イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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作者自身の忙しさも本作の展開も目まぐるしくて、誤字脱字が多くて申し訳ございません。
いつも閲覧、ご報告ありがとうございます。

それではどうぞ。






219枚目 海に来たのは

 

 

 

 

 乗った時は多かった人も随分と少なくなり、席に座ってぼんやりと外を眺めるゆとりが出てきた。

 空間的には余裕があるものの、内心は全く余裕がない。焦っていても電車のスピードは変わらず、もどかしい時間を過ごしていた。

 

 

(この方向、海があるんだっけ)

 

 

 中学の頃の夏休みに乗った線らしいので記憶には全くないのだけど、スマホで検索した限りではそうなっていた。

 記憶にあるはずのものがないと自覚する時間は寂しくて、ただ電車に揺られているだけなのに憂鬱だ。

 

 電車のアナウンスが車両内に響き、また人が降りていくのを眺める。

 とうとう私の周りに人がいなくなった頃、真っ黒だったスマホの画面に待っていた光が現れた。

 

 

『絵名ちゃん、今は大丈夫そう?』

 

「人がいないし、丁度いいタイミングだよ。でも、車両の中だから小声で話そっか」

 

『うん、わかった』

 

 

 周りに人がいないとはいえ、レンと普通に会話をしていたら目立ってしまう。

 口元に人差し指を当てると、小さく笑っているレンも私を真似て人差し指を口元に持っていった。

 

 

「それで、奏の様子は?」

 

『絵名ちゃんの言ってた駅で降りたよ。やっぱり、海に行くのかな』

 

「たぶんね。あの辺、海しかないらしいから」

 

 

 日記の中にあった情報なので、ネットで検索したものよりは私の中では信頼できる。

 

 私が乗っている電車も目的の駅に辿り着き、顔を顰めてしまうような値段の運賃を支払う。

 ちょっと財布の中が心配だが、今は奏のことに集中しよう。

 

 

(すぐに見つかると嬉しいんだけど)

 

 

 駅を抜けてから真っすぐ海への道を歩き、潮の香りがするところまで移動してきた。

 所々釣りをしている人の姿は見かけるけれど、あの長い白髪の姿はない。

 

 

(これ、レンにも協力してもらった方が良かったかな)

 

 

 ほんの少し後悔しながら、私は海の近くを探し回る。

 

 もう帰ってしまったか、海とは別の目的地があったのか。

 杞憂だったのかと自分の判断を疑いそうになりながらも探し続けていると、ようやく見覚えのある姿を見つけることができた。

 

 

「奏っ!」

 

「……」

 

 

 呼びかけてもこちらに気が付いた様子はなく、座ったままぼんやりと海を眺めている奏。

 

 声をかけてもダメなら近付こうとしている間に、奏はゆっくりと海の方へと手を伸ばす。

 海に向けられた手は下へ、下へと伸ばされて。とうとう、体の比重が海の向こう側へと傾いた。

 

 

「ちょっ!? 奏ーっ!?」

 

 

 どう好意的に解釈しても、海の中に入ろうとしているようにしか見えない華奢な体を掴みに行く。

 あと少し傾いたら海の中へと飛び込みそうだった奏を捕まえ、こちら側に引っ張った。

 

 

「もう、本当に飛び込もうとしないでよ! 心臓に悪過ぎるって!」

 

「……絵名?」

 

 

 こっちは真剣になのに、肝心な救出者は何が起きているのかわからないと言わんばかりにきょとんとしている。

 

 力が全く入っていない奏の体は立つことすらままならず、ズルズルと座る姿勢へ。

 私の顔を見ているのかもわからない青い目を瞬かせ、奏は首を傾げた。

 

 

「絵名はどうして、こんなところにいるの?」

 

「はぁ……それはこっちのセリフだからね」

 

 

 会話が成立しているはずなのに、奏があまりにも無気力なせいか何ともやりにくい。

 

 

「私はレンから聞いて、奏を追いかけて来たの。奏が海に来なければ、私もここにはいないわよ」

 

「そうだったんだ」

 

「それで、奏は何で海に来たの?」

 

 

 とりあえず返事しましたと言わんばかりの気の抜けた声が、私の不安を掻き立てる。

 そんなこちらの心の中なんてわかるはずもなく、焦点の合っていない青い目が私から海の方へと向けられた。

 

 

「海の音を聴いたら、曲を作れるんじゃないかって思ったんだ」

 

「ふぅん。飛び込もうとしたのは?」

 

「してないよ。ただ、もっと近くで海の音を聴きたかっただけ」

 

「あと1歩で魚の餌になってたかもしれないのに?」

 

「餌か。それはそれで、良かったのかもしれないね」

 

 

 良くないでしょ、というツッコミは何とか飲み込んだ。

 今の奏に当たったとしてもまともな返事がもらえるとは思えないし、何より……奏がこうなっているのは奴の、私のせいだから。

 何を言っても自作自演のように思ってしまって気持ち悪い。

 

 結局、色々と突っ込みたいことを飲み込んだ私は奏の隣に座った。

 

 

「帰らないの?」

 

「今日は奏が満足するまで付き合おうかなって思ってね。ま、気にしないでよ。こっちは勝手にしてるだけだから」

 

「……そっか」

 

 

 奏の目は変わらず、海へと釘付けだ。

 私も真似して視線を向けるが、目の前に広がるのは海ばかりで、黒に近い色の海水が波打っているのが見えるだけ。

 

 鼻に届くのは当然のように潮の香り、耳には波打つ音。

 目からは『母なる海』なんて言うくせに、拒絶してくるような冷たさはあっても温かさはどこにもない。

 

 

(ここから発想を得ても、いつもの奏らしい曲にはならない気がするなぁ)

 

 

 偏見だろうけれど、少なくとも私はそう思う。

 

 

(それにしても、やっぱり寒いな。こういう時は温かいものがいいよね)

 

 

 鞄に常備していたカイロの封を開け、握り締める。

 指先が赤くなってしまっている奏の分も開封し、カイロを強引に握らせて、と。

 

 

(早く奏が持ち直してくれますように)

 

 

 できればカイロが冷たくなる前か、今日中ぐらいが希望だけど。ある程度立ち直ってくれるなら、それ以上になったって構わない。

 私は突っ込むタイプだが、待つことだってできるのだ。

 

 時間が許す限り、待ち続けよう。

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 ……あれからどれぐらいの時間が過ぎたのか、正確な時間はわからない。

 久しぶりにスマホも見ず、何も書かずにボーッと海を眺めていたのだ。時間間隔も麻痺してて頼りにならない状態である。

 

 スケッチブックのことも考えずにただただ海を見続ける時間は、奏を待っていただけなのに私にとっても良いリフレッシュになっていた。

 

 

「──絵名、ありがとう」

 

「もういいの?」

 

「お陰で少しだけだけど、飲み込めたよ」

 

 

 焦点の合っていない目ではなく、弱い光の宿った青い瞳がこちらを見ている。

 今日は無理かもしれないと諦めかけていたが、ちゃんと奏と目を合わせることができた。

 

 

「少しでも飲み込めたのならよかった」

 

「それで、その……頭を整理するために話を聞いてほしいんだ。もう少しだけ、絵名の時間を貰ってもいいかな?」

 

 

 言い難そうに眼を彷徨わせる奏に、私は笑って頷く。

 

 

「今日は奏が満足するまで付き合うって言ったでしょ」

 

「……ありがとう、絵名」

 

 

 奏も小さく笑みを浮かべて、いつもの調子で話し始めた。

 

 

「最近、お父さんの調子が良くないっていうのは、絵名も知ってると思うんだけど」

 

「あぁ、うん。探っちゃってごめん」

 

「こちらこそ、心配かけてごめんね」

 

「そこはいいの。それで、話って?」

 

「──今日、朝に病院から電話があったことから始まるんだけど」

 

 

 奏は震える手を握り締め、重たい感情ごと声を出す。

 

 

「今朝になって、お父さんの容態が悪化したんだって。このまま目を覚まさなければ、衰弱が酷過ぎてもうダメだって言われた」

 

「……うん」

 

「何とかして起こさなきゃって、頭の中がいっぱいになって。体を揺すったり声をかけてもやっぱり、反応がなくて」

 

「うん」

 

「それで、何とかしなくちゃって思って曲を流してみたりしたんだけど……看護師さんから『曲なんかで目が覚めるわけがないでしょ』って止められちゃって」

 

「えっ。はぁ!? 何それ!?」

 

「はは……わたしも混乱してて、煩くしちゃったししょうがないよ。そういう色々なことがあって、怖くなったんだ」

 

 

 奏の体は誰が見てもわかるぐらい震えていた。

 無理しなくてもいいんだよと、頑張ったねと言って、話すのを止めたいのが私の本心だ。

 

 

「……ごめん、奏」

 

「ううん、絵名が謝ることじゃないよ」

 

(そんなことない! 奏を追い込んだのは私のせいでっ)

 

 

 そう言いたくても、出てくるのは音すら乗っていない息ばかりで。

 こんな時すら、首が絞まって言葉にできない自分が嫌になる。

 

 それが悔しくもあるけれど、残念ながら奏にも私にも残っている時間は少なそうだ。

 ここで『救えない』が『救えなかった』にならない為にも、奏にはあともう少しだけ歩いてもらわなければならない。

 

 

「怖くなったから、海に来たの?」

 

 

 だからこそ、残酷なことだとわかっていても話を深掘りした。

 

 

「……海に来たのは曲を作る為かな」

 

「それ、さっきも言ってたね」

 

「そうだったっけ?」

 

 

 本当に覚えていないのか、奏は首を傾げた。

 目を閉じて記憶を手繰り寄せているようだが、本当に少し前までの問答を覚えていないようだ。

 

 

「えっと……ごめん。記憶になくて」

 

「謝らないでよ、それだけ大変だったってことでしょ」

 

 

 申し訳なさそうに眉を下げる奏に、私は首を横に振った。

 本当に悪いのはそこまで追い込んだ私である。奏に謝られるとこっちが困ってしまう。

 

 

「最近はスランプっぽかったけど、海に来て曲は作れそうなの?」

 

「スランプって意味では何とか。でも、わたしが今、作りたい曲っていう意味では作れる気がしないんだ」

 

「奏の作りたい曲って?」

 

「……お父さんがもう1度、目を覚ましてくれるような曲」

 

 

 呟くような声の大きさなのに、その言葉は強く感じる。

 震える手を力を込めて押さえつけている姿が見えているせいなのかもしれない。

 

 怖いと思っている奏と、作らなくちゃという気持ちに突き動かされている奏。

 私の目から見ると、2人の奏が混在しているように見えた。

 

 

「作れるイメージがないから、怖いの?」

 

「今までの曲を流してみても反応がなかったっていうのも、あるかもしれない」

 

「それはそうでしょ。今までの曲はお父さんの言葉もあって作った曲かもしれないけど、お父さんの為に作った曲じゃないし」

 

 

 まふゆのために、誰かのために。

 別方向の矢印が向けられた曲がお父さんに届かないのも無理はない。

 

 

「絵名の言う通りかもしれない。でも、考えちゃうんだ」

 

 

 奏は震えた両手で顔を覆い隠す。

 

 

「もし、お父さんの為に曲を作っても、届かなかったらどうしようって。曲なんかじゃ、お父さんは目が覚めないかもしれないって」

 

 

 顔を隠していた右手は膝を抱える体勢へと移動し、苦しそうな声が耳に届く。

 

 

「まだ、まふゆにも届いてないのに。わたしの曲は壊してばかりで、誰も救えていないのに」

 

 

 曲を作るということにおいては強い姿を見せていた奏を、ここまで追い込んでしまうなんて。

 酷く小さく見えるその背中に、私は手を伸ばす。

 

 

「そんなことないよ。少なくとも、奏の曲がなかったら私達はニーゴにいなかったし……私も今みたいに絵を描けてなかったと思う」

 

「どうかな、絵名なら大丈夫だと思うよ。瑞希もまふゆも救える絵名なら」

 

 

 初めて、奏の口からドロリとした感情が漏れるところを見た。

 

 

(アイツがどうやって奏を煽ったんだろうって不思議だったけど……そういうことか)

 

 

 付き合いが長ければわかってしまうぐらい、露骨な尻尾だ。

 奏がいなければ溜め息とか舌打ちとか、見えない奴への抗議をしていただろう。

 

 

(本当に、やってくれるよね)

 

 

 まふゆのお母さんに、奏のお父さん。追加で奏自身。

 

 私以外を巻き込んだ報いは絶対に受けてもらうとしても、今は奏の折れてしまった芯を補強しなければ。

 次に進める準備をしないことには、元凶を捕まえることすらできないのだ。

 

 ……本当に、嫌な奴である。

 

 

 

 

 






話の流れ的にこんなこと言ってる場合か、と言われそうですけど。
ハッピーバースデー。絵名さん、お誕生日おめでとうございます!

この話の流れで幕間を挟む度胸はないので、こちらとゲーム内だけでお祝いします!!

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