イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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人によっては見えていたり、見えていなかったりしても。
すぐそこまで、何かが……





225枚目 見えて、見えない何かが

 

 

 

 

 今日も静かな夜に、スマホの通知音が2回響く。

 通知から開けば、写真とメッセージが目に飛び込んできた。

 

 

『絵名~、この景色良くない? あ、そうそう。喉のケアにいいってSNSで流れて来たから、共有しておくね!』

 

 

 瑞希とまふゆと話してから数日が経ち、少しだけ日常に変化が出ていた。

 ……あからさまに瑞希とまふゆがこっちに構ってくるようになったのである。

 

 学校ではまふゆがせっせと世話を焼いてくるし、通知欄は瑞希の名前で埋め尽くされ、他の人のメッセージが流れてしまいそうだ。

 

 

(これ。私が何も言えないのなら、(つぶさ)に観察して異常を見逃さなければいいじゃんってこと?)

 

 

 それにしては介護が手厚いというか。

 

 奏だって大変なんだから、そっちに割いてもいいんだよ? と遠回しに伝えたら、『ミク達に無理しないようにスマホから見守って貰ってるよ?』とまふゆに笑顔の圧をかけられたので、口を噤むしかない。

 

 

(なーんか、やり込められてるような気がするのよね)

 

 

 とりあえず、瑞希には最近恒例になった『ありがとう』のスタンプを返す。

 

 同じスタンプを使い続けるのも味気ないかなと思って、新しくスタンプを幾つか買ったのは内緒だ。

 言ったらまた怒涛の連絡ラッシュが待っているのは目に見えているので、絶対に言えないのである。

 

 

(過保護っぽいのって、もうほぼ描き終えたって言ったせいだよね)

 

 

 昨日のナイトコードにて、奏の進捗を聞くついでに私の進捗も聞かれたのだ。

 奏に聞かれたということもあって、うっかりそろそろ完成しそうだと言ったのが運の尽き。

 

 セカイに呼び出される頻度が増えるわ、連絡が増えるわと完成するまでのペースが増えてしまった。

 奴が絵を中々完成させなくてイライラしている姿は、こっちとしては『ざまぁみろ』という気持ちでいっぱいだったけれど。

 

 流石にあまりにも焦らし過ぎると『いやぁ、うっかりうっかり〜』とか巫山戯たことを言いながら、奏のお父さんに手を出してくるのは安易に想像できる。

 

 ……足止めをしている瑞希とまふゆには申し訳ないが、奴が変なことをする前に絵を完成させてしまおう。

 

 

(あれ?)

 

 

 スマホ絶ちをする前にSNSを確認し回っていたら、ナイトコードに奏がいるのを発見してしまった。

 作業中、集中している時のミュート状態ではあるものの、ナイトコードにいるとは予想外だ。

 

 

(奏が本気で集中してる時って時間も何もかも忘れてることが多いから、ナイトコードにも来ないのに……)

 

 

 進捗を聞いた時はかなり気合が入っているように見えたので、暫くはナイトコードにも現れないんじゃないかと思っていた。

 それなのにナイトコードにいるということは、あまり進捗はよくなかったりするのだろうか。

 

 

 ……それとも、もう奴が我慢できなくなって仕掛けている、とか?

 

 

「──奏、いる?」

 

 

 余計な心配が掻き立てられてしまって、私は思わず奏に声をかけていた。

 

 胸騒ぎのせいで落ち着かない。

 ボイチャでなければ部屋の中を歩き回っていただろうが、向こう側に相手がいるかもしれないという思考が何とか行動を制限していた。

 

 

『うん、いるよ。慌ててるみたいだけど、何かあったの?』

 

「……ううん、何にも。珍しいなって思ったのが声に出ちゃってたのかも」

 

 

 いつもの落ち着いた声が聞こえてきて、私は椅子の背凭れに体を預ける。

 杞憂だったと安心したら、体の力が抜けてしまった。

 

 

『珍しいかな? 作業をしてる時とかは繋いだままだし、そこまで珍しさはないと思うんだけど』

 

「でも奏って、集中してる時ほど反応がないか、そもそもナイトコードに来ないでしょ。それでそのまま食べることも飲むことも寝ることも忘れちゃう」

 

『うっ……その3つはダメだなとは思ってるんだけど、つい』

 

「もしかしてだけど。今日のご飯、抜いた?」

 

『あっ、えっと。その……うん』

 

 

 奏は『内緒にしてね』と前置きをしてから、朝から何も食べずに夜を迎えて、遅めの夕飯を食べたばかりだと教えてくれた。

 私が内緒にしてもミク達が奏を見守ってるらしいので、どちらにしてもバレてそう……なんだけど。

 

 

「じゃあ、内緒ね」

 

『ありがとう、絵名』

 

 

 その儚い夢を守るために、私は黙っておくことにした。

 私から言わないのだから嘘ではない。後でまふゆや瑞希からお叱りを受けても、私はリークしてないから約束は守ってるのだ。

 

 

「食べるのも忘れてってことは順調か詰まってるかだと思うけど。今の奏は詰まってる方でしょ」

 

『……わかる?』

 

「予想だけど。声をかけたらすぐに反応があったから、詰まってそうだなって」

 

『そっか』

 

 

 瑞希とならあり得ないけれど、奏やまふゆと話していると訪れる話の間。

 たっぷり数分ぐらい使って、イヤホンから声が聞こえてくる。

 

 

『……そうだね。たぶん、詰まってるんだと思う』

 

「思うって、自覚なかったの?」

 

『うん、絵名に言われるまで気が付かなかった。けど、よく考えると作っている最中に、どこか納得できないところがあったなって、そう思って』

 

「納得できてないって、どういうところが?」

 

『どこって言えばいいのかな。言葉にするのは難しいんだけど、ずっとこれじゃないんじゃないかって気持ちが付き纏っていて。自分じゃ答えが出てこないから、誰かに話したかったのかも』

 

 

 目の前にいないからわからないけれど、何となく奏なりに気持ちの整理をしているのだろう。

 再び訪れる静寂を破り、奏は結論を出す。

 

 

『……絵名さえ良ければなんだけど、そろそろ完成するって言ってた絵、見せて貰ってもいい?』

 

「えっ、絵を?」

 

『うん。わたしだけだと解消されない気がしたから、絵名の力を借りたくて。ダメ、かな?』

 

(ダメっていうか)

 

 

 いつもなら「はい喜んで」と言っているところだが、今回ばかりは即答できない。

 奏に一言、声をかけてからミュートにして、腕を組む。

 

 

(アイツの姿がないのに、どうやって奏に見せればいいんだろ?)

 

 

 描いている絵は現在逃走中です、と馬鹿正直に言ったら奏に『見せたくないなら正直に言ってほしいな』って言われるだろうし。

 別に見せたくないわけでもないから、下手な言い訳をしたらすぐに見破られるのも容易に想像できてしまう。

 

 

(私の口がどこまで回るか次第よね)

 

 

 現物がないから見せられないし、それを嘘だと思われないようにどう伝えようか。

 

 云々と頭を抱える私の上に、変な影ができる。

 

 

「……?」

 

 

 見上げたのとほぼ同時に、顔に紙っぽい何かが乗った。

 

 紙っぽいというか、本当に紙だ。1枚の紙。

 壁に貼り付けられたり、天井に貼ってたわけでもないのに、頭の上から落ちてきた謎の物体である。

 

 紙を裏返せば、ちょうど私が頭を悩ませていた絵を質感ごとコピーしたような絵が目に入った。

 

 どこからどう見ても奴に描いている途中の絵だ。

 姿も見せたくなければ不自然さも出したくない奴が導き出した答えがこれらしい。

 

 

(ほぼ記憶通りとか、気持ちわる)

 

 

 寸分違わぬ複製品に、自然と眉間に皺が寄る。

 

 奴によってこんなややこしい事態になっているのだから、感謝するのも癪だ。

 できる限り無心を心掛けて写真を撮り、データを飛ばした。

 

 

「奏、送ったよ」

 

『ありがとう。絵名の絵、見させてもらうね』

 

 

 イヤホンから聞こえてくるクリック音。

 ミュートをすることもなく絵を見てくれているせいか、声になっていない呼吸音が聞こえてきた気がした。

 

 

(イヤホン、外した方がいいかな)

 

 

 何とも言えない気分になって、変な遠慮が頭の中に過ぎる。

 どうしたものかと悶々としている間に、奏の声が聞こえてきた。

 

 

『──温かい、絵だね。お父さんも笑ってくれてて、すごく……っ』

 

「え。か、奏?」

 

 

 聞き間違いなら嬉しいのだが、イヤホンからしゃくり声が聞こえてきた。

 見えないけれど、わからないけれども。聞いてしまったせいで、画面の向こう側にいる奏が泣いているようにしか聞こえない。

 

 

『お父さん、起きてくれるかな。起きてくれても、こんな顔で笑ってくれるのかな。わたしのこと、覚えてるのかな……って。そう考えちゃうから、作った曲が全部、納得できないんだろうな』

 

(奏……やっぱり、無理してるよね)

 

 

 今まで閉じ込めていたものが壊れたのか、奏の口から不安や心配が溢れ出ていた。

 私の隣には奏がいない。手を握っても、泣いている相手には届かない。

 

 なら、せめて……言葉だけでも届けなきゃ。

 

 

「どうだろうね。少なくとも、奏と奏のお父さんにはこうなって欲しいって思って、私は絵を描いてるけど。結果までは保証できないし」

 

『うん。わたしも、この絵みたいになれるような曲を作れたらいいんだけど……頑張るしかないよね』

 

「今までも今も、奏が頑張ってなかった時なんてないでしょ」

 

『でも』

 

「でもも何もないの。まずは事実を受け入れてよね」

 

 

 救えてないから、起きてないからと結果だけ話したって辛いだけだ。

 努力は自分でコントロールできても、結果が伴うかは運次第。自分でコントロールできないことを足掻いても、苦しいだけである。

 

 

「そもそも、奏は何でそんなに頑張って曲を作ってるの?」

 

『何でって、わたしがお父さんから音楽を奪ったっていうのもあるし……お父さんに言われたこともあるかな』

 

「お父さんに言われたことって?」

 

『倒れる前に言われたのは『奏はこれからも、奏の音楽を作り続けるんだよ』って言葉だったかな』

 

 

 だから奏は、お父さんに言われた通りに誰かを救う音楽を作っていたのだという。

 一言一句間違えないぐらい、覚えてるのはすごいと思う。が、それとこれとは話は別だ。

 

 

「その言葉ってさ、本当に奏が思った通りの意味なの?」

 

『……それ以外にあるの?』

 

「まぁね。うちのお父さんも『お前に才能はない』って、絶望的にデリカシーのない発言をしてきたんだけどさ。あんな言葉でも娘が心配だったから出た言葉だって言うし」

 

『それって、つまり?』

 

「奏はそう受け取っていても、奏のお父さんはそういうつもりで言ってない可能性もあるってこと」

 

 

 少なくとも、奏が話してくれている奏のお父さんは娘に『茨の道を進んで苦しんでね』みたいなことを言うような人ではないと思う。

 私の勝手なイメージの押し付けだけど、間違ってないと思うのだ。

 

 

「難しいかもしれないけど、詰まってて納得できないっていうのならさ。目を覚ますような〜とか、救うような曲とかを考えるのを1回、やめてみるしかないんじゃない?」

 

『やめてみる、か。難しそうだね』

 

「簡単なことは言ってないからね。でも……色々と考えずに今回は奏の純粋な想いで作って欲しいなって、勝手に思ってるよ」

 

『……うん。頑張ってみるよ』

 

 

 あまりにもごちゃごちゃ考え過ぎてしまって、私もそういうのでスランプになってしまったし。

 意外と奏が納得できずに詰まってる理由って、罪悪感と使命感が出過ぎてしまっただけなようにも感じるのだ。

 

 

(それが本当なのかどうかもわかんないから、私ができることは話すことしかないんだけどね)

 

 

 ……奏が今、苦しんでるのも私が始めたことに巻き込んだ結果なので、私ができる範囲のことはとことん付き合おう。

 

 

 

 今日の夜には絵も完成するだろうし……因縁のような何かが、すぐそこまで来ているのだから。

 

 

 

 

 






《親子の絵》

絵に込めた想い:少女の曲なら邪魔さえなければこの未来を掴めるのだ。だから、邪魔をするな。

親子の表情は奇跡が起きたような喜びと温かみがあるのに、背景の色合いからは言葉にできないような怒りを感じる。
第三者が見たら、そんな評価を受けそうな不思議な絵。





次回の奏さん視点で、奏さんパートは終了します。が。

次への話は休む間もなくいきます。
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