6000文字超えなのでいつもより文字数多めですが。
前半はほっこりを入れつつ、リンさんの元へ。
朝比奈さん視点、始まります。
修学旅行から帰った私は早速、荷物の整理を終わらせにかかる。
洗濯物とそうでないものを仕分けていると、お母さんに後ろから声をかけられた。
「まふゆ、洗濯物はこれで全部?」
「うん、全部出したよ。もしかして、洗濯できないものが混ざってた?」
「ああ、そうじゃないの。洗濯機の中がいっぱいだからすぐに洗濯しちゃおうと思って、確認したかったのよ」
「そうだったんだ。ありがとう、お母さん」
あの閉じ込め事件から、私もお母さんも少し距離感を測りかねているせいで、誰が見ても余所余所しい会話をしている。
……あんなことがあったのだから、しょうがないのかもしれないな。
諦め半分に部屋に戻ろうとすると、お母さんから声をかけられた。
「まふゆ、少し良いかしら?」
「どうしたの?」
私が振り返るのと同時に、緊張した面持ちのお母さんが紙を突き出す。
可愛らしいフォントで『うさぎつくしまつり』と書かれたソレは、今までのお母さんを考えると『らしくない』チラシだった。
「これは?」
「実はまふゆのことで、絵名ちゃんに色々と相談に乗ってもらってて」
「えっ、絵名に?」
「そうなの。絵名ちゃんとはメッセージでよくやり取りしてるんだけど……この間、シブヤでまふゆが好きそうなイベントを紹介してもらってね。まふゆさえ良ければ、お母さんと一緒に行ってみない?」
そもそも、お母さんと絵名がやり取りしてるのも驚いたのだが。
何をどうしたら数週間で『絵名ちゃん』と親しげに呼ぶ仲になるのかと、ビックリして話の内容が飛ぶところだった。
最近はおとなしかったからと、絵名の人誑し属性を忘れていた私が悪いのかもしれない。
絵名の人誑しは同級生や年下だけでなく、年上にも効果あり。覚えておこう。
「……その日は特に予定はないから、大丈夫だよ」
「そうなのね。なら、予定に入れておくわ……あぁ、でも。無理ならちゃんと言ってね? 調整するから」
私の返事が肯定的なのが嬉しかったのか、お母さんは鼻歌を歌うほど、上機嫌で洗濯しに行った。
(温かいな)
大体、お母さんと話したら胸の中が冷たくなったけれど、今は少しだけ温かく感じる。
これも皆のお陰なのだろう。だからこそ。
(──絵名のことをもっと、知らなくちゃ)
リンに話を聞くために、自分の部屋に向かう。
部屋に着いたのと同時に、瑞希からのメッセージが来ていたのに気がついた。
冒頭は『京都からおかえりー、修学旅行は楽しかったかな?』という内容だったが、その後の文にスクロールする手が止まる。
『帰ってきて早々悪いんだけど、まふゆに1つ聞きたいことがあってさ。修学旅行前に言ってたピンク云々って話、もしかして絵名関係だったりする?』
もしかしたら瑞希の方でも何かあったのかもしれないと、思うような内容だ。
(絵名の件は色々と複雑みたいだし、巻き込める人数は多い方がいいか)
そう判断した私は『その件で今からリンに話を聞きに行くの。セカイに来れる?』と返信。
瑞希から『行く!』という短文が送られて来るまで、 3分もかからなかった。
☆★☆
「──それで2人揃って来たんだ」
「うん、絵名がリンに話を聞いて欲しいって」
「ボクは偶然だけどねー……でも、絵名が心配なのは一緒だよ」
瑞希とセカイで合流してからリンに会いに行くと、ムスッとした顔で出迎えてくれた。
修学旅行での絵名のことを話してやっと、リンは口を開く。
「……用件はわかった。それで、まふゆはスケッチブックのことについては知ってるの?」
知らなければ変な質問に聞こえるけど、私は瑞希から話を聞いているし、あれも見ている。
「瑞希から『喋れない呪い』とスケッチブックのことは聞いたよ。絵名の苦しそうにしている姿も見ちゃったから……ソレが本当に良くないものだっていうのも感じてる」
「苦しそうって、何があったの?」
「……絵名に話を聞いちゃったんだね」
私の話を聞いた瑞希とリンの反応は全く違っていた。
絵名のアレを見たことがない瑞希は目を丸くして、別の機会で見たであろうリンは悲しそうだ。
(あんな姿を見たら当然か)
修学旅行中に絵名に対し、あんな踏み込んだことを──スケッチブックのことを、聞かない方が良かったのではないか?
リンと話すというヒントを聞けたという進捗があったとしても、聞き出して本当に良かったのかと今でも悩んでいる。
私だってそうやって考えてしまうのだから、リンも似たような状態なのだろう。
人が苦しんでいる姿を見ていることしかできないのは、すごく気分が悪いのだ。
「うん。そのせいで修学旅行中、喘息発作みたいな症状で絵名を苦しませてしまったの」
「……そう」
リンは伏せていた目をゆっくりとこちらに向ける。
「わたしが知ってることは話す。でも、この話が正しいとは思わないで」
「どういうこと?」
「正直、わたしも嘘だったらいいのにって思ってるから。後は……絵名の話がどこまでが本当で、どこからがそれっぽい話なのか、わからない」
リンに言われてみれば思い浮かぶ、絵名のそれっぽい話の種。
あれを全部仕訳けるのは至難の業だろう。私も瑞希もそれは理解できたので頷く。
こちらの了承を確認したリンは、人差し指をピンと立てた。
「まず前提として1つ。絵名が話していた記憶喪失の原因は事故じゃないらしい」
「……え?」
「えぇ!? 嘘でしょ!?」
「瑞希が叫ぶのもわかるけど、カイトは絵名から『呪いとやらのせいで記憶を失った』って確認したって。呪いの原因はスケッチブックだから、本当は事故が原因じゃなかったみたいだね」
事故ならまだ、記憶喪失である原因だと納得できた。
それなのに、本当はスケッチブックのせいで記憶を無くしたと?
リンが嘘だと思いたい理由も納得だ。こんなの、私だって信じられない。
「待って待って。つまりだよ? ボクらは事故のせいだって聞いていた記憶喪失の実態は、偶然、記憶を無くしたタイミングで事故が起きたってのが正解……ってこと?」
「たぶん」
「本気で?」
「少なくとも、わたしはそう思ったよ」
わざとらしい口調で瑞希が尋ねるが、リンの口から返ってくるのは肯定のみ。
どう聞いても嫌な言葉ばかりで、瑞希は頭を抱える。
「ってことは、そのスケッチブックは絵名の記憶を奪った上に、口封じする呪いをかけて……今も絵名を苦しめてるの!? ボクならすぐに手放すよ、そんな厄物!」
「残念だけど。ソレ、手放しても戻ってくるし、燃やしたり切ろうとしても変な力で守られてるよ。しかも今、アレは行方不明で手も出せない」
「うへぇ、そんなオマケ聞きたくなかった。そのまま行方不明でスゥーッと消えてくれたらいいのに」
「絵名に手を出してる状態でも?」
「……それは早く出て来てくれないと困るね。焚書チャンスもないじゃん」
口では冗談のように言っているが、瑞希の目は鋭い光を帯びている。
私の頭の中も不思議と冷えていて、リンが言ってくれた情報を纏めていた。
「記憶を消してくるくせに捨てれないし、処分も不可。ソレについて喋ることもままならないどころか、喘息発作症状まで引き起こす場合があるモノ、か」
「まふゆの言葉に付け加えるなら、後は気持ち悪い気配がすることぐらいかな」
「……凡そ、スケッチブックに対する評価とは思えないけど。少数の人だけが絵名の様子が変だと思うのも、スケッチブックが関係してるの?」
「わたしの予想だけど。絵名は何かの理由で、スケッチブックに2枚目の絵を描かなきゃいけなくなって……その結果、記憶の一部が消えた状態が『今』なんだと思う。記憶が一部でも消えちゃったせいで、絵名の様子が変に感じるようになったんじゃない?」
スケッチブックが記憶喪失の原因だって話の時点で、何となく嫌な予感がしていた。
できればその予感は外れて欲しかったのだが、リンの違うらしい。
「いやいや、おかしくない? なんで絵名は記憶がなくなるってわかってるのに、スケッチブックに絵を描いたのさ。普通は描かないでしょ?」
「相手は普通じゃないし……自分以外が理由だとしたら、絵名なら描いちゃうかもしれない」
瑞希の反応にリンは目を伏せた。
絵名の変化は私の家のことがあった後。
絵名が私に対して言った言葉は『娘の言葉であろうが、人の考えなんて変わらない』だった。
思い出した内容とリンの言葉が合わさり、私の口から自然と答えが出た。
「もしかしたら──絵名は私のせいで絵を描いてしまったのかもしれない」
口に出せば不思議と私は納得できたのだが、瑞希は不満そうに目を細める。
「えぇ? 何でそこでまふゆのせいになるのさ?」
「鳳さんは『最近』としか言ってなかったけど。桃井さんは絵名の異変について、私の家に行った頃からだって言ってたの。状況的に、その可能性が高い」
「……そういえば、弟くんから似たような話を聞いたな。絵名の両親も変だなーって思ってるって、弟くんが言ってたっけ」
瑞希は口に手を当てて唸る。
「けど、まふゆの家に行った後だからって、こじつけ過ぎじゃない? 絵名がスケッチブックに絵を描いた理由にはなってないよ」
「私達視点だとデメリットばかり目立ってるだけで、そのデメリット相応の……大きなメリットがあったら?」
私自身も肝心な『メリット』は思い付いていないけれど、絵名が描いた理由としてしっくりときた。
瑞希も「見合ったメリットかぁ」と声を出しつつ、人差し指を立てる。
「それこそ、何かヒントがあれば助かるんだけどなぁ」
「ヒントになるかはわからないけど……これならどう?」
瑞希の言葉に待ってましたと言わんばかりにリンが大切に持っていたノートを差し出す。
私と瑞希の前へと、リンはノートを広げた。
「絵名からノートを預かってるから、まふゆにも見てほしい」
「あー。これかぁ」
瑞希は見たことがあるのか、しわしわっと顔を顰めた。
「……これは」
ノートの内容は、瑞希が顔を顰めるのも少し納得してしまうぐらい意味が掴みにくいものだった。
最初に収集という文字を大きく何重にも丸をつけて強調していたり、絵名が何かを必死に伝えようとしてるのだけはわかる。
「『喋れない呪い』って、喋れないだけじゃないのかもしれないね」
「なるほどね、だから落書き状態なのかぁ……だとすると、書いたりして伝えるのも禁止っぽいな」
何で気が付かなかったのかなぁ、と悔しそうに溜め息を漏らす瑞希。
「手遅れになってないのだから、後悔するのは後にして」
「……まふゆの言う通りだね。あぁ、そうだ。リン的には最初に見た方がいいところはどこだと思う?」
「書き加えた部分は多いけど……まふゆの家に行ってから書き加えたのはここと、ここ」
リンが示してくれたのは黒と白の丸が並んだページと、最後に記載されたページだ。
私的には最後の紫色の文字とピンクの文字が気になったのだけど、瑞希は1つ目のページを見て首を傾げた。
「あれ? 最初に見せてくれた時から白丸と黒丸の数が違う気がするんだけど」
「そうなの?」
「うん。ボクの覚え違いじゃなければ、前は白丸が2つと黒丸と変な記号が1つずつの4つだったよ」
ノートに書かれているのは2つの黒丸と1つの白丸、後は記号だ。
白丸が黒丸になったのは間違いないようで、リンは首肯する。
「スケッチブックに描けそうな紙の枚数も丁度4枚だから、この丸はそれを表してるんだと思う」
「白が描いてないページで、黒が埋めちゃったページだとしたら。この人っぽいバツ印の記号は……」
「描いちゃダメってことなんだろうね」
リンと瑞希が話している間、私もノートに目を通す。
基本的に最後の方のページ以外はよくわからない落書きだったけれど、1つだけ気になるページがあった。
「ねぇリン、これも最近書いたもの?」
「それは……瑞希が見た後に書いたから、ちょっと前だったと思うけど」
「ボクにも見せてー」
瑞希が覗き込んできたので、見やすいように体を横に傾ける。
「『台本は幸福な王子(ほぼ強制)ってところ? このまま台本通りなのは嫌だな』……幸福な王子って何だっけ?」
「……知ってる気がするけど、すぐには出てこない」
「んー。じゃあ、今は考えてもしょうがないか」
知っているような気がするけれど、出てこないのが気持ち悪い。
考えても仕方がないと瑞希のように切り替えることができず、最後のページを捲られても私の脳裏には『幸福の王子』という言葉が残っていた。
「うーん。最初のところも気になったけど、最後も最後で意味がありそうな文章と色だなぁ」
「紫とピンクだね」
「そう。ちょうどまふゆとボクの色っぽいよね、ルカの可能性もあるけどさ」
「そこでルカはないと思うけど」
前半は絵名の罪悪感に関する独白で、その感情が何かのせいで増幅されていた気がするという予想が綴られていた。
その後のよくわからない言葉の羅列の後に、紫色で『あの話が拗れたのはこれ』という文章とピンクで『だから、』と書かれている。
「紫であの話といえば、やっぱりつい最近のあれだよねぇ」
「私もお母さんと私の話し合いのことだと思う」
話し合おうとして、途中から家に閉じ込められてしまうような結果を招いたあれだ。
「流れ的に罪悪感を増すような力を使って、私とお母さんの話し合いを拗れさせたって読み取れる……けど」
「そんなのありえる? って考えちゃうあたり、スケッチブックって単語が考える邪魔してくるなぁ」
スケッチブックという身近にあるものよりも、セカイとかいう全く別の空間の出来事の方が『そういうもの』だと割り切りやすい。
私も瑞希も、どうにも見たことのない『スケッチブック』という単語のせいで、思考が思うように進まなかった。
「今の所わかってるのは絵名が最近、スケッチブックに絵を描いたらしいってことと、そのせいでまた記憶を無くした可能性があるってことだよね」
「……あと、無くした記憶は中学時代の可能性が高い」
「うん? そんなの言ってたっけ?」
「言ってはいないけれど、途中で出てきた人の話の共通点は中学時代。後は修学旅行中に思い出話で様子が変になった絵名の反応も、証拠の1つになってる」
絵名の両親や彰人くん、鳳さんに桃井さんの4人は中学時代の絵名との関わりが多かった。
もしも絵名が中学時代の記憶を無くしているのが正解だとしたら、絵名がこの4人に異常を察知されるような行動をしてしまうのも納得できる。
そんな私の予想を聞き終えた瑞希は、眉間に皺を寄せた。
「これってさ、どうしたらいいんだろうね」
「……話、足りなかった?」
「あぁ、ごめん。リンから話を聞けて、絵名の現状を少し知れたのは良かったって、そう思ってるんだけどさ」
瑞希は吊り上がっていた眉を下げて、力無く笑う。
「でも、大部分は……聞いたとしてもそれからどうしたらいいんだろうって、何も思いつかない自分に嫌になってるんだ」
「瑞希……」
「絵名を苦しめてる元凶はどこにあるのかもわからなくて、処分できないんだよね?」
「うん、まだ見つかってない」
「処分できないのなら、絵を描かないでって言えたら良いんだけど。絵名ならダメだって言っても、誰かの為って理由で動いちゃうんだろうな」
結局、それからノートを見て時間をかけても、瑞希とリンが話した内容以上の何かが出てくることはなく。
明日は瑞希の補習が詰め込まれているらしいし、私も週2回まで減らした塾の日だ。
リンには申し訳ないけれど、今日は解散することになった。
☆★☆
(えっと……幸福の王子、だったよね)
セカイから部屋へ戻ってから、私は気になっていた言葉を検索した。
幸福の王子とは『オスカー・ワイルドという人の短編小説』と検索結果が出てくる。
スクロールしていけば、どうやら自我を持った王子像と燕が出てくる話のようだ。
(しあわせのおうじ──これだ)
調べていくうちに出てきた絵本のタイトルを見て、やっと点と点が繋がった。
子供の頃に読んだ絵本の中に、黄金の王子様の像と燕が出てきた話がある。
人々の為に自分の目になっている宝石や、皮膚として貼り付けられた金箔を人々に分け与え、幸せにしようとした……そんな、話だったはず。
(誰かの為に記憶っていう宝石を分け与えて、幸せにしようとした)
もしかすると、スケッチブックが与えるメリットは……願いを叶えることなのかもしれない。
(それでも、絵名の記憶を犠牲にしてまで願いを叶えて欲しいとは思ってないけど)
今ではそう思えているけど、それは『全て』が終わったから言える話だ。
(人の考えはそう簡単には変わらない、だったよね)
状況証拠しかない情報が本当なのだとしたら、絵名を止める方法はある。あるけれど。
「どの口で絵名に『他人の幸せを願わなくていいんだよ』って、言えるのかな」
そう思ってはいても、私にはそれを言う資格がない。
あるとすればその人は、きっと──
(……明日の作業の前に、奏にも話してみようかな)
──幸せをスケッチブックに願われていない、私以外の人だから。
《スケッチブック君のまとめ》
・スケッチブック君関係の話は禁止。
・現在、スケッチブック君は逃走中。出てくるのは絵を描く時だけ。
・姿が見えない状態でも誰かに干渉してくる。
・姿が見えても謎のバリアで物理攻撃は効かない。転移もしてるので、逃げ足もバッチリ。
こうやって並べると、まふゆさん達もどうしたらいいんだってなるぐらい盛られた性能ですよね、スケッチブック君。
えななんにも考えがあるようですが、これらをどうにかできるのか……
次回はえななん視点に戻ります。