イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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魔の手はすぐそこまで。

(宵崎さん視点です)






204枚目 【宵崎さんの方は……】

 

 

 

 

 

「やっほー、奏。大変だったのにセカイに呼び出してごめんね。もう起きても大丈夫そう?」

 

「うん、さっき起きたところだから。わたしの方こそ、一緒に行けなくてごめん」

 

 

 まふゆがお母さんへ想いを届けるために曲を決めてから、殆ど眠らずに作っていた。

 そうしないと間に合わないし、満足のいくものを作れるとは思えなかったのだ。

 

 そのおかげで今のわたしができるものを最大限、詰め込めたと思う。

 ……その代わりに、瑞希に曲を渡した頃ぐらいからの記憶が怪しいのだけど。

 

 

「ううん、こっちは奏が最後まで粘ってくれた曲が効いて、何とかなったからダイジョーブ! むしろ、奏が無事で何よりだよ」

 

「無事って、大袈裟じゃないかな」

 

「えー? 曲が送られてくる前のボイチャで倒れるようなすっごい物音が聞こえてくるし、声をかけても返事はなかったしー」

 

「うっ」

 

「それでも曲が送られてきたのには驚いたけどさ。ミクに確認してもらうまで、すっごい心配したんだからね?」

 

「それは……本当にごめん」

 

 

 その辺りの記憶は全くない。

 目が覚めたら散乱した楽譜に埋まっていて、朝ではなく夜の8時を時計が指し示していた。

 

 本当ならまふゆのお母さんにわたしも会いに行くつもりだったのに、疲れて寝過ごした。

 その事実に真っ青になって慌ててセカイにやって来たのが今のわたしだ。こんなの、情けなくて語りたくない。

 

 

「来週、まふゆのお父さんが戻って来てから改めてまふゆとの話をするんだ。その時、ボクらも一緒に話を聞いて良いって言われてるんだけど……奏はどうする?」

 

「そうだね、まふゆが許してくれるなら」

 

「理由が理由だし、断られることはないと思うよ」

 

 

 反省しているとはいえ、無意識でもまふゆに圧力をかけてしまうかもしれない。

 

 不本意なことはしたくないというまふゆのお母さんの提案から、お父さんだけでなくわたし達の同伴まで許されたまふゆとの話し合い。

 

 正直、わたし達の立場でここまで家庭の事情に首を突っ込んでもいいのかな……とも思うけど。

 瑞希曰く『まふゆのお母さんからのお願いだから』という話なので、相手が良いというならわたしが言うことはない。

 

 

「そういえば、絵名は来てないの?」

 

「あー。絵名ったら今日、学校を休んでまで絵を描いたらしくてさ。宿題やら課題やらがあるから今日は来れないって」

 

「絵を? どうしてまふゆのお母さんと会う直前に描いてたの?」

 

「絵名も何かできることはないかって思って、デモを聞いたイメージから絵を描いてくれてたんだって」

 

 

 ドクン、と何故か胸騒ぎがした。

 

 

「実際、凄かったんだよ。絵名が頭を下げながら絵を見せたら、頑なだったまふゆのお母さんが曲に興味を向けてくれてさ!」

 

「そう、なんだ」

 

「……奏? 顔色が悪いけど、大丈夫?」

 

「あぁ、うん。ごめん……思ったより徹夜していたのが辛かったみたい」

 

「えっ、それは大変じゃん!? まふゆからも話を聞かないと話し合いのことはわからないし、今日はもう休みなよ!」

 

 

 ワタワタと慌ただしく手を動かした瑞希は早く戻れと言わんばかりに、背中を押すようなジェスチャーをする。

 

 嫌なぐらいに心臓が鳴り響く中、わたしは瑞希に促されて自分の部屋に戻った。

 

 

(……なんだろう、この気持ち)

 

 

 目の前に広がるのは、疲れ過ぎて意識が飛んだわたしが崩してしまった、紙の山の残骸。

 望月さんが見たら小さく悲鳴を上げそうなぐらい酷い部屋の姿が、どこか自分の心の中と重なっているように思えた。

 

 

(まふゆの想いが届いて、解決したんだから。それは嬉しい。それなのに……どうしてこんなに重い気持ちになってるの?)

 

 

 こんな気持ちなのは、部屋がすごいことになっているせいかもしれない。

 そう現実逃避して、崩れてしまった楽譜を片付けていく。

 

 どうやら派手に倒れてしまったようで、最近買ったCDの山も崩れてしまっている。

 この際だから整理してしまおうと手に持つと、鮮やかなイラストが描かれたディスクジャケットが目に入った。

 

 

(……まふゆのお母さんが曲を聞いてくれたのは、絵名の絵がきっかけなんだっけ)

 

 

 曲を聴いてもらうには再生してもらえないと始まらないので、きっかけを作ってくれた絵名には後でお礼をしよう。

 

 

【──絵名の絵がなければ、わたしの曲は聴いてもらえなかったみたいだね】

 

 

 それは結果的な話だ。気にしない方がいい。

 

 

【でも、まふゆのお母さんは絵を見るまで興味がなかったんだって。絵を見て曲を聴いてくれたなんて──わたしよりも絵名の方がまふゆのお母さんに想いを届けてないかな?】

 

 

 それは絵名のおかげでもあるが、まふゆのお母さんに想いが届いたのはまふゆが頑張ったからだ。

 わたしはまふゆの想いを形にしただけ。皆でまふゆの想いを届けたのだ。

 

 

【本当にそうなのかな。だって、わたしの曲はお父さんを壊したっていう過去はあっても、身近な人をちゃんと助けた実績はないよね?】

 

 

 そんなことはない。

 どこかできっとわたしの曲で救われている人はいるはずだし、変なことを考える暇があるなら曲を作った方が誰かを救えるはずだ。

 

 

【そうかな? 瑞希は絵名が動いて救ったし、まふゆだって絵名の絵がきっかけで救われた。わたしの曲じゃないよ】

 

 

 それ、は……

 

 

【わたしの曲はお父さんを壊して、どんどん目が覚めない状態に追い込んでいるね。身近にいる瑞希も救ってないし、まふゆの力にだってなりきれていない】

 

 

 嫌なことばかり考えてしまう。

 こんなことを考えたいわけじゃないのに。

 

 

【お父さんが目を覚まさなかったら、わたしのせいだね。だってわたしの曲じゃ、瑞希もまふゆも救えてない。壊したことしかないんだから】

 

 

 どんどん、モヤモヤが実態を持って粘液のような形になって胸の中を占領していく。

 嫌な感情ばかりに空気が入って膨らんでいく中、ナイトコードに1つのメッセージが届いた。

 

 

『奏、お疲れさま。瑞希から大変だったって聞いたけど、大丈夫?』

 

 

 絵名からのメッセージだ。

 忙しいと聞いていたのに、合間を縫って連絡をくれたらしい。

 

 

『今回も倒れるぐらいまで頑張ってくれたって聞いたよ。急な話だったのに間に合わせるの、大変だったよね。奏が作ってくれた曲のおかげで今日はまふゆの想いが無事に届いたよ』

 

 

 時間を置きつつも、連投されるメッセージ。

 

 

『私も奏には救われたから、奏が仕上げた曲がまふゆのお母さんを動かしたのは流石だなって思ったよ──』

 

「絵名……」

 

【絵名は優しいな。わたしの曲が救ったなんてお世辞を言ってくれるんだもの。わたしの曲は絵名の絵がなければ聴いてもらえなかったのに、気を遣ってくれて。本当に優しいね】

 

 

 声が聞こえる。

 

 

【本当は、誰かを救えてるなんて気のせいだったんだよ。だって、わたしはずーっと弱いまま。今回のまふゆの件だってそう】

 

 

 その声はわたしの声のようにも聞こえるけど、まるで悪魔のように告げてくるのだ。

 

 

【これでまふゆのお母さんに想いが届いたら、まふゆを自分の曲で救えたことになるんじゃないかって。そう思って、徹夜してまで頑張ったんだもんね?】

 

 

 ……違う。

 

 

【お父さんが目を覚まさないから、不安になったんだ。本当はわたしの音楽なんて、誰かの何かを奪うことしかできてないんじゃないかって】

 

 

 まふゆの大事な想いに、そんな気持ちは乗せてない。

 お父さんのこととまふゆのことは別だ。分けて考えるべきことなんだ。

 

 

【でも、今回のことでわかったよね。わたしの曲は絵名の絵みたいにきっかけにもならなかったし、お父さんも誰も救えてなんかいないって】

 

 

 それでも、それでも曲を作ってさえいれば、わたしは……

 

 

【お父さんみたいな人を増やすために曲を作るの?】

 

「違う」

 

【わたしの曲では誰かを救えなかった。寧ろ、お父さんを壊しちゃった。それなのに、そんな曲を作るの? お父さんみたいに別の人を壊しちゃうの?】

 

「違う、違う……わたしは、救いたくて」

 

【それなら、わたしの曲が救った人の名前を出してみてよ】

 

「それはっ、ぁっ……」

 

 

 言い返そうにも、口から名前が──出て、こなかった。

 

 

 声はもう聞こえてこないのに、まるであの声がわたしの考えていたことのように頭の中を占領して離れない。

 

 

(わたしは、まふゆのことを利用しようとしていたの……?)

 

 

 まふゆのお母さんに想いを伝えたいという気持ちを聞いて、セカイで顔を合わせながら曲を作った。

 そこにはお父さんのこともわたしのことも関係なかったはずなのに、本当は違っていたのだろうか。

 

 

(違うって言いたいのに、何でお父さんのことばかり思い出しちゃうんだろう)

 

 

 これではわたしが自信をつけるために、まふゆを利用したみたいじゃないか。

 

 

(瑞希もまふゆも絵名が救ったなんて、そんなこと)

 

 

 ……でも、瑞希の時もまふゆの時も、そこまでわたしの力は必要なかったかもしれないな。

 

 思い返せば──瑞希の件は絵名が頑張っていたらしいし、まふゆの件だって瑞希と絵名が中心に動いていた。

 わたしができたことは、曲を作ることだけ。それだってどこまで力になれていたのかわからない。

 

 

(結局、わたしが作ってもできたのは壊すことだけなのかな)

 

 

 もしもこれから奇跡が起きて……お父さんが目を覚まして、記憶を戻したとしても。

 誰も救えないわたしの曲だと、またお父さんを壊すことを繰り返してしまうかもしれない。

 

 目が覚めて、記憶を思い出して、わたしの曲でまた絶望させてしまう。

 救えないわたしの曲はきっと、お父さんを再び壊してしまう。

 

 

(そんな酷いことをしてしまうぐらいなら、もう……諦めた方がいいのかな)

 

 

 お父さんの記憶が戻って、また一緒に暮らせるんじゃないかっていう、淡い希望も。

 そもそも、目を覚ましてくれることさえも。

 

 

(わたしの曲で、誰かを救えていたら良かったのに)

 

 

 思考が部屋の中みたいにぐちゃぐちゃだ。

 わたしは曲を作り続けなくちゃいけないのに……それすらも怖く感じている。

 

 

「こんな変なことを考えてしまうのは疲れてるからだよね。片付けて、少し休んでから……また曲を作ろう」

 

 

 そう思って部屋を片付けて、休んでみたものの。

 まふゆの家で話す日になっても、曲は思うように作れなかった。

 

 

 






Q……しれっと宵崎さんを装ってますが、これはやはり?

A……はい、奴です。こうやってまふゆさんのお母さんにも囁き、奏さん以外にもちょっかいかけてる邪悪です。


Q……あの宵崎さんが耐えられないのに、えななんはどうやって耐えてきたの? 化け物メンタルなの?

A……逆に考えてください。幸せだった記憶も絶望した思い出も全くない『何もない人』にされたからこそ、今までが無敵だったのだと。
(幸せも絶望も経験してしまうとその無敵状態は解除されるので、時間が経てば経つほどえななんが不利になるんですよね)




《念の為に注意事項》

前回と今回のお話でお察しだと思いますが、この後の展開は最終の章に至るまでえななんが坂道を転がってます。
申し訳ございませんが、これは最初から決めていた『記憶を取り戻すための作戦』ですので、変更予定はありません。無理だと思いましたら遠慮なく切り捨ててください。

それでも読んでくださる方には感謝を込めて。いつもこの邪道を突っ走る本作を読んでくださり、ありがとうございます。(原作様に対しては大変申し訳なく……特に推しへの負担というか、扱いとかも)
えななんが記憶を取り戻す道も残すは坂道のみ。転がって勢いよくジャンプして綺麗な着地ができるよう、どうぞよろしくお願いします。

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