イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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届け、この想い。


──その結果、何が起きようとも。





202枚目 その思い込みに決着を

 

 

 

 

「ボク達が代わりに、まふゆの想いを届けに来ました」

 

 

 まふゆの曲を聴かせる為に、ここまで色々なことをしてやって来た。

 だが、どうやら本気に思われていないようで、まふゆのお母さんはこちらの覚悟を嘲笑った。

 

 

「そんなものでまふゆの想いを届けるですって? 馬鹿にしているのかしら」

 

「ボク達は本気です」

 

「なら、猶更質が悪いわね。曲なんかでまふゆの想いが伝わるなんて、あるはずないじゃない」

 

 

 まふゆのお母さんは前のめりだった体勢を戻し、ゆっくりと腕を組む。

 

 

「まふゆが何をしているのか調べる為に色々と見させてもらったけど。確か……『25時、ナイトコードで。』だったかしら。そんな名前の場所でまふゆが曲を作っているのも見たわ」

 

「えっ」

 

 

 瑞希が目を見開くが、不思議な話ではなかった。

 ナイトコードからKに接触したのだから、まふゆのお母さんがこちらが立てたサーバーの名前を見逃すはずがない。

 

 

「そこで作っている曲も1つ聴いてみたけれど、何も思わなかったわ。ああいうのと同じだっていうのであれば、あなた達のやろうとしていることは無駄よ」

 

「そ、そんな……」

 

 

 隣にいた私がギリギリ聞こえてくる瑞希の呟き。

 その声にはどうすればいいんだろう、と嘆いてそうな悲壮な感情が込められていた。

 

 

「──本当に、そうでしょうか?」

 

「なんですって?」

 

「本当に無駄なのでしょうかと、そう言ってるんです」

 

 

 まふゆのお母さんをじっと見つめながらも、私は机の下から瑞希の腕に手を触れる。

 少し予想外のことで瑞希が動揺してしまったみたいだが、まだ慌てるような時間ではない。

 

 今のまふゆのお母さんはニーゴの曲なんて『まふゆの邪魔をする雑音』だと思い込んでいるのだ。

 だからこそ、ニーゴで作っていた曲のデモをチラッと聴いた程度では通じなかった。

 

 こういうのは気持ちの問題である。

 

 普段は子供の遊ぶ声の感想が「元気だな」とかだったりしても、徹夜明けでとんでもなく疲れている時に子供の声を聞いたら「煩い!」と思ってしまうだろうし。

 私だって絵を描いて集中している時に奏の曲を流されても、良い曲だと思うかと言われたら少し怪しい。

 

 それに、まふゆのお母さんはかなり思い込みというか……今のまふゆは間違っていて、自分が絶対に正しいんだと思っているように見える。

 そんな負のフィルターを通して聴いた曲が心に響くなんてことは、あるはずもなく。

 

 

(受け入れる土壌は既に作ってる。後は、そのフィルターを取り外す大仕事のみ)

 

 

 ふと、オススメ欄や目に入った時に動画を開いてもらえるように。

 開いた動画をすぐに閉じず、もう少し見ても良いかなと思ってもらえるように。

 

 そんなイラストや動画を作っているのが私達なのだ。

 今回はちょっといつもの手段とは違うけれど、まふゆのお母さんにも『曲を聴こう』と思ってもらえるように説得すればいい。

 

 ニーゴの曲を知らない人でも興味を持ってくれるようにする──それが、ニーゴの動画の顔部分(サムネ)も担当するイラスト担当の仕事だ。

 

 

「まふゆからお母さんのことは聞いています。よく美術館や音楽鑑賞などにも連れて行ってくれると。そんな人なら、芸術への造詣(ぞうけい)が深いのだろうと思います」

 

「知らない人よりはそうでしょうね」

 

「では……絵であれ何であれ、創作物というのはその創作者の感情や思想が作品に反映されるのもご存知ですよね?」

 

「……そうね。画家の作品とかは時期によっては色合いが違っていたり、そういう差を楽しむこともできるわね」

 

 

 まふゆのお母さんは訝しげな顔で頷く。

 

 今までニーゴで一緒に活動して来た瑞希なら、ここまで言えば私の言いたいこともわかるはず。

 私の狙い通りに理解したらしい瑞希は、机の上に置いたオーディオプレーヤーに触れた。

 

 

「今までサークルで作ってきた曲は、どこかにいる誰かを救う曲でした。だから、あなたは何も思わなかったのかもしれない」

 

「なら……」

 

「でも! この曲は朝比奈まふゆっていう女の子がお母さんに自分の想いを伝えたくて作った、まふゆのお母さんの為だけの曲なんです!」

 

「私の為、ね。私はまふゆと話し合っているし、わかってもらっているのよ。それなのにどうして態々、曲なんかが必要なのかしら。直接話した方が伝わるはずなのにね」

 

「話しても上手く伝わらなかったから。まだ伝わるかもしれない曲にして伝えようとしたんです」

 

「ふふ、伝わらないなんて面白い話ね、そんなことあり得ないわ。だって私はまふゆの話を聞いているのよ? その上で私の話もして、わかったってまふゆも言っていたもの。そこで曲が出てくる理由がないじゃない」

 

「なんであり得ないって笑えるのさ……まふゆが味覚もないのに今まであるフリをしてたってことも、わかってなかったじゃないか」

 

 

 力なく呟いた瑞希の言葉が、嫌なぐらい静かな部屋に響いた。

 その声を拾ってしまったらしく、まふゆのお母さんがギロリとこちら側を睨み付ける。

 

 

「随分と失礼な子ね……でも、そうね。まふゆが言ってくれなかったし、味覚のことを知らなかったのは間違ってないわ。けれど、それも言ってくれたらわかる話でしょう? それなのに隠すなんて悪いことをして、何か後ろめたいことがあるんじゃ──」

 

「言えないことは、悪いことなの?」

 

 

 睨みつけてくるわ、とんでもない理論を振りかざしてくるわで、もう我慢の限界だった。

 

 今、自分がどんな顔をしているのかはわからない。

 それでも口から出た低い声や、こちらを睨んでいたまふゆのお母さんがぎょっとした顔をしているので、この腸が煮えくり返るような怒りが顔に出ているのは間違いないだろう。

 

 瑞希に任せようと思っていた理性が吹き飛び、私はタメ口とかそういうのも考える余裕もなく発言を続ける。

 

 

「私は言えないことも、知らないことも、わからないことも悪いこととは思わない」

 

 

 それなら世の中の人達は皆、悪人になってしまう。

 

 

「親しくても、親子であっても。それぞれ違う意思や感情があって、別の環境を生きている1人の人間なの。なら、言えないことがあったって不思議じゃないでしょ」

 

 

 親子関係は良好な方である私にだって、お母さん達に言えていないことは沢山あるのだ。

 全てを知ってて、わかってるなんてことはあり得ない。

 

 

「それなのに、皆それぞれ違う前提であるものを全て知っていて、わかっていると思うことが烏滸がましいし、傲慢なのよ! ……って、思います」

 

 

 ほんの少し戻ってきた理性が申し訳程度の丁寧語を追加したが、そんなものは誰も気にしていなかった。

 まふゆのお母さんも例外ではなく、こちらの口調を咎める余裕はなさそうだ。

 

 

「なら、あなた達はまふゆの何を知ってて、わかってるって言うの?」

 

 

 忙しなく目を動かすまふゆのお母さんは落ち着きが無くなってきているように見える。

 そんな相手を見ているうちに落ち着きを取り戻したらしい瑞希は、淡々と疑問に応じた。

 

 

「ボク達だってまふゆの全てはわかりません。それでもナイトコードやボク達の前で見たり、聞いたりしたことは知ってるつもりです」

 

「そんなもの……所詮、ネット上での付き合い程度じゃない」

 

「その所詮って切り捨てようとしているものの中に、まふゆが大事にしているものがあったとしても?」

 

「……その大事なものがまふゆの将来を良くしてくれるとは限らないわ」

 

 

 所々、合っているようにも聞こえるものの、まふゆのお母さんの話はやはり……自分の話を押し通そうとしてまふゆの話を聞いてくれなさそうな所っていう点が気になってしまう。

 瑞希が話してくれている間に頭も冷えてきたので、私も会話に参加した。

 

 

「まふゆのことを知ってて、わかってるという自信があるのはわかりました。でも、どうかまふゆの気持ちにも少しは寄り添ってくれませんか?」

 

「寄り添うって、ちゃんと話してるわよ」

 

「……まふゆは別に勉強をしたくないとも言ってませんし、成績だってずっと学年トップです。今みたいにサークル活動や部活を制限したり、スマホを取り上げられたり、パソコンを壊されるようなことはしてないはずです」

 

「でも、あの子は私に隠れてあなた達みたいな子達と変な活動をしていたじゃない!」

 

 

 まふゆのお母さんは興奮し始めている。

 最初にこちらがキレてしまったのも原因だが、このまま進めても悪い流れになってしまうのは明らかだ。

 

 一息入れてから、私はゆっくりと頭を下げる。

 

 

「まふゆは自分の心の限界のギリギリまであなたに寄り添おうとしていたんです。だからどうかお願いします、まふゆの想いを汲んでください」

 

「はぁ。あなた達がそこまで言うのなら、まふゆとは改めて話し合うようにするわ。それなら良いでしょう?」

 

 

 頭を下げてもまふゆのお母さんの意識はやっぱり変わらなかった。

 

 仮に今から2人が話し合っても、まふゆのお母さん側がまふゆの想いを聞く姿勢じゃなければ意味がないのだ。

 何か、まふゆのお母さんが聴こうと思ってくれそうな何かが……いや、そういえばあった。

 

 

(あいつ、こういう展開も見越してたのかな。本当に趣味が悪い奴)

 

 

 まふゆの詞も奏のデモも聞いていたからこそ描けた願いの絵。

 頑ななまふゆのお母さんの気持ちを変えるのは、これぐらいしかない。

 

 私は鞄から取り出した絵をまふゆのお母さんに差し出しながら、再び頭を下げた。

 

 

「お願いします」

 

「だから、何度言っても──って。それ、は?」

 

 

 絵を視線に入れたまふゆのお母さんがピタリと固まった。

 

 

「まふゆ達が作った曲を聴いて、イメージした絵です」

 

「そう……その、よく見せてくれないかしら?」

 

 

 これは奴の絵の効果なのだろうか。

 どうやら興味を持ったらしい絵を差し出すと、まふゆのお母さんはまじまじと絵を眺めていた。

 

 

「……知らないわ。私、あの子がこんな風に笑うところなんて、見たことがないもの」

 

 

 震えた声でまふゆのお母さんが尋ねてくる。

 

 

「あなた達の前では、あの子はこんな顔をするの?」

 

 

 絵に描いたまふゆは、シブフェスの時のように嬉しそうだが穏やかに微笑むまふゆの姿をイメージしている。

 だからこそ絵を盗み見た瑞希もこくこくと頷いてくれて、それに衝撃を受けたらしいまふゆのお母さんは更に震えた声を出す。

 

 

「だって、あの子が笑ってる時はもっと綺麗で。近所の人にもお人形さんみたいって……っ!」

 

 

 自分で言っている間に何かに気がついたのか、まふゆのお母さんは口を押さえて小さな悲鳴をあげた。

 

 空いている方の手でオーディオプレーヤーへと手を伸ばし、寸のところで動きを止める。

 

 

「ねぇ、暁山さん」

 

「……なんでしょうか?」

 

「ここに入っているうち、どれがまふゆの作った曲なの?」

 

「! ……えっと、この曲です」

 

 

 瑞希の手を借りたまふゆのお母さんは、静かにイヤホンを耳に付けた。

 そのまま曲を再生し、ゆっくりと目を閉じる。

 

 今までの周回でも見たことがないぐらい静かに、まふゆのお母さんは曲を聴いている。

 これが絵の力なのか、静かに曲を聴いていたまふゆのお母さんの目からポロポロと涙が零れ落ちた。

 

 

(──涙か。うん、もう大丈夫そうね)

 

 

 ……スケッチブックに絵を描く前なら、味方もいない家で色々と追い詰められていたまふゆのお母さんは曲を聴いた後、まふゆに謝りながらその命を絶ってしまうことが多かった。

 

 ……だけど、静かに泣いている姿を見ていると、不思議とその道には進まないだろうという確信があった。

 

 













【──あーあ。叶っちゃうねぇ】

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