イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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ニーゴ結成(高校生1年生)編、スタートです。





ニーゴ結成(高校1年生)編
22枚目 フワッフワなのは生地だけでいい


 

 

 ──拝啓、親友の桃井愛莉様へ。いかがお過ごしでしょうか?

 

 私は愛莉の懸念通り、宮女の1-Aの教室にてフワッフワに浮いています。

 

 

 

 ……って、冗談を言いたくなるぐらい、現状はあまりよろしくない。

 フワッフワなのは分厚いパンケーキだけでいいのに、幽霊もビックリなぐらい教室で浮いているのが今の私だ。

 

 そんな状態で教室に居座れるほど神経が図太くもなく、今日も私は放課後になった瞬間、美術準備室に直行して絵を描いている。

 

 南雲先生のアドバイスから、サークル活動してるところを探そうにも、なんか入りにくいし。

 雪平先生の話を聞いて、ファンアートを作ろうと思っても、ビビッとくるものが少ない。

 

 絵を毎日描いていても、成長しているようには感じない。

 南雲先生の紹介で漫画のアシスタントみたいなバイトを始めたので、技術的には更に伸びているはずなのに、実感が湧かない。

 

 使用済みのスケッチブックと完成したイラストだけが、無駄な時間を象徴するように重く積み上がっていく。

 1年A組(自分のクラス)では気まずいぐらい、私の存在が軽ーく浮いているのにね!

 

 個人的には、教室で1人でいること自体は気にならないのだ。

 絵を描いてたら時間なんて無限に溶けていくし、そこまで強がりな発言じゃない。勿論、ツンデレでも嘘でもない。

 

 じゃあ、何が問題なのかというと、だ。

 今の教室で問題なのは、何故かクラスメイトに遠巻きに様子を窺われていること。それに尽きる。

 

 話しかけられず、されど、ふとした時に視線を感じる居心地の悪さ。

 最初は誰か1人だけなのかと思ったのだけど、どうやらクラスにいる人達が、チラチラと私を見ているようで。

 

 陰口でも叩いてくれていれば無視できるのに、ただ視線を向けてくるだけだから、気になって仕方がない。

 視線を集めるのは嫌いじゃないが、こういう視線は何か違う。

 

 

(何の用なのか聞いても、顔を真っ赤にしてるだけだし……本当に意味わかんない)

 

 

 実はAクラス全員が中等部上がりで、1人だけ外部から来た外来種(わたし)が珍し過ぎて、興味津々なのか。

 私の悪名がとんでもなく轟いていて、周りが引いているのか。

 

 思い上がった考えをするならば、私に見惚れてるとか? ……言ってて思ったけど、絶対にないな。

 うちのクラス、めちゃくちゃ美人で文武両道らしい優等生様がいるらしいし。

 

 私が後輩・先輩・同級生関係なく、キャーキャー言われている美人に勝てると?

 ……絶対に無理だ。興味がなかったから顔は直接見てないけど、現実は理解している。

 

 

(いくら考えても、原因がわかんないのよねー)

 

 

 学校では原因不明な視線の針を刺され続け、絵画教室でも落胆の目を向けられる日々。

 いくらメンタルには自信がある私でも、こんな生活を続けていたら折れるぞ、と言いたい。

 

 この視線が可視化されるなら、私の背中は今頃ハリネズミだろう。それぐらい心のダメージは重症だ。

 まだ入学してから1ヶ月近くだというのに、担任の先生から「何かあれば相談してね」と言われる程度には、私は疲弊していた。

 

 

(あー、私の安息の地(ベストプレイス)は美術準備室か自室しかないんだぁ……)

 

 

 愛莉に会えないから相談もできないし、家族にできるだけ迷惑をかけたくないから、そんなことを相談するつもりはないし。

 

 絵もダメ、学校生活もダメ、記憶の進捗もダメと私の心はズタボロ雑巾君だ。

 学校に転がってそうなズタボロな雑巾の絵を描いて、何となくそこに絆創膏と悲しそうな目と口をつけてみる。

 

 

「雑巾君、そのまま私の気持ちも一緒に連れて行ってね」

 

 

 呟いてから、雑巾が書かれたスケッチブックを捲って、次のページへ。

 このままツラツラと悩みそうな気分を変えたくて、まだ学校にいるにも関わらず、私はスマホから最大音量で音楽を流した。

 

 テンション爆上げ、盛り上がる、元気が出る、やる気全開、と次々に流してみたものの、何かが違う。

 逆に悲しい時とか苦しい時に聞く曲なんてものも流してみたけど、こっちまで気分が引き摺られて戻れなくなりそうだ。

 

 

「……なにこれ?」

 

 

 テンション上げても下げてもしっくりこない中、動画のオススメ機能がバグったのか、真っ黒なサムネイルの動画が表示された。

 

 

(この動画、閲覧してもらう気がある? 真っ黒なサムネとか勝負し過ぎでしょ。もうちょっと工夫すればいいのに……って前にもそんな話、したような気がするけどね)

 

 

 どうせ数回ぐらいしか再生されていない、ありふれた動画の1つだろう。

 なんて思っていたのに、その動画は私の予想よりも4桁ぐらい多く再生されていた。

 

 サムネが真っ黒でも、意外なことに万単位で再生されている動画。

 そのとんでもない数字が気になって、興味本位でタップしてみた。

 

 

「これは……」

 

 

 再生される理由が聞いただけでわかった。

 『K』という人が作ったらしい音楽の動画達。

 ハイペースで何本も投稿されているそれらを、私は新しく作った再生リストに全て突っ込んでいく。

 

 

(すごい。どの曲も痛いぐらい気持ちが伝わってきて、優しく寄り添ってくれてるみたい)

 

 

 私が最初に女の子(ヒト)のために描いた、あの時の気持ちが想起されるようだ。

 その中でも最新の曲をリピート再生の設定をして、目を閉じてじっくりと聞いてみる。

 

 

(この曲は……真っ暗な森の中、月が浮かんでて……迷子、なのかな。とにかくイメージが次々に浮かんでくる)

 

 

 聴覚に集中しているせいなのか、流れてくる曲が胸にグッと響いてきて、枯れていたはずの私の絵の源泉が蘇っていく。

 

 

(あぁ……描きたいな。私、この曲の絵が描きたいなぁ……!)

 

 

 とりあえず下書きがしたい。その衝動に身を任せて、鉛筆を握りしめる。

 湯水のように溢れる絵の構図を何枚も描き出して、スケッチブックから切り離した子達を床に広げて並べた。

 

 さぁ、これから完成させるならどの構図がいい? もっと良い構図があるだろうか?

 

 久しぶりに感じるワクワクする感覚。

 

 この曲にサムネをつけるなら、動画として絵を渡すならどんな絵を出すのが私のできるベストだろう?

 相応しい構図を選んで、そこから線を描き直し、頭のイメージを具現化する。

 

 

 

(あぁ、あぁ。良かった。私、描けるんだ。才能がないって知ったって、あるんだぞって思い込まなくたって、頭で想像した絵が、景色が、まだ描けるんだ! 私、できるんだ……!)

 

 

 

 いつもなら制服だから汚さないようにしなきゃとか考えるのに、後のことなんてどうでも良くて。

 普段なら学校の下校時間も考えるのに、そんなものは邪魔でしかない。

 今はただ、この衝動のままに描いて、のめり込んで、溺れたいのだ。

 誘われるように、沈むように、放送の音も何もかも無視して絵を描いていたのに──

 

 

 

「──東雲さん?」

 

 

 

 開かれた扉と、風と共に入ってきた何者かの声。

 意識が引き上げられて、邪魔された私はキッと扉にいるであろう人物を睨みつけた。けど。

 

 

「誰よあんた……って、えぇ?」

 

 

 邪魔しないで、という言葉を吹き飛ばす衝撃が私を襲った。

 

 視線の先にいたのは、個展で出会った少女だった。

 

 緩く癖のついた竜胆っぽい紫の長髪を一括り。勿忘草を彷彿とさせる明るい青目なんて、そう簡単に忘れられない特徴だ。

 

 ──で、この特徴に当て嵌まる人がもう1人いる。

 

 A組の教室にて、窓際列の1番前に座っている優等生様──朝比奈(あさひな)まふゆだ。

 

 今まで噂の優等生とやらには興味がなくて、後ろ姿以外よく見ていなかったのだけど、ちゃんと顔も確認しておけばよかった。

 

 そうすれば、こんな間抜けな面を晒さなくても済んだというのに。

 そんな後悔に胸を占領されていると、朝比奈さんは他人と電話している時みたいな声で話しかけてきた。

 

 

「集中して描いてるところごめんね。もう下校時間だから、声をかけ回ってるんだ」

 

「……どうして朝比奈さんがそんな面倒なことをしてるの?」

 

「私、学級委員だから。先生にお願いされて、ついでに回れそうなところは回ってるんだ」

 

「それ、学級委員の仕事じゃないでしょ」

 

「そうかもね。でも、頼まれたからにはちゃんとやらないと」

 

 

 口元に手を持ってきた朝比奈さんは目を細める。

 扇子とかが似合いそうな顔だ。少なくとも、喜んでやっているようには見えない。

 

 

「あっそ……すぐに片付けるし、手間取らせるのも悪いから次に行っていいわよ」

 

「まだ時間には余裕があるし大丈夫だよ。それよりも1つ、聞いても良いかな?」

 

「何?」

 

「今流れてる曲って、東雲さんが流してるの?」

 

 

 朝比奈さんに言われて気がついた。

 ……そういえば、学校にいるのに大音量で動画を流しっぱなしだ。

 

 しかも、スマホで設定できる最大の音量で垂れ流し状態。考えなくてもわかるぐらい、迷惑行為である。

 

 

「ごめん、煩かったよね。誰もいないから気にせずに流しちゃってた」

 

「煩いとは思わなかったけど……聞いたことない曲だったから、気になっちゃって。それ、何の曲なの?」

 

「何の曲と言われても難しいけど……Kって人が作ってる曲みたい。私もさっき見つけたばかりで、詳しくは知らないんだよね」

 

 

 そんな曲を大音量で流しているのだから、我ながらおかしな話である。

 話しつつも動画を消して、スマホの音量も戻しておく。

 

 これで事故が起きる心配はない。片付けも終えたので、後は帰るだけだ。

 

 

「長い間足を止めさせた私が言うのもアレなんだけど、朝比奈さんはのんびりしてて大丈夫なの? 予定とかないわけ?」

 

「予定? 17時半から予備校があるけど」

 

「えぇ……それなのに先生の頼み事まで聞いてるの? 自分で自分の首を絞めるような真似、辛いだけじゃん」

 

 

 4月という短い期間だけでも、紫の髪が昼休みも惜しんで勉強したり、他人の為に時間を使っている姿を見たのだ。

 放課後も部活だけでなく予備校や塾も行って、先生や友達の頼み事までしていたら身体が幾つあっても足りない。

 

 それなのに笑みを貼り付けて、今も時間ギリギリまで仕事をしようとしている彼女が少し、心配になった。

 

 

「足止めしちゃったし、この後の残りの見回りは私が引き受けるわ。朝比奈さんはそのまま予備校に行きなよ」

 

「そういうわけにもいかないよ。これは私が頼まれたことだから──」

 

「それ、あんたじゃなきゃできない仕事なの? 違うでしょ」

 

「でも」

 

「あぁ、はいはい。でもも何もないですー。これでもあげるから、おとなしく引き下がってよ、ほら」

 

 

 準備室で淹れたばかりの紅茶の水筒を朝比奈さんに押し付け、美術準備室を施錠する。

 春とはいえ、今日はほんの少し肌寒い。これならばカイロ代わりにも使えるだろう。

 

 

「毎日学校でも勉強、やってるのは見てたし……いつも頑張ってるんだから、たまには誰かに甘えても良いんじゃない?」

 

「東雲さん……ありがとう」

 

「別に。さっさと行けば? 時間、余裕ないんでしょ?」

 

 

 完全下校時間ということは、もうそろそろ17時なのだ。

 こんなところで先生の頼み事なんて優先しなくても良いと、朝比奈さんを手で追い払う。

 

 小走りで去っていく背中を見送って、私は朝比奈さんが声をかけてなさそうな場所を見て回ることにした。

 

 

「さてと、さっさと面倒事は終わらせよーっと」

 

 

 これを終わらせたら絵を完成させて、SNSにファンアートをアップしよう。

 

 帰ってからの予定を考えながら、私はオレンジ色に染まった廊下を1人、練り歩いた。

 

 

 






さらりと明かされる公式絵名さんとの相違点:記憶喪失えななん、バイトしてる。
まぁ、先生の伝手で漫画などのアシスタントをしてるという、ちょっと変わったバイトなんですけど。



《とあるピクシェアのファンアートの感想》

──その絵の少女は森の中にいた。

恐ろしいぐらい真っ暗な闇に纏われて、今にも飲まれて消えてしまいそうなその少女は泣いている。
しかし、そんな少女を照らす優しい月光だけが、彼女を消さずにその場に立たせている。

消えたくないと泣く少女に残るのは、月の光か、森の暗闇なのか、あるいは──?
少なくとも私は、この少女の先には月の光で照らされていてほしいと思う。
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