イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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何をしても頑なに自分の願いを描かないのであれば、別の要因を用意すればどうだろうか──?

予想を確信に変えるために、ソレは更に動くことにした。





175枚目 大切なモノ

 

 

 

 

 

「東雲先輩、お疲れ様です!」

 

 

 文化祭の片付けをし終えたタイミングで、後輩の子から声をかけられた。

 

 私より身長が低いせいか、元気な声やペコペコと頭を下げる動作が小動物っぽく見える。

 美術部という範囲内では私はただの部員なのだが、急に声をかけてきてどうしたのだろうか。

 

 相手を驚かせないように気を付けながら、私は後輩の子に応じた。

 

 

「お疲れさま。そんなにソワソワして大丈夫? 深呼吸しておく?」

 

「いえいえそんな! 東雲先輩と話をするから緊張してしまってるだけなので、お気になさらずに!」

 

「ふふ。同じ学校の先輩ってだけでしょ。緊張するなんて大袈裟じゃない?」

 

「同じ学校の先輩ってだけじゃないですよーっ! って、今回はそうじゃなくて……その、東雲先輩!」

 

「う、うん。どうしたの?」

 

 

 ぐいっと近づいてくる後輩の勢いに負けて、私は一歩引き下がる。

 声だけは何とか先輩を維持していると思うが、この調子だとすぐに化けの皮が剥がれそうだ。

 

 こちらが押し負けそうなのも、部長にあれこれ押し付けてきた弊害なのかもしれない。

 どうしたものかと考えていると、後輩の方から話題が出てきた。

 

 

「あの、先輩って本を読みますか?」

 

「本は友達に勧められて読むぐらいかな」

 

 

 主に瑞希のオススメを読むことが多い。

 後はまふゆから「知らないの?」と煽ってきた本のタイトルは目を通しているので、嘘ではないはずだ。

 

 

「では、本を読むのは嫌いじゃないんですよね?」

 

「まぁね。文字を読んでて眠くなるってことはないかな」

 

 

 自分が読むのは画集や絵画などの資料集などだけど、そんなことは言わなくてもいいだろう。

 

 

「でしたらこの本、読んでくれませんか?」

 

「本を?」

 

「はい。私は好きでお勧めしてる本なのですが、他の子達には不評でして。東雲先輩の感想も聞きたいなと思いました!」

 

 

 まるでラブレターでも渡すかのように、両手で差し出される1冊の本。

 後輩から「すっごく面白い本ですので!」と差し出されたそれは小説のようだ。

 

 表紙や文庫の名前的に、恐らくライトノベル関係ではなさそうな本で、他の子達には不評なもの。

 そんな前情報もあって、私は中々その本を受け取れなかった。

 

 

「先輩、ダメ……でしょうか?」

 

「うっ」

 

 

 別に聞かなくてもいいお願いだが、聞いてもそこまで大きな支障はない頼み事だ。

 頭の中で色々と考えたものの、最終的に出力された言葉は。

 

 

「……私、正直な感想しか言えないけどいい?」

 

「っ! はい、大丈夫です!」

 

 

 嬉しそうな顔で「お願いします!」と渡された本。

 ここで断れない私を見て、大爆笑してきそうなピンクがいるだろうな……と思いながらも、その本を受け取った。

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 目の前に本がある。

 画集を並べた上に置いた、後輩から借りた本だ。

 

 部活の帰り道に偶然合流したまふゆから『絵名の押しの弱さの象徴』なんて名付けられ、不名誉になってしまった借り物である。

 

 まふゆからあんなことを言われたいせいか、痛いところを突かれたと意識しているせいなのか。

 

 返却して感想を言わなくちゃいけないのに、中々本を開く気になれない。

 何ならすでに何冊か画集に逃げていて、本を読むために作った時間を溶かしていた。

 

 

(あーもう! 自分の部屋じゃ誘惑が多過ぎて集中できない!)

 

 

 私の部屋には画集だけでなく、絵を描くための道具もデジタルアナログ問わず、一式揃ってしまっている。

 やりたいことができてしまう部屋に閉じこもっていたら、本を読む以外の時間が捗り過ぎてしまうのだ。

 

 

(こういう時にあって良かった、誰もいないセカイ)

 

 

 家主というか、創造主のまふゆにはいつも都合良く使って申し訳ない気持ちもあるけれど、今日も利用させてもらおう。

 

 

 

 ──そうと決まれば後は行動するだけ。いつものようにスマホを取り出し、曲を再生する。

 

 光に包まれてから目を開くと、今日は珍しく誰もいないようで、周囲には人の影も形もなかった。

 

 

(皆、どこかにいるんだろうけど……ま、いっか)

 

 

 今日の用件は『本を読むこと』である。誰もいない方が都合がいい。

 疑問を脇に置いてから、私は少し歩いた先にあるオブジェに腰を下ろした。

 

 1人の作家が書いた短編集らしい本を開き、前から読み進めていく。

 誘惑もなく静かな時間が流れるセカイは私の目論見通り、本を読むのにはピッタリだった。

 

 

(……うーん。今のところ、不評ってほどでもないような?)

 

 

 作者の世界観が独特なので入り込むのが難しい話もあったものの、全体的に暗いなぁと感じるだけで、不評に思うほどではない。

 

 

(ただ、あの小動物っぽい明るい子が暗めの本を勧めてくるとは……人の好みって複雑よね)

 

 

 とはいえ、この本の評価が不評になるかもしれない可能性の話が1つ、残っている状態だ。

 タイトルの名前も『平行線』と不穏だし、前評判的に怖さがあったものの……恐る恐る、最後の話を読み進めた。

 

 

(これ、は)

 

 

 ──それはまるで、あの憎き奴がこのタイミングを狙い澄ましたように、私の胸に突き刺してくるような話だった。

 

 

 

 話に登場するのは仲の良い女の子が2人だけ。

 

 しかし、ある日片方の女の子が不治の病に冒されてしまうのだ。

 触れると友達も病になってしまうかもしれない、恐ろしい病気。

 

 病に冒された子にとっても、元気な女の子は大切な存在だった。

 だからこそ、会いたいと尋ねてくる女の子を拒絶し、わざと傷つけるような言葉と共に突っぱねたのだ。

 

 その後、不治の病に冒された女の子は亡くなってしまうのだが、元気だった女の子も同じ病になってしまう。

 女の子は先に死んでしまった片方の子のことを嘆きながら、その人生に幕を閉じた──というのが話の流れだ。

 

 

 作者の文章力も相まって、ドロドロとした後味の悪さが胸にくる。

 こんな話がラストに来てしまったら、不評になるのも納得だった。

 

 

(これ、気のせいでなければ警告だよね……本当に悪趣味)

 

 

 本を閉じて脇に置いてから、私は溜め息と共に天井を仰ぐ。

 この話のように2人ではないけれど、自分と皆を重ねて読んでしまったせいか、後味の悪さも倍増だ。

 

 

「きっと……大切なモノなんて、作らない方が良かったんだろうな」

 

「──それはどういう意味かしら?」

 

「ひゃ!? ……って、メイコ!?」

 

 

 後味の悪さに浸るしかなかった私の隣に、いつの間にかメイコが立っていた。

 

 

「いつからそこに?」

 

「それよりも、さっきの言葉はどういうこと?」

 

 

 どうやら答えるつもりはないらしく、メイコは似たような質問を繰り返してくる。

 隠すようなモノでもないが、本は借り物なので慎重に扱わなければならない。

 

 

「この本の感想。それ以外にないでしょ」

 

「本当にそうかしらね……まぁ、今はそれよりも聞きたいことがあるからいいわ」

 

「聞きたいことって?」

 

 

 私は全く心当たりがなかったのだが、真顔で尋ねてくるメイコに茶化すような気持ちは湧いてこなかった。

 

 ……ただ、身構えてもいなかったので、メイコから飛び出た言葉に不意打ちを食らってしまったのだが。

 

 

「絵名、あなた……こっちに預けていたスケッチブックを持ち出してないわよね?」

 

「は?」

 

 

 メイコの言葉を頭が上手く処理してくれない。

 スケッチブックというのはたぶん、預けたアレだ。

 

 それの行方を聞いてくるということは、つまり。

 

 

「なくなった、の?」

 

「ええ。昨日はあったのにいつの間にか消えたから、あなたが持っていったのだと思ったんだけど……その様子だと、違うようね」

 

「……それは、言い切れないんだけどさ」

 

 

 つい最近、リンに止められたことを思い出して、私は首を横に振った。

 もしかしたらまた、無意識に部屋に持ち帰ってしまったのかもしれない。

 

 居ても立っても居られなくて、私は本を片手に立ち上がる。

 

 

「メイコ、今から部屋に戻ろうと思うんだけど、付いて来てくれない?」

 

「どうして?」

 

「もしかしたら私の部屋にあるかもしれないから、一緒に見て欲しいの」

 

「そう……そういうことなら、見届けるわ」

 

 

 メイコからも許可を得たので、私は部屋に戻ってついでに片付けをすることにした。

 1つ1つ整理して、片付けて、スケッチブックがありそうな場所を見ていったものの、奴の姿はどこにもない。

 

 

「どこにいったんだろう……」

 

 

 あんな思わせぶりな言葉を残したアレが私から離れるとは思えないのに、セカイからすらも消えてしまうなんて。

 

 信じられなくて再び部屋を捜索しようとする私に、メイコがポツリと呟いた。

 

 

『もしかしたら、私のせいかもしれないわね』

 

「メイコのせいって?」

 

『あのスケッチブックを預かってから、呼び出すついでに燃やしたり破ったりしようとしたことがあったのよ』

 

「えっ、そんな大事なことなら教えてくれても良かったのに」

 

『あんなに処分したがっていたあなたに全部、弾かれたなんて言えなかったわ。スケッチブックが勝手に火を消して、刃を弾くなんて……どう考えても普通のものじゃないもの』

 

「そう、だったんだ……」

 

『そうやってこっちで処分できないか試している間に、逃げられたのかもしれないわね……ごめんなさい』

 

「ううん。私だって処分したいって悩んでたことだから、気にしないで」

 

 

 そう言ってみたものの、私の頭の中には別の考えでいっぱいだった。

 

 昨日まではあったのに、いつの間にか消えていたスケッチブック。

 メイコの話によると、私が守ろうとしなくても自己防衛できる程度の力はあったらしい奴。

 

 そんな奴がメイコ達に危害を加えられるからって、姿を消すだろうか?

 

 

(もしかして……スケッチブックにアレを描けば解決するんじゃないかって、思ったから?)

 

 

 メイコが告白してくれたことよりもあり得る可能性に行き着き、頭の中が嫌な考えでいっぱいになった。

 

 

『絵名、こちらでもスケッチブックは探しておくわ。部屋にないのならセカイにあるはずだし、すぐに見つかるはずよ』

 

 

 メイコはそう言ってセカイに探しに戻ったようだが、その行動も無駄なように思えてならない。

 

 

 

「……大切なものが弱点だって思われるのなら、『大切』なんて作らなかったのかな」

 

 

 

 

 ──大切なものを傷つけてしまうぐらいなら、自分自身が消えることを願ってしまおうか。

 

 

 そんな弱い考えが一瞬だけ、顔を覗かせたのを嘲笑うように消えてしまったスケッチブック。

 それから何度か探してみたものの……予想通り、部屋からもセカイからも見つけ出すことはできなかった。

 

 

 






新たに判明した事実・スケッチブック君は自衛ができる。
えななんが処分したがってるのを知ってるバチャシンの皆が、寸止めで止めるはずがないんですよね……特にリンさんとか。

自衛もできて、えななんの言動制御ならお手のものなスケッチブック君。
どうして今更、姿を消したんでしょうかね……?


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