イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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ラストチャンスを始めよう。





201枚目 長い前置き

 

 

 

 

 

 奴の仕込みとこちらの諦めの悪さによって、授業の内容を暗唱できるぐらい繰り返した私は学校を休んで2枚目の絵に着手する。

 私の顔に何かを感じたのか、お母さんはしょうがないなと言わんばかりの顔で見逃してくれたので、時間も確保完了。

 

 後は繰り返してきた記憶の中で作った頭の中の構想を、この紙にぶつけるだけだ。

 

 

 

…………

 

……

 

 

 

(……ふぅ、はは。完成しちゃったなぁ)

 

 

 ──そうして、瑞希の待ち合わせの時間までに1枚の絵が完成した。

 まふゆのお母さんのまふゆが穏やかに笑えるような、そんな未来へ進めるように、まふゆの(想い)が届くことのみを祈った絵が完成してしまった。

 

 

【願いは受理されました。願いが叶った後に対価は収集されます──それと、これはサービスね】

 

 

 描きあげた瞬間、スケッチブックは2枚目に描いた絵のコピーのような紙を残し、不気味な光と共に消える。

 

 

「逃げ足の速い奴」

 

 

 描き切る前に縛って逃げられないようにすればよかったか。

 そんな考えが頭に過ったが、セカイに似てるようで遠い謎の光による移動方法を披露するスケッチブック相手に通じる可能性は限りなく0に近い。

 

 気が付けば窓の外はオレンジ色に染まっているし、今は奴に構っている場合じゃない。瑞希との合流を優先しよう。

 それに……もう、賽を投げたのだ。ここでウダウダ考えても時間は戻らないし、進むしかない。

 

 

(行こう──今度こそ、掴み取る為に)

 

 

 まだ何の変化もないことを確認してから、私服に手を通した私は家を飛び出す。

 鞄の中に奴から渡された絵を突っ込みつつ、瑞希を待たせないように急いで宮益坂へと向かった。

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 瑞希と合流してからまふゆの家に向かう途中で、仕込みと情報をできる限り共有する。ここまではどの周回でも問題は起きない。

 インターホンを押した後、私の名前を出したら品定めをされた上で家の中に入れるのも、既知の情報である。

 

 問題なのは家に入った後──まふゆのお母さんにどうやって曲を聴かせるのかっていう点だ。

 カンニングもどきをしているとはいえ、1発勝負。失敗は許されない。

 

 

(失敗したくないのなら、奴に最初からまふゆのお母さんの改心を願えばいいじゃんって話なんだけど……それは嫌だったんだよね)

 

 

 だって──あんな奴に願ってしまったら、まふゆの想いが踏み躙られるような気がしたから。

 私はまふゆを応援すると、想いを尊重すると言ったのだ。それを蔑ろにするような願いなんて、できるわけがない。

 

 それに、奴に改心を願った結果、まふゆのお母さんが精神的な影響でおかしくならない保証はどこにもないのだ。

 どうなるかわからないからこそ、できる限り影響が出そうな解釈をされる願いをしたくなかった。

 

 そういうことも鑑みて、私は2枚目の絵に『まふゆのお母さんがまふゆの想いを受け止められますように』という想いを込めた。

 まふゆとまふゆのお母さんに必要だったのは『時間』だ。私はその時間を埋めるための願いを選んだのである。

 

 

(そのせいで、まふゆのお母さんにどうにかこうにか曲を聴かせなきゃいけないっていう難問が残っちゃったけど。何とかするしかないか)

 

 

 注意することはまふゆのお母さんに侮られないようにすること。

 1度でも侮られると、こちらの話を聞いているようで全く聞いていない状態になってしまうのだ。

 これで何度、繰り返しの中で躓いたか。今回は絶対に注意しなくてはならない。

 

 瑞希にも視線で注意を促し、まふゆのお母さんの背中を追いかける。

 リビングまで誘導された私達はまふゆのお母さんと対面するように着席した。

 

 

(追い込まれてなかったらいい笑顔なんだけどな)

 

 

 思い出すのは繰り返し見てきた錯乱した姿。

 

 幽霊のように悪い顔色を化粧で何とかしようとした形跡を見ると、奴の被害の痕跡を見ているようで申し訳なくなった。

 

 スケッチブックはどんな手の出し方をしたのか、それはまふゆのお母さん本人にすらわからない。

 奴のことだから性格の悪いことをしているのは確かだろうが……今は奴のことを考える時間ではないか。

 

 

「……改めまして、先週はお世話になりました。朝比奈さんと同じクラスの東雲です」

 

「朝比奈先輩にお世話になってます、暁山です。こちら、つまらないものですがどうぞ」

 

「あら、ありがとう」

 

 

 分厚い化けの皮を被った私と、学校や関係の設定を入念に偽装させた瑞希。

 とりあえず繰り返しの中で反応が良かった手土産を瑞希に渡してもらい、瑞希への矢印を減らす。

 

 これでまふゆのお母さんの中での瑞希とまふゆの関係は『同じ学校の先輩後輩』あたりに着地しただろう。

 

 初っ端から瑞希が他校生だとバレるわけにはいかない。話し始めてもいないこの段階でニーゴと繋げられると、曲を聴いて貰うのは不可能レベルになるのだ。

 不本意な状況ではあったものの、千単位で予習した成果なので間違いない。情報の精度は高いので、作戦だって立てられる。

 

 

「それで、2人はウチに来て、どういう用なのかしら」

 

(早速、作戦の出番が来たわね)

 

 

 今こそ私が急いで用意した秘策──名付けて『必勝・瑞希に全部お任せ作戦』の出番だろう。

 ……あまりにも他力本願過ぎるというツッコミが聞こえてきそうだが、これには安全に考慮したワケがある。

 

 スケッチブック曰く千単位は繰り返してきた出来事の中で、数十回単位の周回で私はとんでもないやらかしを繰り返していた。

 情けない話だが、まふゆのお母さんと話している間に今まで積もり積もったイライラが爆発し、ボッコボコに殴って無駄にした実績があるのだ。

 

 その点、瑞希はこういう時の沸点は私よりも高いし、口も上手い。

 少なくとも瑞希ならば私の様に「ごちゃごちゃ煩い!」と殴り掛からない。失敗できない以上、安全策を選ぶのは間違いではないと思う。

 

 現時点ではその選択は間違っていないようで、瑞希はニッコリと笑って仕掛けた。

 

 

「先週から朝比奈先輩がお休みだから、後輩として気になっちゃって。東雲先輩と一緒にお見舞いに来たんです」

 

「そうなのね、心配してくれてありがとう。でも、暁山さんが心配するようなことじゃないから大丈夫よ」

 

「……へぇ? そろそろ2週間も休むぐらいの風邪が、心配するほどじゃないと。それは不思議な風邪なんですね」

 

 

 バチバチッと、瑞希とまふゆのお母さんの間に火花が見えた気がする。

 

 

「不思議な風邪、ね。何が言いたいのかしら?」

 

「それって本当に風邪ですか?」

 

「あら。まるで疑っているような言い方ね」

 

「ええ、疑ってますよ。出るところに出たら、大変なことになりそうだなって思うぐらいにはね」

 

 

 お互いに笑みを浮かべているのに、目が全く笑っていない。

 必勝の手段を選んだはずなのに、だんだん不安になってくるぐらいには空気が悪かった。

 

 

「……暁山さんは本当にまふゆに会いに来たの?」

 

「どうしてそう思ったんですか?」

 

「本当にまふゆに会いたいだけなら、その出るところっていうのに出ていると思うのよ。暁山さんはどうやら、何か確信を得ているみたいだから」

 

 

 瑞希の言葉に違和感があったのか、まふゆのお母さんが訝しげに目を細める。

 

 ここまで露骨だとまふゆのお見舞いというのは建前であることに気が付くらしい。

 私達の最優先ミッションはまふゆのお母さんに曲を聴いて貰うこと。

 曲を聴いてもらう前にまふゆに会うのはややこしいことになるので、できれば避けたかった。

 

 

「あなたの言う通り、今日は朝比奈先輩に会いに来たというよりは……あなたと話に来たんです」

 

「私と?」

 

 

 信じられないと言わんばかりに、私にまで確認するような視線を向けてくる。

 瑞希の言うことは間違いないので、私も頷くことで追従した。

 

 

「そうなの。それで、こうやって家に来てまで話したいことって何かしら?」

 

「あなたは朝比奈まふゆという女の子を、どこまで知っていて、わかっていますか?」

 

「──あなた、馬鹿にしているの?」

 

 

 『朝比奈まふゆのお母さん』という仮面が少しずつ、崩れていく。

 トラウマになるんじゃないかと思うぐらい聞いた低い声が室内に響いた。

 

 

「私はあの子の母親よ。わからないことなんてあるはずないじゃない」

 

 

 まふゆのお母さんがどの周でも話を聞いてくれなかったのは、自分が1番まふゆを理解しているという自負だった。

 

 

「学校での話も毎日聞くようにしているし、母親である私が1番まふゆのことを考えてるもの。私がまふゆのことをわかってないなんて、馬鹿な質問はやめてちょうだい。不愉快だわ」

 

 

 だからこそ、まふゆの想いを届けるにはその『自分がまふゆを1番よく知っている』という思い込みから抜け出してもらわなくてはいけない。

 その情報を共有済みの瑞希は、淡々と質問を重ねる。

 

 

「本当にあなたはわかっているんですか? 最近まで知らなかったこともあったんじゃないですか?」

 

「っ……なら、あなたは知ってるっていうの!?」

 

「えぇ、少なくともあなたの知らない朝比奈まふゆを知ってるって断言できますよ」

 

 

 仮面の内側であったり、セカイのことやナイトコードで活動する姿であったりと、パッと出てくるだけでもまふゆのお母さんよりも知っていることはある。

 だけど、それが非常に気に入らないようで、まふゆのお母さんの顔はぐにゃりと歪んだ。

 

 

「嘘よ、そんなわけがないわ。だって私はまふゆのことを1番に考えて、正しい道を進めるように思っているもの。そんな私がいい子なまふゆを知らないなんて……まさか、あなた達もあの宵崎さんと同じ──まふゆと一緒に曲なんてものを作っているの!?」

 

 

 もしも今、私が対応していたのなら『曲なんてもの』と言った時点で「馬鹿にしやがって」と顔に向かって拳が飛んでいた可能性が浮上していた。

 しかし、現在対応している瑞希は私とは違ってまだ理性が残っているようで、ちらりとこちらを見て小首を傾げる。

 

 

 ──これ、言っても大丈夫なやつ?

 

 ──殴っちゃう前に言っちゃって。

 

 

 私が頷いたので、ゴーサインだと受け取った瑞希は震えるまふゆのお母さんに嫌な事実を突きつけた。

 

 

「はい、ボクらも宵崎さんや朝比奈さんと同じサークルで活動しているメンバーです」

 

「そんな。暁山さんはそういうことをしていたとしても、東雲さんも曲なんて作ってるの?」

 

 

 相手の神経を逆撫でしていることも自覚せず、まふゆのお母さんは前のめりの姿勢でこちらを見る。

 机の下に隠した拳が本気で飛びそうになるから、こういう言動は本当にやめて欲しい。一呼吸置き、怒りのゲージを少し下げてから私は肯定した。

 

 

「はい、私も朝比奈さんと一緒のサークルで活動をしてます」

 

「そう……それは残念だわ」

 

 

 まふゆのお母さんは目を伏せる。

 残念そうな顔をされているものの、曲を聴いてもらうためだから仕方がない。

 

 私達の繋がりをしっかり理解してもらった所で、瑞希が勝負に出る。

 机の上にゆっくりと、奏が託してくれたオーディオプレーヤーを置いた。

 

 

「今日、この家に伺った本当の理由は、あなたと話した上でこの曲を聴いてもらう為……」

 

 

 ピンクの瞳が瑞希の覚悟に呼応するように、キラリと輝く。

 設定を守るのはここまで。ここから先はお互いにノーガードでやり合って、曲を聴いてもらうしかない。

 

 

「──ボク達が代わりに、まふゆの想いを届けに来ました」

 

 

 さぁ──長い前置きは終わりにして、本番を始めよう。

 

 

 






まふゆさんが想いを込めて、奏さんが完成させた曲を瑞希さんとえななんが届ける。

えななんの裏側を知らなければ、えななんのサポートを受けながら瑞希さんが大立ち回りしているようにしか見えないシーンですね……裏側を知らなければ。

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