えななん……スケッチブック君の暗躍で不調
奏さん……お家の事情で不調
まふゆさん……お母さんによって不調
瑞希さん……秘密も打ち明けてるので比較的好調
おかしいぐらいボロボロですが……お泊まりイベント、スタートです。
どうやら私は、結構余裕がないらしい。
久しぶりに絵画教室に行った今日も、雪平先生から「今日は集中できてないみたいですね」と教室から出されてしまった。
(集中できていない理由、かぁ)
正直に言うと、心当たりが多過ぎて困る。
あの憎きスケッチブックのことはもちろんのこと、奏が未だに上手に眠れてなかったり。
最近、お母さんにパソコンの中身を見られてーって話をまふゆから聞いて、対策を考えてたら朝になっていたり。
瑞希には私の不調がバレてしまったようで、それとなくスケッチブックに関することを聞かれたり。
それに答えられなくてモヤモヤするしと、集中できてない理由が思い当たり過ぎる。
(はぁ……あの時の瑞希の気持ちに近い状況を体験できるとか、皮肉過ぎない?)
心配されているのはわかっているのに、何も言えないのがこんなにも辛いことだったとは思ってもみなかった。
……本当ならば、言えないという事実を割り切って対策に集中するか、大切だからこそ切り捨てるのか、どちらかを選ぶべきなのだろう。
今の所、その2つぐらいしか選べるアイデアがないのに、未だにハッキリと決められない。
対策するとはいえ傷付けてしまうのを見過ごすのは自分の無力さに腹が立つし、黙って消えてしまう強さは私にはない。
そうやって考えてしまうほど泥沼化してしまい、何をやっても上手くいかないという悪循環に陥っていた。
(いい加減、中途半端なことはやめなきゃいけないんだけどな……楽な方に逃げちゃいそう)
スケッチブックが消えてしまった時点で、私が取れる方法は『傷付け方を選ぶこと』しかないのだ。
道のど真ん中で考えていても答えは見つからない。後は自分の部屋で考えようと強引に切り替えた私は、宮益坂を速足で通り抜ける。
(あれ? あそこにいるのって……)
その途中で見慣れた紫髪が突っ立っている姿が見えて、私は足を止めた。
「まふゆ? こんなところでどうしたの?」
「絵名……少し気持ち悪くなって、休んでた」
いつもの無表情もどことなく暗く感じるのは気のせいではないだろう。
顔を見る限り熱ではないようだが、それでも心配だ。
「気持ち悪いって、こんなところで突っ立ってて大丈夫?」
「たぶん。熱もないし、予備校の講義は受けられたから」
「いや、あんたは多少の熱があっても講義を受けようとするタイプでしょうが」
奏に拾われた時の状況を忘れたとは言わせないぞ、と言ってやりたいが……具合の悪い人間に追い打ちをかけるほど鬼ではないので黙っておこう。
「立ってるのも辛いのなら、早く帰って休んだ方がいいんじゃないの?」
「ううん、家に帰るほどじゃないから大丈夫。ただ……胸の奥が、冷たいだけ」
「だけって……」
それはだけだとは言わないだろう。
そう言いたかったのに、もっと別の要因がそれを許してはくれなかった。
私の頭に当たった雨粒が、呑気に会話するのを許してくれなかったのだ。
「うわ、最悪。今日は晴れって言ってたのに、天気予報め……まふゆ、本当にまだ帰らないつもり?」
「……うん。もう少しだけ休んだら帰るね」
(そんなに家に帰りたくないのね)
そんな話をしている間に、ポツポツと降っていた雨が小雨に変化していく。
傘も持っていない状態でここに留まっていたらどうなるかなんて予想できるだろうに、まふゆは本気でこのまま休むつもりらしい。
こうなったら梃子でも動かなさそうだ。
ずぶ濡れになっても突っ立っている姿が想像できてしまったせいで、放置することができなかった。
「あぁもうっ! まふゆ、こんなところで休んでたら濡れちゃうでしょ。ほら、付いて来て!」
「……え?」
「ここで帰って風邪を引かれたら、こっちの気分が悪くなるの! ほら、早く行くわよ!」
どうしても家に帰りたくないのであれば、別の場所を提供するぐらいのことはできる。
私が責任をもって一時的に引き取ろう。今は異論を認めないまま、まふゆを強制的に連行した。
☆★☆
「ただいまー。お母さーん、タオル2枚使ってもいい?」
「おかえりなさい、急にどうしたの? ……って、絵名が友達を連れて来てる!?」
「そんなので驚かないで! その友達を濡れたまま放置できないし、タオル使わせてもらうからね!」
「そう言われても、愛莉ちゃん以外に友達を連れて来たことがなかった絵名が別の子を連れて来るなんて、感動しちゃって」
「もう、恥ずかしいからやめてよっ!」
リビングの扉から覗き込んでくるお母さんを手で追い払い、まふゆの頭にタオルを乗せる。
「絵名、挨拶しなきゃいけないと思うんだけど」
「濡れたままじゃ風邪引くでしょ。拭いてからにして」
「……わかった」
不満そうな青い目に覆い隠すように、顔に目掛けてタオルを乗せる。
濡れた髪の毛を軽く拭いてから、私はまふゆをリビングに連れて行った。
「改めてただいま。お母さん、タオルありがと。で、こっちが……」
「突然お邪魔してすみません。東雲さんのクラスメイトの朝比奈まふゆです」
「さっき近くで会ってね。雨宿りさせてあげようと思って連れて来たの」
自分で聞いている限りでは私もまふゆもおかしなことを言っていない。
だが、何故かお母さんはまふゆの顔を見て「まぁっ」と嬉しそうに笑った。
なんだか、嫌な予感がする。
その予感は正しかったようで、お母さんが余計なことを言い出した。
「あら、あなたがあのまふゆちゃん? いらっしゃい。何のお構いもできないけれど、ゆっくりしていってね」
「はい、ありがとうございます。お邪魔します」
優等生モードのまふゆは不思議そうに首を傾げながらも、頭を下げている。
あのまふゆなんて言ったら、私がまふゆの話をしたことがあるのがバレるではないか。
なんてことをしてくれるんだと目だけでお母さんに文句を訴えつつ、私はまふゆの背中を押す。
お母さんがこれ以上、余計なことを言い出す前に退散しなければ。
私はまふゆを連れて自分の部屋へと退散した。
「──ふぅ。まさかあんたを1番最初に部屋に招くなんてね」
自分の部屋にまふゆを押し込んでから、私は安堵の息を漏らした。
まふゆも優等生の皮を剥ぎ取ったようで、いつもの無表情のまま目を瞬かせる。
「そうなの?」
「お母さんも言ってたでしょ。愛莉以外に家に来たことがないって」
「あぁ、言ってたね……友達がいないって」
「ちょっと!? 言って良いことと悪いことがあるんだけど!」
何で私はサラッとまふゆから喧嘩を売られているのだろうか。
言い返してしまう程度にはイラッとしたものの、私はさっきまで具合が悪いと言っていた人に対して怒るほど子供ではないのだ。
(それに、ちょっとはマシな顔をしてるしね)
相手は自分が帰りたくないと思っていることすらわからないビッグベイビーなのだ。ここは私が大人になろう。
まふゆの調子が戻ってきたと言い聞かせて、深呼吸して気持ちを落ち着かせた。
「ま、しばらくゆっくりしていったら? 帰ろうとしたら胸の中が冷たくなっちゃうみたいだし」
「……」
「そこはうんとか嫌とか、何か言ってくれない?」
どれだけ見ていたとしても、観察力には限界があるのだが。
相変わらず何も言わずに耐えているようで、私は肩を竦めることしかできなかった。
『ま、まふゆちゃん……』
そんな中、まふゆのスマホから金髪のホログラムがひょっこりと飛び出てくる。
レンはそのまままふゆの顔をじっくりと見てから、ホッと息を吐き出した。
『良かった、この前よりは苦しくなさそうで……』
「うん。前よりは大丈夫」
私の言葉には無反応だったのに、レンの言葉には答えるらしい。
まふゆの反応的に具合は前よりも大丈夫で、帰りたくないかはわかってないのだろうと予測できるものの……あくまで私の勝手な予想なので、本人の口から聞き出したいところだ。
「レンの言う通り、少しはマシになったみたいだけど。雨も強くなってるし、もう少し休んでいけば?」
「ありがとう。でも……門限もあるし、そろそろ帰らないと」
「そうしたいって言うなら強くは止めないけどさ……今でも帰ろうと思ったら胸が冷たくなって、苦しいんじゃないの?」
「……うん。でも、帰らなきゃ」
私の言葉で想像してしまったのか、まふゆは胸を抑えて頷いた。
私からすると体が拒絶してるように思えてならないのだが、まふゆにはその自覚がないらしい。
「本当ならハッキリ言えって言いたいけど、あんたにとっては難しいのよね。でもさ、どっちにしても嫌なことが待っているのなら、どっちの嫌の方がマシか、選ぶしかないと思うわよ」
「……」
「ま、それは私にも言えるんだけど」
答えないまふゆにブーメランを投げつけて、自傷によるダメージを食らう。
まふゆと向き合う時は、自分にも返ってくる言葉を言わなきゃいけないのが痛いところだ。
……ちょっと凹んでいる最中なので、私へのダメージも倍増である。
「っ! ……お母さんからだ」
私が自業自得のダメージに苦しんでいると、電話が鳴り響いた。
まふゆは目を伏せながらポツリと呟くと、猫の皮を被って明るい声で電話に応じる。
「……え? 何時に帰れるか? えっと……」
親の顔色を窺うように電話しているまふゆが、言葉に詰まった。
その反応がほぼ答えなのに、やっぱり自分の口から言うのは難しいようだ。
「はぁ……まふゆ、ちょっと代わって」
「え?」
まふゆの返事も聞かずにスマホをひったくり、電話の向こうにいるであろう難敵を前に私も猫を被って挑む。
「初めまして、突然すみません。まふゆさんと仲良くさせてもらっている東雲と申します」
『あら、初めまして。えぇと……まふゆと同じクラスの子かしら?』
「はい。今日もまふゆさんと勉強していたらこんな時間になってしまいまして」
ここまでは順調だ。そわそわとしているまふゆを手で制しつつ、まふゆの母親の反応を待つ。
『そうなのね。いつもまふゆと仲良くしてくれてありがとう。今日もってことは、まふゆと何も一緒に勉強するぐらい仲が良いのね……それとも、別の繋がりもあって仲良くしてくれているのかしら?』
「同じクラスで切磋琢磨するのはおかしいでしょうか?」
『いいえ、そんなことないわ。ただ、クラスの子とは学校で教え合うぐらいだと聞いていたから。例えば……音楽とかの繋がりがあって、仲良くしてくれているんじゃないかと思ったの』
シンセサイザーとかも隠しているのに、まふゆが音楽関係のことを隠していると確信しているかのような探り方だ。
そういえば、シンセサイザーを捨てられそうになっていたのだったか。それからまふゆの隠し事を予測しているのかもしれない。
「音楽ですか? あいにく、そちらには詳しくなくて……まふゆさんからも聞いてるかもしれませんが、私は絵を描く方を専門にしているんですよね」
『絵? ……もしかして東雲さんって、下の名前は絵名さんだったりする?』
「あ、はい。東雲絵名です」
『まぁ! そうだったのね。成績もまふゆの次に良くて、あの東雲先生の娘さんらしく絵のコンクールとかでも受賞しているまふゆのお友達よね。あらあら、そうだったの』
(わー。あからさまに反応が変わったんだけどー)
なんだ、この露骨な掌返しは。
まふゆの功績を我が物のように扱ってちょっとマウントを取ってくるのも腹立つし、私のイライラポイントが積み重なっていく。
それから苛立ちを飲み込みながらまふゆの母親と話を進めていき、『絵のモデルをしてもらう』という理由でまふゆのお泊りをもぎ取った。
「はい、はい。ありがとうございます……わかりました──っと。まふゆ、お母さんが呼んでるよ」
「え……う、うん」
勝手に決めて強奪したスマホを返却すると、まふゆは母親との電話を再開した。
これでも帰りたいのなら私はもう何も言わない。
私にできることはやったし、後は電話を終えたまふゆの意思を確認するだけだ。
「──これで帰らなくていいわね」
「うん……ありがとう、絵名」
やっぱり帰りたくないっていうのが本音だったのだろう。
門限も含めてお母さんに許してもらったという免罪符があるおかげか、頑なだった態度も柔らかくなった気がする。
「じゃ、お母さんにまふゆのことを伝えに行くわ」
「改めて挨拶しなきゃいけないし、私も行く」
「そう? なら、一緒に行きましょ」
「うん」
こうして逃げたはずのリビングへと戻ることになり。
報告を聞いたお母さんから「愛莉ちゃんも泊めたことがないのに、初めてのお泊まり会なのね……!」と恥ずかしい反応を披露されるとは、この時の私は予想もしていなかった。
突然のお泊まり会イベント。
今までお泊まり会をしたことがなかった娘にウキウキの東雲家のお母様に対し、お泊まりする娘にピキピキしてる朝比奈家のお母様でした。