イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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【やぁ、色々と無駄な努力をしている可愛いひと】

【今回はサービスで来たんだ。今まで自分がやってきたことの答え合わせの時間、お試し体験版だよ】

【思う存分、今まで自分がしてきたことへの因果を体験して──矮小な己に絶望してね】














【──あれ、君達もあの子の可哀想な姿を観測するの? 良い趣味してるね。じゃあ、ちょっとだけ見せちゃおうかな。ちょっとだけだよ? ひひひ】








200枚目 紙に願いを

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──アラームの音で目を覚ます。

 

 

「ふぁ……ねむ」

 

 

 そうだった。今日は──学校に行ってから、夕方に瑞希と合流してまふゆの家に行くのを思い出した。

 

 

(まふゆが監視の目を掻い潜って形にして、奏が完成させた曲だもの。瑞希も張り切ってるし、私も顔繋ぎぐらいの役は果たさないと)

 

 

 そんなことを考えながら今日もまふゆのいない学校をやり過ごし、放課後になって学校を飛び出した。

 友達も先生も躱して、宮益坂で待ち合わせしていた瑞希と合流する。

 

 

「絵名、やっほ」

 

「私服ってことは、学校に行ってないの?」

 

「まぁね……奏がギリギリまで調整してたみたいで、学校に行く余裕がなかったんだよね」

 

「ふぅん、そっか。じゃあ、奏は寝ちゃってるのかな」

 

「満足するまで寝ずに作ったみたいだし……だからさ、今日は頑張ろうね」

 

「うん、まふゆのお母さんに届けよう」

 

 

 顔を合わせて頷き合った私達の覚悟は決まった。私が先頭に立ってまふゆの家(魔王の城)へと向かう。

 インターホンを押して、名前を名乗って。何とか口を使って家の中に入れて貰えた。

 

 

 

 ここまでは毎回、上手く進められるのだ。

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 東雲慎英の娘補正もあるおかげか、まふゆの家に入る難易度は低い。

 どうやら思ったよりもまふゆのお母さんに気に入られているようで、雑談するだけなら驚くぐらい穏やかな時間が過ぎていく。

 

 

「ふふふ。東雲さんがまふゆの友達でよかったわ」

 

 

 何も知らなければ『とても良い友達のお母さん』。

 ただし、知ってはいけないモノを──まふゆが作った曲を、出してしまったら?

 

 

「あぁ、あぁ!? あなた達もまふゆを誑かした元凶だったのね!?」

 

 

 穏やかな空気が一変し、曲を聴いて貰うどころか半狂乱になったまふゆのお母さんが叫ぶ。

 まるで何かに取り憑かれているかのような形相は、話し始めた頃から悪かった顔色を更に悪化させる。

 

 

「あの人も騙されて、宵崎って子に誑かされてしまったまふゆの味方をしてしまうし、まふゆを正しい道に戻せるのはもう私しかいないのよ! 今まで完璧な娘として歩んできたのに、急に惑わされちゃって……あぁ、なんて可哀想なまふゆ! ここまではあなた達の思惑通りだったのかもしれないわ。でも残念だったわね、まふゆはそちらには行かせない。行かせてしまうぐらいならいっそのこと……」

 

 

 叫んだ後にブツブツと目を限界まで見開きながら呟く姿はもう、正気だとは思えない。

 瑞希が何とか話を聞いて貰おうと声をかけているものの、この状態になってしまったら話は通じなかった。

 

 

(……って、何で私はそんなことを知ってるんだろう?)

 

 

 妙な既視感。それと、のめり込まないよう、いつも以上に1歩引いている自分がいるのを感じる。

 何かが変だ。まるで夢のような気分のせいで、修羅場の真っ只中なのに全く現実感がない。

 

 

「煩い煩い煩い! もう出て行ってちょうだいっ!」

 

 

 ガシャン、と投げつけられたコップが割れる音で我に返った。

 

 右の頬が燃えているように熱かった。肩で息をするまふゆのお母さんを前にしつつも、私は頬へと手を伸ばす。

 ぬるりとした感覚に顔を顰めて顔の前まで手を戻せば、指先が真っ赤に汚れていた。

 

 

「血……?」

 

 

 あの熱さはガラスの破片が私の頬を切ったのが理由だったようだ。

 自覚すると痛みも感じるのに、やっぱり現実感がない。そのせいで自分の顔が傷付いていても尚、他人事のように手を見つめることしかできなかった。

 

 

「え、絵名!? 嘘でしょ、何でよりによって顔に……! ボーっとしてないで早く手当しないと!」

 

「あ、うぁ……私は悪くない、あなた達が悪いのよ。帰って、帰ってちょうだい。早く帰りなさいよっ!!」

 

 

 修羅場だ。

 私以上にこっちのことを心配している瑞希と、部屋の隅で頭を抱えているのに鬼のような形相で睨みつけてくるまふゆのお母さん。

 

 冷静に考えなくても話し合いなんてできるような空気ではないのに、なぜか今、心の底にあるナニカが警鐘を鳴らす。

 理由はわからないが、何となく今、帰ったら取り返しのつかないことになる気がした。

 

 

「絵名、今日のところは帰ろう。話し合いができるような状態じゃないって!」

 

 

 ブツブツと呟くまふゆのお母さんを見ていると、隣にいた瑞希から小声で声をかけられる。

 引き返そうとする瑞希の判断は正しい。そう思うのに中々決めきれなかった。

 

 

「でも……せめて、まふゆと会うことはできない?」

 

「ボクだってそうしたいけど、それを許してくれそうな心の広さは向こうにはなさそうだよ」

 

 

 瑞希が首でまふゆのお母さんの方を示す。

 少し目を離しているうちに、こちらが地雷を踏み抜いてしまったらしい。

 

 まふゆのお母さんが近くにあったタオルをこちらに向かって投げてくる。

 どうやらこのタオルは警告だったようで、左手は次に投げる物……というか、椅子を持ち上げていた。

 

 

「確かに、あれはまずいかも」

 

「かもじゃなくてまずいって! あんなの当たったら無事じゃすまないからね!?」

 

 

 何で今日に限って馬鹿みたいに諦観してるのさーっ!? と叫ぶ瑞希によって、間一髪で投げられた椅子を避ける。

 このまままふゆの部屋に向かおうものなら、何をされるかわかったものではない。

 

 私は後ろ髪を引かれる思いのまま、瑞希に手を引かれてまふゆの家を後にした。

 明日こそは、まふゆの曲を届けようと……そう2人で決めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だけど、そんな明日は来なかった。

 

 

 

 

 

 

 奏も起きたので、改めて3人で訪れたまふゆの家には黄色のテープと人だかりが待っていた。

 

 近所の人っぽい女の人達の話によると「朝比奈さん家が無理心中した」とのこと。

 

 信じられなかった。嘘なんじゃないかと思ったけれど、瑞希が震えた指を向ける方向に──泣き叫ぶ紫髪の男性を見て、その話は嘘なんじゃないと察してしまったのだ。

 

 

 

 私の、せいだ。今回も助けられなかった。昨日、やっぱり帰ってはいけなかったんだ。

 

 

 

 そこで私の目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ピ

 

 

………ピピピッ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──アラームの音で目を覚ます。

 

 

「ふぁ……あ、あぁ。あぁっ!?」

 

 

 

 そうだった。私は──もう何回もまふゆが死んでしまう明日を繰り返していたのだった。

 

 

 前回はちょっと心が限界に近かったせいか、記憶が飛んでしまっていたらしい。

 しかし、今の私ははっきりと思い出している。

 

 何度も何度も、まふゆのお母さんに曲を聴くのを拒否されて。

 その結果、まふゆのお母さんとまふゆが消えてしまっていた。

 

 ある時は前回のように包丁1つで、またある時は家を燃やしてと。

 基本的に起きるのは、まふゆのお母さんによる娘も巻き込んだ無理心中。

 

 それを阻止したくて曲を無理矢理流しても、まふゆだけを強引に助け出しても。

 まふゆのお母さんが自壊するように消えてしまった後に……まふゆも耐えられなくて後を追う。

 

 もう、何回も見ていた。

 

 まふゆが「良い子じゃなかったせいで、お母さんにいなくなって欲しいわけじゃなかったのに」と弱って消えていく姿も。

 無気力になったまふゆが電車の踏切や車が走る場所から動けなくなり、そのまま「ごめん」と謝りながら消えていく姿も。

 

 何十回やっても、何百回繰り返しても、私の不安通り──まふゆのお母さんは曲を聴いてくれない。

 かといって無理して聴かせても、心の準備ができていない母親に娘の想いは劇薬過ぎて、折れてしまう。

 

 それでも、私がこれを繰り返していたのは、

 

 

【そろそろ、絵を描く気になった?】

 

 

 ──これの、スケッチブックの思い通りにならないためだ。

 

 

「描かない。誰が記憶が吹き飛ぶ紙に絵なんて描くのよ」

 

【でも、これは全部、君が選んできた因果の結晶だよ。こちらがしたことなんて、落ちそうなモノの背中を押しただけなのに】

 

 

 ……それが余計な行動だとツッコむ気力はもう、ない。

 

 最初のうちは噛みついてみたりしたが、コイツは私が『描く』と言うまで姿を見せないのだ。

 安全圏に隠れて、声を伝えてくるヤツに訴えるだけ無駄だ。今は交渉を優先するしかない。

 

 

【……ねぇ、どうして君はまた学校に行く準備をしてるの?】

 

「学校に行くためだけど」

 

【そのまま行っても、君の大切な人は助からない。同じことの繰り返し以外の結果はないんだ。それでも行くのかい?】

 

「うん」

 

【……】

 

 

 ここまで来てしまった以上、こちらとしてもできる限り足掻くしかないのだ。

 こんな、夢であれ何度も何度も気分の悪いモノを繰り返させるような事象を起こせる存在に、私個人で立ち向かうには色々と足りない。

 

 

  奴を守っている不思議な力を削ることだけが、今の私にできる最後の仕事だから。

 

 

【絵を描けば願いが叶うのに、どうして描かないの?】

 

「逆に、記憶の全部が消えちゃうってわかってて、なんで描くと思うわけ?」

 

【じゃあ、大切なものを手放すのを選ぶ?】

 

「選ばない。それをわかってるから、あんたもこんなことをしてるんでしょ?」

 

 

 このループ現象がどういう仕組みで、どこまで仕込んでいるものなのかもわからないけれど。

 それでも、こういうことをする価値があるぐらいには、今の状況は奴にとってもチャンスであるという可能性に私は賭けた。

 

 ──そして、その賭けは辛うじて私に勝利を運んでくれたらしい。

 

 

【はぁ……わかったよ。2枚目は半分、中学時代の記憶の全てだ。それで願いを叶えるよ】

 

「……ふぅん、どういう風の吹き回し?」

 

【風の吹き回しって……はぁ、君って絶対に馬鹿でしょ!? 諦めが悪過ぎるんだよ! 体感で百単位と思ってるみたいだけど、君はループを千回以上も繰り返してる筋金入りのバカ!! 弟や親友にあたって落ち込んでも進むし、嘔吐しても椅子やコップの当たりどころが悪くて自分が死んでも構わずに進む馬鹿なの!】

 

「いや、それを仕組んだのはあんただし。馬鹿馬鹿言われても困るんだけど」

 

【こっちだって君が摩耗して描けなくなるのは困るんだよ! それでも進むんだから……流石はこっちが目を惹くぐらいのキラキラだよ、呆れちゃうぐらいにね!】

 

 

 何ということでしょう。自分が数えていたよりも、私は頑張っていたらしい。

 どんどん化けの皮が剥がれて自我が出てきている奴に目を細め、私は口を開く。

 

 

「本当に、まふゆは助かるんでしょうね?」

 

【もちろん。1枚から3枚までは君の記憶で、4枚目は君の命そのもので願いを叶えるのはこっちのルールだからね】

 

「そう……わかった。2枚目、使うわ」

 

【……ひひひ。毎度あり】

 

 

 私の目の前に禍々しい光が現れ、スケッチブックが現れる。

 手に持って感じるのは、絵を描く以外の行動を縛られている感覚。

 

 

(……まだ、傷付けるような行動は無理みたいね)

 

 

 いけるなら元凶をザックリやってやるつもりだったが、仕方がない。

 私はいつものスケッチ用の鉛筆を握り、奴の2枚目に描くモノをイメージする。

 

 

(まふゆのお母さんはあの曲を聴いて、折れてたみたいだから……きっと、本当はまふゆの想いは届いてたはずなの)

 

 

 ただ、まふゆのお母さんにそれを受け入れる余裕がなかっただけで。

 監禁するぐらい追い詰められて、弱っている相手に『想いが詰まった曲』は劇薬だった。タイミングが良くなかった。運が悪かった。

 

 だからこそ、私が願うのは──ほんの少し、足りないモノを埋めるぐらいがちょうどいい。

 

 

(だってまふゆは、皆も頑張ったんだから。円満に終わらなきゃダメでしょ)

 

 

 まふゆは十分、勇気を出したし想いを形にした。少しだけ足りないからって、理不尽な目に遭うのは私が嫌なのだ。

 だからこそ、足りないものは──私の想い(願い)で埋めてしまおう。

 

 

(どうか、まふゆが進む先に光がありますように)

 

 

 お母さんもまふゆも穏やかに笑う、そんな景色(ひかり)がありますように。

 

 

 












《恐らくもう本編では語られない裏側のこと》

Q…ループしてるっぽいのに、随分あっさりなような?

A…本作を投稿し始めた当初は1話ぐらいループ中の苦しみを延々と描写するつもりで進めていましたが、作者の精神が先に参ったのでやめました。
スケッチブック君が言っていたような嘔吐シーンや彰人さんや愛莉さんにあたってしまうところとか、書ける設定は用意してたんですけどね……推しを苦しめ過ぎて筆を折る危機でした。こちらの修行不足です、すみません。



Q…何でえななんはスケッチブック君に描いちゃったの? とんでもなく諦めの悪いえななんならもうワンセット!(千回追加っ!)ってしそうなのに。

A…折れかかっていたから、という理由もあります。
最後の1回にあたる冒頭の描写にて記憶が飛んでいるのがわかるかと思いますが、実はその前にパーフェクトコミュニケーションを達成していたのです。
ですが想いが届いた結果、自責の念に耐えきれなかったまふママは謝りながら消えることを選んでしまい、まふゆさんもそのまま……という結末に終わり、もうどうすることもできなかった1回が、本当は存在してます。
えななん視点ですと飛んでて覚えてないので観測できてませんが、スケッチブック君がヤベェと慌てていたのもそれが理由です。本気で成功する(折れる)まで進んじゃったんですよね。

後は、自分のこと以外なら願いを描く覚悟は決めてたから、予定していたラインの報酬で絵を描いたっていうのもあります。



Q…スケッチブック君が押した背中って誰?

A…ちょっと前にも触れてますが、今回はまふゆママだけです。
怪しいのにナイトコード以外に大きな証拠(シンセサイザーなど)が出てこないので、疑心感を持つまふゆママ。そんなまふゆママの感情をスケッチブック君が増幅させました。
その結果、まふゆママはまふゆさんに対してかなりの疑心暗鬼となり、原作様よりも早く部活やスマホも制限しようとしたりしました。
で、急に色々と制限をやり過ぎだと判断したまふゆパパはまふゆさんの味方に。家の中に敵しかいないまふゆママはどんどん追い込まれてしまいました。






【ここまで無駄に長い抵抗をしていたのに、前に進んじゃったねぇ。かわいそーにねぇ。1度坂道を転がり出した玉はもう、自分では止まらないけど。持ち主はどうするつもりなのかなぁ……ひひひ】


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