イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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今回は奏さん視点です。




221枚目 【宵崎さんは決めた】

 

 

 

 

 

「えっ、1人で帰るつもりなの!?」

 

「うん、ここまで来たら1人でも平気だよ」

 

「……うーん。信じたいのは山々だけど、その間に何かあるかもしれないし……ごめん、今回はダメ。送ってくからね!」

 

 

 ──と、1歩も譲らなかった絵名に家まで送ってもらうと、道中は嘘みたいに悪いことを考えずに済んだ。

 曲を作れなくなったあの日から、頭の中はずっと嫌なことで占領されていたことを考えると、不思議な感覚だ。

 

 それだけ絵名が話しかけてくれていたのか、わたしの気持ちが上向いていたのか。

 どちらにしても、久しぶりに良い気分になったのは間違いない。

 

 

(何だか魔法をかけられたみたい)

 

 

 家に帰っても、ご飯を食べている今も。

 嫌なことを考えずに済んでいることを思うと、もっと早く相談したらよかったのではと考えてしまう程、効果覿面だった。

 

 

(それも、今だから思うんだろうけど)

 

 

 未だにお父さんの状況は悪いまま。余裕なんて本当はない。

 張りつめていた気が少し緩んだから、相談とかの手段が思いついただけ。また余裕がなくなったらわたしは同じことをしてしまうだろう。

 

 

(そうならない為に曲を作り始める前には皆と相談すること、だっけ)

 

 

 絵名が帰り道で懇々と話していたことだ。

 あの時の絵名には瑞希らしい言い包めるような言葉選びと、怒った時のまふゆのような圧、後はちょっと心当たりのない鋭さもあって、わたしには頷く以外の選択肢がなかった。

 

 絵名の言うことは大体正しいので反論するつもりはなかったけれど、いつも以上に迫力があった気がする。

 

 

(それだけ心配をかけてたってことだし、気をつけないと)

 

 

 今回は絵名だけで済んだけど、今度はまふゆは瑞希にも詰められそうだ。

 少し想像しただけでも体が震えたので、絵名の言う通りにしよう。それがいい。

 

 

「あ、時間だ」

 

 

 望月さんが作ってくれたご飯にも全く手を付けていないことを思い出し、黙々と食べていたらスマホのアラームが鳴ってしまう。

 

 

(おかしいな。食べてるのに全然減ってない)

 

 

 暫くサボってしまっていた証は冷蔵庫にも机の上にも並んでいて、わたしの胃の容量では証拠を食べ切るのは難しそうだ。

 

 

(うん……諦めて、望月さんにも謝ろう)

 

 

 そもそも、数日分の作り置きを1食で食べるのは無理があったのだ。

 

 ご飯を残してしまったせいか、セカイに行く時間なのに妙にソワソワしてしまう。

 諦めたわたしは残り物を冷蔵庫に押し込み、洗い物を済ませてからセカイに移動した。

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

「──えっ。奏のお父さんってそんなことになってたの!?」

 

 

 瑞希の声がセカイに響いた。

 側で聞いていたまふゆやミク達も目を見開いているので、声に出していないだけで瑞希と似たような反応だ。

 

 それもそのはず。まふゆのことを優先していたわたしは、お父さんのことは『最近、少し調子が悪いんだ』としか伝えていなかった。

 

 絵名だけは知っていたけど、相手の事情を言いふらすような人じゃないし。

 そういう条件が積み重なって、自然とわたしの事情が重大な秘密であるかのように伝わっていなかった。

 

 

「お父さんのことで色々と考えちゃって、実は曲も全く作れていないんだ。ごめん」

 

 

 事情があったとしても、待たせているのに何の成果もないのは事実だ。

 わたしが頭を下げると、瑞希が首を横に振る。

 

 

「それならそうと言ってくれたらよかったのに! さりげなーく催促してたボク、鬼畜じゃん!」

 

「……それだと私も鬼畜になるね」

 

「あっ。いや、まふゆは修学旅行前だけだし。レベル的にお鬼畜ぐらいじゃない?」

 

「それ、『お』をつけたら良いって問題じゃないと思うけど」

 

 

 絵名の時もそうだけど、いつも通りの2人を見ていると安心する。

 皆に話している間も心臓の音が煩いぐらい緊張していたので、

 

 依然としてお父さんの状態は好転していないのだけど、前の様に悪いことばかり考えてしまうことはなさそうだと、不思議とそう思えた。

 

 

「鬼畜かどうかは置いておくとして。そんなに大変なら曲を作ってる場合じゃないんじゃない? 暫く休みにしてもいいんだよ?」

 

「瑞希、気遣ってくれてありがとう。でも……側にいても目が覚めるかわからないのなら、わたしは自分ができることをしたいんだ」

 

 

 わたしにできることは、曲を作ることしかない。

 悪化する状況を眺めているのは、もうやめると決めたのだ。

 

 

「私は奏がやりたいのなら、好きなだけやればいいと思う」

 

「うん、まふゆもありがとう」

 

「別に、思ったことを言っただけだよ」

 

 

 まふゆも瑞希も受け入れてくれて良かった。

 

 ずっとスランプだったのに、今度は『お父さんの為の曲を作りたい』なんて我儘を言ったのだ。

 2人がそういう人じゃないと知っていても、ニーゴの曲は? と言われてもおかしくないと思っているので、胸を撫で下ろす。

 

 

「奏ったら、心配し過ぎじゃない?」

 

 

 そんなわたしの様子を見て、絵名が笑う。

 

 わたしが話している間も、凡その経緯を先に知っていた絵名は黙って見守ってくれていた。

 1歩引いた視点から見ていた絵名だからこそ、わたしが緊張している姿を見て面白く思ったのかもしれない。

 

 

「そうかな。考えてると色々と不安になってきて」

 

「……ごめん。皆に話すことを抜いても、向き合うことは怖いよね」

 

 

 絵名に言われて初めて、自分の状態に気が付いた。

 セカイに行くと決めてから、ソワソワしたり心臓が騒がしかった理由は──

 

 

(わたし、まだ怖かったんだな)

 

 

 絵名と話して、2人とも話して、怖さを忘れていたせいで『怖くなくなった』と思っていた。

 それが勘違いだとは気が付かず、少し認識ができなくなっただけで自分の気持ちが見えていなかった。

 

 

(今のうちに認識できて良かった)

 

 

 お父さんの為に作った曲から始まった今までを、お父さんに向けて作る曲で一旦、終わらせるためにも。

 

 今のこの気持ちも、今まで感じてきたことも、全部曲に込めて伝えよう。

 その結果、望む結果が得られなくても……わたしは曲を作らなければならない。

 

 

「申し訳ないけど、ニーゴの曲は今回の曲を作り終わるまで待ってて欲しい」

 

「りょーかい。奏の方も詰まったら言ってよ? 気分転換ぐらいは付き合えるからさ」

 

「私も、できることは手伝うよ」

 

「うん、ありがとう。瑞希、まふゆ」

 

 

 瑞希とまふゆにも話を通したので、一旦セカイからは解散だ。

 2人が先にセカイから出て行ってミク達も離れていく中、黙っていることが多かった絵名がこちらをじっと見ていた。

 

 

「絵名は帰らないの?」

 

「帰るつもりだけど、その前に奏に1つだけ確認したくて」

 

 

 どうしてか、絵名の顔には諦めと緊張が同居しているような色が見える。

 何が絵名にそんな顔をさせているのかわからずに、わたしは首を傾げた。

 

 

「確認って、わたしにできることかな?」

 

「そんな大袈裟なことじゃないんだけど……奏と奏のお父さんの絵を描かせて欲しいなーって思ってて」

 

「わたしとお父さんの絵を? 別に今回の曲を動画にするつもりはないから、描かなくてもいいんだよ?」

 

「私が描きたいってだけ。ダメ?」

 

 

 絵名はいつにも増して真剣な面持ちでこちらを見ている。

 そんな顔を見ていたらダメだなんて言う気持ちすら湧いてこなくて、わたしは首を横に振る。

 

 

「ダメなんてことはないよ。描いてくれるなら嬉しいし」

 

「……ありがとう、奏。完成したら真っ先に奏に見せるから!」

 

「うん。反応は遅れちゃうかもしれないけれど、見せて欲しいな」

 

「曲を作るんだからそれはしょうがないよ。できたら奏に送るね」

 

 

 絵名はホッとしたような顔で左手を振ると、セカイから消えていった。

 手を振り返すわたしだけがセカイに残され、周囲には誰もいなくなる。

 

 わたしは皆が消えた方からくるりと反転し、スマホを取り出す。

 

 

「……わたしも、曲を作らないと」

 

「あら、もう帰ってしまうの?」

 

「!?」

 

 

 誰もいないと思っていた空間にルカが立っていたから、その場を飛び跳ねそうになるぐらいビックリした。

 さっきまでは怖くて心臓が煩かったのに、今では別の意味で心臓が煩い。

 

 

「る、ルカ?」

 

「ふふふ、いい驚きっぷりね」

 

「いつからそこにいたの?」

 

「絵名が奏と話をしていたから、様子を窺ってたのよ。私もあなたに伝えたいことがあってね」

 

「伝えたいことって?」

 

 

 こちらを見て愉快そうに笑っていたルカの顔から、急に笑みが消えた。

 

 

「……いつも通りに見えるのは、まだ足元が崩れていないだけよ。奏だけがそれを知らず、事態に放り込まれたらかわいそうでしょ」

 

「それってどういう……?」

 

「私自身もそこまで詳しくないけれど。あの子が描くって言ってるのを考えると、もうすぐそこまで来てるのでしょうね」

 

 

 ルカは意味がありそうな言葉を並べつつ、背中を見せる。

 

 

「今は曲を作ることに集中するのがあなたの仕事だとは思うから、やることは変わらない。でも、その後のことを考えて、心構えくらいはしておいてね」

 

 

 言いたいことを言ったのか、ルカはそのまま立ち去ってしまった。

 その後のことを考えて、心構えをしておいてと言われても。

 

 

(曲を作ったその後って?)

 

 

 わたし自身も考えたくないお父さんの『もしも』を考えた方がいい、という話なのか。

 いや、それならばルカもそう言うだろう。ただ、ルカが言ったのは……

 

 

(あの子が絵を描く。あの子っていうのはきっと、絵名のことだよね?)

 

 

 お父さんとわたしの絵を描くというのが、何になるのだろうか?

 何かが起きるのであれば、止めた方がいいのだろうか?

 

 

(でも、何で止めた方がいいの?)

 

 

 絵を描いてもらうのは嬉しいことだ。止める理由なんてないし、思い付かない。

 考えてみてもやっぱり絵名に絵を描くのをやめてもらう理由が見つからなくて、わたしは考えるのをやめた。

 

 

(……やめよう。ルカもわたしがやることは変わらないって言ってたんだし、まずは曲を作らなきゃ)

 

 

 1人で考えても答えが出ないことには見切りをつけて、わたしはセカイから自分の部屋へと戻る。

 

 わたしにできることはどちらにしろ、曲を作ること以外にない。

 

 

(だって、絵名は曲を作ることを肯定してくれたから……)

 

 

 曲なんかで目が覚めるわけがないと、折れそうになったわたしに曲を作ろうと言ってくれたのも絵名だ。

 

 

(それなのに……絵名に理由もなく描かないでなんて、言えない)

 

 

 ……ルカも今は曲を作ることに集中していいって言っていたから、今はわたしのできることを──したいことを、優先しよう。

 

 

 







今回のイベストが終わったので感想を述べますと、適切な距離感と時間を誰か持って来て! と叫びたくなりましたね。
変化には痛みと苦しみも伴うでしょうし、原作様ではゆっくり進んでほしい所です。

……こっちはえななんが力技で強制的に解決しちゃいましたし、アフターケアにえななんフィルター(相談役)を挟んでますので、朝比奈家は平和です。
爆弾を全部背負って駆け抜けてるような状態のえななんを見ないフリしたら、ですけど。


現在、他の人の視点が増量中ですが。
次回は一旦、奏さん視点の裏側。えななんの話が挟まります。

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