イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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180枚目 いざとなると難しい

 

 

 

 

 ご飯を食べ終えた後、まふゆをお風呂に押し込んだ私は自分の部屋に戻っていた。

 まふゆの入浴時間がどれくらいなのかはわからないものの、私の入浴時間を基準に考えると……1人になる時間も結構ありそうだ。

 

 

(今、あんまり1人になる時間は作りたくないんだけどな)

 

 

 考え過ぎると自分の首を絞める原因を作ってしまいそうだ。

 何か別のことをして時間を潰そう。とりあえず新品のスケッチブックを取ろうと立ち上がると、背後から声が聞こえてきた。

 

 

『絵名ちゃん』

 

「わっ……って、レンじゃん。まふゆは今、お風呂だからいないよ」

 

 

 声の聞こえてきた方へと視線を向けると、まふゆのスマホからレンが顔を覗かせていた。

 どうやらまふゆが心配でスマホから様子を窺おうとしたところ、まふゆがいなかったから私の名前を呼んだらしい。

 

 何で携帯電話(スマホ)を携帯してないんだと思わなくもないけれど、脱衣所でレンとまふゆがバッタリと遭遇してしまうよりはいいか。

 

 

(それに、ちょうど1人じゃなくなったし)

 

 

 正直に言うと、レンがこっちに来てくれて助かった。

 やっぱり1人でいる時間よりも誰かと一緒にいる方が嫌なことを考えずに済むからありがたい。

 

 

『あっ。もしかして、絵を描く邪魔をしちゃった?』

 

 

 そんなことを考え込んでしまっていたせいで、レンが勘違いしてしまったようだ。

 申し訳なさそうにこちらを見てくるレンに、私は慌てて首を横に振る。

 

 

「いやいや。変なことを考えたくなくて、絵を描こうとしてただけだから。むしろレンが来てくれて助かったかな」

 

『その、変な考えっていうのはリン達が言ってた嫌なスケッチブックのこと?』

 

「えっ? レンもアレを見たことがあるんだ?」

 

『うん。見てるだけでも怖くて、ぼくはあまり近付けなかったけど』

 

 

 そう言いながらレンが話してくれた内容は結構、面白いものだった。

 

 私がセカイに奴を預けた後、基本的に奴を管理してくれていたのはミクとリンらしい。

 メイコも確認していたようだが、偶に処分しようとしていたこともあって、管理している側だとは言い難いことをやっていたようだ。

 

 唯一、ルカだけが奴へのスタンスがよくわからなかったらしくて、意味ありげな笑みを浮かべて近付かなかったみたいだが、理由は不明。

 あの面白いもの大好きなルカが珍しいとも思ったが、それだけ奴が不愉快だったのかもしれない。

 

 本当のところは私もレンもわからなかったが、1つだけわかったことがある。

 

 

 

「思った以上に迷惑をかけちゃってたんだ……ごめんね」

 

『迷惑だなんて思ってないよ。その、絵名ちゃんもない方が落ち着かないと思うし、早く見つかるといいね』

 

「そうだね……見つかった方が、いいよね」

 

『絵名ちゃん……?』

 

 

 レンがいる手前、思ったことは言えずに言葉を飲み込んだ。

 そんな違和感にレンが気が付かないはずもなく、声をかけようとしたタイミングで部屋の扉がノックされる。

 

 

「絵名、お風呂空いたよ」

 

「あ。まふゆ、おかえり。じゃあ、次に入ってくるね」

 

 

 部屋に入ってきたまふゆに声をかけて、レンとの会話を中断した。

 お風呂の準備をして部屋を出ようとするタイミングで、じっとこちらを見ているまふゆと目が合う。

 

 

「何? 気になることでもあった?」

 

「……何でもない」

 

 

 まふゆが首を横に振るので、私はドアノブに手を伸ばす。

 が、やっぱりじっとこちらを見てくるのは変わらなくて、私は扉を開く手を止めた。

 

 

「やっぱり何かあるでしょ」

 

「それは……」

 

「それは?」

 

 

 まふゆはスッと視線を下に向けてから、何かを思いついたかのように再びこちらに視線を向けた。

 

 

「……絵名、苦しくないの?」

 

「何が?」

 

「服、苦しくないの?」

 

「……まふゆ。私が悪かったから、今のは聞かなかったことにしてもいい?」

 

「……わかった」

 

 

 ほぅ、と息を吐くまふゆの意図がイマイチ掴み切れていなかったものの、精神的にダメージを受けた私はそれどころではない。

 自分の部屋なのに逃げるように風呂場へと退散した。

 

 

(ま、まさか夕飯前にまふゆがパジャマを見ていた理由がそんなことだったなんて)

 

 

 あの新品、ゆったりとした服だったのにそれでも苦しかったのだろうか。

 圧倒的な胸囲差を見せつけられたような気がして、私は鏡の前で肩を落とす。

 

 

(この自傷ダメージ、入浴している間にどうにかなるかな)

 

 

 できればどうにかなれ。

 そんな投げやりな願い事をしながら、私はそそくさと入浴した。

 

 レンと話したこととか、まふゆとのさっきの話とか。

 色々と考え過ぎたせいでいつもより早くお風呂を切り上げることになったけれども、まふゆを待たせずに済んだとプラスで考えよう。じゃないとやってられなかった。

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

「おまたせ~って、待ってなさそうね」

 

『おかえりなさい、絵名ちゃん』

 

「ただいま、レン。まふゆは勉強中?」

 

『まふゆちゃん、絵名ちゃんが部屋を出てからずっと頑張ってるよ』

 

 

 一通り終わらせて慌てて戻ってきた私の目に飛び込んできたのは、勉強道具を広げて参考書に向き合っているまふゆだった。

 家や学校の中でもないのに勉強をするなんて努力家と言えばいいのか、真面目だと苦笑すればいいのか。

 

 歯磨きをするかのように習慣になっていそうだと思うと揶揄う気にもなれなくて、私はまふゆの対面に黙って座った。

 

 

(レンもあまり話すつもりはなさそうだし、私の都合で話しかけるのもねぇ)

 

 

 勉強している人の近くでワイワイと話すのも違う気がするが、だからといって勉強しようとも思えず。

 こういう時こそ絵を描いて雑念共々吹き飛ばそう。幸いなことに、目の前には地蔵かと言いたいぐらいに動かない美形のモデルが座っているので、描くものには困らなかった。

 

 じっと見つめなければまふゆの気が散ることもないだろう。

 そう勝手に決めつけたら後は早い。鉛筆を持ってまふゆの絵を描き始めた。

 

 

「──それ、私の絵?」

 

 

 知ってる人が見たら誰かわかる程度の簡単な線を描き終えた頃に、正面から声をかけられた。

 顔を上げると勉強に集中していたはずのまふゆと目が合う。

 

 

「暇だったから勝手に描いちゃった。嫌だったら謝るけど」

 

「大丈夫。ただ、絵名から見た私ってこんな顔してるんだね」

 

「模写だから写真と変わらないって、言えたら良かったんだけどね。そこは実力不足かな」

 

「……写真よりも、私はこっちの方がいいと思う」

 

「えっ。そ、そう……ありがとう」

 

 

 まさかストレートに褒められるとは思わなくて、変な声が出た。

 まふゆが素直に絵を褒めてくれるのが珍しいこともあって、意識しなければ口角が緩んでしまいそうだ。

 

 普段は全く誉め言葉なんて言ってこないのに、こういう時だけ口に出すのはずるい。

 不意打ちだと何も対策ができないので、できれば前置きぐらいはして欲しかった。

 

 

「……よかった」

 

 

 こちらが悶えている間にそんな声が聞こえてきて、私は前へと目を向ける。

 優しい目をしたまふゆと目が合って、さっきまで感じていた感情が吹き飛んだ。

 

 

「よかったって、何が?」

 

「最近、思い詰めているみたいだったけど、今は少しだけ明るく見えたから……よかったなって」

 

 

 ポツリポツリと呟く言葉もまた、さっきとは違う方向からの不意打ちだった。

 

 いや、これは不意打ちじゃなくて私の不注意が招いたことか。

 人の心を読んでいるのかと疑ってしまうぐらいあっさりと見抜いてくる瑞希でハードルが上がっていたが、まふゆもまた相手を見抜く目はとんでもないのである。

 

 ただ、その上で私が触れて欲しくなさそうっていうのを察して、自分自身の問題も相まって今まで触れてこなかっただけ。

 今はちょっと余裕ができたのか、こうやって話を切り出してきたのだろう。

 

 

(うちに来て余裕ができたのは嬉しいけど、ちょっと複雑かも……)

 

 

 素直に喜べない自分が嫌になりそうだし、今の内心を表す言葉として『複雑な気持ち』ほどピッタリな言葉はなかった。

 

 

「私もわからないことだらけで言葉にできないこともあるから、絵名のことは無理に聞くつもりはない」

 

「……うん」

 

「でも、話せることだけでも話した方が、気が楽になるって奏が言ってた」

 

「奏が言ってたって。それ、ここで言っても大丈夫な話?」

 

 

 一体何の話をしたら奏とそんな話になるのだろうか。

 私が言えることでもないのだろうが、最近の奏も不調らしいのでどんな話が飛び出してくるのか怖い。

 

 思わず身構えてしまう私に対して、まふゆはいつも通りの調子で話した。

 

 

「あまり詳しくは聞いてないけど、話を聞いてくれるだけでも楽になったって奏が言ってた。絵名も言いたいことを吐き出したら、少しは楽になるかもしれない」

 

「……吐き出す、ね」

 

 

 少し口を開いてみたが、やっぱりギュッと首を絞められるような閉塞感を感じる。

 スケッチブックが誰の目にも見えないところに消えた今でも、私の体は奴の力によって雁字搦めになっているようだ。

 

 

(本当は……巻き込みたくなかったから言わなかったはずなのにな)

 

 

 気が付いたら言えないようにされていた上に、巻き込むことが決定してしまっていた。

 巻き込みたくないと告げることも、嫌だと泣くことも、離れて欲しいと叫ぶこともできない。

 

 ──と思うことすら、許されない。

 

 私は首を軽く横に振り、意識して口角を上げた。

 

 

「まふゆだって色々と大変でしょ。私が言えることはないから、勉強に戻ったら?」

 

「……自分も大変な状態で私を家に泊めてくれた絵名が、言うことじゃないと思う」

 

「そ、それは……あのまま放っておいたら寝覚めが悪いでしょ。最悪の場合、あんたが風邪で寝込んで、作業が進まなくなっちゃうかもしれないし!」

 

「素直じゃないんだね」

 

「うるっさい! あんたに言われるほどじゃないっての!」

 

「なら、少しぐらいは話してもいいと思うけど」

 

「うぐっ」

 

 

 言い返そうにも上手い言葉が見つからないのが悔しい。

 

 

「……言っとくけど、私の口から話せることなんて本当に何もないからね?」

 

「詳しく聞きたいわけじゃないから、絵名の好きにして」

 

 

 ノートや参考書を閉じて机の傍に置き、まふゆはさぁ来いと言わんばかりに聞く体勢に入っている。

 

 

(好きにして、と言われてもね)

 

 

 さて、何を話せばいいのやら。いざとなると難しい。

 ここで何もない世間話を始めるのも許してくれそうにないまふゆの眼差しに、私は心の中で頭を抱えるのだった。

 

 






1月のために力を溜めてる最中です。
ちょっと頑張ります。

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