イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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レン君と……? というお話です。





152枚目 林檎のお絵描き

 

 

 

 

「え、絵名ちゃん……」

 

 

 とある日の平日。

 部活もバイトも何もない日なので、帰宅してからすぐにセカイに来ていた。

 

 何か用事があるのかというと、特に何もなく。

 その場のノリで動いているのに近い私に、か細い声で話かけてきたのはレンだった。

 

 どうやら今日は1人のようで、ビクビクしながらも私の名前を呼んだらしい。

 

 1人で声をかけてくるなんてどうしたのだろうか。

 怖がらせてしまわないように気をつけつつ、私はゆっくりとレンの前に移動する。

 

 

「こんにちは、レン。今日は1人なの?」

 

「う、うん。絵名ちゃんがいたから、声をかけたんだ。今日はどうしたの?」

 

「ここに来たのも時間が空いちゃったって理由だから、特に用事もないのよね。どうせなら誰かと話すか、絵を描こうかなーとは思ってるけど」

 

「絵を……」

 

 

 レンは呟きながら私の手にあるスケッチブックを見ている。

 描いた絵に興味があるのかと一瞬思ったものの、逆の手で持っている画材とかを見て肩を落としている姿を見るに、どうやらそうでもないらしい。

 

 

「もしかして、絵を描くのに興味があるの?」

 

「えっ……うん。でも、絵名ちゃんが持っているものを見ていると、難しそうだなって」

 

「絵を描くのは難しいことじゃないよ。鉛筆1本でどんな世界も描けちゃうんだから……レン、ちょっと待っててくれない?」

 

「待つ? よくわからないけど、待ってたらいいんだね」

 

 

 同意を得られたのなら、善は急げだ。

 不思議そうな顔をするレンに見送られ、私は急いで自分の部屋に戻った。

 

 必要最低限のものを手に持って、スマホを落としそうになりながらも再びセカイへ。

 大慌てで戻ってくると、キョトンとした顔のレンと目が合う。

 

 

「その荷物、どうしたの?」

 

「あー……」

 

 

 そういえばレンに何も言わずに取ってきて、黙って道具を抱えて戻って来たのだった。

 

 私が黙ってやってることなのだから、レンの口から疑問の声が出てくるのは当然のこと。

 そんな簡単なことも思い至らなくて、私の喉から己への呆れの籠った声が出てくる。

 

 ……先走り過ぎた。

 

 頭を抱えたくなるけれども、レンの前で挙動不審な態度を見せれば怖がられてしまうかもしれない。

 かといって、理由も話さずに言葉を濁したままだとレンを不安にさせてしまう。

 

 

(やっちゃったことは、しょうがないか)

 

 

 気持ちを切り替えて、正直に話そう。

 それ以外に道が見えなくて、私は一呼吸置いてから理由を述べた。

 

 

「レンったら私が持ってる画材とかを見てたでしょ? もしよければ一緒に絵、描かない?」

 

「え!? ぼくが?」

 

「もう、そんなに驚くこと?」

 

「だってぼく、絵名ちゃんみたいに絵を描くことなんてできないよ」

 

「私みたいに〜なんて考えなくても、レンが描きたいものを描けばいいのよ。もしもこれがありがた迷惑なお節介だったら、ちゃんと言って欲しいけど」

 

「ううん、そんなことないよ! でも……絵名ちゃんの邪魔にならない?」

 

「私は大歓迎だよ。レンが良ければ一緒に描こう?」

 

 

 持ってきた円形の折り畳みテーブルを組み立て直し、レンを隣に招く。

 

 

「色塗りとかもできるように色々と持ってきたけど……レンはどんな絵を描いてみたいとかある?」

 

「その、無理かもしれないんだけど」

 

「できるかもしれないし、話してみるだけならいいんじゃないかな」

 

「……じゃあ、絵名ちゃんみたいに林檎の絵を描いてみたい」

 

「林檎か……わかった。取ってくるから待ってて」

 

 

 レンの話を聞いている内にお父さんがまた、知り合いから林檎を貰っていたのを思い出した。

 

 何度往復するんだと呆れられそうだが、今度は部屋から飛び出て林檎を取ってくる。

 食べる様子もなく林檎を物色する私に、彰人が「何してんだ、こいつ」と言いたげな目を向けてきたが、全て無視。

 

 大慌てで部屋に飛び込み、林檎を片手にセカイに戻るとレンの隣に見慣れた紫髪が鎮座していた。

 

 

「……なんか増えてるし」

 

「なんかじゃないんだけど」

 

「はいはい、まふゆでしょ。見えてる見えてる」

 

「はいはいって言うのは良くないよ」

 

「『はい』は1回ね。ごめんってば」

 

 

 まふゆを適当にあしらおうとしたのがバレたのか、とんでもなく不満そうな目を向けられる。

 それが顔にも出ればいいのに、今日も今日とてまふゆの表情筋は仕事を放棄していた。

 

 

「それで、まふゆは何でセカイにいるの? ミク達に用事なら、ここにはいないけど」

 

「今日は塾もなくて、部活もなくなったから来ただけ。セカイに来たら誰かに会えるだろうって思って」

 

「勉強する気分でもなかったのね。じゃあ、ちょっと混ざっていく?」

 

「混ざるって?」

 

「これからレンと一緒に林檎の絵を描くのよ」

 

 

 まふゆと話しながらも、私は丸机の中心に林檎を置く。

 セカイの光はほぼ真上から降り注いでいるのか、どの角度から見ても似たような陰影になりそうだ。

 

 まふゆが考えている間、レンには必要そうなものを渡して、早速絵を描いてもらおう。

 

 

「レンはまず、林檎を見て描いてみよっか」

 

「うん……あれ。絵名ちゃんが持ってる黒くて柔らかそうなものは何?」

 

「練り消し。レンには使いやすいかなって思って消しゴムを渡したんだけど、使ってみる?」

 

「ううん、ぼくはこっちで大丈夫」

 

 

 フルフルと強く拒否するレンに、私は思わず苦笑してしまった。

 練り消しでは消えないんじゃないかと思っているのか、わかりやすいぐらい疑惑の視線だ。

 

 

(練り消しでこんな反応するなら、食パンの話をしたらもっとレンに疑われそうね)

 

 

 新鮮で可愛らしい反応を見せてくれるレンに微笑ましく思っていると、隣から素知らぬ顔をして手を伸ばすまふゆの姿が目に入った。

 

 

「……まふゆ、描きたいなら黙って手を伸ばさずに『描きたい』って言いなさいよ」

 

「ごめん。描いていい?」

 

「こっちが誘ったんだから、ダメって言うわけないじゃん。ちょっと待ってね」

 

 

 まふゆにもレンと同じお絵描きセットを手渡す。

 そういえば、まふゆは何の絵を描くのだろうか。林檎以外のものを描きたいと思うかもしれないし、ちゃんと聞いておいた方が良いかもしれない。

 

 

「これ、レンと同じ絵を描くセットね。まふゆは何を描くつもりなの?」

 

「絵名は何を描くの?」

 

「私? レンが林檎を描きたいらしいから、一緒のモチーフにするつもりだけど」

 

「じゃあ、私も林檎にする」

 

 

 そう言って、まふゆは何故か私の隣から対面へと移動した。

 

 そんなに私の隣が嫌だったのだろうか。

 中心に鎮座している林檎はどこから描いてもほぼ同じになると思うので、移動する理由はそれぐらいしか思いつかない。

 

 何とも言えない微妙な感情が胸の中に襲来するのを感じつつ、私は林檎の近くに色鉛筆を置いた。

 

 私は鉛筆1本で描く予定だけど、レン達は林檎を線画した後に色も塗りたいだろう。

 こうやって先んじて準備しないと、絵を描き始めた自分自身がレン達の呼びかけを無視してしまう可能性もある。

 

 

(こういう時の私ほど信用できないからね……うん)

 

 

 思っていて悲しいが、これも事実である。

 

 反省しなければ〜とは思うのだが、自分の中では反省の心よりも絵の方が重要らしく、すぐに頭の中から反省が旅立ってしまう点が困り物だ。

 今日はレンやまふゆと一緒に絵を描くからこそ、集中し過ぎないように気を付けなくては。

 

 意識して注意して。1つの作業を終わらせるごとに周りを窺っていると意外と集中し過ぎることは防げた。

 

 ただし、絵のクオリティは何とも言い難い。

 まだ描き慣れた技法だからこそ合格点を保っているものの、人には見せれないものが出来上がっていた。

 

 

(陰影が甘いし、立体感がちょっと足りないかも。もう少し描き込まないと満足できない……けど)

 

 

 だが、これ以上の描き込みは沼だ。

 絵画教室の中や作業中なら兎も角、レンやまふゆと軽くお絵描きしている状況でやるようなことではない。

 

 

(いや、でも。ちょっと、ちょっとだけ……)

 

 

 鉛筆を紙の上に走らせ、少し、また少しと不満な点に手をつけていく。

 わかっているのに自分から底なし沼に沈もうとするとは、己の絵馬鹿具合に今日だけは呪いそうだ。

 

 

「絵名ちゃん、これって色を塗ってもいいのかな?」

 

「え? あぁ、うん。そこにある色鉛筆はどれを使ってもいいよ」

 

「じゃあ、赤色と黄色を使おうかな」

 

 

 沼にすっ飛んでしまう前に、レンの言葉によって私の意識が帰って来た。

 

 

(……というか、レンったらあんなにビクビクしてたのに何気にすごいことしてない?)

 

 

 普通、林檎といえば赤だから赤1色で塗る子の方が多いと思うのだが、レンは下の白っぽくなってる所を表現するために黄色も使おうとしているらしい。

 

 

「レン、赤からじゃなくて黄色の部分から塗った方が綺麗に塗れるよ」

 

「そうなの? じゃあ黄色からにするね」

 

 

 折角良いアイデアで色塗りに挑戦しているのに、全部赤く塗ってから黄色を追加しようとするのは勿体無い。

 レンの色塗りを軌道修正してから、私は対面にいる相手に目を向けた。

 

 

「まふゆは絵、描けてるの?」

 

「大体は」

 

 

 まふゆの視線は私には見えない角度に調整された紙に釘付けだし、手には色鉛筆が握られているのを見るに順調のようだ。

 

 まふゆの近くには赤、黄に紫、黄緑色や茶色、赤紫と肌色……いった複数の色鉛筆が揃って置かれている。

 こっちもこっちで色塗りに拘りがあるようだ。美術の授業を色鉛筆にも活かせるのだから、こういう所は器用だと思う。

 

 

「まふゆ、進捗はどう?」

 

「今、色塗りしてる」

 

「そっか。見せてもらってもいい?」

 

「嫌」

 

「いや、何でよ」

 

 

 そんなに嫌がるようなことがあるのか、まふゆは珍しく強く拒絶してくる。

 

 

「どうしてもダメ?」

 

「うん、絵名にはないしょ」

 

 

 大人に何かを聞かれた時の子供みたいに、まふゆはぽつりと呟いた。

 今日も表情筋が休暇を取っていると感じていたのだから、まふゆが薄らと笑みを浮かべているのはきっと……気のせいだ。

 

 

(うん、絶対そう。自分の心臓が煩いのも全部、気のせい)

 

 

 ──だって、まふゆ相手に不覚にも可愛いと思ってしまったことが、どうしようもなく悔しいし。

 

 

 私は見せてくれないまふゆの絵ごと、事実から目を逸らした。

 

 

 

 






ギャップに不意打ち、あると思います。

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