あけましておめでとうございます。
今年もどうぞ、本作をよろしくお願いします。
「勉強もやらなきゃいけないけど、音楽もやりたいって……お母さんに言ってみた」
意を決してまふゆが吐き出してくれた言葉は、文面だけ聞くとプラスに感じるものだった。
ただ、まふゆの暗い雰囲気を目の前で感じている身としては、この言葉の続きなんて聞かなくてもよい結果が待っていないことぐらいは察してしまう。
「お母さんも『やりたいことをしなさい』って言ってくれたの。でも──その後に『将来、後悔しないように考えた方がいい』とも言われて」
「……何よ、それ」
音楽を続けたら後悔するぞ、とでも言っているかのようだ。
そこで言われた通りにまふゆが医者を目指して勉強したとしても、後悔する可能性だってあるだろうに。
それをまるっきり無視してそうな言葉に、私は聞いているだけでも腹が立った。
「きっと、お母さんは私の将来を心配してくれてるんだと思う。医者になれば多くの人を助けられるし、経済的にも困ることはない……」
「まぁ、世間一般的にはそう言われてるかもね」
医者になるまでの努力や苦労や苦悩や、職場環境やそもそもの職業との相性とか志とかも全部無視したら、まふゆのお母さんの話も一理あるのだろう。
そんな一般的な言葉なんて、馬の前にぶら下がっている人参だとしか思えないのだが……それは私の意見だから置いておくとして。
一旦、自分の思っていることを全部飲み込んでから頷くと、まふゆは苦しそうに話を続ける。
「今、勉強を疎かにして受験に失敗したら、大変なことになる。お母さんはそれをわかってるから……だから、私は──」
目を伏せ、胸を抑えるまふゆに嫌な予感しかしなかった。
傍にいるレンも心配そうにまふゆを見ているし、私が台無しにしてしまわないように、耐えなければ。
「──音楽をやめるって、言った」
「えっ? あんた、そんなこと言っちゃったの!?」
が、そんな薄っぺらい心構えもまふゆの口から飛び出してきた言葉の前では紙切れも同然。
カッとなってしまわないようにと考えていた次にはもう、大きな声を出してしまった。
……気を付けようと思った次の瞬間にはこれである。私の瞬間沸騰能力ほど信用できないものはない。
ただ、まふゆも私が叫ぶのはわかっていたようで、調子は変わらぬまま。
耳を澄ませば辛うじて聞こえてくるような声で、ぼそりと呟いた。
「お母さんもきっと、私のことを想って言ってくれてるから」
「そりゃあ、あんたのお母さんなりに想ってるんだろうけど……まふゆはそれでいいって思ってるの?」
「今、我慢したらまた……音楽ができるかもしれないし」
「じゃあ、なんでセカイに行ったりしてるの?」
「……なんでだろうね。今は我慢しなきゃいけないって頭ではわかってるはずなのに、わからないの」
苦しそうに吐き出すまふゆも、本当のところはわかっているのだろう。
今、我慢したとしてもまふゆが望む音楽ができるなんて保証も、どこにもないと。
大学に遊びに行きますと言うのなら少しは違ってくるのかもしれないが、医者になる為に大学に行くのならそんな余裕があるとは思えない。
大学も我慢して医者になった後だって音楽ができるようになるかもわからず、高校を卒業した後も私達が今と同じように活動できるかもわからないのだ。
お母さんの言う通りに動いたとしても、まふゆは後悔してしまうんじゃないかと私は思うのだ。
「ねぇ、まふゆ。お母さんの言葉とかは一旦置いておいてさ。今、自分がしたいことってある?」
「……わからない。でも……皆と音楽を続けたいとは、思う」
(なんだ、わかってんじゃん)
言葉でも行動でも、まふゆのしたいことはハッキリしているように思う。
ならば私にできることは、それを応援するだけだ。
「私の思ったことなんだけどさ」
「うん」
「まふゆのお母さんの言うことも世間一般的には正しく聞こえるよね。でも、まふゆがしたいことだって間違いなんかじゃないのよ」
「そう、なの?」
「そう。それに、あんたのお母さんは後悔しないようにって言ったけどさ。まふゆがどちらを選んだとしても、きっと後悔する時は来ると思う。私だって、絵を描いていて後悔したこともあるしね」
私だって絵を描いてきてやらなきゃよかったと思うことなんて結構ある。
特にあの憎きスケッチブックに絵を描いたことなんて無くなった記憶の分も含めて、私の人生で1番後悔していることだろうし。
好きなことを貫くにしても、諦めるにしても。結局、何かしら後悔することは間違いないのだ。
「だから私は、まふゆが進んできて後悔したとしても、同じぐらい良かったなって思える道を選んで欲しいなって思う」
「……うん」
「ま、こうやって偉そうに言ってても……最終的に選ぶのはまふゆだから。私は応援するぐらいしかできないんだけどね」
結局のところ、悩んだり立ち止まったとしても、自分のことは自分で選ぶしかないのだ。
奴が仕掛けてくるのであれば、今まで進んできた道を信じ、何を使っても阻止するしかないように。
選ばなかったとしても、究極的には『選ばない』を選んだことになるのだ。残酷なことに、何をしても自分に返ってくるのである。
私もまふゆも、自分のできる範囲で道を選ぶしかない。少なくとも今、私はそう思った。
『まふゆちゃん……』
レンが心配そうに声をかけているものの、まふゆは考え込むように口の前に手を当てている。
……私も色々と言いたいことを言ってしまったけれど、バッと決められるのなら苦労はない。
何か力になれないものかと考えて、私は思いついたことを口に出す。
「ねぇまふゆ。将来は難しくても、今。やりたいことはある?」
「今……今なら、皆と音楽がしたい……」
「そっか。じゃあ、少し早いかもしれないけど、ナイトコードにログインしよっか」
立ち上がってパソコンを立ち上げていると、きょとんとしたまふゆと目が合った。
「え、いいの?」
「今日ぐらい気にせずに作業しなさいよ。ま、あんたがしたくないなら無理強いはしないけど」
「……ううん。やる」
「じゃ、決まりね」
私のアカウントから一緒にログインすることになりそうだし、準備しなければ。
まふゆとレンの視線を感じながら、私はまふゆも作業ができるように準備を進めた。
☆★☆
『ふぅん。それで雪とえななんが一緒にいるんだね』
『よかったね、雪』
25時より少し前にログインしたものの、今日は
どうしてまふゆが一緒にいるのかを説明してから数分ほど。
私がまふゆと一緒にいる理由を理解したAmiaが『ところで~』と顔を見なくてもわかるぐらいニヤニヤしてそうな声で問いかけてきた。
『雪~、えななんの部屋ってどう? ごちゃごちゃしてるー?』
「ちょっと、Amia?」
ごちゃごちゃしてるとはなんだ。汚い部屋ではないのはこの前にも証明したはずなのに、まだ疑うとは酷いものである。
「……意外と整理されてるよ。本棚に画集とスケッチブックが詰められているのと、床にスケッチブックの山ができてるのが気になるけど」
「そこで雪も答えないでよ」
さっきまでお互いに悩みの種を話し合っていたのに、どうして私は背中から撃たれるような真似をされているのか。
(って思ったけど、いつも通りだったわ)
笑顔で拳銃を撃つか、無表情でガトリング砲を放つかの違いでしかなかった。
油断した私が悪かったのは自覚したが、それはそれとして話の流れを切らせてもらおう。
「はいはい。もう25時を過ぎてるんだから、さっさと作業しましょ」
『そうだね……じゃあ、この前聴いて貰ったデモ、詰めてきたから共有するよ。何かあったら言ってほしいな』
「ありがとう、K。早速聞いてみるね」
Kが私の言葉に乗って、早速デモを送信してくれた。
デモを再生してみると、詰めたと言うだけあって前から更に良い曲になっているように感じる。
「……うん、この曲なら」
『えっ。もしかして雪、もう書いてるの?』
Amiaの素っ頓狂な声がイヤホンから聞こえてきたが、私も内心では驚いていた。
こちらの手は止まっているのに、隣では迷わずに動く手があるのだ。
いくら前に仮のデモを聴いているとはいえ、その迷いのなさには目を見張ってしまう。
「まふゆ、ある程度できたら見せて貰ってもいい? 絵の方向性の擦り合わせもしたいし」
「そもそも絵名はどういう方向で絵を描くつもりだったの?」
「私? 絵の案はいくつか用意してあるけど」
「相変わらず、アイデアが多いね。これ、いくつかって数じゃないと思う」
10は余裕で超えてしまった下書きを見たまふゆからじっとりとした視線を頂戴しつつ、私はまふゆとイメージを擦り合わせていった。
(……集中してるなぁ、まふゆ)
イメージを合わせてからというものの、まふゆは一心不乱に歌詞を書き下ろしていた。
レンや私の視線も気にならないぐらい集中している姿は少しだけ微笑ましい。
(最近、家でも落ち着かないって言ってたせいかな……すっごい安心するというか)
こっそり、今のまふゆを描いてしまおうか。
描いていた下書きをシンプルな線画に変更し、水彩絵の具で塗っていく。
──そうやって素知らぬ顔で作業と絵を並行させていると、かなり時間が経っていたらしい。
気がついたら遮光カーテンからほんの少し陽の光が漏れていて、またしても寝ずに朝を迎えてしまったことを示していた。
「あっ……やっばぁ。また徹夜しちゃった」
『あはは、ボクも同じだよー。今から仮眠取ろっと』
「そうね、私もキリのいいところまでやったら寝ようかな」
いつものKの無反応とAmiaがミュートするのを確認してから、私はまふゆに目を向ける。
「まふゆもちょっと休んでく?」
「私は朝から予備校があるし、そのまま行く」
「えっ、大丈夫なの?」
「うん。もう胸は冷たくないから、大丈夫」
寝ていないのだから大丈夫だとは言い難いはずなのだが、まふゆの顔は家に来る前と比べると良くなったように見える。
「そっか……あっ。予備校に行く前にちょっと描いた絵を見てくれない?」
「それってMVに使うもの?」
「それとは別。あんたをモデルにしたから、一応見せておこうかなって」
描いた紙を手渡すと、まふゆはパチパチと目を瞬かせた。
「……絵名みたい」
「はい? え、どういうこと?」
まふゆを描いた絵を見てもらったはずなのに、よくわからない感想を言われると、気になるのも当然で。
「これ、もらってもいい?」
「いいけど……それよりもさっきの感想を教えてくれない?」
「本当に似てるわけじゃないから、絵名が気にすることじゃないよ」
そう言われても気になるのだが、私の目から見てもまふゆの言葉の真意はわからない。
予備校に行くためにまふゆが家から出ていった後も、私なりに考えてみたものの。
結局、まふゆが自分の絵を見て私に似てると思った理由がわからなくて、しばらく悶々とした時間を過ごした。
というわけで今回でお泊まり回も終わりです。
今年でえななんとスケッチブック君の因縁に決着をつけたいので、今年も定期的に更新していきます。