イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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宣言通り、まふゆさん視点です。




191枚目 【朝比奈さんは考える】

 

 

 

 

 

 

 扉を開くと、じっとりとした空気が纏わりついた気がした。

 

 汚れのない玄関に靴箱に几帳面に並べられた靴。嫌なぐらい心臓の音が聞こえてくる中、私は家の中へと進む。

 慎重に扉を開くとまだお母さんは帰っていないらしく、静かで電気も付いていないリビングが迎えてくれる。

 

 ……ホッと息を吐き出した私の頭の中に、にじり寄ってくる不安。

 

 

(本当に、誰もいないのかな?)

 

 

 少し怖くなって玄関まで戻り、靴を確認した。

 

 

(……出かける時に履いてた靴もない。だから、大丈夫)

 

 

 痛くなるぐらい煩い心臓を抑えて、そろりそろりと自分の部屋へ。

 扉に手を伸ばし、ゆっくりと中を覗き込む。

 

 

(誰も、いない。いないんだ……よかった)

 

 

 扉を閉めてもう1度確認して……誰もいないと思った瞬間、どっと力が抜けた。

 体が扉を伝う水滴の様にズルズルと伝い、床に座る。

 

 時計の針の音しか聞こえてこない空間が、どうしてかわからないけれど落ち着くように感じた。

 

 

(っ! ……って、連絡? 瑞希から?)

 

 

 突然、鳴り響いた通知音にビックリしながらスマホを見ると、瑞希から連絡が来ていた。

 

 

『返信不要!! 今からセカイで会えない? 既読が付いてから30分経ったら諦めるから、来れそうならよろしくねっ』

 

 

 絵名といい瑞希といい、随分とこちらを気に掛けてくれているらしい。

 ほんの少し胸が温かくなるのを感じながら、私は返信の代わりにスマホの曲を再生した。

 

 

「やっほ~、まふゆ! 送ってすぐに来てくれたからすっごい嬉しいよ!」

 

「返信不要って来たから、早く行った方が良いのかなって思って」

 

「あー……ごめん、気を遣った結果、変に気を遣わせちゃったんだね」

 

 

 瑞希は申し訳なさそうに頭を下げるが、気を遣った結果があの不思議なメッセージというのがいまいちよくわからない。

 首を傾げて瑞希を眺めていると、申し訳なさそうな顔から苦笑いに変えて瑞希が話してくれた。

 

 

「この前、お母さんに見つかったって言ってたでしょ。ナイトコードで連絡してたらバレるかなって思って、あんまりやり取りしなくても良いように気を付けてたんだよ」

 

 

 一方通行で1つだけメッセージを送れば、消したらわかりやすい証拠は残らないでしょ。

 ウィンクをしながら瑞希がスマホを操作すると、ナイトコード上からはメッセージは消える。

 

 

「でも、通知には残るんじゃない?」

 

「あっ、そう言われたらそうじゃん!? いいアイデアだと思ったのに、通知を見逃してたなぁ……」

 

 

 がっくりと肩を落とす瑞希はとても残念そうだ。

 

 

「それで、どうして呼び出したの?」

 

「あぁ、そうそう。昨日、気分転換にセカイに来たら、なんとビックリ! カイトがいたんだよね〜。それでちょっと気になったから、呼んじゃおーって思って」

 

 

 えへへ、と照れ笑いする瑞希。

 朝の絵名といい、私の周りの人は思った以上にこちらを心配してくれているらしい。

 

 

「ありがとう、瑞希」

 

「お礼を言われるようなことじゃないよ。それより、本当に大丈夫?」

 

「それ、絵名にも言われた」

 

「絵名に? 昨日の今日で?」

 

「朝から会ってたから」

 

「朝からって、絵名ってば相変わらずだなぁ」

 

 

 瑞希も似たようなものだと思うけれど、ニヤニヤしてしばらく戻って来なくなりそうだから伝えない。

 お母さんがいつ帰ってくるのかわからないのだ。あまり時間を使い過ぎるのも良くないだろう。

 

 

「……っ」

 

「まふゆ? 胸を抑えてどうしたの?」

 

「お母さんが帰ってくると思うと、胸が苦しくなって」

 

「……そっか」

 

 

 こういう時の2人の反応は違う。

 絵名はこちらをじっと見つつもムッとした顔をしているのに、瑞希は眉を下げて悲しそうにする。

 

 最初の反応は違うものの2人共立ち直りは早くて、今回も例に漏れず二ッと笑みを浮かべる瑞希がいた。

 

 

「この前、まふゆが参加できないって言ってたでしょ。だからボク、色々と考えて1つだけ良いことを考えたんだよね」

 

「良いこと?」

 

「奏達には後で相談する予定だけど、ボクらの作業する時間を夜中からお昼に変更できないかなって思ってさ」

 

「瑞希の提案は嬉しい。でも、活動する時間帯を変えたとしても、ナイトコードに履歴は残るよ」

 

 

 自慢げな顔の瑞希のアイデアの穴を指摘したはずなのに、ピンク色の目はまだ自信ありげに輝いている。

 瑞希は悪戯っぽい笑みを浮かべたまま、胸を張った。

 

 

「ふふん、そこは絵名と一緒に作業をすれば全部解決でしょ! いやぁ、2人が同じ学校で良かったよね!」

 

「絵名が嫌がったら終わりだけど」

 

「逆に絵名が断るところを想像できる?」

 

「それは……できないね」

 

 

 申し訳ないけど、とんでもない無理難題やすごく嫌なこと以外で、絵名が提案を断る姿を想像するのは難しかった。

 

 

「今日の作業の時間に2人には提案してみるから、まふゆは続報を期待しててよ!」

 

 

 グッと親指を立てた瑞希は連絡をする為にスマホを操作する。

 今にも踊りだしそうな上機嫌だったというのに、突然、小さく「あっ」と呟いて固まった。

 

 不自然なぐらい目を瞬かせてみている先には何があるのか。

 わからないものの、何かあったのだろうということだけは予想できる。

 

 

「どうしたの?」

 

「えっと……今日の作業、2人共来れないって」

 

 

 出鼻を挫かれて渋い顔をする瑞希を横目に、私も自分のスマホから確認する。

 ナイトコードには瑞希の言う通り、今日送られたらしいメッセージが並んでいた。

 

 

『ごめん、風邪引いたみたいだから今日の作業は休ませて。明日は病院行ってから考える』

 

『わたしも明日は朝からお見舞いに行くから、ナイトコードでの作業は休ませてもらうね。デモの方は進めておくから、また明日に送れると思う』

 

 

 絵名と奏。それぞれから送られた文章を読んで、もう1度読み返す。

 奏の連絡は特に何も思わなかったが、絵名とは朝から会っていたせいか、気が付いたら目を細めていた。

 

 

「まふゆ、どうしたの?」

 

「……絵名が風邪引いたって言うから、少し考えてた」

 

「そういえば朝に会ったって言ってたね。もしかして~、仮病を疑ってるとかー?」

 

「それはない」

 

 

 悪い顔をして笑う瑞希に即答したけど、頭の中で仮病の可能性も検討してみた。

 

 絵名は授業の時や体育祭の時とかもサボろうかと思っていることはあっても、絵とニーゴの活動に対しては真摯だ。

 作業の方も仮病で休むとは思えない。風邪ではない可能性はあるが、何かあったのは確実だろう。

 

 

「……絵名、朝に話していた時は喉に手を当ててる頻度が多かったから」

 

「喉を?」

 

 

 思い出したことに私は『朝から風邪の兆候があったんだな』と思っただけだった。

 でも、瑞希は私が知らないことを知っているらしく、手を口元に持ってきて考え込んでいた。

 

 

「もしかして、何か知ってるの?」

 

「何か知ってるというか、何かあるみたいというか」

 

「瑞希が知っていることを教えて欲しい」

 

 

 絵名には聞かないと言ったものの、それは『言えない』と言った絵名に限った話だ。

 本人(絵名)じゃなくて他人(瑞希)に聞き込むのはセーフ。絵名ならそう判断するだろうし、私が真似しても問題ない。

 

 

「ボクもよくわかってないけど、それでもいい?」

 

「うん、教えて」

 

「えっと、ボクもミクやリンに聞いたんだけど──」

 

 

 瑞希から聞き出した話はどこかの映画か小説の設定かと疑うぐらい荒唐無稽な話だった。

 

 どんな刃物でも傷付けることすらできず、燃やそうにも火の方が避けてしまって処分ができないスケッチブック。

 それによって絵名がかなり困っているようなのだが、困っていることに関して喋れないようにもされているらしい。

 

 瑞希曰く『喋れなくなる呪い』と呼ばれているソレと、現在行方不明な現物のせいで俄には信じ難い話に仕上がっている。

 だが、真顔で話す瑞希からは嘘の気配はない。恐らくこれは瑞希達にとって本当の話なのだろう。

 

 

「もしかして、話せないって言っていたのはその呪いとやらのせい?」

 

「ボクはそう思ってるよ。まふゆと話してた時に喉を抑えているのもそれが理由だったんじゃないかって思ってさ」

 

 

 聞きたいと思って聞いてみたものの、あまりにもわからないことが多過ぎる。

 

 

(わからないけど……わかったこともあった)

 

 

 絵名は自分も大変なのに、自分のことは棚上げして私のことを気にしてくれていたってことは、充分理解した。

 ……だからこそ、絵名に言われたことをちゃんと考えなきゃ。

 

 

「瑞希、ありがとう」

 

「感謝されるようなことじゃないって。ボクもよくわかってないせいで、要領を得ない話だったしね」

 

「表面は把握できたから平気」

 

 

 首を振ってみたものの、瑞希が申し訳なさそうに眉を下げるのは変わらなかった。

 

 このまま絵名の話を続けていても瑞希が気にするだけだろう。

 なら、私は私が気になることを片付けようと思う。

 

 

「……瑞希、1つ聞きたいことがあるんだけど」

 

「聞きたいことって?」

 

「瑞希はどうやって自分の伝えたいことを伝えられるようになったの?」

 

「へ?」

 

 

 間抜けな声を出して、フレーメン反応した時の猫みたいな顔をする瑞希。

 数秒ぐらいその顔で固まっていた瑞希はぎこちない動作で目を逸らした。

 

 

「あれは絵名のおかげというか。ボクだけだったら逃げてたというか……どうやってって聞かれたら、絵名の強行突破のおかげかなぁ」

 

「強行突破のおかげ」

 

「うん、おかげです」

 

 

 やっぱり強行突破か。絵名の猪突猛進的行動が全てを解決するのか。

 

 

(絵名は尊重するって言ってたけど、本当は噛み付くのに賛成なんじゃ……)

 

 

 瑞希の証言のせいで、余計にそう思う。

 だが、尊重すると言ってくれたのも事実だ。

 

 

(噛み付くのはまだできる気がしないけど……強行突破、か)

 

 

 色々と話を聞いていたら、やっぱりお母さんにもわかってもらうには正面から話すしかない気がしてきた。

 そうは思うものの、馬鹿正直に言うなとも絵名に言われそうなので、作戦は必要だろう。

 

 

「……ちょっと考えたいことができたから、戻るね」

 

「あ、うん。ボクもまた進捗があったら連絡するよ」

 

 

 そろそろお母さんが帰ってきてもおかしくない時間なので、瑞希に声をかけてからセカイから戻る。

 セカイに戻った後でも、やっぱり考えるのはお母さんとニーゴの皆のことで。

 

 

「強行突破……」

 

 

 私も、絵名みたいになれるだろうか。

 

 選べるだろうか……私に。

 

 

 

 







まふゆさんもふんわりと知りますが、今は自分のことで精一杯のようです。


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