イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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それでもできることがあるなら。





183枚目 強くなくても

 

 

 

 

 

 

「あぁもう! いくら考えてもあの絵の何が私に似てるのか、全然わかんない!」

 

 

 先日描いたまふゆの絵の写真が保存されたスマホと睨めっこするのをやめた私は、それをベッドの上に投げた。

 

 ノーコンと瑞希から揶揄われる私でも至近距離で外すことはなく、スマホは無事にベッドの上に着地。

 溜め息と共に椅子に凭れ掛かると、残酷にも1時間を無駄にしたと告げてくる時計の姿が目に入る。

 

 1時間も考えたのに、あの日の絵を見てまふゆが『絵名みたい』と言った理由がわからなかった。

 絵描きとしてあまりにも情けなくて、気持ちがどんどん沈んでしまいそうだ。

 

 

「……はぁ、もういいや。気分転換しよ」

 

 

 こんな気分ではこの後の作業も捗らないだろう。

 そう感じた私はベッドに投げてしまったスマホを回収し、いつものように曲を再生する。

 

 

(あれ?)

 

 

 光に包まれたらあっという間に誰もいないセカイに……かと思いきや、今日も先客がいた。

 まふゆが座って本を読んでいて、その隣では今日も寝ようと頑張っているのか、奏が横になっていた。

 

 奏が眠る努力をしている最中にやって来てしまったようだ。

 幸いなことにリン達はここにはいないようだし、探しに行こうと思ったところ、私の耳が気になるワードを拾う。

 

 

「……絵名に余計なことを言ってしまったかもしれない」

 

「そっか。でも、絵名ならちゃんと話せばわかってくれると思うよ」

 

 

 まふゆと奏の話題で急に自分の名前を呼ばれるとは思わなくて、反射的に隠れてしまった。

 一体何の話だ。まふゆから余計なことはよく言われているから、話しの流れから察するのも難しい。

 

 

(内容的に陰口じゃないっぽいけど……何で私の名前が?)

 

 

 気になるけれど、この後バンバン悪口が飛び出てきたら怖いような。2人はそんなタイプじゃないから安心して聞ける気もするし、複雑な心境だ。

 2人の話がどうしても気になった私は、引き続き物陰に隠れて様子を窺うことにした。

 

 

「でも。私を描いてくれたのに困惑させたから、何て言ったらいいのかわからない」

 

「絵を見た感想で絵名を困惑させちゃったって話だったよね。どんな感想を言ったの?」

 

「私の絵を描いてくれたのに、絵名みたいって言った」

 

「えっと……何でそう言ったのか、絵名には伝えたの?」

 

「ううん。その時は上手く言葉にできなかったから伝えてない」

 

「そ、そっか」

 

 

 奏の困惑が隠れて聞いていても伝わるような声が響いた後、気まずい空気が流れた。

 なんということでしょう。私の1時間の悩みがこんな所にまで伝播してしまうとは想像もしていなかった展開である。

 

 

「その時ってことは、今は言葉にできそうなの?」

 

 

 しかし、今の奏には唯一答えを知っているまふゆが隣にいるので、私の悩みも一緒に払拭する言葉が聞こえてきた。

 

 

「たぶん、絵に描かれた私と絵を描いてる時の絵名が重なって見えたんだと思う」

 

 

 まふゆは本を膝の上に置き、手を胸の前に当てる。

 

 

「私も、絵を描いてる時の絵名みたいに音楽をしてる時は夢中になってるんだなって思うと、胸が温かくなったの」

 

「そっか……よかったね、まふゆ」

 

「うん」

 

 

 まふゆもちゃんと言葉にできて満足そうな雰囲気だが、私も最近の悩みであった謎の答えを手に入れることができたので、すがすがしい気分だ。

 

 

(まふゆなら私より奏の方が似てる気がするんだけど……ま、私みたいって言った謎が解けてスッキリしたな)

 

 

 だからセカイから部屋に戻ろう! と言いたいところだが、今の状況が悪過ぎる。

 ここで戻れば盗み聞きしているのがバレてしまいそうだし、動いても何かと鋭いまふゆには見破られてしまいそうだ。

 

 今もバレていないのが奇跡なのに、危険な橋は渡りたくない。

 そうやってこの場に留まる選択をした罰なのか、奏とまふゆの話は続いた。

 

 

「私も、絵名みたいになれたら良かったのに」

 

「まふゆはまふゆだから良いと思うけど、そういうことじゃないよね。どうしてそう思ったの?」

 

「……あの日の絵名が眩しかったから」

 

「あの日?」

 

「皆で絵名のお父さんのアトリエに行った日のこと」

 

 

 泊まった日にも少し触れていたことを話すまふゆは、眩しそうに目を細めた。

 

 

「私はお母さんにやりたいって言ったけど、わかってもらえなかった。それで結局……やめるって、言っちゃった」

 

「まふゆ……」

 

「でも、絵名はやるってハッキリ言って、お父さんが納得するまで真っすぐぶつかってたから。私も絵名みたいになれたら良かったのにって、そう思ったの」

 

「そっか」

 

 

 奏は体を起こして、まふゆと同じ態勢で座る。

 

 

「わたしも絵名を見てたら頑張らなきゃって思うから、少しだけわかるな」

 

「奏も?」

 

「絵名はわたしができないことができるから、かっこいいなって思うこともあるよ」

 

「そうなんだ」

 

 

 話している2人は穏やかな空気の中にいるが、結果的に盗み聞きしてしまっている側からすると気まずいことこの上ない。

 

 

(やっぱり無理。これ以上ここにいたら罪悪感でどうにかなりそう)

 

 

 この際、バレても声をかけられなければいい。

 ようやく決心できた私はスマホを手に持って曲を止めようとしたのだが、その瞬間、横からにゅっと別の手が伸びてきた。

 

 

「み、ミク?」

 

「しーっ」

 

 

 ほぼ音になっていない声で呟いた視線の先には、人差し指を口に当てたミクだった。

 手招きをしてからどこかへ歩き始めたミクをゆっくりと追いかけて、私もその場から離脱する。

 

 恐らく奏達にはバレないであろうところまで歩くと、ミクがくるりと振り返った。

 

 

「邪魔だった?」

 

「ううん、困ってたから助かったよ。ありがとね、ミク」

 

「力になれたのならよかった」

 

 

 こちらの様子を窺っていたミクは薄っすらと笑みを浮かべる。

 本当にミク達バーチャルシンガーにはいつもお世話になりっぱなしだ。

 

 何かお礼をした方がいいかな、と呑気に考える私の目に、心配そうな顔をしたミクが映った。

 

 

「絵名は、大丈夫?」

 

「まぁ、今のところはね」

 

 

 奴のことで心配されているのかは理解しているので、苦笑いしか返せない。

 問題が解決していないのをわかっているからなのか、ミクも眉を下げるだけでスケッチブックのことには触れなかった。

 

 

「絵名も大変な状況だし、無理しないでね」

 

「平気だって。皆のことなら無理には入らないし」

 

 

 私にとっては『いつも通り』の言葉だったとしても、相手にとっては違う場合もある。

 それが今だったようで、ミクは真剣な面持ちで口を開いた。

 

 

「絵名はどうして、自分よりも皆を優先するの?」

 

 

 ついさっきまで盗み聞きをしていたせいだろうか。ミクの目を見ていると、不思議と先程の奏とまふゆの会話を思い出した。

 フツフツと湧いてくるこの思いを、言葉にするのなら。

 

 

「それは──私が、強くないせいかな」

 

「強くない?」

 

「さっき、眩しいとかカッコいいとかまふゆは言ってくれてたんだけど……私はどうしようもなく弱いから」

 

「そう。どうしてそう思うの?」

 

 

 ミクのきょとんとした顔は言葉にしなくても『心底わからない』という気持ちを伝えてくる。

 

 それもそうか。

 こんな話をしたこともなかった気がするし、知らないのもわからないのも当然である。

 

 

「どうしてって、埋められなかった穴を皆で塞いじゃったからだよ」

 

「……それが、絵名が皆を優先する理由?」

 

「それと、私が強くないって言った理由もね」

 

 

 記憶を失ってからというものの、ポッカリと空いてしまった穴を砕け散った『東雲絵名』の断片を搔き集めてそれっぽい『東雲絵名(わたし)』を積み上げていった。

 

 ただ、それだけでは穴が塞がらなくて、両親でも足りなくて。

 彰人()愛莉(親友)じゃ継ぎ接ぎで無理矢理詰めた穴を塞ぐには、2人は孤独に苦しんでなかった。

 

 周りには人がいるのに自分だけ誰もいない空間にいるような、ポッカリと空いた穴。

 これを放置できるほど、私は強くなかった。ただ、それだけの理由なのだ。

 

 

「私が強かったのなら……奏やまふゆ、瑞希達が自分の中心に──大切になることも、無かったかもしれないのに」

 

 

 そう思うと、自分の弱さが嫌になる。

 

 

「絵名はすごく皆のことが大事なんだね」

 

「……そのせいで、迷惑をかけるのは確定なぐらいにはね」

 

「迷惑じゃないと思うよ。絵名が皆を大切だって思わなかったら、きっと誰もここまで来れなかったと思うから」

 

 

 自虐的なことを言ってしまった私に嫌な顔をせず、ミクは私の頭の上に手を乗せた。

 

 

「だから、諦めないでね」

 

「それが1番、大変な気がするけどね」

 

「大変かもしれないし、傷付くかもしれない。それでも絵名ならきっと、大丈夫だよ」

 

 

 よしよしと頭を撫でられていると、悪い方向に向かっていた思考が引き戻されたような気がする。

 

 

(なんでだろ。頭の中のモヤモヤって感じが晴れたような……?)

 

 

 最近は何かを考えて答えを出したとしても、すぐに悪い方へと考えてしまっていたのだが……今は不思議と思考が引っ張られない。

 ミクと話していて気持ちが前向きになったのだろうか。不思議と今なら頑張れば乗り越えられる気がしてきた。

 

 

「大変だろうけど……無理だったらそれはそれとして、私が諦めたらダメだよね」

 

 

 スケッチブックは私の問題なのだ。

 どれだけ傷付けてしまうことが怖かったとしても、私が先に投げ出すのはおかしい話である。

 

 

「ミク、ありがとね。私ももう少し頑張ってみるよ」

 

「うん。力になれたのならよかった」

 

 

 まふゆの絵の感想もスケッチブックに対する悩みもスッキリしたので、セカイに来てよかった。

 今のうちにノートに色々とまとめたくなって、私はミクに見送られながらセカイから出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「──絵名は……行った、かな?」

 

 

 光と共に姿が消えたのを見送ったミクはポツリと呟く。

 

 

「何か黒いモヤが付いてたから払っただけだったんだけど……絵名が元気になってよかった」

 

 

 じっと虚空を見つめていたミクはぎゅっと両手を握り締める。

 

 

「わたしもできることを……スケッチブックを探さないと」

 

 

 そのまま奏やまふゆがいる方向とは別の方へと、ミクは歩いて行った。

 

 

 

 

 

 






スケッチブック君が誰もいないセカイに潜んでいたら、見つかるんですけどね……


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