とんでもない状態の中ですが。
最後の原作イベスト、スタートします。
人間、うっかりしていることってあると思う。
うっかりしていても修学旅行なんて大きなイベントは忘れない? それはそう。
ただ、こちらにも言い分がある。
まふゆの家庭の事情に邪悪紙束が首を突っ込んでややこしくしてくれてたとか、それをどうにかするために今まで積み上げてきた
……本当に、記憶のことはこうやって茶化さないとやってられないぐらい、喪失感で頭がどうにかなりそうだった。
いや、感情の1部が薄くなっている気がするので影響は出ているのだろう。
そんな諸々の都合で修学旅行が頭の中から消えていた。
もう、上手く事が進むのならどうにでもなれと思っていたのもある。
(──うん、思っていたけどさ。それでもまふゆが全部、勝手に決めるとは思わないじゃん)
私はまだ、朝比奈まふゆという人間を舐めていたのかもしれない。
体育祭や文化祭など、あれほどまふゆにやり込められていたのに、同じ過ちを繰り返してしまうのは人間だからだろうか。
(……奴相手にやり込められてないだけマシって考えよう)
私は一応、自分を反省できるタイプだと思っている。
まふゆにハメられている分、アレに負けないようにしなければ。
(それにしても、伝統工芸コースは人が結構いたのに、清水寺の方は少ないのね)
クラスでよく話す子達も伝統工芸コースを選んでいる子ばかり。
まふゆも空気を読んで伝統工芸コースを選びそうなものだが、今回は迷わず清水寺コースを選んでいた。
何か理由があるのだろうか。私には思い当たる節がないので、目的地に向かって歩く本人に聞くしかない。
「あんたって、文化遺産とかに興味あったの?」
「……まぁ」
あ、コレはそこまで興味ないな。まふゆの反応を見たらすぐにわかった。
清水寺に興味がないのなら別の目的でこのコースを選んだのは確実だろう。
(何か企んでるんだろうけど……今のところはわかんないか)
様子見をすることに決めた私の前に、ヒントが歩いてやって来た。
「わぁ、朝比奈さんに絵名ちゃん! 偶然ね!」
「ここにいるってことは2人も清水寺コースなのかしら?」
清水寺コースを選んだ生徒しか来ない教室に雫と愛莉がいるということは、2人も修学旅行に参加するのはほぼ確実だろう。
アイドル活動も忙しいだろうに、休みを取ったのか偶然休みだったのか。
色々と考えられることはあるものの、今はぼんやりと考えている場合じゃない。
「愛莉達も清水寺周辺コースを選んだの?」
「ええ、そうよ! 絵名達も同じなのは嬉しいわ!」
愛莉と話ながら隣にいるまふゆの様子を窺う。
優等生の皮を被っても驚いているようには見えないし、この反応は……最初から知っていた可能性が高そうだ。
(コース選びの時に黙って選んだのって、雫達と一緒に行きたかったから?)
昔のまふゆなら自分のこともわからずそんな行動をするだろう、とは思う。
ただ、今のまふゆを考えるとそれだけが狙いじゃないようにも感じる。
(だからといって、本当の狙いはわからないんだけど)
案外、私が愛莉を避けるんじゃないかと思って気を遣い、黙ってこういう機会をセッティングしたという簡単な理由かもしれない。
3人の思惑はわからないけれど……悪意からの行動ではないだろうし、一旦放置しよう。
「愛莉達は2人で回るの?」
「ええ、そのつもりよ。そっちも同じなんじゃない?」
「あー、えっと……」
何も聞かされないままここまで来たので、申し訳ないけどまふゆの予定はハッキリと聞いていない。
言葉を濁しながら視線を横にスライドさせると、優等生モードのまふゆは口を開いた。
「うん、こっちも2人で回る予定なんだ」
「まぁ、そうなのね。じゃあ、丁度いいし朝比奈さんと絵名ちゃんさえ良ければ4人で一緒に回らない?」
「私はいいと思うけど、絵名はどう?」
流れるように雫が提案して、まふゆがやんわりと逃げ道を塞いだ。
そんなに皆で行きたかったのだろうか。お母さんと和解したおかげでまふゆが積極的になった気がする。
(それとも逃げそうとか思われてるのかな)
後のことは運次第の所もあるかもしれないけれど、修学旅行中は逃げも隠れもするつもりはない。
だけど傍から見たら違って見えるんだろうなと思うと、苦笑いをしてしまった。
「私も修学旅行で何かしたいってわけでもないし、一緒でいいよ。皆は清水寺周辺のコースで何かしたいっていうのはあるの?」
「わたしも実はそこまで決めてないのよね。調べてみないと何とも言えないわ」
「それなら皆で決めましょ。こういうのを一緒に決めるのも旅行の醍醐味だと思うの」
愛莉と雫も特に決めているわけでもなく、まふゆも反応的に2人の意見には異論がないようだ。
……いや、3人の視線がこちらに集まっているので、これも事前に会議済みなのかもしれない。後は私の意見を待っているようなので頷いた。
「皆で調べたら面白そうなイベントも見つかるかもしれないし、探してみよっか」
「ええ、みんなで素敵な修学旅行にしましょうね!」
にっこりと笑う雫に釣られて、私も皆も笑って頷いたのだった。
☆★☆
「──で、結局まふゆは愛莉達と一緒に回りたかったから、勝手にコースを決めたの?」
「それは……」
修学旅行のコースも決定し、解散した私とまふゆは揃って自分の教室に向かっていた。
帰るついでに気になることを聞いてみることにしたのだが、反応はよろしくない。
ここはさらりと誤魔化してくれるとありがたいのだが、素直だから困りものだ。
触れない方がいいのか、空気読みを始めるか悩む私にまふゆは再び口を開いた。
「断られるんじゃないかって、思ってて」
「えぇー? 何でそう思ったのよ?」
「何となく」
「何となくってなによ、もう」
「……3人で行こうって言ったら、今の絵名は嫌がりそうだなって」
冗談だと思っていた私の目を、まふゆがじっと見つめてくる。
ここで逃げたら「ほら」と言われるような気がして、私もじっと見つめ返した。
「愛莉には心配されてて申し訳ないなーとは思ってたけど、断るほどじゃないから」
「そうなの?」
「そうなの。嫌な相手なら兎も角、友達相手に断ることなんてないでしょ」
まふゆはわかってないみたいだけど、愛莉に話を聞いたのかその青い目には心配の色が見える。
(自覚はないけど……記憶が消えちゃったせいで、相手によっては罪悪感が出ちゃうのかな)
まふゆの反応から、そんな答えを導き出して溜め息を溢す。
前の私なら『心配をかけたくないから』と避けていたかもしれないが、今の私は避けたところで『喋れない自分』は変わらないということを知っている。
ふとした時に悲観的になってしまいそうになるぐらいなら、今を楽しんだ方がいい。
(……って、何だかちょっと前の瑞希みたい)
それだけ、私の中で皆が大切になったのかもしれない。
それが嬉しくもあり、どうしようもなく……罪悪感で胸が締め付けられた。
「ま、今度はちゃんと言ってよね。ちょっと怖かったんだから」
「うん、そうする」
まふゆが頷いたタイミングで教室に戻った私達はそれぞれ自分の席に着く。
(……今度、か)
本当に、スケッチブックに絵を描いたら記憶の半分が思い出せなくなっていた。
体験してしまった今だと、その『今度』が本当に来るのかと弱気になってしまいそうだ。
(2枚目がまふゆのことって考えると……私が奴だったとしたら、次に仕掛けるのはやっぱり)
スマホのロックを開いて、ナイトコードのアプリを起動。
オンラインで今も頑張っているらしい奏のアイコンをタップして個チャの画面へ。
『ごめん、』
(やっぱり、ダメか)
直前まで『巻き込んで』という文字を打とうとしていたのに、気が付いたら頭が真っ白になって変な句読点を付けて送信してしまっていた。
『ごめんって、急にどうしたの?』
奏からすぐに返信が返ってくるものの、やっぱりスケッチブックの件を伝えようとしたら手が止まってしまう。
鍵付きのSNSアカウントで『助けて』も言えないこんな体じゃ、謝ることすらできないのも嫌になる。
『わ、ごめん。うっかりしてた! 絵画教室のことで友達に聞こうと思っていたのに、間違っちゃった!』
『あぁ、そういうことなんだ。大丈夫だよ、何かあったら言ってね』
(優しいな、奏……言えるのなら色々と言いたいことがあるのに)
修学旅行という物理的にも私が関われない短いようで長い時間が終われば、奴は仕掛けてくるだろう。
不本意ではあるものの、私と奴の付き合いは長い。
常日頃から干渉してきたので、奴の手口もある程度は知っているつもりだ。
(……奏のお父さんが姿も見えないスケッチブックに狙われてるって言っても、どうしたらいいんだろうね)
冗談にしか聞こえないどころか精神科を勧められそうな言葉だし、直接守ろうにも姿が見えない超常の力を使う相手へと対策としては不十分。
そうやって考えていくと、結局私ができることといえば……コトが起きてから対応することしか思いつかなかった。
(あーあ。メイコから無敵バリアみたいな何かを聞いてなければ、もっと別の手段を思いついていたのかな)
人に干渉したり、ループ現象のようなモノを引き起こしてしまう力を見るに──反対に位置するとはいえ『想い』に関する存在であるにも関わらず、セカイの皆よりも力は強力であるように思う。
(とはいえ、その力だって無制限じゃないはず)
だって奴は『ルールだから』と言っていたのだ。
奴の力が無制限であるとすれば、ルールを気にするような言葉は出てこないだろうし、今まで私以外に干渉しなかったのも理由があるはず。
ならば、今のように派手に動くのだっていつかは限界が来るに違いない。
……というのが、私の希望的な予想である。
(この予想が正しいのかはわからないけど……ま、今は修学旅行を楽しもうかな)
私はスマホをスカートのポケットに入れて、頬杖をつきながら窓の外を眺める。
(──だって、最後かもしれないもんね)
仮に、これで賭けに負けたとしても、誰も恨まないように。今、できることはやっておこう。
一歩でもズレたら最後かもしれないから……ほんの少しぐらい楽しんだっていいじゃないか、ってね。
自分の問題を他人に任せてしまうのであれば。
無意識に期待して、恨まぬように。