イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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184枚目 するか交わすか

 

 

 

 

 

 イヤホンからピロン、と聞き覚えのある音が聞こえてくる。

 が、その程度の音では意識がほんの少し浮上するだけで、私の手を止める理由にはならなかった。

 

 

(あとちょっと……)

 

 

 その音の正体を推測するような頭の容量もなく、頭よりも手を動かす。

 そうして最後の最後までやり切ったタイミングで、私の耳が新しい音を拾った。

 

 

『おーい、えなな~ん。生きてる~?』

 

「……死んでたら問題でしょうが」

 

 

 意識が戻って早々、聞こえてきたおかしな言葉に私は反射的に言い返す。

 イヤホンの向こう側からやれやれと言わんばかりの瑞希(Amia)の声が聞こえてきた。

 

 

『だって声をかけても中々返事がなかったんだよ? もしかしたら部屋にダイイング・メッセージを残してるかもしれないじゃん。犯人はヤス……って』

 

「犯人の心当たりがなさ過ぎて困るでしょ、それ」

 

 

 探偵モノでは定番であっても、私が残したら迷宮入り間違いなしのヒントだろう。

 とはいえ、Amiaがそう言ってしまうぐらい集中してしまった私も悪いわけで。

 

 

「声をかけてくれてたのに無視して悪かったわね。まぁでも、Amiaが作業前にインしてくれて助かっちゃった」

 

『結構前からログインしてるえななんが気になっただけだし、気にしなくてもいいよ~』

 

「そうなの? 集中しちゃって作業に遅れるのも嫌だったからログインしてたけど、我ながらいい選択をしたかな」

 

『あぁ、いつもの滑り止めね。それで……すっごい集中してやってた作業ってニーゴのじゃないんだよね?』

 

「うん、ライブのチラシを作ってたところ」

 

『ライブ? もしかしてバイト関係だった?』

 

 

 やってしまったかと不安そうな声に、私は慌てて否定する。

 

 

「今日は別件。いつもお世話になってるし、Amiaも知ってる人からのお願いだから、張り切っちゃったの」

 

『ボクも知ってる人? ちょっと待ってね、考えるから』

 

 

 1人でシンキングタイムを始めたAmiaはうんうんと数分ほど唸り、答えを導き出した。

 

 

『あ、ピーンッてきた! そのお願いをした人、Leo/needの誰かでしょ!?』

 

「わ、すご。ノーヒントなのによく辿りついたわね」

 

 

 それらしいことはほぼ言っていなかったはずだが、1発で当てるAmiaに素直に驚いた。

 

 

『ふふん、実はノーヒントってわけでもないんだよね』

 

「そうは言うけど、私が話したこと以外にヒントも何もないよね?」

 

『いやいや、今回に限っては『えななん』っていう特大のヒントがあったんだよ!』

 

「えぇ? 私がヒント?」

 

 

 ……そう言われても、全く心当たりがない。

 画面越しでも私が首を傾げているのがわかるのか、楽しそうな声が聞こえてきた。

 

 

『えななんって有名人とかインフルエンサー相手に『知ってる』とは言わないからね。ちゃんと顔を合わせた相手じゃないと、知ってるなんて言わないんだよ』

 

「あんまり自覚が無いんだけど。ライブって話なら、候補はあるでしょ」

 

『それでも3つに絞れるからね。モモジャンは最近ライブしたところだし、弟くんの所はえななんに頼んでくる確率は少ない。なら、残りはレオニかなーって』

 

 

 勘頼りだと思いきや、聞いてみるとAmiaなりの理論があったようだ。

 見事、正解を言い当てたAmiaは予想では埋まらない穴を埋めにきた。

 

 

『ライブのチラシを作ってるのはわかったけど、どういう経緯で引き受けたの? えななんって今までのライブのチラシも作ってたわけじゃないよね?』

 

「今回は穂波ちゃんからのお願いだったから。いつも奏がお世話になってるし、今回は困ってるって話だったから引き受けたの」

 

『へぇ。今までは自作だったのかな。急に他の人にお願いするなんて、何かあったんじゃないかって心配になるね』

 

「何かっていうよりは、単純に1つのことに集中したかったのかもね」

 

 

 私も穂波ちゃんから詳しい話を聞き出さずにチラシを作っているので、主観の感想だけど。

 

 

『ライブの練習に集中したいってこと? 結構大きいライブなのかな』

 

「今回のチラシにはワンマンライブってワードがあったし、大きさはわからないけど凄いライブでしょ」

 

『えぇっ!? ワンマンライブーッ!?』

 

 

 思わずイヤホンを投げ捨てたくなるような声が鼓膜を貫通した。

 

 

「うるっさ」

 

『ご、ごめん』

 

 

 クレームを入れるとちゃんと謝罪が返ってきたので今回は許すが、マイクの前で叫ぶのはやめて欲しい。

 イヤホンを装着し直して、会話を再開する。

 

 

「ワンマンライブってそんなに叫ぶことなの?」

 

『ライブって複数のグループでやることが多いし、1年も経たずにワンマンライブができるのはすごいでしょ』

 

「そう言われるとすごい……のかな?」

 

 

 そのすごさをキッチリと理解できているかと言われたら微妙なのだが。

 ライブ関係の話なんて、作詞作曲辺りの知識がフワッとしている私ではイメージが難しい。

 

 私もAmiaも音楽サークルで活動していても、イラストと動画関係なのでライブなんて畑違いなのだ。

 お互いにハッキリとしたイメージがないので話は膨らまず、話しの矛先はすぐに変化した。

 

 

『それで、チラシの調子はどうなの?』

 

「とりあえずいくつか案は作ったよ。どの方向性で進めるのか、イメージはあっているか。穂波ちゃんにメールを送ってから進めるつもり」

 

『へぇ。完成してから送らないんだ?』

 

「イメージと違っていたら修正が大変だし、見えないのって結構不安でしょ」

 

『ワンマンライブのチラシなら、相手にとってはすっごく大切なものだもんね』

 

「ニーゴの作業とかでもそうだけど、経過報告はした方がお互いのためになると思うからね」

 

 

 バイトでもそういうところは痛い目を見ているので、慎重に進めたい。

 私にとっての完璧の誰かにとっては不完全なのである。こういうのは相手に合わせるぐらいがちょうどいいのだろう。

 

 

『そっか。ボク的にはえななんの調子がちょっとは戻って来たみたいでホッとしたよ』

 

「え、そうかな?」

 

『最近、あんまり集中できてなかったでしょ~。でも、今日はボクが声をかけても中々返事がなかったぐらい集中できてたみたいだし』

 

「結果的に無視したのは悪かったわよ」

 

 

 無視するつもりはなかったが、やってしまったのは申し訳なく思っている。

 

 

『あぁ、違う違う。集中できるようになって良かったなーって言いたかったんだよ』

 

 

 どうやら私の受け止め方が捻くれてしまっていたようで、Amiaが慌てて弁明してくれた。

 またしても悪手を選んでしまったわけだ。こういうところも素直じゃないって言われる要因かもしれない。

 

 

「それならありがとうの方が良かったかな」

 

『あはは。調子が良くなったのはボクのおかげじゃないけどね』

 

「それでも心配してくれたのなら、ありがとうでしょ」

 

『そっか。なら、どういたしましてだね』

 

 

 画面に薄っすらと映る私の顔が笑っているせいか、顔も見えていないはずのAmiaも笑っているような気がする。

 笑い声が聞こえてくるのも理由の1つかもしれない。思わず言うつもりのなかった言葉を零してしまうぐらいには、浮かれてしまっていた。

 

 

「やっぱり、いいな」

 

『何が?』

 

「あっ、ごめん。口に出ちゃってた?」

 

『思いっきり出てたよ。それで、何が良かったの?』

 

「……こういう時間って大切にしたいなって思ってたら、ついね」

 

『そっか……うん、そうだね。ボクも守りたいなって思うよ』

 

 

 Amiaは目の前にいない私でもわかるように、大きく深呼吸した。

 

 

『ねぇ、えななん。ボクにも何かできることはない?』

 

「Kの件も雪の件も、家族の問題だから一筋縄でいかないでしょ」

 

『2人のことも力になりたいけど、今聞いているのはえななんのことだよ』

 

 

 私が話題を逸らしたのはバレバレのようで、あっさりと軌道修正された。

 ノートを書いている時のリンとの会話から、瑞希がノートを見てくれているのは知っている。

 

 

「……どうだろうね。今の段階ではどうすればいいか、私にもわからなくてさ」

 

 

 今のAmiaは問題を出されないまま、ヒントだけを出されて答えを導くように言われている状態だ。

 出題者である私は問題を言うのを口止めされていて、答えである奴も行方知れず。

 何かするにしても、奴にとっての致命的なヒントを出せなければ話にならないだろう。

 

 

『それってさ、待ってたら言えるようになる?』

 

「それもわからない、かな。でも……その時は来ると思うよ」

 

 

 スケッチブックに擬態しているのか何か知らないが、呪いみたいな奴が私を狙っている限り、その時は必ず訪れるだろう。

 それが明日なのか数週間後なのか、数分後なのか……違いはそれぐらいしかない。

 

 

『じゃあ、その時っていうのが来たら……えななんがしてくれたみたいに、今度はボクが力になるよ』

 

「力になるって、何も言えてないのに?」

 

『それでもボクはボクなりにやるよ。約束する』

 

 

 とんでもない厄介事がこの先どう動くのか私でもわかっていないのに、Amiaの声は覚悟を決めたのか力強いものだった。

 

 

「Amiaがそう言ってくれても私が逃げて、どこにもいなくなるかもしれないよ」

 

『その時は探すよ。えななんがボクのところまで来てくれたみたいに、見つかるまで探し出すから』

 

「……なんで、そんなことをあっさりと言っちゃうかなぁ」

 

『ボクの中の『好き』にえななんが入り込んできちゃったせいだろうね。ま、そこは諦めて頼ってくれるとボク的にも嬉しいな~って』

 

 

 普通、感情の矢印の天秤は釣り合わないもののはずなのに、どうして皆、詳細もわからないうちから力になってくれると言ってくれるのだろうか?

 

 

(私がそうするなら相手も同じだって考えた方が良い、だっけ)

 

 

 人口の数だけ価値観があるはずなのに、どうしてまふゆの暴論が正しく機能しているのか不思議でたまらない。

 

 

『ほら、約束するか約束を交わすか。どちらか選びたまえ~』

 

「両方とも同じじゃん」

 

 

 考えなくとも『はい』か『イエス』か選べ、というアレとほぼ同じである。

 

 

(Amiaがこんなに強引に事を進めるなんて……私じゃあるまいし珍しいな)

 

 

 そんなことを頭の中で考えていると、ちょうどいいタイミングで『参考:えななん』と個チャからメッセージが送られてきた。

 

 

「……わかった、わかったって。この先のことなんてわからないけど、いざという時はよろしく」

 

『えへへ、りょーかいっ。任せたまえ〜』

 

 

 嬉しそうな声を出すAmiaと、作業の時間前にそんな約束をした。

 

 その約束すら、どこまで覚えてられるのかわからないけれど。それでも、最後まで忘れないように胸に刻み込みたいなって……そう思った。

 

 

 

 

 

 






ちなみに元の話では穂波さんはこはねさんに依頼してる所ですが。
イベストを読んでる限り、『チラシ関係にも強くて頼れる先輩』がいたら、ワンマンライブを成功させるためにえななんを頼りそうだなーって思ってのちょい改変です。


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