イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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シブフェスのイベスト、スタートです。




165枚目 目を逸らしても

 

 

 

 

 授業も全て終わり、今日も無事に学校から解放される時間が来た。

 

 

「まふゆー、今日は一緒に帰らない?」

 

 

 私は体を後ろに向けて、黙々と鞄に教科書を片付けていくまふゆに小さな声で話しかける。

 つい最近の席替えで近くの席になったわけだが、声をかけたい時は便利だ。まふゆも優等生モードを解除せずに小声で応じた。

 

 

「えっと。今日は書店に寄る予定なんだけど、それでもいいかな?」

 

「書店? もしかして……また参考書でも買うつもり?」

 

「うん、そのもしかしてだよ」

 

「ウッソでしょ……参考書なんて何冊も買っても意味ない〜って言う人もいる世の中なのに」

 

「先生が勧めてくれたものだからね。ちゃんと解いておかないと」

 

「その先生も『無理してください』って意味では言ってないと思うけどねー」

 

 

 呆れていますと伝えるためにジト目をプレゼントしたのだが、優等生モードのまふゆからは困ったような笑みしか返ってこなかった。

 

 こちらとしても、まふゆを困らせたいわけではない。

 意地悪だったか、と脳内反省会を行いながら、私はまふゆが何かを言う前に声を出した。

 

 

「本屋に寄るならちょうどいいわ。私も欲しい画集があったから、売ってるかチェックしたいのよね」

 

「絵名もこの前、新しい画集を買ったって言ってなかった?」

 

「そんなの、好きな画集なんていくら種類があっても足りないからね」

 

「……そうなんだね」

 

 

 含みのある笑みを向けられたが、私はそれを無視する。

 触らぬ神に祟りなし。今回だけは無知である方が勝利なのだ。

 

 お互いに踏み込まず、踏み込ませないままに帰りの準備をして、校門に向かう。

 今日は運が良い日なのかもしれない。まふゆが引き止められることもなく、私達は学校を後にした。

 

 

「そういえば何の参考書を探してるの?」

 

「それ、絵名に教える必要があるの?」

 

 

 優等生モードをやめたまふゆは早速、素っ気ない言葉と共に小首を傾げた。

 

 学校の人間の目がなければすぐに表情筋も仕事を放棄してしまうらしい。

 私達にとってはいつものことではあるものの、今日は優等生フェイスを脱ぎ捨てるのが早過ぎる。

 

 

(それだけ私達の前では気を抜いてくれてるって考えたら、悪い気はしないんだけどね)

 

 

 それを口に出して言うことはこれからもないだろうし、嬉しくなったのも内緒だ。

 

 私が口を閉じてしまえばまふゆから話しかけてくることもほぼないので、2人並んで歩いているのに宮益坂まで無言のまま。

 本屋さんの前に到着するまで、お互いに話すことなく来てしまった。

 

 

「じゃあ、私は探しに行くから。絵名も好きにして」

 

 

 私も本屋に用があると伝えた筈なのに、まふゆは本気で受け取らなかったのか、一方的に用件を言ってから店内に入ってしまった。

 

 

「……あいつ、自由過ぎるでしょ」

 

 

 呟いた文句は当然、まふゆの耳に入ることなく消えていく。

 溜め息と共に不満の感情も吐き出してから、私は店の中に入った。

 

 

(さてと、あの画集はあるかな~……っと、あった)

 

 

 店員さんと「また手配しておきますね~」と世間話をしたのが功を奏したのか、お目当ての画集が棚に並んでいた。

 

 事実はどうであれ、並んでいるのなら遠慮なく買わせてもらおう。

 そそくさとレジに向かい、会計を済ませた私は店から出ることなく、再び本のコーナーへと足を伸ばす。

 

 

(えっと、まふゆは参考書のコーナーにいるよね?)

 

 

 まふゆが「好きにして」と言ってから勝手に帰るような奴ではないのは知っている。

 いるなら参考書コーナーか、用件を済ませて外で待っているか。もしくは何か理由ができてスマホに連絡が来ている線もあるが……今のところはそれはないので2択だ。

 

 まだ終わっていない方に賭けて、私は参考書コーナーの方へと向かう。

 

 

「──れしいな」

 

 

 すると、電話をしているのか微かにまふゆの声が聞こえてきた。

 

 

(って、何で声が聞こえてくるの?)

 

 

 選んだ選択肢が間違いではなかったと思うのと同時に、1つの疑問が湧き出てくる。

 声のトーンは作られたものらしく明るく、誰かと話しているのは間違いない。

 

 では、まふゆは今、誰と話しているのやら。

 

 スマホを持って「ありがとう」と言っているのに、どこか苦しそうに見える彼女の内心は如何ほどか。

 目の前に立った筈なのに、私が全く見えていないらしい青い双眸には……何を映しているのか?

 

 色々と気になることが多いけれども、私は一旦、全ての言葉を飲み込んで1つに絞った。

 

 

「まふゆ」

 

「……あぁ、絵名。もう買い物は終わったの?」

 

 

 電話が終わったタイミングを見計らって声をかけてやっと、まふゆの意識がこちらに向けられた。

 

 いつものまふゆであればこれ見よがしに手に持っている買い物袋があれば、買ったのだとすぐに判断するのにこの言葉である。

 これだけでもう、まふゆの余裕が消えつつあるのがわかってしまった。

 

 気持ちがどこかに飛んでしまっているまふゆでもわかるよう、大袈裟に買い物袋を振りながら質問に答える。

 

 

「無事に終わったわよ。そっちは探してるものは見つかった?」

 

「お母さんが買ったみたいだから、もういらない。早く帰ろう」

 

 

 そう言ったまふゆは参考書のコーナーから視線を外すと、ゆっくりと店から出ていこうとする。

 

 

(聖花看護大学 過去問題集……ね)

 

 

 ふと、頭の中に浮かんだ1つの可能性に溜め息が出る。

 

 もしも、私の予想通りにまふゆの想いが歪んでしまった結果が『医者になる』であったり、その為の勉強なのだとしたら。

 

 

「……まふゆ、待ちなさいよ!」

 

 

 私ができることは、まふゆが自分の気持ちや周りと向き合うまで、味方でい続けることだけだろう。

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 まふゆと帰る途中で雫と会い、シブヤ・フェスタの話を聞いたりしながら帰宅した後。

 1通りやることをやり終えた私は、25時に集まる前にセカイに来て、同じくひと足先に来ていた瑞希と話していた。

 

 

「ふむふむ。まふゆが更に苦しそうにしてる、かぁ」

 

「今日も早く帰るようにって電話があったみたいだし……他にも家で視線を感じたり、物音で飛び起きちゃったりして休めてないみたいなのよね」

 

「家が落ち着かない場所になってきてるのに、そこに早く帰らなくちゃいけないなんて……すっごいキツそうだね」

 

 

 うわぁ、と瑞希が顔を顰めるので、私は同意の意味も込めて頷いた。

 

 家にいたらほぼ監視されている状況で、少しでも遅く帰ろうものなら早く帰って来いと電話が来る。

 高校生というお年頃の子供ならば嫌だと思う監視体制だ。瑞希だけでなく、私も顔を顰めたかった。

 

 

「親に嫌だって直談判できたら楽なんだけどね……そういうわけにもいかないし」

 

「だろうね。ま、こういう時は三十六計逃げるに如かず! 逃げ道を用意すればいいんだよ」

 

「その自信ありげな顔、何か策があるって感じね」

 

「まぁね! 絵名もまふゆも困ってるというのであれば、ボクの出番でしょ。ま、大船に乗ったつもりで任せてよ〜」

 

 

 瑞希が自信満々に胸を叩くので、一旦、私は事の成り行きを見守ることにして──

 

 

 

 

 

「……その」

 

「なぁに?」

 

「ご、ごっめーん、失敗しちゃった☆」

 

 

 ──その結果が瑞希がてへぺろっとしながら、両手を合わせている今の状況である。

 

 

「シブフェスに誘うって案は良いと思ったから、許したいんだけど……それはそれとして、その顔がムカつくから1発殴っても良い?」

 

「ひぇっ、お許しください絵名様!」

 

「別に怒ってないから頭を下げるのはやめなさいよ」

 

 

 両極端な態度の瑞希に呆れつつ、私はまふゆに断られた状況を振り返る。

 

 ──まふゆと再び対面したのは25時が過ぎた頃。

 セカイに集まり、皆で奏が作ったデモを聴くという、絶好の機会が向こうからやって来たことがきっかけだった。

 

 全員顔合わせをしたということで、瑞希はさりげなくシブフェス──シブヤ・フェスタに行かないかと提案してみたものの、まふゆの反応だけ芳しくなく。

 結局、色良い返事は貰えずにまふゆはセカイから姿を消してしまった。

 

 恐らく、あの時のまふゆは母親のことを思っていたに違いない。

 そう予想してしまうぐらいには、少し苦しそうに見えたのだ。

 

 

「少し考えさせて、ね……あれはきっかけがないと来ない感じよねぇ」

 

「きっかけかぁ。まふゆのお母さんが納得しそうな理由があったらいいんだよね?」

 

「だと思う。けど、お祭りに行くのに納得する理由なんてあるのかって話よね」

 

「絵名がまた何か描いてたりしてたらワンチャンあるよ?」

 

「そう都合よく毎回描けないし、描かないから」

 

 

 今回ばかりは南雲先生の伝手で都合よく行くかといったら、首を傾げてしまう。

 フェニランはともかく、シブフェスは流石の謎人脈を誇る先生でも難しいはずだ。

 

 

「……一応、聞いてみようかな」

 

「ダメ元でも挑戦してみたら、案外いけるかもしれないしね」

 

「瑞希も何か考えててよ」

 

「りょーかい。ただ……ボクらがまず考えなきゃいけないのは、奏のデモからどんなMVを作るかってことだけどねー」

 

 

 瑞希の言う通り、今は作業の時間だ。

 まふゆも奏も向こうに戻って作業をしているのに、顔を合わせてMVの打ち合わせをすると言ったこちら側が全く進んでいないのは話にならない。

 

 

「それもそうね。どうせ気になっても学校に行ってからじゃないと、何もできないもの。集中する順番を間違えたらいけないわよね」

 

「うんうん、ちゃんと考えてから戻ろうよ。まふゆに疑われるのは絵名も本意じゃないだろうし」

 

 

 瑞希の言う通りだ。

 現状では打てる手がほぼないのだから、そのことばかり考えたところで何1つ解決しない。

 

 今は作業に集中して明日、学校に行ってからが本番。

 そこから先生からどんな話を聞かされるかで対応するしかないのだ。

 

 両頬をパンッと叩き、物理的にも気合を入れる。

 一区切りさせたと思うような行動は効果覿面で、頭の中も心の内も切り替わった。

 

 

「よし。じゃあデモから感じた印象を並べていくから、イメージを共有しましょ」

 

「オッケー! どんどんやって奏とまふゆを驚かせちゃおう、えいえいお〜っ」

 

「ふふ、おー」

 

 

 瑞希が手を挙げたのに合わせて、私も手を挙げる。

 こういう時の瑞希の行動や態度はすごくありがたかった。

 

 

 






前回は不穏でしたが、イベスト的にフェスや文化祭と平和なお話が続きそうです。

季節と変わり目のように、急に変化したら風邪をひいて大変ですからね。
楽しいお話を挟みつつ、少しずついきましょう。
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