奏から話を聞いた翌日、瑞希に誘われた私は朝から2人で遊びに出ていた。
丁度切らしていた画材を買って、ついでに、そのついでにと『ついで』を増やしてショップの新作を見て回っていると、気が付けばお昼どころかおやつの時間も超えていた。
「絵名、そろそろ休憩しようよ。ボク、喉乾いちゃった」
「いいよ。近くにファミレスがあるから、そこに行こ」
瑞希の声を皮切りに、私達は転々とショップをめぐるのをやめて、ファミレスへと足を延ばす。
空いている席に座ってメニュー表を取り出した私は、酷使した足首をぐるりとその場で回した。
「疲れたぁ……まさかこんな時間まで歩き回るなんてね」
「あはは、ついでに~って色々と回ったもんね。そのお陰でいい気分転換にはなったでしょ?」
「……まぁね」
「ひとりだとモヤモヤしちゃうし、どうしても気になっちゃうからねぇ。今日は絵名と遊べて助かったよ、ありがとね」
「それは……私も同じだから。お互い様じゃない?」
「じゃあ、そういうことにしよっか」
瑞希の笑顔に私もつられて笑う。
心配なことはあるけれども、この瞬間だけは忘れられたような気がした。
「奏とまふゆのお母さんが会うことになるとは思わなかったわ」
「明日なんだよね」
「みたいね。ニーゴの中でなら、私が最初に対面すると思ってたのにな」
「はは、その点は奏でよかったのかもね」
「は? どういうことよ?」
「そういうこと。手、出ちゃうんじゃないの〜?」
ニヤリと笑いながら指摘されると弱い。
対面したら顔を殴ってやると思ったことは数多く、暴力沙汰にならない保証はどこにもなかった。
「ま、奏が心配だって理由もわかるけどね。ナイトコード越しで声を聞いただけでも、優しそうに聞こえるけど圧というのかな? そんな感じがしたし」
「電話した時も嫌だとは思ったかなぁ……まふゆのお母さんだから、そういうことを言いたくないけど」
「ボクも友達のお母さんの悪口は言いたくないけど……まふゆはもっと、辛いと思うとね」
まふゆを苦しめている相手だと思うと瑞希も思うところがあるようで。
微妙そうに苦笑する瑞希が口を閉ざし、私も喋らないせいで嫌な沈黙が訪れた。
(本当にまふゆのためを思っているのなら、何で親なのに子供を苦しめるんだろうね)
好きで自分が決めた道だったとしても、貫くことは楽な道のりではないのだ。
それなのに逃げ道も退路も断ち切ってしまうまふゆの母親を見ていると、1本のロープだけで崖の上を横断させようとしているようにしか思えなくて。
それが『娘のため』だと言うのであれば、まふゆのために動かない方がマシなんじゃないかと思ってしまう。
「まふゆのためにできることって、何だろうね」
「まふゆのため、かぁ……かなり難しいよね。協力するって言ってもひとの家庭のことやまふゆの将来のことに口出しするの? って話だし」
「……結局、まふゆがどうしたいのか言ってくれなきゃ難しい、か」
「だねぇ。絵名みたいに顔にも言葉にもハッキリしてくれたら楽なんだけど」
「私だって言えないことはあるっての」
スケッチブックのこととか、記憶喪失になった原因のブツのこととか、現在進行形で行方不明になっている奴のこととか。
……言えない理由全てに同じモノが関係しているので、わかりやすいと言えばそうかもしれない。ややこしいのには変わりないけれども。
「って、あれ? 絵名、あそこにいるのって……」
奴のことを思い出して口の中まで苦くなっていると、瑞希が窓の外を指差した。
あれ、と指差す先には見慣れた紫髪がトボトボと歩いている姿が見える。
「え、まふゆじゃん。予備校の帰りかな」
こんな時間に1人で歩いている理由なんてそれぐらいしか思いつかない。
私がじっと外を見ていると、瑞希は腰を上げた。
「ねぇ、まふゆを呼んできてもいいかな? 少しだけなら時間もあると思うし」
まふゆも色々と決めかねている状態では、できることといえばこれぐらいしかないから、と。
少しでも気持ちが軽くなれたら、と考えた瑞希はひとっ走りするつもりのようだ。
「そうね、ちょっとあいつの時間を拝借しよっか」
「そうこなくっちゃ! じゃ、ボクは行ってくるから待っててねー!」
ピューンッと飛び出した瑞希はすぐに窓の向こう側に現れ、まふゆを捕捉する。
逃げる暇なく見える範囲から姿を消すと、こちら側に連行されてきた。
「じゃじゃーん! 特別ゲストのまふゆさんを連れて来たよ~。ささ、こちらにどーぞ!」
歩き回ったはずなのに全く疲れを感じさせない瑞希はまふゆを隣に座らせ、有り余った元気で場を盛り上げようとしている。
残念ながら私もまふゆもそれに乗るつもりはなかったので、1人だけの空回りに終わりそうだった。
「まふゆ、お疲れ。予備校の帰り?」
「……うん」
「そっか。昨日はあれから、大丈夫だった?」
「……」
黙り込むまふゆを見るに、なにかあったのだろう。
瑞希も同じ意見だったようで、大きく手を振って話題を提供した。
「あっ、そういえばボクら、注文がまだだったんだよね! まふゆ、何か頼む?」
「今なら私のおごりだから、遠慮なく頼んでいいわよ」
「え、絵名のおごり!? ゴチになりま~す♪」
「瑞希には言ってないから。で、どうする?」
コントのようなやり取りを見せつつ、私と瑞希はまふゆに目を向ける。
「……夕飯もあるから、紅茶だけ」
引き留め成功である。ここで帰るという選択が出てこなかっただけでガッツポーズだ。
「まふゆが紅茶なら、ボクも紅茶とポテトにしよーっと。絵名は?」
「さっきまで口の中が苦かったから、フルーツパフェにする」
「えー、昼も甘いものを食べたのにー?」
「クレープはお昼ご飯だからセーフなの」
「どこかのスーパーみたいに『毎日がチートデー!』ってわけじゃないんだから、控えたらいいのに~」
「それは『お客様感謝デー』とかでしょ。無駄に声を寄せるのはやめて」
まふゆを元気付けたいとは思ったが、誰が漫才をしたいとまで言ったのか。
それを言ったところで詮ないことなので、私は黙って呼び鈴を押す。
「ちょ、無視!?」
「店員さんを呼んだから、恥ずかしい真似はやめてよね」
「……はぁい」
無事に瑞希のいらぬ口封じに成功した私は、その後の会話も先程と比べると平和に進めることができたのだった。
☆★☆
そろそろ門限だというまふゆの言葉から、私達は会計を済ませて外に出る。
「まふゆ、大丈夫?」
ファミレスにいた時はまだ喋ってくれていたのに、帰ろうとしてからはまふゆは殆ど喋っていない。
瑞希が心配そうに顔を覗き込むのも当然の対応だった。
「……少し楽になったから、大丈夫。2人とも、ありがとう」
「無理そうなら言いなさいよ。時間稼ぎの言い訳ぐらい、一緒に考えてあげるから」
「絵名が考えたら突拍子もない話になりそうだから、いらない」
「いや、ならないから!」
私の周りで突拍子もない存在なんて、セカイかスケッチブック案件しかない。
……セカイはともかく、奴関係は十分突拍子もないか。そう思うと言い返すことも難しくなってしまった。
「ねぇ、まふゆ」
このまま喋るだけ喋ってまふゆを家に帰すのは私の気が済まない。
首を傾げるまふゆに向かって、私は言葉を投げかけた。
「ニーゴのことを知られたのは大変だと思う。すごく難しいことを言うんだけど、これだけは覚えて欲しいの」
「何を?」
「嫌だと思ったことは嫌だって、ちゃんと言いなさいよ。最終的にまふゆを守れるのはまふゆだけなんだから」
「……わかった」
錆びついているようなぎこちなさがあったものの、まふゆは確かに頷いてくれた。
私ができることはこれ以上ない。
そそくさと帰路につくまふゆを見送って、私と瑞希も並んで帰ることにした。
「……絵名にしては珍しく、あんまり言わなかったね」
「いっぱいいっぱいな相手に捲し立てたところで、キャパオーバーになるだけでしょ」
それぐらいは私でも理解している。
助けを求められているのならともかく、求めてもいない人を救おうとするのは相手の為ではなくて自分のエゴだ。
それをしてしまった時点で立場は違えど、まふゆのお母さんと同じになってしまう。
「確かに、こればっかりは絵名の強行突破でもどうしようもないか」
「私、強行突破がいいと思う時以外は選んでないんだけど?」
「あ、あははー……そうだっけ?」
瑞希からすると私の強行突破が印象に残っているせいで濁した反応になってるみたいだが、私はいつも1番良いと思った行動をしているだけだ。
偶然、パワープレイの方が手っ取り早いことが多かっただけ。ただそれだけである。
「何であれ、明日に待ってる奏とまふゆのお母さんとの話し合い次第だよね。さっと話が通って、活動できるようになればいいんだけど」
「そう簡単にいくと思う?」
「思ってないから今、こうやって絵名と話してるんだよねぇ、はは」
夕日に照らされた道に、瑞希の空笑いが溶けていく。
……私も瑞希も明日の話し合いが上手くいくと思うほど、楽観的になれなかった。
相手はまふゆの母親であり、『受験生の娘を心配している母親』という特大のカードを持っていて。
対するこちらはネット上の友達という、世間的に見たら『怪しい友達』とも取られる世間体的には不利なカードが手持ちで目立っている。
いくらまふゆがニーゴの活動をしたいと思ってくれても、世間というフィルターを通せば『悪い友達に唆されて受験を棒に振るかもしれない』という状況の出来上がりだ。
「ここから逆転するにはまふゆの近くに1人ぐらい味方はほしいし、まふゆのお母さんが不利になるカードが欲しいわね」
「……わーお、ボクの隣で堂々と悪だくみしてるよ」
「悪だくみじゃなくて、友達の心配をしてるんですー」
「そう言うなら、すっごい悪い顔してるのは隠そうか。ほら、はいパシャリ~」
瑞希がスマホをこちらに向けてくるので、私は咄嗟に猫を被る。
「うーわ、驚きのカメラ目線じゃん。悪い顔は残せなかったか~」
「変なモノを残そうとしないでよね」
油断も隙もない瑞希のせいというべきか、お陰と言うべきか。
帰り道を歩いている時まで思い悩むことなく、私は家に帰ることができたのだった。
1月はまふゆさん、2月は奏さんのバースデーですが。
どうにも話の展開的に間に挟むのも難しく、調整も難しいのでお誕生日回はなしになりそうです。