「わんだほーい!」
ピンクの髪を女の子が満面の笑みで両手を上げている。
年は多分、下ぐらい。多く見積もっても同い年だろう。
ぴょんぴょん、ぱたぱた。忙しなく両手と両足を動かして、笑って笑ってー! と訴えかけてくる女の子。
「はい、お姉さんもわんだほーい!」
「えぇと、わんだほーい?」
「もっと元気に腕も動かしてー、わんだほーいっ☆」
「わ、わんだほーいっ」
……はっ。
思わず勢いにつられて同じ言動をしてしまった。
何というか、勢いが凄い。元気に満ち溢れていて、こっちまで引き摺られそうになる陽の気。
何に悩んでいたのかは覚えているのに、気分は吹き飛んだ。
マイナス思考を一瞬でプラスに引っ張るなんて……この子、タダ者ではない。
「こんにちは☆ 南雲お姉さんから様子を見てきて~って言われて来ました!
「えっと……
「しのののめさん?」
「のが1個多いかな」
「えっと、しののめめさん!」
「めが増えたねぇ」
「うぐぐ……しのののめめさん!」
「間違いの欲張りセットかな? 言いにくいと思うし、絵名で大丈夫だよ」
未だに自分の名前を言うのを躊躇ってしまう私から、フルネームを自然と聞き出してしまうなんて驚きだ。
初対面の相手にそこまで良いコミュニケーションを取っていない身としては、ぜひとも見習いたい技能である。
「じゃあ、絵名さんって呼ばせてもらいます! あたしもえむって呼んでください!」
「えっと……じゃあ、えむちゃんって呼ばせてもらうね」
自然と名前で呼び合う状態になっているが、出会って5分も経っていないのにこの距離感。
……やっぱり見習わなくてもいいかもしれない。距離が近過ぎて、自分でやるのはちょっと怖い。
「ところで、えむちゃんは南雲さんと知り合いなの?」
「はい! 南雲お姉さんは大きな株を持った凄い人だって言ってましたっ。よくここに遊びに来てくれるから、あたしも知ってるんです!」
それってつまり、あの人は株主だから優待券とかを貰っているという話だろうか。
だからフェニランで絵を売るなんて話も通せたのか、少しだけ謎が解けた。
「絵名さんは絵を売ってるって聞いたんですけど、調子はどうですか?」
「残念ながら全く。どう売ったらいいのかもわからないし」
引っかかっていた1つの謎を解いた私に対して、えむちゃんは更に地雷を踏み抜きに来た。
これが数分前なら見てわからないのかと言いたくなっていただろうが、今は落ち着いているので苦笑いでお茶を濁す。
そんな私の様子に気がついたのか、えむちゃんは人差し指を顔に当てて、話題を変えた。
「んーと。絵名さんはフェニックスワンダーランドのアトラクションで、好きなものは何ですかっ?」
「……実は私、ここに来たのは初めてなの。だからその質問には答えられないんだよね」
記憶を無くす前の絵名は来たことがあるかもしれないが、今の私は初体験ばかり。
申し訳なくて「ごめんね」と謝る私に対して、えむちゃんは大きく首を横に振る。
「初めてってことは、どこに行っても1番楽しい時じゃないですか! どうせ絵を描くなら、ここの楽しいところを知ってから描きましょう!」
「楽しいところを知ってから……」
確かに、えむちゃんの言うことも一理ある。
何も知らない人間が外面だけの絵を描いたって、写真と変わらない。
そんな絵に200円払うかと聞かれたら『いや、スマホで写真撮るし……』となるわけで。
そういうことも踏まえると、明らかに私よりもフェニックスワンダーランドのことを知っていそうなえむちゃんから、ヒントを貰う方が賢明だろう。
そう考えれば、後の判断は早かった。
「じゃあ、お言葉に甘えて楽しんでからにしようかな」
「やったー! 絵名さんの初・フェニックスワンダーランドの案内役を引き受けてもいいですか!?」
「ふふ。うん、お願いしてもいい?」
「フェニックスワンダーランドは、みんなが笑顔になれる場所ですから☆ 絵名さんの悲しいお顔も笑顔になっちゃいますよ~!」
大きく手を振ってからオーバーな仕草で敬礼を返してくれるえむちゃんに、私は思わず吹き出してしまう。
さっきまで無理だとか後ろ向きになっていた思考が、ほんの少しだけ前に進む。
さて、えむちゃんはどんな所に案内してくれるのだろう。
楽しみ半分、気楽な気分でついていった……のだけど。
意気揚々とえむちゃんについていくこと、2つ分のアトラクションほど。
最初は元気だった私も1ついけばゲッソリと。2ついけば小鹿のような足になってしまっていた。
(ま、まさか。私がホラー系とか、絶叫系がここまで苦手だったとは)
えむちゃんの言葉を信じるのなら、『フェニーくん・イン・ザ・ナイトメア』と呼ばれていたお化け屋敷はそこまで怖くないものだったはず。
それなのにあんなにビックリしてしまったのだから、きっと記憶を無くす前の絵名も怖いものが苦手だったに違いない。
いや、絵名の好き嫌いは関係なくて……もしかしたら事故が原因であることも考えられる。
お化け屋敷のように、暗い上に見えにくい視界の中で何かが飛び出てくるのは体が構えてしまうぐらい恐ろしい。
『フェニックスコースター』というジェットコースターのように、体が動かない中、自分の意志とは関係なく風を感じるようなスピードで飛んでいくように運ばれるのは体が震える。
そもそも、元から絵名が苦手なものである可能性も捨てきれない。
だけど、この体の反応を鑑みれば、明らかに事故のトラウマで体が反応しているのだと思う。
「絵名さん、ごめんなさい! まさか真っ青になっちゃうぐらい苦手だとは思わなくてっ」
「あはは……気にしないで。私もまさか、ここまで苦手だとは思わなかったから。えむちゃんは悪くないよ」
「でも、フェニックスワンダーランドは大人も子供も、いろんな人が笑顔でずーっと遊べる場所であってほしいから。絵名さんを笑顔にできなかった分、挽回させてください!」
「えむちゃん……」
ぎゅっと目を閉じて頭を下げてくるえむちゃんの言葉が、不思議と私の中で響いた。
──フェニックスワンダーランドは笑顔で居られる場所。
(笑顔。笑顔……か)
思考がくるくると回り出して、絵の売り方を練り出してしまうものの、えむちゃんの頭をいつまでも下げさせた状態にしているわけにはいかない。
「こっちが原因だし、えむちゃんは悪くないんだけど……」
顔を上げて、無言でブンブンと首を振って訴えてくるえむちゃんに、思わず苦笑い。
えむちゃんは悪くないと言葉を尽くしても、彼女自身が何かをしたいらしい。
ならばここは、その心意気に甘えようか。
「それなら、他にもえむちゃんがオススメする場所を教えてよ。折角だし、私も好きな場所を探したいな」
「……いいんですか?」
「もちろん。えむちゃんが嫌じゃなければだけどね」
「わっかりました! 絵名さんがワクワク、ドキドキ、ウッキウキになれる場所を選びますね!」
残りの時間でコーヒーカップやフェニーくんも混ざったメリーゴーランドなど、絶叫系を避けてアトラクションに乗る。
えむちゃんが心の底から楽しそうにしているおかげで、私も一緒に笑うことができた。
──えむちゃんのお陰で、明日の絵の販売戦略が立てられそうだ。
「えむちゃん、今日は一緒に遊んでくれてありがとう」
「いえいえ! こちらこそ、今日はいっぱい遊んじゃったんですけど、大丈夫ですか?」
不安そうな顔でこちらに視線を送るえむちゃんに、私は笑みを返した。
「うん、大丈夫だよ。明日、私の考えが正しければいけると思うから」
……………………
「──え? もう50枚売ったの〜!?」
翌日の夕方。
南雲さんと合流した私は2人でカフェに来ていた。
店主と顔見知りなのか、さらりと店の奥に案内されて、正面に座った南雲さんが大きめの声で驚いても誰もこっちを見ない。
しかし、恥ずかしいものは恥ずかしいので、私は自然と体を小さくした。
「そんなに驚きます? 昨日、えむちゃんに様子を見に行かせたのだって、ヒントの為でしょう?」
「え、そんなの知らないけど。暗い気持ちになってたら良くないかなーって思っただけだし。それなのに、まさか2日で達成するとか怖ぁ……」
「えぇー」
南雲さんの想定では今週で全く売れなくても、毎週反省会を繰り返しながら目標を達成し、絵を売ることで私に自信をつけさせようとしていたらしい。
それなのにまさか日曜日に全部売ってしまうとは思っておらず、想定外だった南雲さんは恐怖しているようだった。
いや、あんなにフェニランに詳しくて、思い入れのあるえむちゃんを紹介されたら、そういうことだと思うじゃん。
笑顔って価値で足りないところを補って、3分で特徴を捉えられるように徹夜で練習して、日曜日で全部売れって意味だと思うじゃん。
……だから、私は悪くないし。
心の中で言い訳のようなものを垂れ流していると、南雲さんは気まずそうに問いかけてきた。
「君は50人の人に絵を売るという偉業を成し遂げたわけだけど……自信、ついた?」
「全く」
「だよねー。今日でわかったけど、君のそれは自分自身のことであって、絵とは関係ないもんねー」
あはは~、と遠い目をして笑う南雲さんに、私は苦笑を返すこと以外にできない。
いくら絵を売ったところで、記憶を奪ってここに存在している私が、絵名の代わりにいてもいいと思う理由になるはずもなく。
悪くないと嘯いておきながら、申し訳なさが顔を出していた。
「よし。ドクダミちゃん、いいことを教えてあげよう」
「良いことですか」
「あのね、絵は犯罪者が描いたものであろうが、良かったらそれは『良い絵』だし、聖人のような人が描いたものでも、悪いと思われたらそれは駄作だよ。だから君は自分のその罪悪感と絵と切り離して考えなよ」
「そう言われて、はいそうですかってできたら苦労はないんですけど」
「それはどうだろうねー。少なくとも今日の君はできてたと思うよ? ──じゃなきゃ絵、売れないだろうからね」
ひゅっと短く飲み込んでしまった吐息。
確かに、日曜日に描いた絵は自分の事なんて全く考えず、いかに相手の笑顔を短時間で絵に落とし込むか、魅力的に描けるか。
どうやったら買ってもらえるかだけを考えて、描いていた。
言われて初めて、私は良い絵が描けなくなったという悩みが解決していたことに気が付いたのである。
「切り離して絵を描けても、根本的な解決にはなってないし。きっと今の君に必要なのは、君のそのしつこい感情を解消するか……忘れさせてくれるような『仲間』なんだと思う」
「絵描き仲間なら、絵画教室にいますけど」
「ううん、そうじゃなくて。たとえそれぞれが違う分野の人間であっても、同じ目標に進んでいくような……そんな『居場所』が君には必要なんだよ。残念ながら、私はそれを提供できないからさ」
ごめんね、と謝る南雲さんに私は両手を横に振った。
「いえ、こうやって道を示してもらえただけでもすごくありがたかったので。本当にありがとうございました」
「う~ん。それだとこっちが気まずいんだけどもー……そうだ! 君、まだ進学先を決めてないなら宮益坂女子学園においでよ」
「へ?」
そこって愛莉も通う予定だと言っていた、比較的近所の学校の名前ではないか。
驚く私に、南雲さんは楽しそうに笑う。
「私、来年からそこの美術教員として3年間、働くことになってさー。君さえよければだけど、絵画教室の先生が教えないような絵の知識とか、色々教えるよー」
「いいんですか?」
「絵画教室で勉強しているからいらないって言われたらそれまでだし、君さえよければだけどねー」
何故か気にかけてくれているらしい南雲さんを前に、少し考える。
私がやることと言えば、宮益坂女子学園に入学するだけ。
そうすれば雪平先生以外の絵の道で生きている大人の視点が手に入り、更には絵画教室では教えてくれない系統の絵の知識やバイトの紹介とかもしてくれるらしい。
別に美術系の高校にどうしても行かなきゃいけない理由もないし、行かない理由もない。
だけど──
「どうしてそこまで色々としてくれるんですか?」
正直に言うとほぼ初対面の相手に提案する内容じゃないので、怖い。
雪平先生の紹介という補正があってもなお、何か裏があるのではと疑ってしまう。
「うん? まぁ、強いて言うなら──推し活だね」
「……この件は持ち帰ってから前向きに検討させて頂きます」
「えぇっ、何で急にそんなに距離を取るの~!?」
真顔でふざけたことを言う大人を一刀両断したものの、私の気持ちはかなり前向きに傾いていて。
(愛莉に同じ学校を受験するって事、伝えよ)
相手は初対面だし、これから何回か会うだろうから。
誘われた時点でそう思っていたのは、しばらく内緒にしようと思う。
デデン、記憶喪失えななんが宮女に行く理由は?
①彰子(プロセカラジオ夏休み18での彰人君の声優さんネタ)が宮女に行きたいらしいから。姉のえななんも宮女に行こう!
②宮女に行かないと記憶喪失えななんの性格上、物語の途中で詰むから。とりあえずえななん、宮女に行こう!
③神高の制服もいいけど、宮女の制服(セーラー服)の上にベージュのカーディガンを着た姿を作者が見たいから。よしえななん、宮女に行こう!
④免罪による炎上で顔が広まってるし、アイドルも通えるぐらいのセキュリティのある宮女の方が安心だから。心配だしえななん、宮女に行こう!
さて、どれでしょうか?
……どれを選んでも正解なんですけどね。
(タグに宮女ルート追加しました)
次回はようやく、ニーゴにてまだ未登場なあの方と絡みます。