イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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16枚目 原点へ帰れ

 

 学校から真っすぐ家に帰ったら、何故かお父さんが家の前で立っていた。

 くるりと踵を返そうとしても「絵名」と呼ばれてしまい、知らないふりをするのも失敗だ。

 

 いつも帰ってくる時間は遅い上にバラバラ。それなのに、どうして今日に限って鉢合わせしてしまうのか。

 

 ──私の事、避けていたんじゃないの?

 

 部屋に来ないどころか私から話しかけなければこの1年、相手から話しかけられることすらなかったのに……どういう風の吹き回しなのやら。

 

 言いたいことはあるけれど、真っ先に思い浮かんだ言葉を口に出す。

 

 

 

「お父さん……なんでこの時間に家の前にいるの?」

 

「お前と話をする為に切り上げてきた」

 

 

 わざわざ仕事を切り上げてまで私と話したくなったらしく、扉の前に立たれてしまっては家の中に逃げることも不可能。

 

 ……このタイミングでお父さんが来るのなら、ピクシェアの件だろう。

 あの炎上のせいで、お父さんに迷惑をかけてしまったのだろうか。

 慎英先生って名前も出ていたし、お前のせいで迷惑なんだが、とか言われるのかもしれない。

 

 諦めた私はお父さんの隣まで歩き、両手を腰に添えながら背の高い相手を見上げる。

 

 

「家に入ってからでも大丈夫?」

 

「ああ、既に鍵は開けている。お前の部屋で話そう」

 

 

 既に準備も万端だったと。

 家の扉を開いたお父さんに続いて、私も家の中へと入った。

 

 

 

 

「──それで、話って?」

 

 

 長話になりそうだと予想して、私は前もってお父さんと自分用に紅茶を入れて持ってきていた。

 

 どうして紅茶なのかと言われるとそこは完全に私の趣味だ。

 チーズケーキにもパンケーキにも合うのは紅茶だと勝手に思っているので、紅茶だけはこだわっているのである。

 

 そんなこだわりの1杯をお父さんにも差し出して、2人で向かい合うように座る。

 早速本題に切り掛かると、お父さんはおずおずと口を開いた。

 

 

「記憶を無くしてから今までの絵を見せて欲しい」

 

「絵を? 何で?」

 

「……絵は、絵描きの心を映す鏡だと思っているからだ」

 

 

 だからこそ見るのが恐ろしくて避けていた。決して、娘を嫌って部屋に行かなかったわけではない。

 

 静かでありながらハッキリと否定するお父さんに、私は思わず吹き出してしまう。

 

 なんというか……緊張するのも馬鹿らしくなってきた。

 だからお父さんに言われるがままに、私は今まで描いてきたスケッチブックをまとめて取り出した。

 

 

「どれぐらいの期間の絵から見せた方がいいかな……最近のでいい?」

 

「全部」

 

「え?」

 

「だから、全て見ると言ったんだ」

 

「わ、わかった。じゃあ、これからね」

 

 

 自分で見返した時にわかりやすいように日付を付けた上で整理して管理していたので、お父さんの要望に答えるのは簡単だった。

 

 ただ、お父さんが本気で私の1年近い記録を全部見るつもりだとは思っていなかったので、見始めた瞬間、自然と背筋が伸びてしまう。

 相手は絵名(わたし)の父親でもあるが、有名な画家である東雲先生でもあるのだ。心して聞かなければならない。

 

 

「ふむ……このメモはどのページにも貼っているのか?」

 

「あ、うん。もう少しこうした方が良かったとか、反省点とか改善点とか、思いついたら随時書き込むようにしてる」

 

「そうか」

 

 

 1冊見てからまた1冊と、気になるところがあれば声をかけつつも、お父さんはじっくりと絵を見ていた。

 

 いつもならば気にならない無言の空間が、こんなに痛く感じる日が来るなんて……思ってもみなかった。

 私はソワソワと手だけ動かして、お父さんの様子を観察する。

 

 今のこの人は画家としてなのか、父としてなのかはわからないが、難しそうな顔をしている。

 スケッチブックを見る目は見定めるように真っすぐで、一文字に結ばれている口を見ると、私の方から何か言う気持ちにもならない。

 

 今のうちに雪平先生みたいな言葉がいつ来ても良いように、心構えだけでもしようか。

 そんなことを考えていると、スケッチブックを見終えたお父さんの口が一文字から丸を描いた。

 

 

「今日の昼、ミライノアートコンクールの審査員をしている知り合いに会ってきた」

 

「審査員の人と、会ってきたんだ」

 

「あぁ。その時にお前の絵を見てから、(ようや)く……絵を見る覚悟ができた」

 

 

 それで、急に絵を見たいなんて言い出したのか。

 父親の突然の行動に納得しつつも、私は話の続きに耳を傾ける。

 

 

「あのコンクールは技術も実力も今のお前では到底敵わない場所だった。しかし、審査員に『どうしても受賞させたかった』と心を動かすような絵にしていたな」

 

「その下駄のせいで、盛大にSNSで燃えたんだけど」

 

「賛否両論であれ……画家が絵を売るという職という点では、お前の戦略もまた、間違いではなかったのだろう」

 

 

 紅茶に口を付けたお父さんはスケッチブックに視線をやってから、再び言葉を紡いだ。

 

 

「記憶を無くす前のお前の絵は『自分を見て欲しい』と訴えてくるような絵を描いていた」

 

「うん……でも、私じゃあの子みたいには描けないよ」

 

「そうだな。今のお前の絵はどちらかというと……祈り、もしくは願いが込められた絵を描いているように思う」

 

 

 雪平先生から気迫やら焦燥感、強迫観念とは言われたことがあるけれど、祈りや願いと言われたことはなかった。

 一体、私は何を祈って描いているのだろうか。願いは兎も角、祈りには心当たりがなくて、首を傾げてしまう。

 

 

「最初の頃の絵はまだ、楽しそうに描いているのに……今に近づくにつれて、お前の絵は義務感の色が濃くなってきているように感じる」

 

「義務感で絵を描いてるって言いたいの? そんなわけないじゃん」

 

「その言葉は嘘ではないだろう。だが、それは本心だと断言できるか?」

 

「っ」

 

 

 鉛筆で描いた影を消しゴムで光に変えてしまうように、お父さんは見て見ぬふりをしていた場所にスポットライトを当てる。

 

 

「記憶を無くす前の絵名は、憧れから画家になりたいと思っていたようだ。だが、今のお前はどうして画家になろうとしている?」

 

「どうしてって。私も絵が好きで、好きなことを仕事にしたいから。私は絵名(わたし)の為に画家になろうと思ってるだけよ」

 

「そこに『記憶を無くす前の自分の為』だという気持ちはないと、断言できるんだな?」

 

「それ、は……」

 

 

 言葉に詰まった時点でもう、お父さんの質問に答えているようなものだった。

 

 そうだ。私はずっと──記憶を無くす前の絵名の為にしか、動いていない。

 だって、画家になる目標も絵名が掲げていたからで、記憶の代わりに才能を与えられたから画家になるしかないって、思っているだけだ。

 

 最近ではそれすらも怪しくて、今の私に残ってる原動力は『絵を描くのが楽しい』ってことしかない。

 

 

「義務や責任が原動力となっている今のお前の絵はあまりにも脆い。それは、お前自身もわかっているだろう?」

 

「……かもね」

 

 

 わかっていても、それを自分の口から言うのは無理だ。

 

 

「俺には何がお前をそこまで駆り立てるのかはわからない。わかってやれないが、今のお前に必要な言葉はわかる」

 

 

 それを認めてしまったら私は……今までのような絵が描けなくなってしまう。

 

 なのに、お父さんは残酷なまでに優しく、それを口に出してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──絵名、お前には世間が賞賛するような絵の才能はない。お前もまた、才能がない側の人間だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今まで認められなかった言葉が形となって、私の中で産声を上げる。

 

 

 ……東雲絵名が記憶を無くしたのは、彼女が知らずにスケッチブックに願望を描いてしまったからだ。

 記憶を無くした結果、今の私がいるわけで。

 何も思い出せないせいで家族を悲しませて、先生を困らせて、中学や絵画教室の友人を騙すことになっている。

 

 最初に『絵の才能』があるから絵名は記憶を無くしてしまったのだと、そう思い込んだから。

 だから私は自分では薄々気が付いていても、認めることができなかった。

 

 絵画教室で先生の評価を受ける度に、わからないと頭を抱えて答えを出して、違うと言われてまた試行錯誤をすればするほど。

 周りの人がスイスイ絵を描く姿を見て、受賞者のとんでもない絵を見ても。

 

 それらに才能の差を感じて自分の才能のなさに嘆いていたとしても、認めるわけにはいかなかった。

 

 

 ──だって、記憶を消してしまうほどの願いが『才能』でなければ……東雲絵名が願った願望は何なのか、私にはわからなかったから。

 

 正直な話、願いを勘違いしていたとわかった今でも、あの子の願いが何だったのか正しく理解できていない。

 

 何も思い出せないのならせめて、あの子が願ったことぐらいは知っておきたいと思うのは間違ってはいないはずだ。

 

 今もそう考えている私は、お父さんにあのスケッチブックを手渡す。

 

 

「お父さん、これ、見てくれる?」

 

「このスケッチブックは……随分と古いな」

 

「うん。これがあの子が記憶を無くす前に最後に描いた絵で……私が画家を目指さなきゃって思った理由」

 

 

 私はこの絵を初めて見た時、絵名の願望は『才能』だと思ったけど、お父さんなら何と答えるだろうか。

 絵名のお父さんなら、有名な画家の目なら絵名の願いを見つけてくれるのではないか。

 

 そんな思惑もあって、スケッチブックをお父さんに押し付けた。

 

 

「この絵のテーマは願望なんだって。だから私は、東雲絵名が才能を望んで描いたんだって思ったんだけど……」

 

「才能、か。確かにこの絵の少女は楽しそうに絵を描いていて、周囲の小道具の絵からも才能に溢れているようにも見える」

 

「お父さんは、どう思った?」

 

「……その答えを言う資格は俺にはない。どうしても知りたいのであれば、お前自身が遠慮なく付き合える相手を見つけて、今のお前をよく知る人に見つけてもらうといい」

 

 

 そんな内心を見透かすように、お父さんはスケッチブックを押し返し、フッと短く笑う。

 

 

「ただ、1つ。わかっていることは──記憶を無くす前でも後でも、絵名は才能がないと言われたって、誰かに『欲しい』と(こいねが)うような子ではないってことぐらいか」

 

 

 ──それはお前も同じだろう?

 

 言外にそう問いかけられたような気がして、固まる私。

 そんな私を放置して、お父さんはこれ以上は話すことはないと言わんばかりに立ち上がると、そのまま部屋を出ていってしまった。

 

 

 好き勝手言って、満足したら帰るお父さんという嵐が立ち去り、私は改めてお父さんの言葉を噛み締める。

 

 

()の才能はない、か……私ってやっぱり、絵の才能がなかったのかぁ。ははは……勘違いして、勝手に義務とか責任とか背負って走り続けるよりは、これで良かったのかもね)

 

 

 悔しさ半分、安堵も半分。

 

 スケッチブックを涙から保護する為にタオルで目元を覆うことになったものの、私の心はほんの少しだけ、荷物を下ろせたように思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

(……あ、でも。結局、中学1年生までの記憶を消すような絵名の願いって、なんだったんだろう?)

 

 

 

 ──才能か、記憶喪失か(talent or amnesia)

 

 結局、絵名(少女)が選んだ選択は絵の才能ではなかったらしい。

 ならば、今までの記憶を無くしてしまうぐらいの願い事とはなんだったのだろうか?

 

 

 

 その疑問に答えてくれる仲間は、まだいない。

 

 

 





プロセカ二次創作で無謀にも過去編からスタートさせて、1年経過させるのに16話も使った間抜けな作者がいるらしいですね……私ですけど。

さて、やっと記憶喪失えななんが自分の勘違いを自覚しました。
スケッチブックさんは『絵の才能をあげましたよ』とは言ってないんですよね。なので『すごく絵が上手くなる才能』みたいなものは、記憶喪失えななんにはありません。

それを記憶喪失えななんが大切だと認識している『家族』のパパなんに訂正されてやっと、勘違いを認めることができました。

これからは記憶を無くす前の絵名の本当の願いは何なのか?
そういうのも含めて、記憶も才能もなかった記憶喪失えななんのヒントを探す為の物語が始まります。(まだ中学編が続きますけど)


Q……パパなん、何で答えを教えてくれないの?
A……何となく絵名さんが描いた答えを予想できてるけど、パパなん本人は普通の人間です。記憶喪失えななんみたいに呪われて、ある条件なら無敵になるようなメンタルはありません。
才能がないと言った後に娘が事故に遭った後、記憶を無くした上に、絵を描くのに執着するようになったのです。娘を想う父親なら答えるのはかなり悩むと思いますし、今回の件で動くのも葛藤がありました。
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