イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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黒い景色の奥に、輝くモノ。





227枚目 そこに在る光

 

 

 

 

 スケッチブック。

 ……と、呼んだら他のスケッチブックが可哀想なので、奴のことはいつも通り『奴』と呼称しよう。

 

 奴はある日突然、東雲絵名の前に現れて、事故に見せかけて記憶の全てを回収した邪悪な紙束である。

 その行動は嫌らしいぐらいネチネチしていて、一方的に知らないルールを私に押し付けては『ルール違反だー、ルールを守れー』と騒ぎ立てる子供だ。

 

 

(そういう前提条件があって、よ)

 

 

 そんな奴が奏が病院に行く日──いや、願望が成就する当日という、待ちに待った記憶を回収できる日であったとしても、まふゆや瑞希という第三者がいる中に現れるのだろうか?

 

 自己保身だけは一流で、超常的な力は未知数。

 性格の悪さは超一流の奴が、そんなところに現れるわけがないのは私でもわかる。

 

 家族がいるようなところでも同様にダメ。

 目の前で記憶を無くしてしまった私に対する周囲の反応を見て、愉悦を感じるだけだろう。それは私の望むところではない。

 

 だからこそ、必然的に私はまふゆ達が『当日は一緒にいよう』という提案を断って、1人で部屋にいた。

 1人で部屋にいる方が、勝ったと浮かれている奴がのこのこと私の前に現れる可能性が高い。そう確信していたからだ。

 

 

【君が君でいられる最後の日なのに、ひとりぼっちだなんて寂しいねぇ】

 

 

 ──その確信通り、何もない宙に黒い靄が出てきた。

 

 

【友達とか家族とか、仲間だとかって群れるけどさ。人間なんてどうせ最後は1人なんだ。哀れだよね、ひひひ】

 

 

 私がどんな想いでここにいるのか、心の中を読んでもいないのだろう。

 勝利が目前の奴は浮かれているのか、のこのこと私の手の中に納まる範囲に現れた。

 

 

「1人で可哀想だから現れてくれたの? それはありがとう」

 

【……何だよ、余裕のあるフリしてさ。本当は怖い癖に】

 

「本当も何も、この状況を怖くない人間っていないでしょ」

 

 

 私のような例はいないとしても、病気などで自分の余命が限られている人間がいたとして。

 いくら整理して強がれたとしても、自分が消えてしまうことが全く怖くない人間なんてほぼいないと思う。

 

 そんな会話をしつつも、私は用意していたメッセージと最後の1文字をニーゴの全体チャットに送った。

 瑞希とまふゆからポコポコとメッセージが飛んでくるが、見ないふりして便箋をポケットの中に突っ込む。

 

 

【あーあ、つまんない。もっと泣き喚く姿を求めてたのに!】

 

「それは残念だったわねー」

 

【生意気でイライラするけど、その余裕ももう終わりだよ。たった今、3枚目の願いは成就されたんだからね!】

 

「……ふぅん?」

 

 

 奏はちゃんと、お父さんに曲を届ける事ができたようだ。

 

 私はあくまで親子で笑い合えるよう、奏の曲がお父さんの心に届く邪魔をしないように願っただけ。

 奏が直前で諦めたり、間に合わなかったらどうしようもないので、私のせいで手遅れになる人がいなくなったのは安心だ。

 

 

「じゃあ、もういいか──最後の最後まで、付き合ってもらうから」

 

【は?】

 

 

 奴が勘付く前にスケッチブックの本体を掴み、曲を再生する。

 光に包まれた私は漸く、奴を捕まえたままセカイに来ることができた。

 

 既に3枚目の願いが叶ってしまったので、私が私であれる時間は残されていない。

 記憶が無くなりきってしまう前に、誰かと合流しなければ。

 

 

【合流して記憶が消えた自分ごと捕まえてもらおうってことか、考えたねぇ……それが無駄でなければ、さ】

 

「無駄って、どういう意味よ?」

 

【色々と考えていたようだけど、ぜーんぶ無意味なの! 生意気なことを考えた君の最後は独りぼっちで決定だ!!】

 

 

 奴が不愉快な笑い声を出すのと同時に、周囲が黒い霧で包まれた。

 ただでさえ濃霧で前が見えないのに、黒い色のせいか感覚すら怪しく感じる。

 

 

「何、これ……!?」

 

【これがある限り、合流なんてできないよ? 記憶がなくなるまで出したままにしてあげる! ほら、泣き喚けよ。けけけ】

 

 

 つまり、最良の『記憶を無くした私ごと奴をセカイの皆に任せる』は使えなくなった……と。

 

 

(だからって、コイツの思い通りになるのはすっごい嫌!)

 

 

 今まで奴に苦しめられてやり込められていたのに、こんなところで諦めるわけにはいかない。

 

 諦めないと決めたのなら後は覚悟をするだけだ。

 私は曲を再生しているスマホを地面に置き、滑ってくれることを祈って……スマホを蹴り飛ばした!

 

 

【え。何、何なの? ご乱心かい!?】

 

(まぁ……投げるよりはスマホの被害もマシでしょ。たぶん)

 

 

 ちょっと心配だけど、背に腹はかえられない。

 ギャーギャーと煩い奴を無視し、私はスマホを蹴り飛ばした方向とは逆に向かって走る。

 

 

【あー、そういえば。スマホの曲を止めないとここから出れないんだっけ? ということは時間稼ぎってこと? 記憶も結構消えてるのに健気だよねぇ、ひひひ】

 

「は?」

 

【もう思い出せないでしょ? 君の大切な子達と出会った経緯とか、さ】

 

「それは! それ、は……」

 

 

 奴に言われて気が付いてしまった。

 

 

(私って、どうやってニーゴに入ったんだっけ?)

 

 

 気が付いてしまったら体が震えてきた。

 体がどんどん冷えてきて、走ってる足も止まってしまいそうだ。

 

 それでも足を前に出して、少しでもスマホから距離を取る。

 ……記憶が無くなってしまうその前に、重要なことも確かめておこうか。

 

 

「あんたってさ。セカイでこんな霧を出して、大丈夫なわけ?」

 

【自分の心配をしてたらいいのに、何でこっちの心配をしてるの?】

 

「だって、今までこんな派手なことをしてこなかったのは、それなりの理由があったからじゃないの?」

 

【はぁ? そんなの──】

 

「──例えば、そういうのは『ルール違反』とか」

 

【は? え。な、なぁ!?】

 

 

 さっきまでゲラゲラと笑っていた奴は意味のない呻き声をあげた。

 

 

「私の1つ目の願い事、あんたは才能を祈ると思って記憶を全部取ったんでしょうけど、目論見が外れて慌てて取り繕った。それでもまだルール違反の範囲の内側でしょ」

 

【う……】

 

「そこからずっと私にだけ干渉してきたのに、最近になって急にまふゆのお母さんや奏のお父さん、そして奏にも手を出したよね? これもルール違反なんじゃないの? その上で派手なことをして、本当にいいの?」

 

【ぐぅっ……】

 

 

 演技かどうかはわからないけれど、声を聞く限りでは苦しそうに聞こえる。

 これで少しでも力を削って、皆が駆けつけてくれたらいいのだが……

 

 

【は、ははっ、やられたよ。でも、これ以上は君の思い通りにもやらせるつもりはない。違反の指摘はあっているけれど、君が言ったところで第三者(・・・)でもない当人の指摘じゃ足りないから、意味ないんだよねぇ! ひひ、ひひひ。期待している所、残念でしたぁっ!】

 

 

 奴はとことん邪魔するつもりのようで、不快な声で笑っている。

 

 でも、そんな中でも奴が言質をくれた。

 後はルカの言う通り、皆を信じるしかない。

 

 

「あっそ……皆に会えないなら、私は私ができることをやるだけよ」

 

【皆かぁ。そもそも、君の言うその皆って誰なの?】

 

「はぁ? そんなの──」

 

 

 そんなの、誰だっけ?

 

 白い長髪の女の子の名前や、いつも同じような顔をしていた紫の髪の少女の名前も、可愛いものが大好きなピンクがかった髪のあの子の名前すら。

 

 ……さっきまで出てきていた名前が出てこない。

 皆の名前が、わからない。

 

 

「皆、みんな……って?」

 

【あっはっはっは! わからないよねぇ! 忘れちゃったもんねぇ!】

 

 

 大切だったはずなのに、頭の中に浮かぶのは黒塗りされたような顔と虫食いの名前だけ。

 

 

【ところで君、何で頑張って歩いてるの?】

 

「それは……」

 

 

 少しでも何かをしなくちゃと思っていたんだけど、思い出せない。

 

 

【思い出せないよね、それなのに何で頑張ってるのかな。諦めて止まればいいのに】

 

「ダメ、諦めない。それだけはしちゃいけない気がする」

 

 

 どうしてかはわからないけれど『諦めること』はダメだと、何かが叫んでいる。

 

 

【しぶといなぁ。もう空っぽになるのは確定なんだから、諦めちゃいなよ】

 

「嫌だって言ってるでしょ」

 

【何で歩いてるのかすら覚えていないのに強情だなぁ。そんなに『皆』が大事だったの?】

 

「……うん」

 

 

 たぶん、大事だったのだと思う。

 

 忘れないように記憶を思い出しても、薄っすらとしか思い出せなくなっているけれど。

 胸が温かくなるこの感情はきっと、嘘じゃないから。

 

 

【嘘に思えないから歩くって? じゃあ、そう感じてる君は何なのさ?】

 

「私は……別に、答えなくてもいいでしょ」

 

【思い出せないんでしょー? それでなくても前の自分の偽物なのに、偽物としての名前すら忘れた君なんて、何者なんだろうねぇ?】

 

 

 私は……何なのだろう?

 奴の言うことが正しいのなら、本物でも偽物でもなくなっているらしいけれど、答えは出てきそうにない。

 

 それでも、わかることがあるとすれば──それは、こんな声の思い通りにはなってやるかって気持ちだけだ。

 

 

【そもそも、君はなんでこんな、なーんにもないところにいるの?】

 

「約束、だから」

 

【約束って、誰と? そもそもそんな約束をしたのかなぁ?】

 

 

 わからない。

 たくさん約束を積み重ねて、忘れないようにしていたはずだけど……全部、思い出せなくなってしまった。

 

 

【もういいじゃん。わからないのなら歩かなくてもいいし、こんなところを進まなくてもいいよ】

 

 

 この声もなんだったっけ?

 

 

【君は今までの持ち主の中でも1番頑張ってたと思うよ。その努力が報われるかは別としてさ】

 

 

 私は誰? ここはどこだろう?

 霧に包まれていて、ただただ、歩かなくちゃと思っていたことだけはまだ覚えている。

 

 

【楽してお金が欲しいし、特に何もしてなくても人生が上手くいって欲しいし、そこまで頑張らなくても欲しいものを手に入れたいのが人間だろ? ほら、もう頑張らなくてもいいって】

 

 

 わからない。わからないけど、歩かないと。進まないと。

 

 

【そんなことしたって無駄だし、間違ってるよ。やめようよ】

 

 

 間違っていようが何だろうが、選んだ行為を正解にしたら問題ないのだ。

 ごちゃごちゃ言われても、知ったことか。

 

 

【はぁ。記憶がほぼ無くなってるのに、それでもこんなに頑固だなんて……困るなぁ。早く諦めてテキトーに最後のページの絵を描けばいいのにさ】

 

 

 ……そういえば、最後のページに描く人を決めてたっけ?

 誰かを描くつもりだったのなら、その誰かに会わないと。その為に歩かないと。

 

 

(誰だったか思い出せないけど、会いたいなぁ……消えたく、ないなぁ)

 

 

 それでも歩いて歩いて、歩き続けて。

 疲れてきた頃にふと、黒い霧の中に綺麗な光が現れた。

 

 

【このタイミングで、光?】

 

 

 さっきまでこちらを嘲笑っていた声のトーンが変わった。

 

 

【ねぇ、本当に止まった方がいいんじゃない? 何か変だし、危ないものの可能性もあるでしょ。これ以上は進まない方がいいと思うんだけど!】

 

 

 声が進むなと必死になっているが、私にはあの光が危険なものには見えなかった。

 頭の中で煩い声を無視して、私はその光に手を伸ばす。

 

 

「!?」

 

 

 その、刹那。

 立っていた地面が無くなり、私は水の中に放り込まれた。

 

 

【──っ! ──!?】

 

 

 今まで頭の中で響いていた声が急に聞こえなくなる。

 

 どんどん水の底に沈んでいく状況は恐ろしく感じるはずなのに、何故か優しいものに包まれている気がして恐怖はなかった。

 

 

 

 

 ──大丈夫。

 

 ──消させないよ。

 

 ──後は任せて、絵名。

 

 

 

 

 

 

 

(絵名って誰? 誰のことなの?)

 

 

 

 

 こちらに呼びかけてくる声は知らない人達のものであり、呼ぶ名前も知らないもののはずなのに、不思議と安心できて。

 

 

 

 

(あぁ、そっか……大丈夫ならもう、歩かなくてもいいんだ)

 

 

 

 沈む勢いに身を任せて、私は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 






次回からは最後の話までえななんの視点はありません。
恐らくこの世界線の豆腐さん達はこの辺りで過去の回想が入り、えななんがどういう状態だったのか答え合わせがあった後に、次話に入るのでしょう。

読者の皆様は既に知ってますので、そのまま直通コースです。
まずは瑞希さんの視点から始まります。

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