イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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例の如く、後書きにオマケあります。


19枚目 病院通院原因連盟

 

 

 南雲さん──いや、南雲先生は正直、会ってきた人の中でもかなりブッ飛んだ人だと思う。

 

 進路希望調査に改めて『宮益坂女子学園』と書いた後の夏休み。

 

 何故かお母さんと交渉してパスポートを申請していたらしい南雲先生は、私を連れて海外へと弾丸旅行を決行したのである。

 

 絵を見て1度は行ってみたいと思った美術館がある国を、渡り鳥のように短期スパンで回るので、それはもう時差とか色々と酷いこと。

 私は中学生だが、中学英語すら話せない典型的な日本人だったので、南雲先生に付いて行くのすら大変だった。

 

 先生を真似て笑ってぐいぐいと知っている単語を伝えてみたけれど*1、中々話が通じなくて何度諦めようと思ったことか。

 

 諦めずについて行くだけの価値があったから頑張ったものの、なければ諦めてホテルの住人になっていただろう。

 

 そんな大変だった夏休みは生の作品を前に感動したり、現地の空気を体験している間に過ぎ去り。

 今年の夏が終わる頃には、絶対に英語を喋れるようになるぞという決意と、去年よりも濃い経験が私の中に残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そんな夏が過ぎて、一気に夏の暑さが無くなった頃。

 

 とうとう、私が内緒にしているつもりだった件がバレてしまった。

 

 

「絵名、病院の先生に眠れていないことを相談してきなさい」

 

 

 真面目な顔をしたお母さんから呼び出され、相談するまで帰ってくるなと家から追い出された。

 

 事故の件から度々通っている病院への通院の日に、お母さんからの指示が下る。

 どうやら、事故の日からずっと3〜4時間の睡眠で過ごしていたことがバレてしまったらしい。

 

 1年以上隠していたのだが、そこは母は強し。子供である私では隠し切ることができなかったようだ。

 事故の後遺症による不眠症か、睡眠障害なのではないかと疑われ、病院で相談しなさいと言われてしまった。

 

 

「ショートスリーパーは遺伝的なものなので、睡眠障害である可能性が高いのですが……睡眠日誌に記録してみて、様子を見てみましょうか」

 

 

 いつもの診察の後に相談すれば、先生から笑顔で面倒な日誌を押し付けられた。

 

 これを次の通院の日まで、毎日書けと?

 しかも、月1の通院から週1の通院に変えて?

 

 自分が漫画のキャラクターなら『しわしわ~』なんてオノマトペを付けられそうな程、面倒くさい感情を表に出し、私は帰路に着いていた。

 

 

(あー、もう最悪。絶対に何か言われるから黙っていたのに、お母さんにバレちゃうなんて)

 

 

 これで不眠症とか医者に診断されたら、絵を描く時間が無くなってしまう。

 その後の睡眠障害の治療なんて、想像しただけで面倒だ。

 

 ただでさえ記憶が原因で病院常連客になっているのに、睡眠障害まで追加されるなんて最悪の上塗りである。

 薬であれ寝る努力であれ、そんな暇があるなら絵を描きたいのに、いい迷惑だ。

 

 そんな風に心の中で文句を垂れ流していると、白い毛のような何かが目に入った。

 

 

「うぅ……重い。どうしよう」

 

 

 白い毛の化身っぽい何かが、呻き声を出しながら道の隅っこで丸まっている。

 いや……もしかして。あの物体は人なのだろうか?

 

 1度人だと認めてしまえば、丸まった毛玉の化身のように見えるソレが、鞄に乗り掛かって休憩する少女の姿だと認識できるようになった。

 

 

(倒れているわけじゃないよね? 顔色が悪いけど鞄を枕にしてるだけっぽいし、意識もあるみたいだし)

 

 

 道の真ん中で鞄を枕にして寝ているように見える、ジャージ姿の少女。

 厄介事にも見えてしまう特徴に、周囲の人も関わるのをちょっと遠慮しそうな相手だ。

 

 普段の私なら、絵を描く時間を無駄にしたくないし、見ないふりをしていたと思う。

 面倒そうなことには関わらない方が良いと、誰もが判断するだろうから間違い無いと、冷静な自分が告げてくる。

 

 ──そういうのは置いておいて、本音の『私』はどうしたい?

 

 今までよりもほんの少しだけ、自分に余裕があった私はたっぷり数秒間迷った後、面倒ごとに飛び込んだ。

 

 

「大丈夫ですか?」

 

 

 すると髪も白くて肌も白、服と露草色の瞳以外はほぼ白い女の子が、真っ青な顔をこちらに向けて力なく笑う。

 

 

「ちょっと荷物が重くて休んでただけなので、大丈夫ですよ」

 

「いや、顔色が『全然大丈夫じゃないです』って、代わりに訴えてきてるんですけど」

 

「あぁ、そんな顔になってるんですか……最初だから重たいかもって言われていたのに、無理するんじゃなかったな」

 

 

 後悔するように呟いて、今にも消えそうな雰囲気のまま、少女は肩を落としている。

 彼女の様子を窺ってみても、体調不良というわけでもなさそうだ。

 言葉通り、荷物が重すぎて体力を使い切ってしまったようである。

 

 関わってしまった以上、見捨てることはできなくて。

 近くまで移動して、ぜぇぜぇと肩で息をする彼女に声をかけた。

 

 

「荷物、持ちますよ」

 

「え?」

 

「だから荷物、一緒に持ちますって。え、じゃなくて『はい』か『イエス』か『お願いします』だと嬉しいです」

 

「それ全部肯定……」

 

「それで、どうでしょうか?」

 

「お、お願いします……」

 

 

 どうやらこちらの善意が伝わったらしく、遠い目をしながらも少女は同意してくれる。

 

 どう考えても1人で持つには重たい荷物を、私が帰宅途中だった病院まで持って行くらしい。

 ということは、少女の身内の誰かが入院することになったのだろうか。

 

 荷物を持って歩く度に、入院中の家族の気遣いや優しさがわかったような気になる。

 こんな温かい気持ちになるのなら、たまには誰かを助けるのも良いな、なんてことを思った。

 

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

 

 

 ──確かに、そう思ったけれども。

 

 

「あ、あの時の」

 

「何でまた荷物と格闘してるのよ」

 

 

 また通院した後の帰り道。

 

 前回の再現だと言わんばかりに見覚えのある姿に視線を向ければ、ポカンとした顔とご対面。

 

 いやいや、こちらの方がびっくりしたから。

 そう思った私も、相手に釣られて声を出してしまう。

 

 

「こんにちは、この前はありがとうございました」

 

「あぁ、はい。こんにちは……で、今回も?」

 

「家では持てたし、行けると思って」

 

「そっかぁ……自分の力はちゃんと把握しよう?」

 

 

 思わず外向けの口調もお互いにやめてしまって、そんな会話をする。

 前回も力尽きていたというのに、今回も同じようなことを繰り返してダウンしているのだ。

 私の外向けの顔が行方不明になっても、許して欲しい。

 

 

「前回よりも少なくしたから持てると思ったのに……もっと減らさなきゃダメかな」

 

 

 ふぅ、と息を吐いて、少女は鞄を持ち上げる。

 何とか持てているが、棒のような足は震えていて頼りない。

 白色も相まって何だかモヤシを彷彿とさせる姿だ。このまま歩かせるのは心配だった。

 

 

「鞄、持つから」

 

「えっ。いや、前も手伝ってもらったのに」

 

「ミイラ取りがミイラになりそうで、こっちが心配になるの」

 

「ミイラって……わたしまで入院する程、弱くはないよ」

 

 

 自身の言葉の証明をしようと、健気にも数歩歩こうとした少女はすぐにふらつき、倒れそうになる。

 それを何とか受け止めて体勢を整えさせるものの、やはり歩調は覚束ない。

 

 みるみるうちに大丈夫だと宣う少女の信用が大暴落して、私は少女を口で言いくるめて鞄を奪い取った。

 

 

「また病院でしょ? ほら、さっさと行くわよ」

 

「うぅ、ごめんね。手伝ってもらっちゃって」

 

「別に。謝罪の言葉なんていらないから」

 

「……そっか。なら、感謝だけでも伝えさせて」

 

「ダメとは言ってないし。好きにすれば?」

 

「うん……ありがとう」

 

 

 まるでハリネズミみたいな雰囲気なのに、言動は天然そのもの。

 どこかやりにくさを感じつつ、私はまた病院への道を戻り、白髪の少女の荷物を運ぶ。

 

 

「で、用事のある部屋はどこ?」

 

「そこまで運んでくれなくてもいいよ。すぐに着くし、後はどうにでもなるから」

 

「本当に、信じていいのね?」

 

「うん。これ以上、迷惑かけるのも悪いし」

 

 

 今もかなり踏み込んでいる状態なのに、これ以上彼女の領域に土足で踏み込むような真似は良くないだろう。

 

 せめて、何かできないものか。

 そう思った私は心配な心をグッと抑え込み、ふらつく彼女が上手く歩けるように荷物を固定させた。

 

 

「これで多少はちゃんと歩けるでしょ。じゃ、気をつけなさいよ」

 

「うん……2回もありがとう」

 

「何回も会えるわけじゃないんだから、次回はもう少し考えて荷物を持って来なさいよね」

 

「わかった、そうする」

 

 

 返事だけは素直にした少女はぬっくりと目的地へと歩み出す。

 心配だけども、彼女が1人で行くと言った以上、私にできることはあまりない。

 

 後ろ髪を引かれつつも帰ろうとしたら、見知った顔──というか、担当医がこちらに向かって歩いてきていた。

 

 

「こんにちは、さっき帰ったと思ったのにもう戻ってきたのかい?」

 

「こんにちは。えぇ、まぁ。心配だったので」

 

「あぁ……あの子と知り合いなんだ? じゃあ、心配だよね。僕も君という前例があるから、あの子とも関わることがあるけど。あの様子じゃ、父親どころかあの子自身も倒れてしまいそうだし」

 

 

 担当医は勝手に解釈し、勝手に勘違いして、世間話のように話し始めた。

 

 担当医が『私という前例が原因』で関わることになった患者さんは、どうやら白髪の少女の父親である……と。

 

 私の主な通院理由は記憶喪失から。

 

 あの白髪の少女のお父さんも記憶に何らかの障害が起きつつ、入院するような状態になっている……ということだろうか。

 

 そんな予想を勝手にしたところで、現状は何も変わらないのだけど。

 ただ、誰でも彼でも勝手に話して広めてしまう、この目の前の医者だけはいただけない。

 

 

「先生、相変わらずよく喋りますね。また看護師さんに怒られますよ」

 

「うぇっ、藪蛇だった。それじゃ、君も気をつけて帰りなよ」

 

 

 口の軽すぎる担当医に軽く釘を刺して、逃げるように歩く相手の背中を見送った。

 

 あの様子だと、私のことも何人かに話してそうだ。

 

 1年以上の付き合いのあるのに、いまだにスピーカーのようなことをしている間抜けな担当医に、私はため息を溢す。

 

 

「帰ろ」

 

 

 担当医の話を聞いたせいで余計に気になってしまう少女の白髪を頭の中から追い出して、私も病院を後にする。

 

 どうせ、もう2度と会うことはないだろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そう思っていたのに、数週間後にはあの少女と再会して、割といいペースで見かけるものだから、見かけたら荷物を持つ程度の関係になっていた。

 

 相手も私も名前を知らないから、友人とも知り合いとも言い難いこの関係に名前をつけるとしたら──『通院仲間』が正しいのかもしれない。

 

*1
出川イングリッシュならぬ、えななんイングリッシュです。頑張って言動で伝えてました。






ようやく出てきました、宵崎(よいさき)(かなで)さん。
この時期に奏さんのお父様が倒れたのかは不明ですが、この作品では10月の下旬頃ぐらいの時期にお父様が倒れて、バタバタして整理ついてから奏さんが曲製造機になっちゃう……という設定です。

記憶喪失えななん、寝てないの大丈夫? って心配は『スケッチブックの願望成就の副産物でショートスリーパーになってる』ので大丈夫と回答しておきます。
まぁ、そんな体質でなくても公式様の絵名さんからして、徹夜しがちな昼夜逆転タイプなんですけど。

次回は相棒くんの登場です。




☆★☆




《???》





 ──わたしのせいでお父さんが倒れてしまった。

 ずっと眠っていて、ようやく目が覚めたと思ったら……わたしのことを知らない誰かだと思って、昔の話をしてくれた。

 ショックで前が見えなくなっちゃうぐらいだったけど、おばあちゃんの調子も悪いし、今、ちゃんと動けるのはわたしだけだ。
 お父さんの入院の手続きも、担当医の人やおばあちゃんが動ける時に手伝ってもらいながら、殆ど1人でやるしかなかった。




 ──奏の音楽を作り続けるんだよ。



 帰ってももう、家には誰もいない。
 無力感で暴れて散らかしても、誰も片付けてくれないし、手伝ってもくれないから。

 これからは何でも1人でやって、誰かを救うような曲を作り続けなければならない。わたしが、しっかりしなきゃいけないのだ。

 学校に行く時間も惜しいし、寝る時間や食べる時間さえも勿体無い。
 雨が降ろうが、槍が降ろうが、調子が悪くても、風邪を引いても、ずっと、ずっと……曲を作らなければいけないのだから。


 だから、こんな。
 こんな、荷物程度に邪魔されるわけにはいかないのに……重くて、待てなかった。

 家に出て、背負ってきた荷物達。

 目の前を横切った子供を避けようとして、ギリギリで保っていたバランスが崩壊した。
 地面に叩きつけられた荷物は、持ち上げようにもうんともすんとも言わず、わたしができるのは鞄を枕にすることだけ。

 ……本当に、どうしよう。
 こんなの想定してなかったんだけど、どうやって病院まで行こうか。

 自分の髪の毛すら重たく感じるぐらい長い間、鞄を持ち上げようと奮闘していると、頭の上から声をかけられた。


「大丈夫ですか?」


 茶髪の少女がそっと手を伸ばしてくる。
 そのままわたしを起こした彼女は、こちらの遠慮なんて知らないと言わんばかりに、荷物を奪ってそのまま病院まで運んでしまった。


 その後、病院まで荷物を持って行ってくれた茶色の髪の女の子とあっさりと別れた。
 もう2度と会わないと言わんばかりに彼女は颯爽と立ち去ったのに、偶然再会してしまった2回目も助けてもらって。

 2度目があれば3度あり。
 そこからはもう、何かを仕組まれているかのように、度々顔を見合わせることになった。


「今日も困ってるの? もう……仕方ないわね」


 少女の口が素っ気ない言葉を紡ぐのに、眼差しはミルクチョコレートのように甘く、優しい。
 文句も名前も全く言わず、彼女はこちらを心配しながら荷物を持ってくれた。

 ただ、彼女自身も踏み込むラインを決めてくれているらしく、それがとてもありがたくて。

 ──ぬるま湯のようなその関係は、わたしが行動するまでの数ヶ月の間、形を変えずにゆるゆると続けられた。

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