少しだけでもいいから──君の重荷を、背負わせておくれ。
あれから『よし描くぞ』と決めて、サラッと描けるほど、私は才能に溢れていなかった。
まふゆの時は急がなくてはいけなかったのと、特殊な状況下で追い詰められていた火事場の底力もあったので、あれは別である。
だからこそ、今回の絵を描くのにも当て嵌めて欲しくないのだが……スケッチブックにとってはこちらの都合なんてどうでもいいらしい。
【別にコンクールに出す作品でもないんだから、パパッて描けばいいのに】
「……私が抱えて家ごと燃やしたら、流石のあんたも焼却処分できる?」
【逃げるから問題ないけど、平然と心中を選択肢に入れる君が怖いよ……はぁ、わかった。今すぐ描けとは言わないよ。その代わり、また続きを描く時まで消えるからね!】
ちょっと言い返したら捨て台詞プラス、舌打ちのお土産を残して消えた。
自分は安全な場所から偉そうにしているだけなのに、良いご身分である。
こっちは平然と選んでいるわけでもないということをわからないのは、相手が人間じゃないからか。
あまり眠れてない体であんなのの相手をしたせいで、ごっそりと体力が削られてしまった。
(私は絵で食べている人間じゃないけどさ。どうせ最後に描くものなら良いものにしたいんだよね)
まふゆの時と比べると余裕があるけれど、描ける時間は限られている。
今のうちに揃えられる資料を集めておこう。
頭の中で絵を描きながら部屋にある資料を引き出していると、スマホの音が鳴り響いた。
(こんな朝から連絡なんて、誰?)
スケッチブックという嫌な存在とか、あまり眠れてないとか。
小さなダメージのせいで、たいしたことのない連絡にもイライラしてしまった。
これは良くない。悪循環に陥る前に一呼吸を入れてからスマホに手を伸ばすと、知っている名前が見えた。
「……え、瑞希?」
早朝と言われるような時間からメッセージなんて珍しい。
瑞希が聞けばプリプリと怒りそうなことを考えつつも、タップしてメッセージを確認。
早朝の幻覚でも見間違いでもないようで、本当に瑞希からのメッセージが来ていた。
『絵名ー! おっはよー! 今日って予定ある? というか起きてる?』
『起きてるっての。朝から何の用よ?』
『おぉ、感心感心。ちょっと絵名に聞きたいことがあってさ。空いてる時間があったら話そうよ!』
(話したいこと、かぁ)
昨日の今日で話したいことなんてあるの? と知らないフリもできるが、私には心当たりがあった。
ルカがいるのを確認してあんなことを言ったのだから、知らないという方が以上だ。
「まふゆに貰ったのど飴、持って行こうかな」
後は気休めの薬、と。
自分が撒いた種だ。瑞希に返信して準備をしよう。
メッセージに『いつでもいいよ』と送信してから数分後、瑞希から『じゃあセカイで会おうよ!』と返信があったので、私は荷物を片手に曲を再生した。
☆★☆
何となく予想していたけれど、セカイには瑞希だけでなくまふゆもいた。
周囲を見渡すと、少し遠くのオブジェの影にミクとレンが隠れているのも見える。
(リンはいないんだ)
ルカやメイコ、カイトもいないのだが、どうしてかリンがいないのが気になる。
「あ、来た来た。おーい、絵名ーっ!」
気になることはあるけれども、瑞希を放置してたらずっと叫んでそうだ。
「もう、叫ばなくても聞こえてるってば」
「あはは、ごめんごめん」
「まったく……改めて。2人共、おはよ」
「おはよう」
「おはよー、絵名」
まふゆと瑞希へ挨拶をしてから、ほんの少しだけ雑談を挟み。
穏やかな時間を切り替えるように、笑みを真顔に変えた瑞希が口を開いた。
「奏と奏のお父さんの絵を描くんだって、ルカから聞いたよ」
「随分と早い情報共有ね」
「まぁね。その絵を描くのをやめる気はない?」
「逆に聞くけど、私が絵を描くのをやめると思う?」
「……すっごく残念だけど。解決策をボクらが用意できないのなら、やめないだろうね」
眉をハの字にする瑞希とは対照的に、潤んだ目でじっとこちらを見つめるだけで全く反応しないまふゆ。
最初の挨拶以降、まふゆは耐えるようにずっと黙ったままで、瑞希だけが私に話しかけてきた。
「ボクがどうしてもって、お願いしてもダメかな?」
「うん。今は難しいかな」
「……ちょっとぐらい、悩んでくれてもいいのに」
濁音になりそうな声で呟く瑞希に、私は苦笑いで返すことしかできない。
私の返答が不満なようで、瑞希は更に言葉を重ねる。
「そのまま行けば、絵名は消えちゃうのと同じなんだよ?」
「うん、そうだろうね」
「そうだろうねって、本当にわかってる? わかってるのなら怖いって、助けてって、言ってよ」
「それは……」
「奏のこともあるかもしれないけど、絵名の本心を教えてほしいんだ。お願い、お願いだよ」
「……ごめん」
震えた声を出す瑞希に望む答えを出せたらいいのに、私は何も言えなかった。
瑞希は今にも泣きそうなぐらい目を潤ませているし、黙っているまふゆも震えた手を押さえて俯いている。
「そんな顔、させるつもりじゃなかったんだけどなぁ」
「それ、絶対に嘘だよね。この流れで何も思わないなんて、あり得ないでしょ」
それはそうだ。
だけど、こんな状況に持ってくるつもりは『言わない』と決めた当初は考えてなかったので、嘘でもない。
……そこは許してね、瑞希。
「まふゆも黙ってるけど、何か言いたいことがあるんじゃない?」
「あるよ。あるけど……私には、言えない」
「言えないって、何で?」
「私は同じ力で助けてもらったのに、何の対策も思いつかないまま奏の時だけやめて欲しいなんて……私には、言えない」
あんなお粗末な落書きで、そこまで辿り着いたのか。
流石はまふゆ。私は慌てて手を口元に持っていった。
「本当に申し訳ないんだけど、私は何を言われても今は止まるつもりはないよ」
「それは、奏が大変なことになっちゃうから?」
「瑞希の言うことも正解。でも、1番は『私』として描く締め括りだからってのもある」
このまま止まれなくて、物理的に絵を描くのを叶わなくなっても。
スケッチブックの思惑から上手く外れても、どちらにしても今の『私』のままじゃいられない。
「だから、今は止めて欲しくないの」
「……今は? いつなら止めていいの?」
「うーん、ギリギリになるかな。少なくとも奏の絵は描きたいし」
こういう時のまふゆは鋭くて、私が強調していたのを拾ってくれた。
どうしても奴が作り出した今の奏の状況を解決するには、奴の力が必要で。
その力を利用して、身を切ってでも手札を増やさないと、奴に対抗なんてできないのだ。
「すっごい勝手だけど、止めるって言うならその後にお願いしたいなーって」
「そもそも、ボクは『その後』ってところに行って欲しくないんだけどなぁ」
「奏のお父さんがパッと目が覚める方法があったらいいんだけどね」
「うっ、それは……」
私が無茶苦茶なことを言うせいで、瑞希は黙ってしまった。
しかし、それで怯んで沈むような瑞希ではない。
「今からボクが頭を床につけて土下座しても、やっぱり考えを変えてくれないの?」
「そんな姿は見たくないけど、変えないよ」
「1日中土下座しても?」
「変えないし、途中で帰るよ?」
私がセカイで絵を描きたいなと願ってセカイに現れるほど、スケッチブックも間抜けではないだろうし。
素気無く断ると、地団駄を踏んだ瑞希が目に溜まった涙を拭って叫ぶ。
「絵名のばか、あほ、頑固者!! ボクがこんなにお願いしてるのに意地張ってさぁ!」
「うん。私はバカでアホの、頑固者で意地っ張りだね」
「そもそも、奏の曲なら奏のお父さんも目を覚ますかもしれないじゃん! 信じてるフリして信じてないような行動をしてるってこと、わかってるの!?」
「そうだね。でも、相手が邪魔するって明言してるのに、それを対策しない方が問題だと私は思ったの。邪魔さえなければ、後は奏次第。奏の実力は信じてるから、そこさえ乗り越えたら心配してないよ」
「うぅ……ああ言えばこう言って。本当にバカ、バカだよ絵名は! なんでそんな顔してるのに、震えてるのに、進んじゃおうとするの? 止まってよ、嫌なら止まってよっ!」
「ごめんね、瑞希。私、バカだから進むことしかできないんだ」
私が男だったら容赦なく殴られてたかもしれない。
それでも甘んじて受け止めるつもりだったが、瑞希は宙に手を挙げた手をゆっくりと降ろした。
「本当に、バカだよ。絵名は」
「……ごめん」
「謝って欲しいんじゃないんだけどなぁ、ほんと……はぁ。ボクも、気がつくのが遅かったのが悪いのかもしれないね」
深く、長い息を吐き出す瑞希。
いつもなら『カワイイボクの髪の毛がー』って気にしてるのに、そんな余裕もないのだろう。
荒れた感情を表すように頭を掻き乱した瑞希は、真剣な顔で頷いた。
「──よし、わかった! 絵名がそのまま進むって言うのなら、今からボクらは共犯者だ!」
「「え?」」
奇跡的に私とまふゆの声が重なった。
いや、共犯者って急に何? まふゆもしれっと巻き込んじゃうとかどうなってんの?
「犯罪なんてしてないから、そこは共犯者って言わないんじゃない?」
「まふゆ、こんな時にマジレスなんて無粋だよ! こう、ニュアンスとか感覚で伝わるでしょー?」
「……まぁ、わからなくもないけど」
(あ、わかるんだ)
こっちは未だに意味がわからないのに、まふゆはあっさりと瑞希側に行ってしまった。
(……ちょっと考えたら、瑞希の言いたいことも少しはわかる、けど)
私が口を開く前に、瑞希の人差し指が言葉を封じてきた。
「不本意だし本当はすっごい嫌だけど、絵名1人に負担を押し付けちゃってるボクが言えることじゃないよね。ごめん」
「……謝らないでよ。全部、私のせいなんだし」
「はぁ、まーたそうやって……本当なら代わりたい所だけど、それも無理そうだからさ。せめて、絵名が思い描くことぐらいは叶えられるように手伝いたいんだ」
「瑞希……」
目元を雑に拭った瑞希はにっと笑みを作る。
痛々しい姿に声を出そうとした瞬間、意識の外から伸びてきた手に肩を叩かれた。
「瑞希がそれを選んだのなら、私も絵名の力になりたい」
「え、まふゆ?」
「ノートとかに書き残してるってことは、自分だけで何とかしようとしてるわけじゃないんでしょう? 私達に何かをして欲しかったんじゃないの?」
2人共、私に否定的な言葉を言わせるつもりがないようだ。
連続して阻止されたら、2人が求めている言葉ぐらい、鈍い私でもわかった。
「……なら、1つだけ」
こんな時すらお願いも助けも言えないけれど、2人がここまで言ってくれたのだから、このことだけは何とか伝えたい。
「2人には奏の絵を描いた後に、し、ぅっ……ぱっ……ひっ、ひゅっ、っっ」
「ちょっ、絵名!? もしかしてこれが呪いってヤツ!?」
「し、ぱ?」
「んっ、んっ! こひゅ、はっ、ぁっ」
「絵名、無理しなくていいから!」
「し、ぱ。ん、ん……もしかして、審判ってこと?」
息が詰まって蹲る私の背中を瑞希が撫でてくれている間に、まふゆが聞き取った言葉から答えを導き出す。
頷いて答えたいのに、声も動きも制限されていてままならない。
それでも何とか、咳き込むついでに首を縦に振ってるように見せる動きを意識する。
「っ、ひゅ、ぅっ」
「ああ、危ないって! そのままだと地面に顔を強打しちゃうって!」
「……伝えようとしてくれてありがとう。絵名が伝えたいことはちゃんと考えるから、無理しないで。力不足だけど、私達にも一緒に頑張らせてほしい」
今にもまた泣きそうな顔になってる瑞希と、影がありながらも強い光を感じるまふゆに止められて、私は伝えるのを中断する。
結局、この後は話すことも難しく、咳が治まる頃にはいい時間になっていたので解散することになった。
止めても止まらないのなら、巻き込まれてしまおう。
最後に向かって現在、本文が増量したりしなかったりしてます。
来週の2話で奏さんの問題オリイベは終わる予定です。