イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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まふゆママと奏さんの話の裏側で。





189枚目 その時は近付いている

 

 

 

 

 

 今頃、どこかの空の下で奏とまふゆのお母さんは出会っているのだろうか?

 

 公園のベンチに腰を下ろし、ぼんやりと空を眺めているせいだろうか。頭の中でふと、そんな考えが過った。

 

 

(あー、やっぱり早く来過ぎたかなぁ)

 

 

 久しぶりに何もせずにいるせいか、流れる時間が遅く感じる。

 待ち合わせよりも15分ぐらい早く来てしまったのも悪かったか。何回スマホを見ても時間は遠くて、自業自得なのに溜め息が零れてしまった。

 

 

「あっ」

 

「……おはよう」

 

 

 誰もいない公園だったからこそ間抜けな様子を晒していたのに、こちらをじっと見ている待ち人がいた。

 物凄く気まずいのだが、私は素知らぬ顔で声をかけた。

 

 

「おはよ。ギリギリになるかもって言ってたのに早いじゃん」

 

「絵名も早過ぎると思う」

 

「……そういう日もあるのよ。で、そっちはどうして早いの?」

 

「今日はお母さんが誰かに会うらしいから、少しタイミングをずらして出ようと思ったらこの時間になってた」

 

 

 自分のお母さんが誰と会っているのか知らないまふゆは、いつもの無表情のままベンチの隣に座る。

 

 

(本当に奏とまふゆのお母さんが会うんだ)

 

 

 少し実感がなかった話も、まふゆの口から聞くと現実味を帯びてくる。

 

 奏に『雪の母です』と接触してきて、来るのがまふゆのお母さんじゃなかったらそれはそれで問題だが……悪戯の連絡の可能性も捨てきれなかったのも本音だ。

 こうして現実を見ると、何とも言い難い気分になってしまった。

 

 

「絵名?」

 

「あ、ごめん。ちょっと考え事をしてた」

 

 

 呼び出しておいて、と言いたげなまふゆに、私は慌てて頭を下げる。

 

 

「……今日、呼び出したのは昨日のことで心配だったから?」

 

「え、昨日のこと?」

 

 

 まさか、セカイでこっそりカイトとの言い合いを見ていたのがバレていたのだろうか。

 下げていた頭を上げると、不思議そうに首を傾げるまふゆがいた。

 

 

「その年で出かけた時の記憶が無くなるのはどうかと思う。ちゃんと先生に相談した方がいいよ」

 

「いや、物忘れじゃないからね!?」

 

 

 私が別方向で心配していたら、あらぬ疑いがかけられていたのだが。

 そっち方向の疑いは奴から狙われている身からすると、全く笑えない。

 

 何とか疑惑を払拭させてから、私は改めて本題に入る。

 

 

「まふゆの言う通り、休日って何かと家族で話す時間があるでしょ。あの後、困ったことはなかったのかなって気になっちゃって」

 

「困ったこと」

 

 

 カイトとの言い合いを知っているので、遠回しに聞かなくても何があったのかはわかっている。

 ただ、カイトという劇薬がどのような化学反応を起こしたのか。それだけが未知数で恐ろしいのだけど。

 

 そんな私の内心なんて知らずに、まふゆは呟くような声で尋ねてきた。

 

 

「……絵名は、どうやってお父さんと話したの? 話した時、怖くなかったの?」

 

「それは泊まった時にも聞いていた話って解釈でいい?」

 

 

 念のために確認すると、まふゆの首がゆっくりと縦に動いた。

 

 

「昨日、セカイで『本当に嫌なら噛みつけ』って言われた」

 

「うん」

 

「だから、色々と考えてたんだけど……やっぱりできないなって」

 

「そっか。それが『怖くなかったの?』っていう疑問に繋がるんだ?」

 

「……理由は、わからないけど」

 

 

 わからないと言っているまふゆの声や手は、見てわかるぐらい震えている。

 その反応はなんというか、どこかで見たような──走る車を前にした私みたいに見えるのだ。

 

 

(ってことは、トラウマ?)

 

 

 自分と重ねたことで、まふゆの反応に近い答えが導き出せた気がする。

 そのせいでまふゆの質問に答える難易度が跳ね上がり、私は小さく呻いた。

 

 

「あのさ。私にとってのお父さんは敵じゃないけど、まふゆのお母さんは味方とは限らないっていうのは、わかる?」

 

「……どういうこと?」

 

 

 少し、まふゆの声のトーンが低く聞こえた。

 

 思うことはあってもそれでもお母さんを信じようと『表面上』は尋ねてくるまふゆには申し訳ないが、これだけは言わなくてはいけない。

 

 

「お父さんは確かに『東雲絵名に絵の才能はない』と言ったかもしれないけどね。あの人はやりたいことを制限するどころか、応援してくれてたと思う」

 

「応援してたの?」

 

「口では言われたことないよ。でも、ずっと絵画教室のお金も払ってくれて、やりたいようにさせてくれてるから」

 

「あ……」

 

 

 そう、口では色々と言ってくるけれど、お父さんは私がやりたいと言ってやろうとしたことを制限したことなんて、1回もなかった。

 

 恐らく私が美術系の専門高校に行きたいと思って、受験していたとしても……お父さんは『才能はない』と言いながらも受験料を払ってくれただろう。

 

 受験料や習い事の費用だってタダじゃない。学生からしたらかなりの額だ。

 それでもポンと出してくれるのだから、そういう面でも私はあの人との会話に『勝算』があったのである。

 

 

「──でも、まふゆのお母さんは? まふゆがやりたいって言っても、聞いてくれなかったんでしょ?」

 

「うん」

 

「あんた、言ってたよね。私があげたぬいぐるみも捨てられて、シンセサイザーも捨てようとしたのを回収したって」

 

「……うん」

 

「口ではまふゆのためって言ってるけど、行動ではまふゆの大切なものをどんどん捨ててさ。それでもお母さんはまふゆの味方なの?」

 

「……っ!」

 

 

 まふゆは言い返しそうな勢いでこちらを見たのに、ゆっくりと口を閉ざして動かなくなった。

 

 何も言わず、俯いてしまったまふゆが何を考えているのかはわからない。

 だが、私のお父さんとまふゆのお母さんとでは、立ってくれている土俵が違うということを何となく理解してくれたと思う。

 

 

「……あんたのお母さんなのに酷いことを言ってごめん。まふゆには申し訳ないけど、私じゃこんなことしか言えないから。参考にはならなかったでしょ?」

 

「うん、そうだね……私にはもう、カイトの言う通りに噛みつくしか方法がないのかな」

 

「それしかないってことはないと思うけど……」

 

 

 誰に聞いたのか触れていないのに、知ってる前提で話を出されても困るのだが。

 そう思ったものの、今はそういう空気ではない。ぐっと堪えて質問を重ねる。

 

 

「噛みつくのが嫌なら、まふゆはどうしたいの?」

 

「え?」

 

「いや、え? じゃなくて。ありがたいことに、まふゆが皆と音楽を続けたいって思ってくれてるのは知ってるよ。ただ、その為にどうしたいのかっていうのを私は聞いてるの」

 

 

 嫌だと言っても聞いてくれない。

 カイトが言うような噛みつく行動はできないというのは、わかっている。

 

 

「このままお母さんの言うことを聞いていても、まふゆが望むことはできないと思う。改めて嫌だって言ってみても、今のままだとお母さんの考えはきっと、変わらないよ」

 

「そう言われても、どうしたらいいのかわからない……」

 

「お母さんに対して反抗したって良いし、逃げてもいい。向き合うのだってアリだとは思うけど……まふゆがどうしたいのか言ってくれないと、私達も見守るしかできないから」

 

 

 ここで『私はもうわからないから絵名に任せる』とか景気よく言ってくれたら、『よーし! 最近の奴のストレス発散も兼ねてめっちゃくっちゃにしーちゃおっ!』と開き直れるけれども、それはまふゆの望む展開ではないだろう。

 

 今の私に少しでもできることがあるとすれば、だ。

 

 

「──まふゆが反抗しても、逃げても、従っても。私はまふゆが考えて選んだ道なら尊重する」

 

「え、な?」

 

「でも、どんな形になったとしても。まふゆが向き合うつもりなら……いつか必ず、答えを出す日は来ちゃうから」

 

 

 嫌がっても、怖がっても、時間の流れは平等で、タイムリミットも存在する。

 私もまふゆも、期限からは逃げられないのだ。

 

 

「今はわからなくてもいいから、考えておいてね。私から言えることはそれだけ」

 

「……わかった」

 

 

 まふゆが小さく頷いたので、私も頷き返した。

 

 これから先、まふゆがどういうみちのどんな方法を選ぶのかはわからないものの、何を選んだとしても私のできる限りの応援(・・)をするつもりだ。

 そう思っているからこそ、まふゆが悩んで、考えて選び取れることを願いたいと思う。

 

 

「絵名」

 

「うん? 何?」

 

「絵名は、消えたりしない?」

 

「えっ?」

 

 

 突然、変なことを言ってくるまふゆの顔を見る。

 しかし、まふゆの顔はいつもの様に何を考えているのかわかりにくく、その真意が伝わってこなかった。

 

 

「脈絡もなくビックリしたんだけど……急にどうしたの?」

 

「わからない。けど、絵名を見ていたら遠くに行っちゃうような気がして」

 

「……そっか」

 

 

 唐突な話に聞こえたが、まふゆなりに理由があったようだ。

 まふゆは感受性というか、そういう感覚が敏感なところもある。私の細かいところを見て、何か引っかかったのかもしれない。

 

 

「……絵名、誤魔化そうとしてない?」

 

 

 きゅっと細められる青い目に、私は首を横に振る。

 そう思われても仕方がないことしかできてないが、首が絞まる感覚の中でもできる限り言葉は選んでいるつもりだ。

 

 ……これも、言い訳か。それでも。

 

 

「遠くに行く前に止めてくれたら、行かないかもね」

 

「そもそも行かないようにしてほしいんだけど」

 

「……高校生のうちは、まふゆ達が知ってるところしか行かないようにするって」

 

 

 そんなやりとりを数回してから、まふゆは「ちゃんと勉強もしなきゃ」と図書館に行くために公園を立ち去って行った。

 振り返りながらも公園を出ていく背中が見えなくなるまで手を振り、ベンチの傍まで歩く。

 

 

「……げほっ、ごほっ」

 

 

 砂の上に手では抑えきれなかった薄めの赤が散らばった。

 抑えていた手にもついたが、服は無事だ。ここが公園でよかった。隠せるし、心配されないし、掠れた声を聞かれることもない。

 

 

「……はは。随分と余裕がなくなってるじゃん、お互いにさ」

 

 

 声が枯れてしまっているせいで、呟いた言葉が弱々しく響いて聞こえる。

 

 どんどん強くなっていく力の証を見ていると、もうすぐ始まるのだという予感が不思議と私の胸を締め付けた。

 

 

 

 

 

 






喉が炎症しちゃうと本当に酷い熱が出るんですよね。
口内炎が喉にできた時の絶望感は体験したことがある人ならわかると思います……

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