イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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169枚目 夕闇色に溶ける音

 

 

 

 

 彰人達のグループは一般枠の最後にふさわしいと言っても過言ではない迫力でステージを盛り上げていた。

 私は人前でパフォーマンスをする人間ではないのでわからないものの、生半可な努力では辿り着かないであろう境地にいることだけはわかる。

 

 

(男子、3日会わざれば刮目して見よってヤツかな……男子は彰人と冬弥くんだけだけど)

 

 

 姉という上から目線で弟を評価している間に、彰人達の出番が終わった。

 これで一般枠は終了。次は企業枠で参加しているえむちゃん達のグループの出番だ。

 

 

『それでは、次は──』

 

 

 司会役の女の子がえむちゃん達のグループの名前を呼び、瑞希が小さく体を揺らした。

 

 

「あっ、類達の番だ! どんなショーなんだろうな〜? ワクワクするよっ」

 

 

 目をキラキラとさせてステージを見つめている瑞希の隣なせいか、じっとステージを見ているまふゆの姿が目に入る。

 

 

(やっぱり、何か思うところがあったのかな)

 

 

 1人だけ別のことに気を取られている間に時間が過ぎていたようで、草薙さんの声が聞こえてきた。

 

 

(気になるけど、今は楽しまなきゃ損よね)

 

 

 ──草薙さんのナレーションと共に始まったショーは、悪魔が主役の物語のようだった。

 

 天馬さん演じる『万能で悪い悪魔』がえむちゃんや草薙さんが演じている『変わり者の悪魔達』と一緒に活動をしていくうちに、お祭りの楽しさに気が付いていく。

 しかし、そう上手く事が進むはずもなく。祭りの準備をしていることが神代さんが演じる『悪魔の役目に忠実な悪魔』にバレてしまい、3人は訴えられてしまった。

 

 牢屋に捕まってしまい、そのまま処刑されてしまう……かと思いきや、ここで出てくるのが地上へ行く装置だ。

 演出の為にちょっと飛ぶ程度の装置かと思いきや、装置を使った天馬さんがステージの照明よりも高く飛ぶという──特注品なのは間違いないトンデモ装置を使ったパフォーマンスは圧巻だった。

 

 隣にいたまふゆも思わず「すごい」と呟いてしまうぐらいのパフォーマンスと言えば、セカイの皆にもその凄さが伝わるだろうか。

 身内にしか伝わりそうにないネタだが、とにかくすごかった。ショーを見終わった感想として、それだけ伝われば十分だろう。

 

 

「──まふゆ、ショーも面白かったね。一緒に見られて良かったな」

 

「……そう、だね」

 

 

 奏の言葉に対して、まふゆの返事は少し歯切れが悪かった。

 いつもなら『わからない』を枕詞に添えているので、素直な感想だとも言えるかもしれない。

 

 

(でも、素直と言うにはなーんか違う気がするのよね)

 

 

 どこか引っかかってしまって黙り込む私を気にしてのことなのか、瑞希は巻き込むように私の手を引きながら会話に混ざった。

 

 

「うんうん! 弟くんたちの歌も類達のショーもすごかったよねっ! ……って」

 

「? 瑞希、どうしたの?」

 

 

 話の途中で固まった瑞希に問いかけると、瑞希の右手が前の方を指差す。

 瑞希が指し示した先には、つい数分前までステージに立っていた神代さん達が立っていた。

 

 

「皆さんこんばんは、僕達のステージはどうだったかな?」

 

「サイコーだったよ! 特に司先輩が空を飛ぶシーンは感動しちゃった! 類ったらよくあんなに高く飛ばす機械を作ったよねー」

 

「え、あれ自作なの!?」

 

 

 神代さんと瑞希の話から信じられないワードを聞いてしまって、思わず声を出してしまった。

 瑞希から演出家として色々と作っているとは聞いたことがあったけれども、あんな大きな装置まで作っているなんて思わないのだろう。

 

 ……恥ずかしくも大声を出してしまったのもしょうがないのだ。

 

 

「自作ですよ。類はそういうの、全部自分で作ってるので」

 

「うむ、うちの演出家は天才だからな!」

 

 

 さも当然のように述べる草薙さんと、自慢げな天馬さんの様子を見るに……どうやら瑞希の冗談ではないようだ。

 

 

(私の周辺、天才が集まり過ぎじゃない?)

 

 

 シブヤは魔境か何かだろうか。それっぽい特集を組めるぐらいの高校生が勢揃いである。

 

 

「──本当にありがとうございました」

 

 

 そんなことを考えている間に、神代さん達が揃ってまふゆにお礼を言っていた。

 まふゆがボランティアを頑張っている時に、何かあったのかもしれない。

 

 まふゆが交友関係を広げているのはとても良いことだと思うのだが、夜までの時間の余裕はあまりない。

 心苦しいが、話し終えたばかりのまふゆに向かって声をかけた。

 

 

「ねぇ、そろそろ屋台とか展示を見に戻らない? まふゆもあまり時間がないんだよね?」

 

「あ……うん」

 

 

 まふゆはチラリと時計を見てから、こくりと頷く。

 その動作に対して、まふゆの様子を窺っていた瑞希も笑顔で手を上げた。

 

 

「よーし、それじゃあ早速行っちゃお~っ! 皆はどこに行きたい?」

 

「私は絵画展も見れたし、どこでも大丈夫。皆に任せるわ」

 

「まふゆはずっとステージの近くにいたみたいだし、遠いところ……屋台とかはどうかな?」

 

「奏が言うならそれでいいよ」

 

 

 それぞれ自由に言ったものの、あっさりと話がまとまったので、そのまま4人で屋台を回ることになった。

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

 幾つか屋台を回っていると人が少なくなってきた。

 昼は人が沢山いたので、こちらの方が疲れなくてありがたい。

 

 だが、ボランティアが大変だったのかはわからないがまふゆだけはぼんやりと歩いており、人が少なくなった道でも少し危うく感じる。

 まふゆの意識をこちら側に戻すために、私はまふゆの前に立って手を振ってみた。

 

 

「おーい、まふゆ。ボーっとしてるけど大丈夫なの?」

 

「……平気。今日のことを少し、思い出していただけだから」

 

「ふぅん、ボランティア中に色々あったみたいね」

 

「うん。日野森さん達のステージを見て、星乃さん達と会って、神代さんの手当てをして──」

 

 

 その後の言葉は続くことなく、途切れてしまった。

 まふゆの隣に立って頷いていた奏も首を傾げながら「まふゆ?」と呼び掛けている。

 

 

「まふゆ、疲れてるのかな」

 

「さぁね。疲れてると言うよりは、考え込んでるように見えるけど」

 

 

 小声で尋ねてくる瑞希にこちらも小声で応じるが、何も言わないまふゆの内心がわかるほど、私は人間をやめていない。

 

 

(フェス中はとりあえず様子見、それ以降も引き摺るようなら聞き出せばいっか)

 

 

 気にならないと言えば嘘になるが、自分の中で許せる範囲の線を引いて、諸々の思いを飲み込んだ。

 

 

「あれ……あの子、どうしたのかな。迷子?」

 

 

 私がまふゆへの感情を整理していると、隣にいた瑞希が立ち止まった。

 

 瑞希の視線を辿ると、確かに迷子らしい女の子が1人で泣いている。周囲には女の子の保護者らしい人はおらず、どこか心細そうだ。

 

 

「……ねぇ、大丈夫? もしかしてお母さんとはぐれちゃったのかな?」

 

「うっ……うわーんっ!」

 

(あっ。やっちゃった)

 

 

 目線を合わせ、できる限り優しい声で話しかけたつもりだったのだが……どうやら気遣いが足りなかったらしく、泣かせてしまった。

 

 近付いてみてわかったのだが、どうやらこの子は膝を擦りむいてしまったようだ。

 痛いしお母さんがいなくて不安だし、そんな中で声だけかけてくる女なんて泣かれても当然かもしれない。

 

 とはいえ、どうすればいいのか。

 瑞希と一緒にどうする、ああしようと話していると、まふゆが女の子の前に座った。

 

 

「大丈夫? 立てる?」

 

「いたいの……花壇のところでころんじゃって」

 

「そう……痛かったね」

 

 

 ぴたりと泣き止んだ女の子から話を聞いたまふゆは顔だけをこちらに向けた。

 

 

「誰か、水を持ってない?」

 

「ボク、さっき買った水を持ってるよ。まだ飲んでないヤツ」

 

「貸してもらってもいい? 後で返すから」

 

「それぐらいあげるから、早く使ってあげて!」

 

「ありがとう」

 

 

 瑞希から水を受け取ったまふゆはテキパキと水で傷口を洗い、ハンカチで軽く拭いてから絆創膏を貼った。

 そこで手当てが終わったかと思いきや、絆創膏へと手を近づける。

 

 

「痛いの痛いの、飛んでけ──まだ、痛い?」

 

「ぐすっ……あれ? ……痛くない」

 

「良かった」

 

 

 そう言ったまふゆの顔は笑っていた。

 いつもの優等生らしい笑みではない。無理矢理口角を上げた時とも違う自然な笑み。

 

 

(……そういえば、本屋で看護大学の過去問を見てたっけ)

 

 

 やはり、まふゆは医者よりもそういう道に進む方が楽しそうだ。

 敢えてそれを指摘するつもりはないけれども。

 

 

「……どうしたの、皆?」

 

 

 女の子と走って近付いて来たお母さんを見送ってこちらに戻って来たまふゆに、先ほどの笑みについて触れても許されるだろう。

 

 

「いやぁ、なんか嬉しくなってさ!」

 

「嬉しく? ……どうして?」

 

 

 そう思ったのは私だけではないようで、瑞希もニコニコと笑っていた。

 それを見ても自覚のないまふゆには疑問しか出てこないらしく、まふゆは不思議そうに首を傾げている。

 

 

「自覚がなかったのね……女の子にありがとうって言われて、笑ってたのに」

 

「そうなの?」

 

「うん。絵名の言う通り、少しだけ笑っていたんだよ」

 

「……そうなんだ」

 

 

 奏の言葉もあり、まふゆは静かに頷いた。

 

 今日、まふゆが上の空気味なのはこういう出来事が多かったからなのかもしれない。

 ただ、まふゆと遊べる時間もそこまで多くないのだし、このまま思考の海に沈めておくのも勿体無いだろう。

 

 意識を再びこちらに戻そうとした時、スクランブル交差点の方でツインテールが映った。

 

 

『みんなー! シブヤ・フェスタ、楽しんでるかなー? せっかくだから今日は皆で楽しんじゃおうねっ! 今日はわたしもたーっくさん歌っちゃうよーっ!』

 

「わっ、ミクじゃん! ……うちのミクとは全然違うけど」

 

「……確かに違うけど、歌で誰かに寄り添ってくれるところは似てる気がするよ」

 

「確かに! じゃあ、ミクの言う通り、ボクらも最後まで楽しんじゃお〜!」

 

 

 ミクの出現を皮切りに、瑞希と奏がきっかけを作ってくれた。

 ここはこの流れに乗るしかない。私はまだ祭りを楽しんでなさそうなまふゆの顔を見た。

 

 

「まふゆ、あんたはやりたいこととかないの?」

 

 

 さて、何という答えが返ってくるのか。

 わからないという答えは拒否するつもりで待っていると、まふゆの口から待っていた答えとは少しズレた言葉が飛び出した。

 

 

「あれ……ピアノの音が聴こえる」

 

 

 耳を澄ませば聞こえてくる音の発生源はストリートピアノだった。

 弾いている人の姿をじっと見ているぐらい興味があるみたいだが、まふゆは見ているだけで何も言わない。

 

 自分からは言い出さないまふゆに対して、真っ先に動いたのは奏だった。

 

 

「──まふゆ。ピアノ、弾きたい?」

 

「えっ?」

 

「凄く真剣に見てたから、やりたいのかなって」

 

「…………うん。少し──弾いてみたい」

 

 

 奏がまふゆからその言葉を引き出した瞬間、恐らく私と瑞希の心の中は一緒にスタンディングオベーションをしていた。

 

 だが、プロの見守り師である私達は露骨に顔に出すことはない。

 ただウチのまふゆがやりたいように、ピアノの方へと誘導するのだ。

 

 まふゆをピアノに座らせて、動きを待つ。

 白い鍵盤に指を伸ばしたまふゆが奏で始めた曲は、私達には聞き馴染みのあるものだった。

 

 

「いつ聞いてもいい曲……奏の曲だからかなぁ」

 

「しかも、まふゆが初めて笑った時の曲だから余計に良く聴こえるよね」

 

 

 瑞希と2人で聴き入っていると、今度は奏も並んでピアノを弾き始めた。

 

 

「楽しそうだねぇ、2人とも」

 

「そうね。ずっと、楽しめたらいいのにね……」

 

 

 時間が限りがあるように、その願いが叶うには沢山の痛みが伴うのだろうけれども──

 夕日に溶けそうなぐらい、繊細な音を奏でる2人を見ている今だけは、そう願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 






これにてシブフェスのイベストは終了です。
進行予定表にあるイベストも、残りが少なくなっちゃいましたね……

次回から少し幕間挟みます。

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