なので、余計に嘘の話の信憑性を上げてしまった。
・有る事無い事大騒ぎされた上に、叩くだけじゃなくて、嘘話を信じた正義の鉄槌マン達が快感を得る為に女子中学生の個人情報を調べ上げて晒し上げて、大放出。
・さらに多くの人が反応して大炎上。コンクール側が対応するまで大暴れ。

って感じの経緯をイメージしてます。

皆大好きインターネッツは普通にこういうこと、あり得るから恐ろしいですよね。

1番恐ろしいのは、炎上そのものには堪えてない記憶喪失えななんの精神性なんですけど。
スケッチブックはやっぱり呪いの代物。間違いないです。
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