世の中には『自分が知ってることなら相手も知ってるだろう』という、何故か共有されない罠がありまして。
というわけで、リンさん視点です。
修学旅行の前日に、絵名がひょっこりセカイにやって来た。
久しぶりに『ノートに書きたい』と言ったので、ノートを渡したところまではいつも通り。おかしなところはない。
それこそ、まふゆの件が起きるまではノートに何かを書こうとしては失敗する姿を見ていたので、いつものことだろうと流していたのである。
つい最近まではルカが双六を持ってきて、数字を書き込んでサイコロ代わりにした鉛筆を絵名に渡してから、飛んでいく鉛筆の出目で双六ゲームをする。
それぐらいわたし達にとってこのノートの書き込み作業は慣れたことだった。
だから今回も(今回は鉛筆を何十回飛ばすんだろう?)と酷いことを考えていたのに……珍しいことに、片手で足りる程度の回数だけでノートに書き込んでしまったのだ。
「絵名?」
「……ううん、何でもない」
書き込めるのは良いことの筈なのに、書き込んでいる時の絵名の顔はいつも以上に険しい。
その顔があまりにも印象に残ってしまって、わたしは絵名が帰った後もあの表情の意味を考えていた。
☆★☆
そうやって1人で考えても答えは出ずに時間だけが過ぎていく。
まるで嬉しくないような顔をしていたことをミクやレンに相談していたら、ふらりと現れたルカが何かありそうな笑みを浮かべて指摘してきた。
「嬉しくない顔ってことは、その変化が嫌だったってことでしょうね。絵名はこのまま進んで、壊したいものを壊せるのかしら……」
何が楽しいのかわからないけれど、ルカの言っていたことが大きくズレているわけじゃない気がする。
絵名が書いていたノートを片手に、わたしは1人で考えを巡らせた。
(絵名にとってはノートに書くのは大事なことらしい。なら、いつもなら書きたいことが書けたのは嬉しいことのはず)
その証拠にいつもなら何かを書き残せたらとても嬉しそうにしていたし、書き終えたら満足そうに笑っていた。
でも、久しぶりにノートに書き込んだ絵名は難しそうな顔をしている。わたしじゃなくても変だって思う態度だ。
(ノートを見たら何かわかるかも)
考えても『おかしい』という違和感以外は何も思いつかなかったので、手がかりもなく考えるのは諦めた。
これが絵名なら怖いぐらいに見通してくるんだろうけど、残念ながらわたしは絵名みたいに地中に潜りそうなぐらい考えて生きていない。
できないことはできないと切り替えるのは大事。切り替えてできる方法で進めばいい。
これも絵名が言っていたので、わたしが実行しても問題なし……と思ってノートを開いてみたのだけど。
(……これが絵名が書きたかったこと?)
絵名が最近書いた文章の最初はこうだ。
『父の「そうか」という低い声を聞くたびに、胸が痛かった。
母の「気にしないで」を聞いて泣きそうになった。
弟の「悪い」に頭を地面につけたくなって、親友の「こうやって遊ぶ前に美術室で見た」という言葉に罪悪感で吐きそうだった』
記憶が無くなって罪悪感を持っていることを言っているのだと思うが、絵名が悪くないことをつらつらと書いているとこちらも胸が痛くなってくる。
ただ、このノートは絵名が残したいことを残すためのノートらしいこともあって、続いている言葉から伝わってくる感情が変わっていた。
『この1年で声が聞こえてきたせいか、理解したことがある。
あいつはずっと私の
反対らしいから? 感情、気持ち、想いあたりの力がある?
あの話が拗れたのはこれ、かも。
書けてる。削ってる。
次は↑ないかもしれない。だから、』
何かを伝えようとしているのはわかるけど、最後の方はそれを優先しているせいかめちゃくちゃだ。
「後、書き込んでたのは最初のページだけだったはず……」
最初のページの白丸が1つ消えて、黒丸が2つになった。
黒丸が2つに、白が1つ。4つ目に人の顔っぽい丸に×印が書かれている。
(何でだろう。すごく、嫌な感じ)
白と黒。
これが何を表現しているのかはわからないけれど、大事なものを書き表しているように思うのは……わたしの気のせいじゃないはず。
(確か、遊んでいた時に白が勝ちで黒が負けだって瑞希が言っていたような)
瑞希が言っていた意味とは違うかもしれないけれど、白星は勝ちで黒星は負けとか言っていた記憶がある。
これもそうだとしたら、絵名は最近、何かに負けてしまったのだろうか……?
何かと言ってみたものの、そんなの1つしかない。
「──スケッチブック」
あの、気持ち悪くて禍々しい気配の存在。
誰かの想いを踏み躙ってきたような気配といい、あれは多くの人の願いを犠牲にして生き延びてしまった類の呪いだと直感した……わたしにとっては見たくもないぐらい嫌なヤツ。
正直、あんなものを視界に入れたくもなかったから、できるだけ見ないようにしていたんだけど。
その行為が今になって良くないことだったんじゃないかと、すごく後悔している。
もしもあのスケッチブックがまた、絵名に何かを仕掛けていたとしたら?
そのせいで絵名は書き残せる範囲が増えて、それを何とか伝えようとして形になったのがこの黒丸なのだとしたら……だとしても、どうすればいいんだろう?
(……わからなくてモヤモヤする)
絵名の伝えたいことがわからない。絵名のことがわからない。
(絵名の真似をしてみたら何か繋がるかな)
絵名が悩んでいたり、考え事をしている時は机に向かって紙に書き出しているか、部屋の中をぐるぐる歩いていることが多い。
机に向かって悩むよりも、歩いている方がふとアイデアが降ってくることがあるから、なんて話を聞いた。
もしかしたらわたしもその辺りを歩いてみたら近付けるかもしれない。
そう考えて、ノートを見ながらその周辺を歩いてみた。
「おい……リン!」
じっとノートを見ながら歩いていると、いつの間にか目の前にカイトが立っていた。
声をかけられるまで気が付かなかったので、凄くビックリした。
「な、何?」
「それはこっちのセリフだ。俺はここに立っていただけだが、前を見ずにぶつかりそうになっていたのはお前だぞ」
「それは……ごめん」
「気をつけろ」
考えることとノートを見ることに集中し過ぎてしまったせいで、カイトに迷惑をかけてしまった。
素直に頭を下げると、カイトはわたしが持っているノートへ目を向ける。
「そのノートが悩みの種か?」
「えっ……えっと」
「黙っていても何も伝わらないぞ。それでもいいなら好きにしろ」
言い方はかなりきついが、たぶん『言いたくないのなら言わなくても良いし、相談に乗る』という意味だろう。
……自信はないけど、絵名が「あんなこと言ってるけどね~」とカイトのことを話してくれていたから、大きく間違ってないと勝手に思っている。
「カイトはスケッチブックのこと、知ってる?」
「スケッチブック? 聞く相手を間違ってるんじゃないのか」
「そうじゃなくて」
勘違いしているであろうカイトにあの気持ち悪いスケッチブックの話をする。
一通り話を聞いたカイトは考え込むように右手の拳を口元に近付けた。
「そうか。それが『喋れない呪い』とやらの元凶か」
「! 知ってたの?」
「話せないあいつから少し聞き出した」
「どういうこと?」
話せないのに聞き出すなんて、ナゾナゾだろうか。
ミクとレンが瑞希とよくやっているのは見かけるが、得意じゃないからハッキリ言って欲しい。
「喋れなくても聞き出せる方法はある」
「そうなんだ」
そう思っていたらあっさりと答えが出てきた。
その答えのついでと言わんばかりに、カイトはとんでもない情報を追加する。
「それにしても……記憶を消した元凶が口封じか。あいつも中々、厄介なモノに付き纏われているようだな」
「え?」
カイトは今、何て言った?
「絵名が記憶を失ったのは事故が原因だって言ってた」
「俺は本人からそう確認したんだが……随分と話が拗れているようだな」
事故が起きたタイミングで記憶を無くしただけであって、事故のせいで記憶を無くしたわけじゃないということなのかもしれない。
理由が理由だったので詳しく聞いていないのが落とし穴になっていたなんて、嫌な想像が繋がってしまう。
「……他人の想いを食い物にするような存在なら、記憶を取ってもおかしくない」
「記憶や経験がないと想いも生まれないだろう。そのスケッチブックは《想い》を糧にしている存在なのかもしれないな」
なら、この増えた黒丸は絵名が記憶を無くしたっていう証なのだろうか。
わたしの記憶が正しければ、あのスケッチブックの白紙は既に絵を描いている1枚も含めると4枚。黒丸と白丸と変な記号も合計すると4つ。
黒丸が絵を描いてしまった……絵名がスケッチブックに負けたって意味での記号なのであれば、絵名はいつの間にか行方不明だったスケッチブックの2枚目に絵を描いてしまったことになる。
「あのスケッチブックに絵を描いたら記憶を無くしてしまうのだとしたら……絵名が記憶を無くしてるようには見えなかったのはおかしい」
「取られたのが全部じゃないのなら、見えない可能性もある。その辺りは本人に聞かないとわからないだろうな」
「聞いた方がいいのかな」
「……それはお前が自分で考えろ」
それ以上話すつもりはないのか、カイトはどこかへ行ってしまった。
(カイトの話が本当なら)
嘘をついていると疑っているつもりじゃないけれど、やっぱり信じたくなくて。
(やっぱり、聞いてみるしかないのかな)
絵名って、記憶を無くしちゃったの? って、聞いてみるしか答えは出ない。
(聞いて、どうするの? 聞いて、わたしに何ができるの?)
現在、時間をとってスケッチブックを探して見ているものの、わたしが見ている範囲にはいないらしい。
……見つけたところで、あのバリアみたいなものがあるせいでわたしには何もできないのだけど。
(話そうとしたら絵名が苦しんじゃうのに……何もできないわたしが、聞いても良いのかな)
ただ、絵名を苦しめるだけになるんじゃないかな、と。
ウダウダ悩んで行動に移せずにいるわたしに、タイミングよく声をかけてくる存在がいた。
「リン、ここにいたんだね」
「ミク? どうしたの?」
「瑞希が今の時間なら大丈夫じゃないかって言ってたから、まふゆの所に行こうと思ってる。リンも一緒に行かないかなって」
聞くにしても、聞かないにしても、絵名が気になるのは変わらないのなら。
止まってずっと考えるよりも、動く方がいい。これも絵名が言っていたことだ。
「わたしも一緒に行きたい」
「うん、行こう」
今はただ、無性に絵名に会いたい。
何もできなくても、とりあえず行動したい。
モヤモヤして動けなくなる前に、わたしはその気持ちに素直に従うことにした。
《実は……》
誰もいないセカイのリンはえななんの話を聞こうとした結果、目の前で苦しんでいる姿が目に焼き付いてしまって、それがとても怖いと思っている。
スケッチブック抹殺計画のために、えななんが苦しんでる姿ばっかり書いてるせいか。
推しを苦しめるよりもスーパーオリ主突っ込んだ方が『問題解決』という面では早いだろうなー、と別の話を妄想しそうになりますね。
……まだまだもどかしい状況が続きますが、えななん達には頑張ってもらいましょう。