イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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176枚目 正反対な存在

 

 

 

 

 スケッチブックがセカイから消えてからというものの、私は時間を置くなどの小細工を弄しつつも自分の部屋を捜索していた。

 

 彰人やお母さんにも協力してもらったものの、スケッチブックは見つからず。

 私が勝手に持ち帰って部屋に置いたという確率は低そうだ、という安心してもいいのか微妙な情報だけが手元に残った。

 

 どこに行ったのか家族総出で探してもらっても見つからないし、自分の部屋からもスケッチブックは出てこないのだ。

 もうどうすることもできない私はその結果を報告するために、セカイへと向かった。

 

 

「絵名、見つかった?」

 

 

 セカイに来た私に声をかけてきたのはミクだった。

 隣には不機嫌そうなリンが立っていて、何かにご立腹そうなことだけは伝わってくる。

 

 

「ううん、私の部屋も家にもなかった。そっちはどう?」

 

「こっちも皆で探してみたけれど、どこにもなかった」

 

「……そっか。探してくれてありがとね」

 

 

 ミクの返事は予想できていたものの、最悪に近い答えだ。

 

 言葉では辛うじて感謝を伝えられているが、自分の顔はどうなっているのだろうか。

 負の感情が滲み出ていなければいいな、と願うことしかできない。

 

 行き場のない感情をどうぶつけずに鎮めようかと考えている私の頭に、ポンと手が乗せられた。

 

 

「苦しいのなら、我慢しなくてもいいんだよ」

 

「ミク?」

 

「話だけならわたし達でも聞けるよ。何があったのかはわからないけれど、自分を責めないで」

 

「……ごめん、それは難しいかな」

 

 

 スケッチブックが消えたのも、私の予想していることが起きるかもしれないのも。

 結局のところ、私が今まで引き延ばしてきたせいなのだ。

 

 それを自分の行動が原因なのに、自分を責めないなんて生き方なんて私にはできなかった。

 

 

「ねぇ、そもそも……あのスケッチブックってなんなの?」

 

 

 視線を下に向けた私の顔ごと上に向けたのは、リンだった。

 

 ずっと不機嫌そうな顔をしているのは、スケッチブックに対して向けられたものなのだろう。

 吐き捨てるように言った言葉はかなり冷たく感じる。

 

 

「それは……」

 

「言いたくないこと? それとも……言えないこと?」

 

「い……っ、っ」

 

 

 口を開いてみたものの、喉から出てくるのは音にもなっていない息だけだった。

 

 首を絞められていないだけ、まだ温情なのかもしれない。

 何も言わない私に対して、リンは嫌そうな顔のまま目を細める。

 

 

「……あれ、そういうことだったんだ」

 

「そういうことって?」

 

「たぶん、絵名はスケッチブックの関係のあることは言えないんだと思う。それに気が付いたのは『試したいこと』って言ってたし、最近のことなんでしょ」

 

 

 ミクに聞かれて答えたリンの推測は、私の今の状況を言い当てていた。

 

 

「わたしの予想が当たってるのなら、絵名は何も悪くないと思うけど。どうしていつも自分のせいでもないのに背負い込んじゃうのか、わからないな」

 

「今回はそうかもしれない……けど、今までのことは私が決めたことだから。私が選んだから、私のせいなんだよ」

 

「それ。そもそも、本当に絵名が選んだの?」

 

「私が考えて出した結論なのに、他の誰が選ぶのよ」

 

 

 おかしなことを言ったつもりはないのだが、リンからすればとんでもない不正解を引き当てたらしい。

 出来の悪い生徒を見るような目を向けながら、リンは肩を竦めた。

 

 

「スケッチブックを傷つけられなかったのも、そういうことでしょ。絵名の行動を制限できるのに、どうして考えてることを誘導するのは無理だって思うの?」

 

「何でって……自分の中で理由があったからだけど」

 

「なら、思い返してほしいんだけど。喋ること以外にも、制限されてたり、誘導されてるんじゃないかって思うことはない?」

 

「……それは、結構あるわね」

 

 

 頭の中に過ぎる、あんなことやこんなこと。

 

 よくよく考えなくてもわかる。

 追加で『スケッチブックのことを他人に言わない』という誘導をされていてもおかしくないぐらい、心当たりがあり過ぎるのだ。

 

 リンから改めて指摘されるまでその考えに至らなかったのだから、自分が情けない。

 そんな風に考えてしまったのが顔に出ていたのか、私の鼻がギュッと掴まれた。

 

 

「また、自分を責めてる顔をしてる。それ、やめて」

 

 

 リンは口をへの字に曲げて、じっとこちらを見つめてくる。

 

 頷くことを促してくる目に空けて、私はおとなしく考えていることを打ち切った。

 私のことはそれで許してくれるらしく、掴まれていた鼻が解放された。

 

 

「あのスケッチブック、絵名のことを散々苦しめて自分だけ安全な所に逃げるのが気に入らない」

 

「逃げたって、たぶん違うと思うけど」

 

「……絵名が思ったことは否定しない。でも、あれには自分を守る方法があるのに、どうして今更隠れる必要があったの? 絵名にはやってほしくないことを強制できるのに、逃げる意味がわからない」

 

「それは……何で何だろう」

 

 

 わざわざ行方を(くら)ませたということは、奴も絵を描いてほしいだろうけど、描き切る前に私に消えられると困ると思っているはず。

 そして、やってほしくない行動であれば、リンの言う通り今みたいに動きや言葉を制限してしまえばいい。

 

 ──それをせずに、姿を消した理由は何だろう?

 

 

「わたしには、スケッチブックが逃げたようにしか思えないよ」

 

「逃げたって、本当に逃げたのかな?」

 

「それはわからない。でも、そう考えるとあまりにも卑怯で気に入らないでしょ」

 

 

 私の鼻は許されたが、リンはスケッチブックに対してご立腹だ。

 隣でミクが宥めても効果は薄く、緑色の瞳が怒りでギラリと輝いた。

 

 

「絵名、あのスケッチブックについて話せることはないの?」

 

「話せること……」

 

 

 私にとってのスケッチブックは『東雲絵名』の過去を奪った元凶であり、私の今だけでなく未来や大切な者すらも狙おうとしてくる敵だ。

 

 そう思っているのに、それを口に出すのは許されない。

 何とかわかるような言葉で伝えたくて口を開閉していると、1つ、いけそうな言葉が出てきた。

 

 

「私にとってのあのスケッチブックは──全ての始まりかな」

 

「全ての……」

 

「始まり?」

 

 

 リンとミクは揃って首を傾げる。

 

 この言葉だけだと意味が解らないだろう。

 こんなことしか言えないのに、これから気味の悪い現象に巻き込んでしまうかもしれないのが嫌で、申し訳なくて視線が自然と下に向いてしまう。

 

 

「絵名、鼻」

 

「あっ、はい」

 

 

 悪い方向に考えるのはリンが許してくれないらしいので、慌てて顔を上げた。

 顔を上げると自然と眉を顰めたリンと目が合い、吐き捨てるように文句を言われる。

 

 

「あんなものが絵名の始まりなのは嫌なんだけど、もっと別の表現はなかったの?」

 

「……ねぇ、リンはすっごい機嫌が悪そうだけど。何でリンはそんなに嫌ってるの?」

 

 

 私が宿敵だと思うぐらい嫌ってるのは、散々振り回されているのが理由だ。

 

 だが、リンにとってはそうではない。

 第一印象が『気持ち悪い』とマイナススタートではあるものの、ここまで露骨な嫌悪感を出すほどでもないはず。

 

 嫌悪感を出すほど嫌なものがスケッチブックだったとしてもだ。

 そんなに嫌なものがセカイから消えたのなら、嬉しいと思いそうなものだけど……リンの顔は嫌悪一色。

 

 何か私が予想している理由以外にもなければおかしいぐらい、リンはスケッチブックを嫌っているようだった。

 

 

「絵名、セカイって何だと思う?」

 

「何って、まふゆから生まれた不思議空間でしょ?」

 

「……間違いではないけど」

 

 

 私の答えだと赤点だったようで、リンは凄く微妙そうな顔をしている。

 隣で黙って様子を窺っていたミクも私の答えに見るに見かねたのか、口を開いた。

 

 

「このセカイはまふゆの想いから創られたけど、セカイっていうのは1人だったり複数人の想いから生まれる場所だよ」

 

「へぇ。そんなセカイで、ミク達は見守ってくれてるのね」

 

「うん……でも、あのスケッチブックはたぶん違うと思う」

 

 

 ついさっきまで小さな笑みを浮かべていたミクが真顔になる。

 それだけで只事ではないと伝わってきて、私の背筋が自然と伸びた。

 

 

「あのスケッチブックはセカイやわたし達とは正反対なもののように感じた」

 

「正反対だから、リンはあそこまで嫌ってるってこと?」

 

「うん。誰かの想いから生まれて見守ってるわたし達の正反対ってことは、それは誰かの想いを壊すような存在ってことだから」

 

「想いを壊す……」

 

 

 言われてみれば、記憶を奪うということは想いを壊すのとほぼ同じだ。

 

 誰かの想いから生まれ、そこで見守るミク達と。

 誰かの想い(記憶)を奪い、最後には命まで取っていくスケッチブック。

 

 ここまで違う存在なのに、嫌っていない方がおかしい。リンの嫌そうな顔の理由も納得だった。

 

 

「それと、リンの顔に出てるのはそれだけじゃないよ」

 

「え、そうなの?」

 

「絵名、あまり言いたくないけど……リンの気持ちも考えてあげてね」

 

「……ごめんなさい」

 

 

 殆どそんなことを言わないミクにすら遠回しに鈍感め、と言われる案件だったらしい。

 

 

(ということは、リンは心配してくれてたのよね。これは私が悪いわ)

 

 

 私がリンの立場だったら、今のリンよりも怒っていたのは間違いない。

 相手のことは考えられるのに、自分が対象になった途端、考えを巡らせなくなるのは私の悪い癖だ。

 

 このことを知られたら「いい加減、叩き直そうか」とまふゆあたりに脅されるかもしれない。

 ……内緒にしようか。うん、そうしよう。

 

 そうやって現実逃避をしている間に、いくらか表情が和らいだリンから声をかけられる。

 

 

「絵名。もしも本当に言えないっていうのなら、わたしの方でも動いてみるから、任せてくれない?」

 

「任せるって。現物もないし、私も全然話せていないのにどうするの?」

 

「……絵名1人で頑張らなくてもいいように、わたしも考えるよ。だから、迷惑だとか考えずに頼って」

 

「わたしも、みんなも協力する。絵名も無理はしないでね」

 

「うん……ありがとね。リン、ミク」

 

 

 そう、口でお礼を言えたことにホッとした。

 どうやら私はまだ、ちゃんと猫の皮を被れているらしい。

 

 

(本当は、嫌なんだけどな──大切な人を巻き込むのも、傷つけるのも)

 

 

 全部、私が悪いのだから……この無力感だけは、悟られてはいけない。

 協力してくれる皆に失礼だと、私はソレをグッと奥底に押し込んだ。

 

 

 

 






スケッチブックがやることは因縁のある自分のせいだと思ってるえななん。
自分のせいでって考えると、ね。


原作というか、運営様がすっごく綺麗で素敵な感じにまとめてくれましたので、スケッチブック君がとっても張り切ってます。
最後の見せ場ですからね、ちゃんと準備もしてるみたいです……厄介ですね。


次回は瑞希さん視点で進みます。

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