ハッピーバースデー、彰人君。
お誕生日、おめでとうございます。
(今回の話は偶然ですけど、めでたいですね)
短時間睡眠の件を『要観察』で切り抜け、病院の診察という意味ではまだ首の皮が1枚繋がった状態である私。
しかし、それが病院の診察以外のことになると話は別だ。
宮女に受験するということで、お母さんが好意でねじ込んできた冬期講習もあるし、クラスメイト以外からはあの炎上の件から現在、陰口が絶賛増量中。
その上、納得いく絵が描けないせいで、雪平先生の評価は冬の気温に負けないぐらい冷たいし、上手くいっていることの方が少ない。
そんな私が現実逃避のように逃げ込んだ先は──
「うん、今日の夕飯も上出来じゃない? 写真撮ろ〜っと」
近所の釣り好きさんから貰ったカサゴのアクアパッツァに、アボカドとチーズのサラダ。
ベーコンポテトのスープとガーリックトーストも付けた1食分をパシャリ。
自分の分以外は写っていないか、顔なども入っていないかを入念に確認して……投稿、と。
アカウントに確認済みの写真を載せると、すぐにハートが付くものだから、思わずニヤリと笑ってしまう。
お手伝いの一環で夕飯当番の日に作った拘りの料理や、今日の服装といった写真を上げているだけのアカウントでも、まぁまぁ良い反応が返ってくるのだ。
きっと自撮りとかをした方がもっと反応も多いのだろうが、私は意図せず炎上し、個人情報が勝手に大放出された身。
自分から火の中に突貫する危険を冒す程、馬鹿ではない。
ならSNS自体危ないだろうって話だけど、私の承認欲求は天井知らずだったらしくて。
絵のアカウントでの反応が薄いのに耐え切れなくなって、別アカウントで生活の一部をアップした所、見事にハマって抜け出せなくなっていた。
(こっちは順調に伸びてるのに、絵の方はあまり伸びないのよねー。もっと頑張らないと)
私生活のアカウントには『片手間で食べれることをコンセプトに作っていた料理のレシピ』や、見た目の良い手作りお菓子、高校生でも買えるプチプラメイクやコスメの紹介。
週に1回の夕飯当番の時だけ態々、1食分だけ盛り付けまで拘った『女子高生の夕飯』などと。
そういう私生活のことを上げていたら、いつの間にか私のアカウントである『えななん』*1のフォロワーは3桁を超えていた。
絵の方のえななん垢はタグをつけているものの、ひたすら絵だけを上げている状態なので、2桁のフォロワーが奇跡なぐらい。
ここで絵の描き方やらそういう情報を上げれば、フォロワーだけなら増える可能性はある。
ただ、それだと絵が認められたとは言わないので、今はまだその誘惑を断ち切って絵だけで勝負している。
そうやってアカウント運営のことについて頭を悩ませていると、誰もいなかったはずの家の扉が開き、声が聞こえてきた。
「ただいま、母さん……って、げぇっ。絵名かよ」
「今日の夕飯当番である私に向かってそんな反応するなんて……あーあ、気分が悪くなっちゃったな。彰人だけ人参のグラッセを別で作って、山盛りにしようかなー」
チラッと視線を向けて、態とらしく言葉を紡げば。
「……確かに、あの反応は悪かった」
「ふふん、よろしい」
顔を歪める彰人から謝罪をゲット。
写真のネタだけでなく、こんなイベントも起きるとは。今日はとても良い日である。
いつまでも満悦な気分に浸っているのも悪いので、早速、私は彰人が聞きたいであろう言葉を投げかけた。
「あぁ、それと。お母さんは近所の人と井戸端会議の真っ最中だから。帰るまで時間がかかると思うし、何か用事なら伝えとくわよ?」
「いや、いい。いないなら意味ねぇし」
そう言いつつも、彰人の意識は扉に向いている。
お母さんを気にして、ではないか。なら、誰かを待たせてるのかも。
待たせてる理由とお母さんが必要な理由。
それを合わせると、遅くまで帰ってこない許可を貰いたいのか。
もしくは、家に入れてご飯とかを食べさせたいって線が現実的だろう。
ただ、遅くまで帰らないのなら連絡すればいいだけの話。消去法で考えると、後者の可能性が高い。
「外に誰か待たせてるの? で、お母さんに用ってことは、その子に夕飯を食べさせたいとか?」
「……なんで何も言ってないのにわかるんだよ。気持ち悪りぃ」
「ちょっと彰人、言い方に気をつけなさいよね!」
鎌をかけただけで気持ち悪いは心外だ。
取り消すように訴えつつも、片手ではお母さんに連絡を入れる。
あっさりと『OK』と返ってきたスタンプ。
これはもう、私のおかずは魚から肉に変更決定だ。
「どうせその子、外で待たせてるんでしょ? お母さんに許可もらったし、呼んできなさいよ」
「は? いつの間にそんなことを……」
「呑気に話してる間にね。呼ぶなら追加で作らなきゃいけないし、早く決めなさいよね」
有無も言わさず彰人を外に追い出して、私は温かいキッチンに戻る。
もうコートがあっても寒いぐらいの冬なのに、いつまでも門前で待たせるわけにもいかないでしょ。
相手が友達でも、それぐらい気を遣いなさいよね。
なんて文句を心の中で呟いて、同時にそんな気を遣わなくてもいい友達が羨ましくも思う。
男の友達と女の友達の距離感の違いなのか。
そろそろ2年近く絵名をやっているのに、わからないことが多くて困るな。
冷蔵庫の中を思い出しながら悩んでいると、彰人が待たせていたであろう子が部屋の中に入ってきた。
彰人の後ろに並んで入り、私を見つけた少年はぺこりと頭を下げる。
「お邪魔してます、あなたが彰人のお姉さんですよね? 俺は
冷めたらまずい料理だけ温め直して、盛り付けてしている間に、彰人が友達を連れてきた。
あの彰人の友人だというので、どんなヤンチャボーイが来るのかと思いきや、かなり礼儀正しそうな男の子が飛び出てきた。
濃紺と
左目の目元の黒子があるのが、絵を描く時のチャームポイントになるのだろうか。
冬弥という名前も相まって、『クール』という言葉がピッタリな少年である。
「丁寧にありがとう。彰人からも聞いてるかもしれないけど、姉の東雲絵名です。いつも彰人がお世話になってます」
「……なんで絵名まで外向けの対応をしてんだよ」
「初対面の相手に変なことできないでしょー。彰人も青柳くんも、席に座って食べちゃっていいよ。あぁ、青柳くんは食べれないものがあったら残してね」
「いえ、大丈夫です。ありがたくいただきます」
「絵名、お前は食べないのか?」
「これでも私、忙しいからねー」
受験生的な意味ではそこまでだけど、今日の料理当番という意味では作らないと私の夕飯がなくなってしまう。
ここから凝った料理を作るのも面倒だし、残り物でいいか。
確かお母さんが使い切れなかった豚の細切れが残っていたはずだし、それと梅干しを和えて野菜室に残っていた長芋と炒めてしまおう。
「青柳くんってチーズケーキは好きかな? 食べれるならそれも食べてよ」
「いいんですか?」
「うん。そこの仏頂面の分だし、気にせず食べちゃって」
「誰が仏頂面だよ」
「あんたよ、鏡見てきたら?」
折角、私が作ったものを食べてるのに、いつまでも仏頂面な彰人が悪い。
青柳くんみたいに「美味しいです」の一言ぐらい言えないのか。
それとも友達の前だからいつもみたいに最後に「美味かった」も言えなくなってしまったのか。
遠慮がなくなっているのは良いことだけど、どんどん可愛げがなくなっている我が弟に父親の面影を感じつつ。
SNS映えしそうなホールのチーズケーキ(撮影済み)を切り分けて、お気に入りの紅茶の茶葉でお茶も淹れた。
砂糖はお好みで。ミルクはなしで綺麗な紅色を楽しんでもらおう。
「はい、チーズケーキと紅茶ね。砂糖は好きに入れていいから」
「……で、お前はまた写真か?」
「何よ、悪い?」
「ご飯中にスマホ持つなよ」
「有名なお店のチーズケーキを態々並んで買ってきたのよ? 切った後の姿も撮って載せなきゃ失礼でしょ」
噛みついてくる弟を適当にあしらって、チーズケーキをスマホの画面に収める。
そのまま視線を上に上げると、控えめな笑みを浮かべる青柳くんが目に入った。
「彰人、お姉さんと仲がいいんだな」
「はぁ!? 今のを見て何でそうなるんだよ」
「ご飯を作ってくれて、ケーキまで用意してくれたんだろう? いいお姉さんだと思うが」
「ケーキはどうせSNSにアップしたいだけだろ。まぁ……感謝はするけどよ」
素直じゃない彰人の態度は本当に可愛げのかの字もない。
青柳くんの爪の垢でも煎じて飲ませれば、少しは素直になるのだろうか。
──いや、それはナシだな。
検討しかけたものの、そんな彰人の姿を想像したくなくて、私の脳が却下の烙印を押した。
「彰人はそう思うかもしれないが、俺はそれでもお姉さんは優しい人だと思う」
カレンダーに視線を向けてから、青柳くんのグレーの目と目が合う。
……彰人も良い友達を持ったようだ。
「青柳くん」
「なんでしょうか」
記憶を無くしたって1年以上、一緒に家族をしていれば──馬鹿みたいに真面目で、ひたむきな所とかがよくわかるから。
音楽という道を走って、一緒の道を走れそうな人が見つかったという話も、ちらりと聞いたから。
「そいつのこと、よろしくね」
彰人は何でも器用にやってしまう方なのに、夢中になることだけは馬鹿正直に努力を重ねて、積み上げて、頑張るヤツなのだ。
弟の音楽のきっかけになった出来事すら、共有できなくなってしまった私では……何をしても彰人の顔を悲しみで歪ませることしか、できないから。
大事なことすら忘れてしまった私の分まで一緒の道を走って、苦しいことも楽しいことも沢山の思い出を作ってほしい。
そんな気持ちも込めて言えば、青柳くんも頷いてくれた。
「もちろんです」
「……お前に心配されるようなことはねぇよ」
「でしょうね。じゃ、後はごゆっくりー」
青柳くんには伝わったし、これ以上同じ空間にいても、彰人と言い合って青柳くんを放置してしまいそうだ。
後片付けはお母さんがしてくれると連絡も貰ったので、私は自分の晩御飯とチーズケーキをお盆に乗せて、さっさと部屋へと退散した。
──どうしても知りたいのであれば、お前自身が遠慮なく付き合える相手を見つけて、今のお前をよく知る人に見つけてもらうといい。
── たとえそれぞれが違う分野の人間であっても、同じ目標に進んでいくような……そんな『居場所』が君には必要なんだよ。
彰人と青柳くんを見ていたせいか、ふと、前にお父さんや南雲先生に言われた言葉を思い出した。
(彰人の場合は、同じ目標で同じ道を走る相棒枠を見つけたみたいだけど……私にも、見つかるかな)
中学の友達には申し訳なく感じて話すことすらできず、家族にも様子を窺ってしまう私に、大人が言うような仲間ができるのだろうか。
絵に夢中になり過ぎるきらいがあるから、南雲先生にSNSでも活動して視野を広げることを薦められたけど。
今の所、記憶も居場所を見つけることも目処が立ってない状態だ。
受験が終わって、高校に入学しても、そのままズルズルと卒業まで何もなければどうしようかと、不安もある。
(最悪、絵さえ上達すればいっか。目指せ、下駄なしで大きなコンクールの受賞! ……なんて、今のままじゃそれもまた夢か)
不安を空元気で抑え込み、箸で掴んだ長芋を口に運ぶ。
絵を描く時間が少なくなっているから、マイナス思考が酷いのだと言い聞かせて。
ご褒美に絵を描く時間を設定してから、私はご飯を食べるのに集中した。
《あったかもしれない絵名が部屋から離脱した後の話》
「彰人、誕生日おめでとう」
「……オレ、冬弥に誕生日を教えたか?」
「いや、聞いてないが。お姉さんが買ってきたそのチーズケーキ、彰人の誕生日の為に用意された物のようだ。それで理解した」
「はぁ!? あいつ、そんなこと一言も──」
「カレンダーにも彰人の誕生日だと印があったし、わかりやすかった。それに、彰人だけについている板チョコには、メッセージが書かれているんじゃないか?」
「は? うわ、ちゃんと『誕生日おめでとう』って書いてるじゃねぇか……黙って祝うんじゃねぇよ、絵名のやつ」
この後、冬弥君が何回か家に来たり、ゲーセンの戦利品を渡している間に記憶喪失えななんの呼び方が青柳くん→冬弥くんに変化します。
なので、次回出てきたらちゃんと公式様と同じく冬弥くんと呼んでることでしょう。