彼女が消えたそのすぐ後に。
瑞希さん視点です、よろしくお願いします。
(返信がないってことは……とうとう来ちゃったか。はぁ、怖いなぁ)
メッセージや電話をしてみても絵名からの返事が全くない。
返事がないということは、始まってしまったってことで。
それがわかってしまうだけに、ボクの手がバイブレーション設定もしてないスマホを震えさせてしまっている。
(落ち着け。ここで動揺しても、助けられるものも助けられなくなるぞ。絵名がどうなるかはボクたち次第なんだ。この先にどんなことが待っていても、ボクが取り乱してたらダメなんだよ)
折れたらきっと、絵名が嫌っている存在の思い通りになってしまうから。
気合いを入れたボクはとりあえず、手の震えを抑えていつもの曲を再生する。
セカイに行って誰かに聞けば、絵名の様子か、何かの異変がわかるかもしれない……と。
そんなありきたりな思考が大当たりを引いたらしい。
「え、うわっ!? 何これ、真っ黒じゃんっ!?」
光から解放されたボクの目に入ったのは、『黒い霧のセカイ』という名前の方がピッタリなぐらい、不気味な霧が広がったセカイだった。
辛うじて霧のないところはいつものセカイに見えるので、別のセカイに紛れ込んじゃったってわけではないのかな?
(何かの拍子で別のセカイに来ちゃった……ってわけじゃ、なさそうだね)
キョロキョロと周りを見渡せば、見覚えのある姿が見えてホッとする。
レンとカイトの姿はないけれど、ミク達とまふゆは霧から避難しているみたい。
兎にも角にも情報がなければどうしようもないので、ボクは睨みつけるように霧を見ているまふゆに声をかけた。
「まふゆ! これ、どういう状況!?」
「絵名がセカイに来てすぐにこの霧が広がったみたい。絵名が指定した約束の場所がセカイだとしたら、この霧は……」
「あー、わかった。スケッチブックって奴の仕業だね?」
「たぶん」
いくらなんでも、絵名がこんな不気味な霧を自力で出せるわけがないよね。
まだ異常な現象を起こせるっていうスケッチブックの仕業だと言われた方が、納得できる。
「じゃあ、絵名はあの霧の向こうにいるの?」
「わからない。この霧が出てから暫くして、絵名の気配が急に消えたらしいから」
「えっ、消えた!?」
周りを見渡してみるけれど、誰も心当たりがないようで首を横に振られてしまう。
「絵名がセカイから帰った可能性は?」
「それはないわ。ここに絵名のスマホがあるもの」
メイコの手には少しだけど罅割れたスマホが握られていて、絵名の異常が伝わるのは十分である。
これで僅かな無事の可能性は消えてしまったわけだ。
「ところで……何でメイコが絵名のスマホを持ってるのさ?」
「カイトとレンが霧の中を探している途中で見つけたの。これがあるということは、絵名は外に出てないはずよ」
ということは、セカイを探せばいいのか。
目星はあれど、ただでさえだだっ広いセカイに黒い霧が広がっているせいで視界は最悪だ。
人探しにはあまりにも向いていない状況。
霧の中を進む方法を考えないと話にもならないだろうね、これ。
どうにかならないかとじっと霧の向こう側を見ていると、2人分の影が現れる。
「あれ? 真っ直ぐ進んだはずなのに」
「……戻って来たか」
霧の向こう側から現れたのはレンとカイトだった。
霧から出てきた2人にミクが近付き、首を傾げる。
「おかえり。どうだった?」
「霧の中は視界が悪過ぎて何が何だかわからなかったよ」
霧の中を探ってくれていたレン達によると、あの霧の中を進んでも気がついたら元の場所に戻ってしまうらしい。
まるでこの先に進めたくないかのように戻るらしいので、益々この先に絵名がいる可能性が高まってきた。
そう予想できるからこそ、元の場所に戻ってきてしまう仕組みが嫌らしく感じちゃうよね。
「まふゆー」
「何?」
「まふゆのセカイだし、お祈りとかして霧を晴らしたりできないの?」
「無理だと思う。けど、やってみようか?」
「ダメ元でお願い!」
胡散臭そうな顔でボクを見てきたけど、まふゆは祈るように両手を組んで目を閉じた。
……これ。正直に言うと、藁にもすがるような思いつきだったんだけどね。
「あ……霧、晴れてきた」
「瑞希ちゃん、わかってたの? すごい」
「……ウッソじゃん」
ミクとレンがキラキラとした目でこちらを見てくるけど、わかってないから。
お願いだからそんな目で見ないで。居た堪れなくなっちゃうよ。
「晴れたし、進んでみよう」
「まふゆ、ちょっとぐらい驚いたりしようよ」
「結果的に進めるようになったんだから、どうでもいい」
まふゆはまふゆであっさりしてるし、メイコ達もツッコミもしない。
(気にしてるのはボクだけかぁ)
なら、ここであーだこーだと言ってもしょうがない。
ボクも先に行くまふゆ達を追いかけて、黒い霧が広がっていた場所を進む。
今度は戻ってきてしまうとか、そういう方向の不思議な現象はなかった……んだけど。
☆★☆
「──えぇっ? 何これ!?」
「湖、だね」
まふゆの言う通り、目の前に広がっていたのは見慣れた鉄骨や三角形のオブジェが水没してる湖だった。
「今までこんな場所、なかったよね?」
「うん。はっきりしたことはわからないけど、絵名が消えたのと関係があるかもしれない」
ボクの言葉にミクが答えてくれる。
周辺を見渡すボクらの間を抜けたリンが、湖に耳を澄ませる。
「……奏の曲が、湖の中から聴こえてくる」
リンの言葉に惹かれて、ボクとまふゆも湖を覗き込んだ。
湖の水は澄んでいるのに、底は暗くてよく見えない。
だけど、奏の曲が聴こえてくるのは間違いなさそうだ。
「あそこに何か浮かんでる」
まふゆは手を伸ばして、浮かんでいるものを掬い上げた。
ぬいぐるみ、医学部の参考書、絵本、大学の過去問と、湖から出てくるものとは思えない何かが次々と出てくる。
「何で湖からこんなものが?」
「もしかすると、この湖はまふゆの想いからできたのかもしれない」
首を傾げるまふゆに、じっと湖を見つめたミクが呟く。
この湖は絵名に何かがあった後にできたっぽいのに、どうしてまふゆの想いが関係するのだろう?
ボクはどうしても納得できなくて、ミクに答えを求めた。
「この湖がまふゆの想いでできたって、ちょっと変じゃない?」
「絵名の想いにまふゆの想いも呼応して、湖ができたとしたら……あり得るかもしれない」
「想いが呼応して、か。その辺のことはわからないけど、こんな大きな変化があったのなら、絵名が消えたのもこの辺なのかな?」
ボクは改めて周囲を見渡してみる。
(え。何、あれ?)
何もないセカイに乱立している鉄筋やオブジェが水没している湖に、扉と何かの木の苗がある。
苗も気になるけれど、今は扉の方がヒントになりそうなので、今は苗の観察は置いておくとして。
(足場っぽいものもあるし、扉まで渡れるかな?)
1歩ずつ、沈まないか確認しながら扉まで近づく。
(わーお、本当に扉しかないや。色が色ならどこでも繋がりそう)
これがピンク色なら夢があるけれど、残念ながら扉はトパーズ色の光を纏ってはいてもピンク色じゃない。
(はぁ。絵名がいたら絵名えも~んって言えるのにな)
ツッコミのないボケなんて虚しいだけだし、そういう意味でも早く絵名を探さないと。
(うーん。鍵が掛かってるっていうよりは、扉そのものが固定されてるみたい。ここも空振りかなぁ)
扉は固く閉ざされていて全く開く気配がない。
それらしい扉がダメなら、後はこの底が見えない湖を潜水するしかないのかもしれないけど……それはちょっと遠慮したいな。服も濡れちゃいそうだし。
考えただけでもうんざりしたボクの頭に、変なひらめきが降りてきた。
(この扉、何か聞こえてこないかな?)
耳を澄ませば奏の曲が聴こえてくる湖がすぐ側にあるのだ。
絵名を彷彿とさせる光を放つ扉なら、何か聞こえてくるかもしれない。
『──♪』
「これって……絵名の声だよね!?」
この時ばかりは変なひらめきも正しかったらしく、扉の向こうから微かに絵名の歌声が聴こえてきた。
予想外の声に悲鳴を出したボクの声が思ったよりも響いたようで、何事かとまふゆがこちらに向かってくる。
「瑞希、絵名の声って?」
「ここ。この扉だよ! この扉の向こうから絵名が聞こえてくるんだ!」
「扉……私にも絵名の声に聞こえるし、聴き間違いじゃなさそうだね。開かないけど」
まふゆも絵名の声が聞こえたらしく、扉を開こうと手を伸ばすけど……やっぱり扉は開きそうにない。
何をやっても手持ちの手段では開きそうになかったので、一旦ミク達が集まってるところまで戻ってきた。
「瑞希、どうだった?」
「あの扉から絵名の歌声が聞こえてきたんだけど、全く開かなくて。どこかにある鍵を探すか、無理矢理開けるしかなさそうなんだよね」
ボクがミクと話している間にも、リンとレンが扉を開けようと押したり引いたりしている。
それでも開かないところを横目で見ていると、1歩離れてこちらの様子を見ていたメイコが近づいてきた。
「或いは、待ってるのかもしれないわね」
「待つって。ボク的にはすぐにでも見つけたいんだけど?」
本人がいるならすぐにでも引っ張って来たい気持ちなのに、まだ待たなくちゃいけないのだろうか?
そんな不満が顔に出ていたのか、隣にいたルカにくすくすと笑われた。
「ここにいない子が1人、いるでしょう? あっちはあっちでやってるのでしょうけど、そろそろ呼んでもいいんじゃないかしら?」
ルカはそれだけ言って、ふらふらと湖から立ち去っていく。
メイコとルカが言いたかったのは、1人しかいない。
ボクとまふゆは顔を見合わせて、示し合わせたようにスマホを取り出した。
「奏、邪魔してごめんね……!」
「緊急事態ってことで、許してもらうしかないね」
病院にいるであろう人に対して、連絡爆撃。
普通なら迷惑なことをしなくてはいけないのが心苦しいけれど、今のボクらにできるのはこれぐらいしかなかった。
☆★☆
「──お待たせ、皆。ルカから絵名と今回のことを一通り聞いてたから、すごく待たせちゃったと思う。ごめんね」
それから数十分ぐらい経ってから、ルカと一緒に奏が小走りでやってきた。
駆け寄って来た奏の目は赤くなっていて、泣いていたのが想像できる。
ルカが話していた時間も考えると、奏は連絡してからかなり早めに来てくれたんだろうね。
絵名のことがなければ、頭を地につけて謝らなくてはいけないのはこっち側なのにさ。
「ううん、こっちこそごめんね。それで、奏のお父さんは?」
「皆のおかげで無事に目が覚めたんだ。これから検査とかで色々と忙しくなるけど、友達を優先しなさいって」
「そっか」
奏の柔く笑う顔を見れば一目瞭然。ただ目が覚めただけでなくて、記憶も戻ったみたいだ。
(ってことは、やっぱり絵名はスケッチブックに絵を描いたんだよね)
共犯者になると言ったのだから覚悟はしていたつもりだけど……絵名にばかり押し付けちゃったのを思うと、やっぱり胸が痛いや。
これから目の前に現れるであろう絵名を想像してしまったボクを放置して、颯爽と扉の方へと向かう影が1つ。
影──というか、まふゆは扉の前で何かをしたかと思いきや、そのまま戻って来て手招きして来た。
「扉、開きそうだよ。絵名が勝手に消えてしまう前に、早く捕まえに行こう」
「捕まえにって、まふゆは言葉を選んであげようよ……奏も来たばかりで申し訳ないんだけど、早速扉を開けられるか挑戦してみてもいい?」
「そうだね。時間を空けてもいいことは無さそうだし、早く絵名の元に行こう」
まふゆの言う通り、さっきまで全く動かなかった扉の抵抗感が消えていた。
「じゃあ、開けるよ?」
ボクは後ろを振り返って、念の為に確認する。
皆がそれぞれ頷いてくれたのを目視してから、ボクはドアノブを回した。
「わっ!?」
その瞬間、扉を纏っていた光の輝きが増し、視界を覆う。
光が消えたボク達を待っていたのは湖でも何もないセカイでもなく。
穴だらけの木の床が広がった、灰色の壁の建物の中だった。
向かう先は、壊れかけのセカイ。
ちなみに今回出てきている湖は例の湖と同じところです。
皆の想いでフライングしてもらいました。
来週は最後まで駆け抜けるために水・金・日の3話、本文増量キャンペーンでお送り致します。
3話更新の1話目、次回は奏さん視点です。