善悪は、結果が出ないとわからない。
学校イベントの宿命、移動時間はほぼ乗り物。
その洗礼を受けた私達はおやつを食べるぐらいの時間になってやっと、乗り物から開放された。
「んー、っと。新幹線に乗ってバスにも乗ったら、体がカチコチになっちゃうよねー」
ぐいっとまずは背中を伸ばし、乗り物に揺られて固まってしまった体を解していく。
隣では誰も見ていないことをいいことに、優等生の仮面を外したまふゆがポツリと呟いた。
「絵名、おばあちゃんみたいだね」
「は? 何? 京都に来てまで喧嘩の大安売りしてんの?」
「思ったことを正直に言っただけだけど」
「言っていいことと悪いことがあるでしょうが!」
買うけど? とファイティングポーズを取れば、まふゆは不思議そうに首を傾げつつ、そのまま歩き出した。
本当に何なのだろうか、この優等生サマは。
2時間半、新幹線で座った上にバスにも揺られていたおかげで体が固まっていただけなのに、おばあちゃん扱いは心外である。
早足で追いかけるうちにいつの間にか、歩幅を合わせてくれていたまふゆと並び、生徒の列に紛れ込んだ。
「今日はこの後、旅館に行って終わりだっけ?」
「一応、旅館で自由時間はあるよ」
「でも京都を回れるのは2日目からでしょ。1日目は生六つ橋を作ったりして終わったんだから、神社巡りは明日だし」
「文句を言っても何も変わらないと思うけど」
「わかってるってば。それでもこんないい景色を素通りするなんて文句の1つでも言いたくなるでしょ」
東京とは違った雰囲気の町並みはどこを見ても新鮮だ。
ただ歩いて通り過ぎるだけではもったいなくて、私はスマホで写真を撮りながら前に進む。
「絵名、危ないよ」
「大丈夫だって、気を付けてるつもりだし。京都の資料館とか写真は撮れなかったから、今のうちに撮れるものは撮りたいのよね」
「今は止まれないんだから、明日の自由時間にゆっくりすればいいのに」
「この瞬間は今しか訪れないからいいんですー」
まふゆの方が正しいとはわかっていても、己の欲には逆らえない。
欲という本能的なものに従ってしまうのが人間という生き物であれば、身の危険という本能的な感覚に逆らえないのもまた人間で。
「絵名……いい加減、やめようか」
「あ、はい」
ひょいと私を抱えて、まふゆがニッコリと笑う。
暴走気味だった行動を物理的にも押さえ込まれ、威圧のある笑みを向けられた私は、血の気が引くような感覚に陥りながらもスマホを片付けた。
☆★☆
──旅館にて。
「朝比奈さん、東雲さん」
「うん? どうしたの?」
同室になったクラスメイトの2人が部屋に入ってきた後、1人の子から声をかけられた。
さっき外の方で先生が「入浴時間が〜」と話していたので、それ関係だろうか。
部屋に入った当初、先にお風呂に入りたいと話していたので、それ関係のお願いをしようとしてるのかもしれない。
入浴順は後でも先でもどちらでもいいので、先に返事をしたまふゆに任せてしまおう。
そういう意味も含めて、私は忙しそうなフリをして荷物の整理を続ける。
「先生が先に半数、お風呂に入ってって言ってたんだけど……」
「そうなんだ、教えてくれてありがとう。そういえば、2人は先に入りたいって言ってたよね?」
「えっ、覚えてくれてたの?」
「もちろん。私も明日のことで調べたいこともあるし、絵名も荷物の整理中だからお先にどうぞ」
「ありがとう! じゃあ、先に入らせてもらうね!」
幼馴染とかそういうレベルで長いとは言えないものの、私とまふゆの付き合いは濃い方だと思う。
そういうこともあって、私が何かを言わなくてもまふゆは勝手に意図を汲み取ってくれた。
「……絵名が対応すればよかったのに」
お母さんと和解しても仮面の付け外しを続行中のまふゆは、2人が出て行くのを確認してから笑顔の仮面を外した。
「そこは日頃の行いの差かな。ありがとね、まふゆ」
「日頃の行いが悪いつもりはないけど」
「良過ぎるのも考えものよね。恨むなら全方向に良い子ちゃん戦略をしちゃう自分を恨むか、抜け出すしかないんじゃない?」
「……考えてみる」
無表情なのは変わらないものの、不満ですと言わんばかりのオーラが出ているので随分とわかりやすくなったものだ。
それがなんだかおかしくて笑うと、呆れるような視線を向けられてしまった。
外向けの顔を持つのは私も同じなので否定しないものの、まふゆはやり過ぎているようにも思うのだ。
いつまでも私が間に入ってガードできる環境が続くとは言い切れないので、こういうやり取りから『都合のいい人』にならないように考えていけばいい。
(そうすれば私がいなくても、潰れることはないでしょ)
……嫌なことを考えてしまった。
つい考えてしまう最悪なことを頭から追い出していると、目の前でまふゆがスマホを取り出した。
「調べものなら向こうで座ってやればいいのに」
「修学旅行前に調べてるから、これは別件」
「ふぅん、もしかしてナイトコード?」
その割には画面は暗いままだし、何をしたいのかわからないのだけど。
「こうしてたらミクが来るかなって思って」
「約束してたの?」
「してない」
まふゆは約束も何もしていないのに、自分の顔が映った真っ黒な画面を見つめているらしい。
ミク達にも修学旅行の話はしたものの、約束していないのならタイミングよく来るわけないだろうし……
『まふゆ。今、いい?』
「いいよ、ミク」
(うっそでしょ!?)
……来ちゃった。タイミングよくミクが来ちゃった。
これがフラグ、言霊の力だとでもいうのか。私も実現してほしくないことを思わないように気をつけなければ。
『絵名』
「わっ、ビックリした……リンも来たの?」
『ミクがまふゆの方に顔を出したみたいだから、わたしも出して大丈夫そうだって思ったの』
ミクがまふゆのスマホに現れたと思ったら、今度は私のスマホにリンが来た。
修学旅行の話をしていた時は興味がなさそうだったのに、実は気になっていたのかもしれない。そう思うと少し微笑ましい。
まふゆとミクが話しているのを邪魔しないように距離を取りつつ、私もリンに話しかけた。
「リンもなんやかんや修学旅行が気になったんだ?」
『別に、旅行のことはどうでもいい』
「ふぅん、そっか」
そう言いながらもこうやってこちらに来ているのだから、リンも素直じゃない。
『何か勘違いされてそうだけど、本当に旅行に関してはそこまで興味はないよ』
「ふふ。うん、わかってるよ」
『絶対にわかってないでしょ』
リンのジトッとした目を見ていると、本気で嫌がっているのがわかる。
これ以上はやめておこう。揶揄ったら嫌われてしまいそうだ。
「興味がないのに来たってことは……もしかして、瑞希に何か言われた?」
『言われてない。でも、お土産はわらび餅がいいなーって言ってた』
「ちゃんと言われてるじゃん。あぁ、そうだ。生六つ橋は確定なんだけど、それ以外にもリンが欲しいお土産はない?」
『別に。絵名が無事に帰ってきてくれるのなら、それでいい』
冗談ならよかったのに、リンの目を見る限り本気のようだ。
「……旅行から帰れないってことはないと思うし、安心してよ」
『ねぇ、絵名。1つ聞いてもいい?』
「うん? どうしたの?」
『絵名は記憶、なくしちゃったの?』
「……」
驚くことすら、許されなかった。
声も出ないし、表情も変えられず、指先1つも動かせないぐらい不審な動きを封じられている。思わせぶりな言葉さえも口から出せない。
【──お前、言ったの?】
頭の中に響く奴の声は疑っているようだが、私の行動は奴が制限してるのだから、わかっているだろう。
今も何も言えないし、合わせるつもりもない癖に。
「……なにそれ。私がリンを忘れてるように見えたの?」
『ううん、見えてない』
「でしょ。皆のことは忘れてないから大丈夫だよ」
何が大丈夫なのか自分でもわからないけれど、警戒されている今では紛れ込ませられる言葉はこれしかない。
欲しい答えが得られなかったせいか、話を聞いているリンの顔も曇ってしまっている。
……旅行先で暗い顔を見るのも嫌だし、話題を戻そう。
「そんな話より、お土産だってば。ほら、本当に何かないの?」
『……そう言われても、何があるのかわからない』
「確かに何があるかわからないよね。お土産、一緒に選ぶ?」
『大変じゃない?』
「全然。あれならレンも呼ぶ?」
『そこまでは決められないから、聞いてから考える』
「……それもそうね。後でレンにも聞いててよ」
話が逸れたと判断されたのか、いつの間にか息苦しさは消えていた。
最近の癖で喉に手を当てると、それを見逃さなかったリンが目を細める。
『苦しいの?』
「え? あっ、これは」
『……苦しいのなら言わなくてもいい。わたしは絵名を苦しめたいわけじゃないから』
リンはチラリとまふゆの方へと視線を向ける。
まだミクと話していることを確認してから、目線を再びこちらに戻した。
『でも。今のわたしじゃあんな奴をどうにかすることも、絵名を止めることもできないのが……悔しい』
「リン」
『まふゆのことがあってからの絵名の変化を考えたら……きっと、今の絵名を止めたら、大変なことになっちゃうかもしれないんでしょ? そう、感じちゃったから。絵名を苦しめたくないのに、止めたいのに……何もできないことがすごく悔しいよ』
「……違うよ、リン。皆がいないと何もできないのは、私の方なんだよ」
ニーゴに誘われてなければ、引き留められてなければ私はこんなところまで歩いて来れなかった。
スケッチブックも1人でなんとかするんだって決めたのに、結局、こうやって迷惑をかけて。
巻き込んだ挙句に1人じゃ解決できなくなっているのだから、私の自業自得に巻き込まれている皆が不幸だと言っていいだろう。
「皆がいないと何も解決できないし、リンが悔しがる必要なんてないんだよ」
奴との因縁がある『私』という存在はとんでもない地雷で、迷惑ばかりかけてしまう人間なのだろうけど。
黙って言えないまま、巻き込んで迷惑をかけてしまうのに、途中離脱することになりそうなのだけは……心残りだけど。
『何か、できることはない?』
「あー。今だったら……リンさえ良ければ、奏の方も気にしてくれない? 最近、大変そうだからさ」
『絵名自身のことは?』
「修学旅行中は平気」
『……わかった』
「不満そうね? お詫びにお土産はとびきり良いのを選ぶから、許してよ」
ちっともわかってなさそうな顔で頷くリンに、苦笑い。
私だって逆の立場ならリンと似たようなことをしていただろう。他人のことは偉そうに言えない。
(……後でまふゆにも何を話してたのか聞かれそうだなぁ)
ミクと話していても感じる、痛いほどの視線に私の顔が苦笑いで固定されてしまいそうだ。
(明日は覚悟した方がいいかも)
リンとまふゆと愛莉達。どこまで繋がって動いているのかは不明だが……旅行後の喉がまた、やられる可能性を考えた方がいいかもしれない。
1番聞きたい人の声が聞けないから。
苦しませたくないというリンさんの選択が、良かったのか悪かったのかは──結果が出てみないとわからない。
誰かの助言を聞いて、良い結果になればその誰かは『善人』だし、結果が悪かったら自分を騙した『悪人』となるように。
善悪は結論で決まるからこそ、終わり良ければ全て良し……になるのかもしれませんね。
Q……まふゆさん達はこの会話を聞いたの?
A……(気になるけど、盗み聞きするのは良くないよね)
たぶんこんな感じでまふゆさんやミクさんは都合よく話を聞いていないものとします。
次回は修学旅行から移動して……一方その頃、瑞希さん視点です。