最近、ちょっとマイセカイに逃避気味です。
楽しいですよね。己にセンスがあるかどうかは無視しても。
「お大事に~」
看護師さんの声を背に、私は重たい体を引き摺るように病院の廊下を歩いた。
(さいっあく……喉も頭も痛いし、しんどいし。めんどい上に怠いんだけど)
昨日、ネットで調べてできる限りのケアをしたつもりだったが、頑張った結果が発熱である。
喉は痛いし、3日は様子を見て作業はボイチャはできそうにないし、良いことがほぼ無い。
最悪ではあるものの、病院に来れたのは好都合だ。
(最近は病院に行く頻度も減らしてたから、さりげなく探るのも難しかったんだよね)
少し前から奏が眠れていないようで、その原因がお父さんの様子が変わった事にあるのは調べられた。
ただ、あの口の軽い医者が中々ボロを出さないせいで、情報収集は芳しくなかったのである。
(スピーカーって看護師さんから呼ばれている人が黙っているのも、余計に嫌な予感がする)
相変わらず奏から私の情報は筒抜けなのに、奏の方は誤魔化される理由なんてあまり考えたくない。
悪い想像を頭を振って追い払い、頭痛に反撃されて頭を抱えた。
風邪を引いている中、頭を振るなんて間抜けである。熱のせいで頭が働いていないのかもしれない。
これに懲りて真っすぐ帰れば楽になれるのに、馬鹿な私はそれでも廊下を進む。
そろそろ奏のお父さんの病室だ。今日は少しでも情報をゲットできれば体に鞭を打って歩く甲斐があるのだが……
『──ですか?』
病室の前をさりげなく通り過ぎようとした直前に、聞き馴染みのある声を耳が拾う。
私は咄嗟に身を隠し、声のする扉に耳を澄ませた。
『本当に、1週間も目を覚ましていないんですか?』
『ええ。今までは宵崎さんが来ていない間に目を覚ましていたのですが、この1週間は全く』
『そんな……』
聞いたことのある声、というか奏の声と医者らしい男の人の声が聞こえてきた。
淡々とした男性の声が聞こえてくるせいか、奏の声が震えているのがよくわかる。
お父さんの調子が良くなさそうなのは感じていたが、私が思った以上に事態は悪いらしい。
周囲に人がいないことを確認してから、私は盗み聞きに戻る。
『父はまた、目を覚ましますよね?』
『目を覚ます度に思い出せる記憶の範囲が狭くなっていますし、断言はできません。覚悟はしておいた方がいいでしょうね』
『っ……そう、ですか』
病室から微かに聞こえてくる声は顔を見なくてもわかるぐらい暗い。
……聞いているこちらも胸が痛くなってくるし、これ以上話を聞かない方が良さそうだ。
バレるリスクも考えて、私はその場を離れることにする。
が、私も自覚が薄くなっていたが弱っている身だ。
踊り場付近で疲れ果ててしまったので、考え事をするついでに休憩しよう。そうしよう。
あんなヘビーな話、熱のある頭で処理できるような内容ではなかったのだ。
(……何か甘いもの、スポドリでいっか)
自販機らしい可愛くないお値段に手が固まりながらも、体は欲望に素直で理性が折れた。
気が付いたら冷たいものが手の中にあって、私は背凭れのない椅子に座りながらそれを飲む。
(うん、スポドリだ)
頭が大分茹で上がっているのか、単純な答えしか出てこない。
こんなことならお母さんの同行を断らなかったら良かったかもしれない。いや、それだと病室を通ることができなかったか。
(このペットボトルごと、何もかもぜーんぶ放り投げたいなぁ)
熱のせいか、到底できそうにないことが頭の中を占領する。
フワフワとした感覚に身を任せて全部投げ捨ててしまえば、楽になれるなんて。絶対に後悔するからできるはずもないのに、頭の中での思考は自由だ。
まふゆと家族や将来の問題も、奏のお父さんが目覚めないのも、スケッチブックのことも……全部、捨てちゃえたらいいのに、と。
(ま、無理なんだけどね!)
問題山積み。解決の目処なし。バンザイ、お手上げサムライだ。
(ん? サムライはどこからきたの?)
急に冷静さが戻ってきたのか、脳内のおかしな思考にツッコミを1つ。
ちょっと語呂が良かったから侍が混入したのかもしれない。どうでもいいことなので、これ以上は考えないようにした。
「どうしたものかなぁ」
上を見ても白い天井があるだけで、解決策が天から降りて来るはずもなく。
天井から再び前へと視線を戻すと、こちらをじっと見ていた青い目と目が合った。
「あっ、奏」
「うん、おはよう。今日は病院の日だっけ?」
自然と隣に座ろうとしてくる奏に私も当然のように距離を取ると、不思議そうに首を傾げられた。
「何かしちゃった?」
「ソーシャルディスタンスだから」
「ソーシャルディスタンス?」
「風邪をうつしたくないし、距離を取って座りたいなって」
「あぁ。そういえば昨日、連絡が来てたね」
奏も納得してくれたようで、距離を詰められることはなくなった。
そしてこういう時の為に持ってきて良かった、使い捨てマスク。
距離も取れているし、マスクも装備したら私のできる範囲の対応は完了だ。
仕事を終えた達成感に浸ってる私に対して、奏はおずおずと声をかけてきた。
「絵名の顔、赤いね」
「やっぱり?」
「早く家に帰って休んだ方が良さそうだし、送っていこうか?」
「平気よ、こんなの。私よりも奏の方が気を付けて帰れるか心配かな」
「どうして?」
「奏の顔は真っ青だよ。気付いてないみたいだけど」
「……そっか。なら、少し休もうかな」
真っ赤な私の隣に座っていたら、真っ青な奏の顔はよく目立つだろう。
残念ながら近くに鏡もない状態ではそれを確認することもできず、ただただ沈黙の空気に身を任せた。
暫くの間、遠くから聞こえてくる忙しない足音を聞いていると、奏が口を開く。
「ここにいるってことは、聞いたんだよね」
「それ、確定なの?」
「ここ、耳鼻咽喉科がある場所とは反対だよ」
「そういえばそうね」
「それに……絵名なら様子を見に来るかなって」
断言する奏に、私は何も言い返せなかった。
今までの自分の行動が行動なだけに、奏の言う通りのことをしている私では返す言葉も見つからない。
「お父さんのこと、気にしなくていいよ」
「……どういう意味?」
「すぐに解決できないことを気にしても、疲れちゃうから。今はまふゆのことを優先した方がいいよ」
「は? いや、奏はそれでいいの?」
「じゃあ、絵名ならお父さんを救える方法が思いつくとか?」
「はぁ!? いや──」
そういう問題じゃないでしょ!? そう言ってやるつもりで隣を見たはずなのに。
「──わたしが曲を作っても、救いたい人は誰も救えていないのに?」
ゾッとするぐらい暗い目に私は言葉を失った。
今の奏に前向きに分類されるであろう言葉も同調も無意味だと、そう思うぐらい暗い瞳。
どうすればいいのかその場で答えが出せない私に対し、奏は薄らと笑みを浮かべた。
「ごめん、こんなことを言ってもしょうがないのにね。今はまふゆの方を優先したいって思ってるだけだから、絵名もまふゆのことに集中しよう」
「……奏は、本当にそれでいいの?」
「今はちょっと、お父さんは疲れて寝ているだけだから。だからきっと、また目を覚ましてくれるよ……きっとね」
奏は祈るように……或いは自分に言い聞かせているようにも見える速さで、口を動かす。
暗闇のような目にはいつの間にか光が戻り、真っ青だった顔も幾分かマシになっていた。
「長話をしてたら絵名も辛いよね。わたしはもう帰るから、絵名も気をつけて帰ってね」
「あ、うん……奏も気をつけて」
「ありがとう。じゃあ、またナイトコードで」
ぼーっとする頭で立ち去る奏を見送ってから、私はまたペットボトルの中身を飲んだ。
すっきりとした甘みを口の中で転がし、息を吐き出す。
「はぁ……難しいな」
まふゆに対しては助けてほしいと言ってほしいと思うけれど、奏にはそれを言えない。
私達でも奏でさえも、この件に対してできることが無さ過ぎる。助けてと手を伸ばされても、掴める手がこちら側にもないのだ。
況してやスケッチブックの件で助けを求められない私が、奏の八方塞がりの現状に『助けを求めて』だなんて……言えるわけがなかった。
(それこそ、奇跡が起きなきゃ……いや、ちょっと待って。奇跡、奇跡か)
相手の考えというか、話が奇跡的な何かで受け入れる余地を作るとか。
精神的に参ってしまって目覚めなくなった人が、奇跡的なタイミングで目が覚めるとか。
(ちょっと腹立つってことや怖いって点を無視したら……結構可能性がある、かも?)
問題はどこまで私の理想通りに進むことができて、予想が当たっているか。その2点だ。
(もうちょっと考えたいかも。何か書くものは……って、ここは家でも部屋でもないんだった)
手にあるのはペットボトルと、内服薬のみ。
しかも考え事にエネルギーを使ってしまったせいか、頭がぼーっとしていて考え事どころではない。
(あ、目の前がグルグルしてきた。このままだと本当に倒れちゃいそう)
立つことすらままならず、このままだと問題以前に帰れなくなりそうだ。
内服薬には食後に云々と書いているが仕方がない。体がマシになるのを祈って薬をスポドリで流し込む。
(……プラシーボでも何でもいいから薬、早く効かないかな)
このままだと同伴を断ったお母さんを病院に呼び出さなくてはいけない可能性が出てくる。
高校生にもなったというのに、ただの風邪でお母さんに迷惑をかけるのは遠慮したい。
そんな私の切実な願いが届いたのか、ぼーっと天井を眺めている間に世界が回るような感覚が収まってきた。
立つのも辛かった症状も幾分か軽減している気がする。これならお母さんへ救難メッセージを送らなくてもどうにかなりそうだ。
(これなら家まで歩いて帰れるかな。今のうちに早く帰らなきゃ)
空にしたペットボトルを捨てて、私は奏もいなくなった病院を立ち去る。
色々と考えたいと思っていたものの、帰るのに必死でそれどころではなく。
家に帰った後は薬や思い込みの力も弱まってしまい、倒れるように眠ってしまった。
……この後、目が覚めたら夜になっていて、お母さん達に心配されたのはまた別の話ということで。
現在の奏さんはお父さんのことで精神的に弱ってる上に、今までのえななんカバーが優秀過ぎて、えななんや瑞希さんが「奏の曲に救われてる」と言っても「別にわたしの曲じゃなくても良かったんじゃないかな」と思っちゃってる凹み期に入っちゃってる地獄です。
次回の予定している範囲は『ボク達の生存逃走』になってます。
あれ、瑞希さんって逃げてましたっけ……?
Next──『ボク達の生存逃走』
【エラーが発生しました】
──ボク達の生存逃走……???
【──の評価が入ります】サザッ
──ボク達の生存……??
【現在、対象④は逃走していません。選択肢《逃走》が消えます】サザッ
──ボク達の…………?
【対象③の今までの行動から対象②の選択肢に《立ち向かう》が発生しました。現在発生している選択からルートを再生成します】
【定められたイベントストーリーからオリジナルルートへ移行します】
Next──『朝日へ羽ばたく蝋の羽』
【これは今まで君がやってきた成果だよ。甘んじて受け入れてね】