レインボーキャンバスのお時間です。
「瑞希ちゃん、こうかな?」
「うーん、ここは難しいところだけど。もっと右手を上に向けた方がいいかもね!」
家に帰ってからセカイに行くと、変なポーズをしたレンとポージングの指示をしている瑞希がいた。
周りを見ても瑞希とレン以外の姿はない。仕方がないので、私は2人に声をかける。
「2人共、何をしてるの?」
「やっほー、絵名」
「あ、絵名ちゃん。こんにちは」
「あぁ、うん。こんにちは」
瑞希とレンに言われるがままに挨拶をし返したけど、肝心の答えが聞こえてこない。
「で、その変なポーズは何をしてるのよ?」
「変とは失礼だなー。絵名はニチアサを見ないの?」
ニチアサ……確か、日曜日の朝の時間帯にやっているアニメのことだったか。
日曜日は大体、朝から課題やバイトの作業に取り組んでいることが多いので、ニチアサを見ていないのは事実だけども。
「テレビを見るのが愛莉が出てくる番組を見る時ぐらいなのよね。基本、瑞希が言うアニメもスマホで十分だし」
「絵名は現代っ子だなぁ」
「現代っ子はあんたもでしょ」
まるで己が年上かのようにしみじみと呟いているが、瑞希の方が年下である。
年齢で言うのであれば、私も瑞希も同じ現代っ子だろう。
馬鹿なことを言う瑞希を半目で見つつ、私は溜め息を溢した。
「つまり、そのポーズはアニメに影響されたってことね。あんまりレンに変なことを教えないでよ」
「さっきから絵名は失礼だよねぇ。これは布教であって変なことじゃないのに。ねー、レン」
「う、うん。絵名ちゃんが心配するようなことはないと思うよ」
瑞希の言葉に反応するレンが控えめに見えるのは、いつも通りなので流すとして。
そこに目を瞑ったとしても、どうしても言わなければいけないことがある。
「さっきのがリンに見られた時、相談されるのは私なんだからね。本当に気をつけてよ、絶対だからね」
「あっ、うん……ちゃんと気をつけるよ」
私の気持ちが伝わったようで、瑞希は苦笑いを浮かべながらも頷いた。
いくら鈍感だ何だと言われている私でも、引き際は理解しているつもりだ。
これ以上の念押しは余計なことなので、やめておこう。
「そういえば、絵名ちゃんは何か用事があってセカイに来たんじゃないの?」
引き下がって早速目的を達成しようとする私に、レンが声をかけてきた。
「そうそう。こっちに奏がいないか聞きに来たんだった」
「奏ちゃんを探しに来たってこと?」
「ちょっと聞きたいことがあってね。メッセージには反応がないし、セカイにいないかなーって思ったのよ」
今もスマホを確認してみたものの、奏からの返信はない。
もしかしたらセカイにいるんじゃないかと思ったのだが、当てが外れたのか今この場にいるのはレンと瑞希だけだ。
寝ているのであれば、また作業の時間に聞けばいいか。
「奏ならあっちでミクに曲を聴いてもらうって言ってたけど、態々セカイに来るまでの用事って何かあったの?」
半分諦めていたところに、瑞希から情報が来た。
ついでに私に何かあったのではないかと探りも入れているが、今回は自分のことではないので私の口も少し軽い。
「最近、週1で雪平先生のところに行ってるんだけど、その帰り道に気になることがあってね」
「それで奏に会いたいの? あまりにも人選がミスマッチじゃない?」
「そう思うかもしれないけど、これがベストなのよね」
最近こそお見舞い以外にもウォーキングとかで外に出るようになった奏だが、基本的に引き篭もり気味である。
そういうこともあって瑞希の『ミスマッチ』という言葉も理解できるが、今回の件だけは奏か後輩の子が該当する件だと思う。
「よくわかんないけど、奏なら向こうに……」
「──わたしがどうしたの?」
瑞希が指差した方から奏とミクが並んでやってきた。
話しているところに丁度、探し人がやってくるなんて、何とタイミングが良いことか。
小さく手を振るミクに手を振り返しながら、私は小首を傾げる奏に声をかける。
「奏に確認したいことがあって、瑞希達にも話してたの」
「わたしに?」
「家事代行の人のことなら、私が気軽に聞ける人の中でも奏が詳しいからね」
「家事代行の人ってことは……望月さんのこと? 何かあったの?」
奏が名前を出してくれたので、私は今日見たことを話す。
「絵画教室の帰り道ですっごく思い悩んでそうな穂波ちゃんを見たから、何かあったのかなって気になったのよ」
「思い悩んでる望月さんか。それは気になるけど、望月さんとわたしは家事代行の時に接するぐらいだから、わたしがわかることなんて殆どないよ」
「それはそうなんだけど、結構悩んでるみたいだから異変があるんじゃないかって思ったのよね……」
仕事に私情を持ち込まないようにするとしても、限度があると思うのだ。
絵画教室の帰り道で見た穂波ちゃんは、私の目には酷く思い悩んでいるように見えた。
それこそ、ふとした瞬間に考えてしまいそうなぐらい、何かに悩んでいるように感じたのである。
「それが私の思い過ごしならいいんだけど、何があったのか気になっちゃって。奏とならそういう話になってないかなーって思ったのよ」
「そういうことだったんだね。でも、この前はそんな風に見えなかったし、力になれないかも」
「うーん……それなら、最近できた悩みなのかもしれないわね」
「明日は望月さんが来てくれるし、悩んでそうなら聞いてみるよ」
「ありがとう、奏。その時はよろしくね」
奏には話を通したし、後は学校で一歌ちゃん達に会った時にそれとなく穂波ちゃんのことを聞けばいいだろう。
ひと仕事終えて安心している私に、奏の隣でおとなしく聞き役に徹していたミクが声をかけてきた。
「その家事代行の人って、何をそんなに悩んでたんだろうね?」
「何を、と言われてもそれがわかんないのよね。声をかける前にどこかに行っちゃったから」
「でも、偶然通りかかった絵名が気になるぐらい悩んでるのなら、すごく困ってると思う。その悩み事って何かな?」
「うーん……悩み事の内容かぁ」
少なくとも、あの時の穂波ちゃんは探し物を探している風には見えなかった。
(そういえば、二葉が気になることを言っていたっけ)
教室から一緒に出て帰ろうとしていた二葉の話によると、穂波ちゃんが立っていた場所は最近できた絵画教室だと言っていた気がする。
近くに絵画教室が2つもあるなんてコンビニみたい、なんて話をしていた時に二葉が言っていたのだ。
──あそこは初心者の人向けだって言ってるから、雪平先生の教室と違って小さい子からお年寄りの人まで人気みたいだよ、と。
そんな評判の絵画教室の前に、穂波ちゃんが思い悩んでいるような顔で立っていた理由といえば、予想できるのは1つしか思いつかない。
「もしかしたら、絵のことで悩んでいたのかも」
「絵のことで?」
「たぶんだけど。初心者向けの絵画教室の前で悩んでたみたいだから、それが1番近い気がするのよね」
ミクに言われて穂波ちゃんの悩み事に思い至ったが、我ながら近い答えを出せた気がする。
「本当に悩んでるのなら、何で絵画教室の前で悩んでたんだろうね?」
だが、それではまだ浅いんじゃないかと言わんばかりに、瑞希が疑問を投げかけてきた。
確かに、瑞希の言う通りである。
絵を上手く描きたいとか何かしらの悩みがあるにしろ、解決手段の目の前で悩むようなことはない。
「思いつくとしたら、金銭的な問題とか?」
「もしくは時間制限があるのかもね」
「お金か時間か……どんな問題であれ、行き着く先はそこよね」
私にとっては絵というものはお金も時間も投じるべき場所だという認識だけれども、それが万人に共通する認識であるわけではないことも理解している。
(明日は学校じゃないし、1つ年上なだけの私が穂波ちゃんに会えるのはどう頑張っても2日後。なら……)
思いついた行動はやはり奏ありきなものだったが、やらないよりはやる偽善。
頭の片隅に置いておくよりも、できることをして解決する方を選んだ方が気分が良い。
「奏、その……」
「望月さんの様子がおかしかったら、話を聞いておくよ。それで、予想通りの悩みだったら絵名のことを話しておくね」
「ありがとう、奏」
「わたしは話を聞いて伝えるだけだから、お礼を言われるようなことじゃないよ」
「それでもお願いする側だからさ。ちゃんとしないと」
「わたしとしても、いつもお世話になってるから。これぐらいはどうってことないよ」
これで本格的に私ができることはやり切った。
そう自分に言い聞かせていると、こちらをじっと見ている瑞希達と目が合う。
ミクとレンがちょっと嬉しそうなのは良いとして、だ。
「ニヤニヤしてるけど何なのよ、瑞希」
「別に何もないよー? ただ、絵名はやっぱりお人好しだなーって思ってね」
「穂波ちゃんは知ってる人だし、奏もお世話になってるからよ? だからお人好しってほどでもないと思うけど」
「絵名がそう思っているのなら、そうなんだろうねー」
ニヤニヤと笑う瑞希の笑みを訂正させるどころか、更に面白そうに笑わせてしまう結果に終わってしまった。
しかも、ミクやレンも微笑ましそうな目でこちらを見ているし、先程まで話していた奏まで笑みを浮かべている。
生温かい目と言えばいいのだろうか。
どういう反応をすればいいのか本気で困るので、皆で同じ反応を見せるのはやめてほしい。
「……何なのよ、もう」
そう呟いてみても、やっぱり皆の視線は変わらないまま。
どうしようもなくて三つ編みを右手で触り、視線を上から下へと移動させた。
「あはは、もう。絵名ってば照れちゃって〜」
「はぁ!? 照れてないし!」
「きゃーっ、絵名が怒った〜。にっげろ〜」
ちょっと困ってるぐらいなのに、何を勘違いしたのか瑞希がウザ絡みしてきた。
それに言い返せばミクとレンの背中を押しながら走り出すし、一体何をしたいのやら。
「……瑞希、朝から一緒にウォーキングしたのに元気だね」
「私はその後、絵画教室に行ったからそんな元気残ってないけどね……ま、ほっといたら戻ってくるでしょ」
「──絵名ーっ! なんで追いかけてきてくれないのさーっ!?」
そんな予想通り、暫く放置していたらミクとレンを連れた瑞希が泣き言を言いながら戻ってきた。
「だって、瑞希は速いでしょ。追いかけたら疲れるじゃん」
「そんなことないって! ちゃんと後ろを見ながら走ってたし!」
ぷりぷりと怒っている瑞希をあしらっているといつの間にか結構な時間が経っており。
セカイに来た時間の殆どを瑞希が絡んできて終わったのもまた、予想できる展開だった。
ニーゴのイベストが楽しみのような、意味深な言葉が怖いような。
この小説はえななんの頑張りによってバランスが保たれてる……のかもしれませんね。